冬月の過激な拷問が続く裏側では、艦娘達のトレーニングはずっと続く。自分のやりたいこと、やられたくないことを見極めるために、3つのコースを好きなように回っていくスタイルで進めていた。休憩したい者は自分の意思で休憩をして、なるべく長く続けられるように。
深雪はその全てを網羅するように経験を積み、短い時間であってもその身に刻む。今はグラップラータイプのトレーナーである伊203から、接近戦からの関節技への流れを学んでいるところ。
「深雪は素早いから、潜り込んだらすぐに服を掴めばいい。そのまま襟首絞めて、頸動脈を止めてやれば、そのまま終われる。一番早い」
「落としちまえってことだな。グレカーレ、軽くだけどやるぞ」
「よーし、ばっちこーい」
相変わらず受けるのはグレカーレ。
深雪は伊203から伝えられた通り、素早くグレカーレの懐に身を寄せると、その襟をクロスして掴んでギュッと絞める。襟が完全に頸動脈を押し潰すような場所に食い込んでおり、そのまま力を入れれば、グレカーレを落とすことが出来るような自然な構えに。
「おー、完全に絞まってる。ミユキってばちゃんと加減してくれてんじゃーん」
「そりゃそうだろ。今は技の入りの訓練だ。本気で落とす気なんて無いからな」
「もう少し強くやってくれてもいいよん? あと密着しても。ここからならあたし、多分抜けられるからね」
そう言うが早いか、グレカーレは深雪の脇腹を擽るようにつついた。
「あっひゃあい!?」
「お゛え゛っ!?」
それに驚いた深雪、あまりにも驚き過ぎて、襟首を思い切り引っ張ってしまった。そうなるとわかりやすくグレカーレの息が止まる。
「っととと、悪い! でもお前があんなことするから」
「ぜぇ、ぜぇ、すごい入り方したよ。アレされたら抜けられるなんて言葉は撤回させてもらうよ」
息苦しそうにしていながらも、何処か恍惚とした表情を見せる。推しとの密着がグレカーレをそうさせている。
だが侮るなかれ、グレカーレは技を受けながらも対策などをしっかり考えている。脇腹突きもその一環。やったら逆に絞めつけが強くなるのは想定していなかったため、これもまた学びとケラケラ笑っていた。
「もっと強く入れば、そのまま落とすことも出来たと思う。これでもかかりが甘い」
「お、おう……まぁ今はそれを狙ったわけじゃあないからいいんだが、やらなくちゃいけない時は容赦せず行くぜ」
「それがいい。判断は早ければ早い方がいい」
それがもし、命を奪ってしまってはまずい相手であっても、瞬時に判断し、即落とすとすれば、最悪の結末だけは避けられるだろう。逆に、
「ミユキは大人の姿もあるんだから、そっちでもトレーニングいるんじゃない? 感覚が変わってくるでしょ」
ここでグレカーレが深雪特有の性質を考えてのアドバイス、というよりは必須技能を提言。今の深雪は最も動きやすい姿、本来の艦娘の姿で訓練を続けているが、戦闘モードと言っても過言では無い深海棲艦の姿もある。あちらは大人の姿になるため、今とは大きく勝手が変わる。徒手空拳はリーチが違うし、掴みかかったら膂力も違う。
「ここ最近、戦う時はあっちの姿になることの方が多いでしょ? あっちでもやっておいた方が良くない?」
「まぁ確かにな。フーミィ、どう思う?」
「選択肢は増えるに越したことはない。やれることは今やっておけばいいと思う」
「よし、わかった。確かにやれることが多い方がいいからな」
伊203にも促され、深雪はその場で深海棲艦化。成長した身体を軽く動かした後、改めて訓練再開。
「届く距離が変わってるから、グレカーレくらいならそこまで近付かなくても届いちまうな」
「あたしは駆逐艦の中でも小柄な方だからねぇ。イナヅマもそうなっちゃうと思うけど、何処かの
深雪がグレカーレの頭を押さえるだけで、その手は届かなくなってしまう。とはいえ、腕がすぐそこになるのだから、器用に深雪の腕を取り、脚を引っ掛けたかと思えば、そのまま腕ひしぎのカタチに持っていこうとする。
「そう来られたら、腕を床に」
「なるほどな」
だが、対処もわかりやすい。グレカーレが軽いというのもあるが、今の深雪は深海棲艦化も相まって膂力はかなり強い方。この状態からグレカーレ諸共腕を床に叩きつけることが出来る。
「ぎゃあっ!?」
背中から叩き付けられたのだから、そんな悲鳴が出てしまってもおかしくはない。もっと強くやられていたら、悲鳴だけではすまなかった。身軽さを利用して、敵に全体重をかけるような技を仕掛けると、そういうデメリットがあることを嫌というほど思い知らされる。
「でも、あくまでこれは敵が武器を持ってない場合に限る。出来るなら、掴むより叩く方がいい。取っ組み合いを仕掛けられた時の緊急手段だから」
「だな。神通さんにも言われたよ。まずは武器を壊すってな」
「それが一番早い。こうやってトレーニングしてるけど、武器の壊し方も知っておいた方がいい」
3つのコースを設けられているが、ここで4つ目の知らなくてはならないこと、敵の武器破壊についての訓練も必要だと今更ながら示唆される。
敵がどのような武器を使ってくるかはわからない。普通に主砲なども使う可能性もあれば、近接戦闘のための武器を持ち出してくる可能性もある。隙を見せて近付いたところに暗器を隠している場合だって想定される。
「その辺りは私も考えておく。最悪は先んじて封じるのが一番速い。余計な苦労は潰しておくに限る」
「だよな。あたしもまだまだ知らないことだらけだ。そういう意味では、まだ生まれたばっかなんだなって実感出来るぜ」
「深雪はこれまでが濃厚すぎるだけ。速いに越したことはないけど、頭が追いついてない。頭の回転も速くしなくちゃダメ」
「それ、あたしが一番苦手なヤツかも」
素質はある、と伊203は付け加える。舌戦の時の頭の回し方を常にやればいいのだと。あれは思ったことをただ口にしているだけだからであり、頭の回転などはそこまで考えていないと深雪は思っていた。ならば、逆に素でそれが出来ているのだから、意識出来ればより回せるだろうというのが伊203の考え。
それが出来れば苦労はしないのだが、少しは意識してみようと考えはする。それこそ、煙幕を無意識に出さないようにするような感覚で。
「……グレカーレ、そろそろ起き上がらねぇか?」
「んー? もうちょいこのままでー」
そんな話をしている間も、背中を打ち付けられて悶絶していたと思われていたグレカーレが深雪の腕に組み付いたまま離れようとしていない。あわよくば腕でなく身体の方に行こうとしていたため、深雪は一旦持ち上げた後、もう一度床に打ち付けた。
「ぎゃん!?」
「動かなかったら何もしねぇけど、下心丸出しなんだよお前」
「ソンナコトナイヨー」
下手くそな口笛を吹くグレカーレに、深雪は溜息を吐くことしか出来なかった。
そんな訓練中、工廠の奥から小さくだが声が聞こえてくるようになる。それに最初に気付いたのは、神風。
「……奥で尋問をしているんだったかしらね」
工廠の奥に目を向けるが、そこから何か見えるわけでは無い。しかし、微かに聞こえた声が、自分の知っている誰でもないことはすぐにわかった。
「アレが……噂の生首の声かしら。じゃあ、割と見せられないことしてるのね。奥でやるのは当然か」
そんなことを呟きながらも、神風は訓練を施していた。今の相手は白雲。深雪達のように伊豆提督に直接教えを受けた者とは違う、純粋に神風からの教えを刻んでいる一番の弟子。
しかし、今はまだまだ神風には到底追いつくことは出来ない。『凍結』を使うのならば話は変わるのかもしれないが、純粋なフィジカルでの戦いでは、神風が片手間であっても全ての攻撃が捌けてしまう程に実力差がついている。
白雲はその実力差を埋めるため、深雪達とは違って武器の使用を考えている。それが、短刀……ではなく警棒。殺傷能力は抑えているが、まともに当たれば致命傷にもなりかねない、次の戦いでは優秀な戦術にもなり得る道具。
神風はそれ相手に素手で戦ってコレなので、やはり実力差は明らかなのだが、しかし白雲も善戦は出来始めていた。
「うん、白雲、やっぱりこういうことはどちらかといえば得意では無いようね。無闇矢鱈に振り回してるわけじゃないけれど、深雪ほど大胆じゃないし、電ほど繊細でもない。でも身体は柔らかいようだし、身のこなしは磨けば輝くわ。鎖にばかり頼らない戦い方、しっかり刻みつけてあげなくちゃね」
「ありがとう存じます、神風様。日々の鍛錬、基礎をみっちりと刻んでいただいたおかげで、動きだけは慣れやすく」
「ええ、いい感じよ。本当に努力を惜しんでいないようで何よりだわ」
白雲が努力を続ける理由なんて、非常にわかりやすい。全ては深雪のため。いつもの4人の中で、最も経験などが不足しているのは間違いなく白雲だ。生まれも最も遅く、その能力でどうにか近しいモノに持っていけているだけ。素体のスペック、練度だけで言えば、どうにもこうにも差が出来てしまう。
神風を師事し、基礎から学んでいるのは、その差を少しでも埋めるため。深雪でも届かない遥か上にいる神風に学べば、きっと深雪に追いつけると信じて。
「しかし、先程は余所見をしていた様子。あちらから何か?」
「え、ああ、ごめんなさいね。ん、今もそうだけど、工廠の奥から声が聞こえるじゃない」
「声……ですか?」
耳を澄まして聞いてみるが、白雲にはそれが聞こえなかった。
「悶絶するような声よ。まぁ、何をしているかは何となくわかるけれど」
「……我々には奥に来るなと命じられておりますが、その声とやらが理由でしょうか」
「ええ、見せられないことしてるわよアレ。深雪とかにもね」
深雪の方に目を向けると、相変わらず伊203のコースでグレカーレ相手に関節技を仕掛けていたが、この声には気付いていない様子。
代わりに、伊203の方は気付いているようで、なるべくそちらに意識が向かないように立ち回っているのが見えた。いつもより少し饒舌。
「貴女も気にしなくていいわ。さ、もう少し続きをしましょ。時雨と夕立も見てることだし」
「はい、よろしくお願いいたします、師匠」
「その呼ばれ方はどうにも慣れないからやめてちょうだいね」
こうして訓練をひたすら続けているのは、工廠の奥で繰り広げられる凄惨な状況から気を逸らすため。知らなければ知らない方がいいことばかり。
深雪が激しく訓練をしている隙に、生首を好きにするという策。あの尋問は、知らなきゃ知らない方がいい風景。冬月を見る目も変わっちゃうでしょうしね。