後始末屋の特異点   作:緋寺

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有栖提督の過去

 軍港都市散策から戻ってきたカテゴリーYの非戦闘員御一行。その団体の姿を見た有栖提督は一言、

 

「……桜……」

 

 その名を呟いた。それが聞こえていたのは、まだ伊豆提督のみ。有栖提督が拳を震わせながらも、大声で叫ぶことなく、だがそれだけで念願だったような声色だったのがわかる。

 

 その声は届いていなくとも、その視線は感じるもの。子供は視線にも敏感であり、自分が見られていると感じたことで、ささっと平瀬の陰に隠れようとした。だが、その視線の主を知ったことで目を見開いた。

 他の者は有栖提督が誰かを知らない。男性がここにいるということで、伊豆提督とは違う提督か何かだろうかと予想するくらい。

 しかし、桜だけは違った。その目に映るその姿は、誰よりも知る者。失った姉と同じくらいに、表には出さずとも会いたかった存在。

 

「……っ……」

 

 隠れようとした桜は、おずおずと前に出た。平瀬や手小野はどうしたのだろうと思ったものの、尋常ならざる雰囲気を感じ、見守ることにした。これは止められない。止めてはいけない。そう思って、声をかけることもしなかった。

 

「……ぁ……っ……」

 

 失語症はまだ治っておらず、どうしても言葉は出ない。口をパクパクさせても、何も聞こえない。だが、言葉は無くても感情は溢れ出る。

 故に、すぐに行動に出た。話せない分、身体が動いた。その姿、ずっと求めていた者に駆け出した。

 

「……っ」

 

 感情が溢れれば、涙も溢れる。それは悲しみのそれではなく、喜びのそれ。嬉しくて嬉しくて、これまでに見たことのないくらいに大泣きして、そして桜は有栖提督に飛びつくように駆けた。

 

「桜……すまない、怖い目に遭わせてしまった……全て私の責任だ……」

 

 この時ばかりは表情を極力変えない有栖提督も喜びと悲しみ、悔しさも綯交ぜになったような複雑な表情だった。服が汚れることも厭わず、飛びついてきた桜を抱き締める。

 

「っ……っっ……」

「無事……とは言い難いが、よかった、よかったな、桜……」

 

 夕暮れの中、2人はしばらくの間、再会を喜び、ずっと抱き合っていた。

 

 

 

 

 泣き疲れて眠ってしまった桜を抱き抱えた有栖提督は、自らの軍服を纏わせて冷えないようにしていた。

 

「……桜は、()()()()

 

 そして、聞かれる前にその事実を伝える。それを聞いたことで、そこにいた者達──おおよその予想がついていた伊豆提督とイリス以外──は、声を上げて驚いた。

 

「ま、マジかよ……そりゃそうだよな。桜は深海棲艦じゃあ無いんだから、両親がいてもおかしくはねぇよ」

「なのです……でも、こんなに身近にいたのは予想外だったのです」

 

 身近というほど身近では無いが、軍内に関係者がいたとは思っていなかった者が沢山。長く出洲の地下施設に勤めていた平瀬や手小野も、桜の素性をハッキリとは知らない。姉と共に連れてこられ、そこで改造され、今の姿に至っているということしかわからない。

 

「……桜ちゃんは……今から2年前にあの施設に連れてこられ、その姿にされています……お姉さんと一緒に……」

「そう、だな。2年前だ、この子と、姉……(ハル)が行方不明になったのは」

 

 春という名前には聞き覚えのない深雪達。だが、桜の姉である潜水棲姫のことはハッキリと覚えている。

 

「その時から私は、今の立場……提督として勤めていた。家に戻れることは殆ど無かったのだが……電話で連絡は取っていた。仲は悪くなかったと自負している」

 

 顔を見た途端に桜がこんな行動に出たくらいなのだから、仲が悪いとは思えない。むしろ、かなり良かったのだろうと予想出来る。

 その電話も、顔を見ながらの通話を週に数回、さらには年に数回は休暇を取り、家に戻って家族団欒の時間も作っていたようなので、所帯持ちの提督としては非常に家族思いであったことがわかる。有栖提督の部下である艦娘達も、その辺りには理解が強く、事と次第によっては桜と面識のある者すらいた。

 軍事機密さえ漏らさなければ、それくらいはいくらでも許してもらえるのが、瀬石元帥が束ねる今の軍。艦娘達が家族に連絡を取れるのだから、提督だってそれくらいの恩恵はある。

 

「こんなこと聞いていいのかわかんねぇけど、桜っていくつなんだ?」

「私がこの職に就くときに成した子だ。今年で10歳になる」

 

 充分幼い。今から2年前、8歳の時にこんな目に遭っているのだから、そこで精神的に病んでしまっていてもおかしくない。

 話せないためにわからないこともあるが、うみどりの中ではマスコット的の存在となりつつ、小さいながらもやれることをやっている健気な様子は、特に癒しとして扱われた。ある意味年相応の行動と見ても間違ってはいなかった。

 

「2年前……ああ、今でも覚えている。職務中に連絡が来た。あちらから連絡を入れることは、余程のことがない限り御法度なのだが……それが来たのでな、嫌な予感がしたが、それが的中した。妻が乗る車が事故を起こし、子供2人が行方不明になった、とな」

 

 ただ事故を起こしただけなら、ここまで話が大事にはならない。事故なのに、子供が行方不明になっているというのが問題である。

 

「ちなみに、奥さんは?」

「……」

「いや、いい。わかった」

 

 有栖提督の反応で誰もが察した。深雪も質問をした後に悪いと謝り、有栖提督は構わないと表情も変えなかった。それを知ろうとすることは当然のこと。聞かれなかったから言わなかっただけで、聞かれたなら嘘偽りなく答えるつもりだった。

 

「行方不明というところにどうしても引っかかった。だが、その時は正直諦めていた。その事故はかなり大きな事故だったんだ。……深海棲艦の流れ弾だったと聞いているからな」

 

 だからといっても割り切れる話では無い。自分が提督という職に就いているからこそ、その被害を自分の家族が受けたことが悔しくて堪らなかった。部下の艦娘達もその話を聞いて実の家族のように悲しみ、そしてこれまでより一層平和のために戦うようになったという。

 裏切り者鎮守府制圧の際におおわしを援護した部隊が非常に強力だったのは、これが理由でもあった。愛する者を失った提督とその仲間達が、それを糧に、悔しさを胸に秘めながら、ここまで進んできた。

 

「だが、つい最近のことだ。調査隊……昼目提督から連絡を受けた。娘の件で」

 

 一時も忘れたことのない家族のこと、執務室に写真を飾るほどの想いを持っていた有栖提督には、その連絡は雷を受けたかのような衝撃だった。

 失ってしまったと思っていた家族、その娘である桜の名前を、こんな時に持ち出された上に、今もまだ生きているということまで伝えられたのだから。

 

 部下の艦娘達も、そのことを聞いて大いに驚いた。失われた者は戻ってこないが、桜だけでも生きていたことは、とても喜んだ。しかし、もう一人の行方不明者、姉の春のことは出てこなかったので悲しみもした。

 

「そこで私は知った。あの事故は……妻と子を失ったのは、ただの事故ではないと。()()()()()()()()()()()ではないかとすら、な」

 

 この話、似たような話を最近聞いたことがあると深雪は考える。

 

「……叢雲ちゃんに近いのです」

「だねぇ。実験台作るために、事故と見せかけて回収してるってことでしょ。クソすぎじゃない?」

 

 電とグレカーレはすぐにそれに気付いた。やっていることは叢雲の時と同じ。あちらはかなり前の話ではあるが、同じようなことを長年続けているということに他ならない。

 定期的に事故を起こしては、そこから材料を持っていき、好き勝手に使っている。人道から完全に外れている鬼畜の所業。深海戦争が始まっているなら、尚のこと事故に見せかけやすいということだろう。

 

「元々元帥閣下には目をかけてもらえていたが、その件を知ったことで、よりこの話にその身を寄せることが出来るようになった。あとは、知っての通りだ。特異点には申し訳ないことをしたが、家族を奪った者の背中に触れることは出来ただろう」

「そのことはもういいよ。そんな事情があるなら、ああいう芝居とかしてでもやりたくはならぁな」

「一部本気で思っていたことでもある。あの時も言ったが、我々には特異点という存在自体が初めて知ったことだ。救世主か元凶かだなんて、初見では見当がつかない」

 

 そこはあくまでも考え方を変えないようである。家族のことが関わっても、提督としての在り方は違えない。

 

「……伊豆提督、春は……この子の姉は……もう息絶えていたと聞いた」

「ええ……アタシ達が桜ちゃんを救った時には、もう。その亡骸は回収して、申し訳ないけれど弔わせてもらったわ。アナタに連絡が出来なかったのはごめんなさいね」

「いや、仕方ないことだ。むしろ、処分ではなく弔ってくれたことを感謝する」

 

 娘の死に目に会えなかったことは、悔やんでも悔やみきれないことだろう。だが、有栖提督はそれでも表情を変えなかった。

 深雪には冷たい男に見えたが、小さく肩を震わせていたことがわかり、その考え方を改める。実の娘を失って、悲しまない親なんていない。冷徹、冷酷に見えた有栖提督も親だ。

 

「事実を知れたこと、桜にまた会えたこと、本当に感謝している。見た目は深海棲艦だ。他の鎮守府ならば、容赦なく始末していたことだろう、私もそれがわからなければそうしていたと思う。本当に……感謝している」

 

 眠っている桜をギュッと抱えながら、改めて頭を下げる有栖提督。

 

「桜を救ってくれた後始末屋、この事実を調べ上げてくれた調査隊、そして今、私をこの場に連れてきてくれた元帥閣下……足を向けて寝られないな」

「そんなのお互い様よ。アタシ達だって、アナタの策に救われたこともあるんだもの。これからも、頼り頼られて進めていきましょ」

「そう言ってもらえるとありがたい」

 

 心なしか、有栖提督の表情が柔らかくなったように見えた。

 

 

 

 

 桜は有栖提督が抱き抱えて部屋に連れて行くことになった。桜は深海棲艦の身体にされていても、その姿は誰がどう見ても親子そのものであった。

 

「よかった、よかったねぇ桜ちゃん、うぇえ」

 

 そんな様子を見届けて、耐えられなくなったから大泣きし始める蛍。透がハンカチを取り出すと、目元をグシグシと拭いていた。

 

「ほ、本当に、よかった。天涯孤独じゃ、ないなら」

「そう……ですね。お父様がいるなら、悲しいことも乗り越えていけるでしょう」

 

 これまで保護者をしていた平瀬と手小野も、桜のことは自分のことのように嬉しい。父との再会でコレまで以上に元気になれるだろう。

 




桜ちゃんのお姉さんの名前がようやく判明。春はアレスの娘であるハルモニアーから。春と桜、姉妹っぽい名前になりました。
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