後始末屋の特異点   作:緋寺

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桜の選択

 翌朝、うみどりは休暇3日目となるわけだが、この日は生憎の雨模様。ここ最近は雨が降っていなかったので、一部では恵みの雨とも囁かれているが、街への散策は少々億劫になるような天気でもある。

 とはいえ、軍港都市を回り続けることばかりが休息ではない。外に出ることなく、部屋でゆっくりすることだって休息。むしろ、これまでは心の休息だったが、今からは身体の休息と割り切ることも出来る。

 

「……昨日は酷い目に遭った」

 

 昨晩のことを思い出し、若干げんなりしている深雪。あの後、風呂で本当に深海棲艦化をやらされる羽目になったからである。冬月や涼月だけでなく、グレカーレや、果ては白雲まで見たいと言い出したため、引くに引けなくなったというのもある。

 深海棲艦化は今後のためにと1日1回はやっている。吹雪にも慣れておくべきだと言われていたこともあり、これは日課として毎日、暇を見つけた時には変化してまた戻るというだけでも。

 ただ、昨日は休暇中ということもあり、一度もそれをしていなかった。朝から遊んでいたため、忘れていたわけではないがタイミングがなかった。故に、渋々だが風呂で見せたのだ。

 

「いやぁ、眼福だったねぇ。真っ裸で変化するのって初めてだったでしょ?」

「そりゃあそうだがよぉ」

「煙幕で隠されるから変身シーケンスは秘密って感じがしたけど、子供が大人になるってのは、なんというかイイモノ見せてもらったって感じだよ」

 

 思い返してはニヤニヤするグレカーレ。冬月サイドに行った理由はまさにそれ。全裸での変身がどうなるかはこれまでに見たことがなかったので、真正面から凝視したかったというもの。欲望漏れ漏れであるが、知らないことをすることで緊急事態の時に何か役立つ情報が手に入るかもしれないと力説している。

 

「まこと、まことお美しいと、白雲は感動いたしました。どのような御姿でも、お姉様は素晴らしい」

 

 白雲もその時の姿を反芻して、うっとりと吐息を漏らす。一番感動していたのは白雲かもしれない。

 

「お、お疲れ様なのです……電にはあの勢いは止まらなかったのです……」

「構わねぇよ……コイツら悪ノリしやがって」

「ま、それが祟ってかジャンケンはイナヅマに負けたしねー」

「残念でございました。次こそはこの白雲が勝利を」

 

 そんなことがあっても仲が良い。愚痴くらいは言うが、その程度で壊れる絆ではないのだ。

 

「今日は雨だな。流石に外に出ていくのはやめておくか」

「なのです。お部屋でゆっくりでもいいですし、少し身体を動かすのもいいと思うのです」

「だな。ここってそういう設備あんのかな。あのぶいあーるとかもあるといいんだけど」

 

 1日半の休息をしたことで、身体が鈍っていないかと若干心配もしているため、身体を動かすのならばうみどりのようなトレーニング設備があると嬉しいなと思いつつ、朝食後は鎮守府内を散策することにした。散策というよりは、この鎮守府に所属する者に聞けばいいだけの話ではあるのだが。

 

「……お」

 

 そんなことを話しながら食堂に向かっていると、夜も父親と共に過ごすことが出来たため、満面の笑みを浮かべている桜と鉢合わせになる。その隣には勿論有栖提督も。

 娘との時間を取り戻すことが出来たからか、疲れらしい疲れも全く見えていない。昨日とは雰囲気が違うようにすら感じた。

 

「おはよー、サクラ」

 

 早速グレカーレが挨拶しながらハイタッチ。桜もニッコニコでそれに応じる。やはりこれまでとは違う明るさを取り戻していた。

 

「おはよう諸君。よく休めているようで何よりだ」

「おはよう有栖司令。いや、やっぱりアリスちゃんの方が」

「それはやめろ。伊豆提督も止めろ」

 

 そこは譲れないらしい。

 

「再三ではあるのだが、桜を救ってくれて感謝する。私もよく眠れた気がする」

「そいつは良かった。桜も見たことないくらい元気だ。アンタと一緒にいるおかげなんだろうな」

「かもしれないな」

 

 ここで有栖提督から一つ、昨日も少しだけ話題になったことが切り出される。

 

「昨晩、桜と話し合った。この子の今後のことだ」

「……ああ、それはあたし達も気にはなってたよ。どうすんのかなって」

「私は桜の意思を尊重しようと思っていた。今は言葉を失ってはいるが、それでもその意思を汲み取り、何度も聞き直し、桜が決めたことを私も叶えることにする」

 

 桜は今、うみどりに保護されているという立場である。姿も深海棲艦に変えられてしまっているため、人間として扱うのも難しい。だが、元人間であることは確実であり、かつ素性も全てわかっていること。うみどりが何もかも管理しなくてはならないわけではない。

 有栖提督もそれは当然理解しているが、最終判断は桜の意思とした。自分の意思も伝え、それとは違う選択肢があることも伝え、その上で桜に自分はどうしたいかを聞いた。

 

「桜は、私の鎮守府で保護させてもらう。桜が戻りたいという意思を見せたんだ」

 

 その結果、桜はここでうみどりを降りる決意をした。

 

 うみどりが嫌というわけではない。むしろ、居心地は非常に良かった。保護者としての平瀬や手小野もいたし、黒井兄妹との交流も楽しめていた。ここで有栖提督と再会していなかったら、何の迷いもなくうみどりに戻っていただろう。

 だが、ここでうみどりの仲間達以上に会いたかった父親に会うことが出来たのだ。母も姉も失って、今考えられる唯一の肉親と。ならば、その温もりが恋しくなるのも無理はない。それに、有栖提督の鎮守府に所属する艦娘達とは面識もあるため、保護されてそこで暮らすことになっても苦ではない。

 

「そっか。やっぱ親子一緒の方がいいよな。あたしもそう思うぜ」

「なのです。せっかくまた会うことが出来たのですから、今度は離れ離れにはならない方がいいのです」

 

 寂しくないと言えば嘘になる。これまでずっとうみどりにいたのだ。表舞台には出てこずとも、その裏には必ず共にいた。時にはトレーニングルームで、時には食堂で手伝いをしながら、艦娘達と交流をし続けていた。

 だがやはり、今のうみどりは危険だ。環境がではなく、敵の本拠地に乗り込むという大きな作戦を後に控えているのだ。艦娘達だけでなく、艦そのものもどうなってしまうかわからないのだ。

 以前までは深海棲艦の身体だからという理由で最も安全だったのがうみどりだったが、今はもう軍内では理解もされているのだから、言ってしまえば何処にいても変わらない。

 

「これで縁が切れるわけではございませぬ。再び相見えることもございましょう。うみどりの繋がりは、そう易々と断てるモノではないと、桜様も承知でしょう」

「だな。むしろ、今回で余計に繋がりが太くなったぜ。それに、身体を治す方法はずっとこっちでも研究してんだ。()()()が来たら、絶対にまた会うことになる」

 

 何処ででも治療が出来るというわけでもないであろうカテゴリーYの再人間化。もしその方法を発見することが出来たら、桜もその処置を受けることになるだろう。そうなれば、うみどりの面々と再会する時にもなる。

 

 それまでは暫しのお別れ。これは離別ではなく、門出だ。

 

「そっかそっか、サクラはパパと一緒にいたいよね。せっかく会えたんだもんね」

 

 グレカーレに言われて、桜は頷いた。まだ年端も行かない子供には、戦場よりも親の近くが最も落ち着ける場所になるだろう。それは誰も否定しないし、むしろ推奨する程だろう。だからといって出ていけとは言わないが。

 

「あたし達が、ちゃんと人間に戻れる方法を探しておくから、もう少し待っててね。パパとなら大丈夫だよね」

 

 その言葉に強く頷いた。うみどりの温もりも恋しいが、やはり血の繋がりはそれより強い。

 

「有栖司令はいつまでここにいるんだ?」

「元帥閣下の休息が終わるまではいる予定だ。発つのは明日の午前中になるだろう」

「……短くね?」

「私もそう進言した。元帥閣下はお疲れなのだから、もう少し長く休暇をとってはどうかとな」

 

 だが、そこは大本営のトップ。休みはするが、長期に席を空けるわけにはいかないと、程々にしているらしい。軍港都市に二泊三日。これが限界だと最初から決めていた。

 元帥がそうすると言うのならば、それ以上は食い下がれない。それで休まるかは心配ではあるが。

 

「それまでに、うみどりの者達に挨拶を済ませておく。桜を護ってくれたんだ。感謝を、私の口から伝えたい」

「なるほどな。今日は雨だから残念だけど、それならそこまで外に出てる奴の方が少ないかもだから、何かと話しやすいかもな」

 

 軍港都市で親子で散策というのもやってみたかっただろうが、雨なのだから仕方ない。むしろ、雨であっても出ていっても構わない。その方が人混みも少なく、歩きやすいかもしれない。

 ここからの選択もまた、桜にしてもらうことになる。雨であっても外に出たいというのなら、それもまた叶えてあげるだろう。

 

「桜、そろそろ朝食に行こうか」

 

 有栖提督の優しい声色に、桜は元気よく頷いてグレカーレから離れる。そして、満面の笑みで手を振った後、有栖提督と手を繋いで食堂へと向かっていった。

 自分達も今から食堂なのだが、それを忘れてしまったように二人を見送った。共に向かうのは気が引けてしまった。たったコレだけの時間であっても、親子の団欒に水を差すことは出来なかった。

 

「……少し別のところ行ってから飯にするか。なんか腹一杯になっちまった」

「さんせー。お腹いっぱいというか、胸いっぱいっていうか」

 

 桜との別れは確実なモノになったが、それでも悲観的な意見は全く出なかった。

 

 

 

 

 桜がうみどりを降りることは、すぐに仲間達に伝わった。もう会えないと思っていた親と再会出来たのだから、これ以上ない選択だと誰もが祝福する。何も悪い事ではない。

 




今回の休暇を以て、桜ちゃんはうみどりから離れることになります。子供ながらに最善を選択したはず。
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