後始末屋の特異点   作:緋寺

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穏やかな鍛錬

 阿手との決戦に向けて軍港から発ったうみどり。同じようにおおわしとこだかも共に進み、さながら艦隊のような航行。

 向かう先は襲撃を仕掛ける島──ではなく、そこから最も近い有道提督が管轄する鎮守府。そこで襲撃に参加するメンバーを待ち、揃ったところで改めて出撃となる。

 

 既に決まっているのは、集合場所となっている有道鎮守府の艦娘達。当然鎮守府防衛にも戦力を割く必要があるため、参加するのは鎮守府の中でも有数の実力者であろう。

 そして、有栖提督にも連絡を入れているため、そちらからの増援も期待出来る。むしろ、連絡を入れる前から誰を出撃させるかは決めていたようで、何処に向かわせるかを教えてくれればいいとまで言ってのけた。相変わらずだなと伊豆提督は思いつつも、声色に温かさが含まれているのは聞き逃さない。

 桜が有栖鎮守府に引き取られてから、あちらは非常に明るい雰囲気になったという。有栖提督自身がそう述べたのだから、それは紛れもない真実。

 

「今日の残った時間と明日の丸一日が準備期間になるわね。その間に、出来ることをやっちゃいましょ」

「そうね。時間が多くあるわけじゃないし、最後の詰めをやっておかなくちゃね」

 

 まずは残り1日半。その間にやれることを一通りやっておく。伊豆提督はまず真っ先に他の後始末屋への連絡を、イリスは艦内のチェックを入念に。

 まだ本来の業務に戻れないのだが、それは大本営公認。無差別テロまでしでかしている阿手を止めることが出来るのは、もううみどりを中心とした部隊しかいない。

 

 

 

 

 うみどりに戻ってきた艦娘達は、軍港鎮守府に滞在していた時とはまた違った自由時間を手に入れていた。

 とはいえ、もう決戦は近いのだから、最後の最後まで出来る限り鍛えておこうという気持ちが強く、ある者はトレーニングルームで、ある者はVR施設を使うことで技を磨く。

 イリスが別件で忙しくとも、妖精さんの力を借りることでVRの使用は可能。それを早速使っているのは、神風と伊203だったりする。

 

 身体も技も極まっているように思えたが、当人達はまだまだ無駄を切り詰めることが出来ると、更なる鍛錬を求めた。教えることも多くなってきているが、今度の戦いのためには自分も鍛えておかねばならないと、この半日だけはやらせてほしいと頼んでいたくらいである。

 

「あそこまで行くと、基礎ってよりはもう技を極めていくって感じになるんかねぇ」

 

 そんな2人を見送った深雪は、まだまだ基礎をしっかりこなしていこうとストレッチを欠かさない。

 むしろ、時間が無いからこそ今は基本に立ち戻って、身体をより動かしやすくしていきたい。技も勿論必要だが、それ以上に基礎を完璧にしておきたい。長年の積み重ねがある2人と違って、深雪はまだまだ時間が足りていないのだから。

 

「夕立ちゃんと綾波ちゃんも入っていっちゃったのです。2人はちょうどいいって言ってましたけど……」

「あの中なら何やってもいいからじゃね?」

 

 夕立はともかくとして、綾波も本気で戦うとなったら神風と伊203相手では厳しいのではと思われる。

 これまでの演習では砲雷撃戦のみでの戦いとなっていたため綾波に分があったが、神風にとっては砲雷撃戦は()()()みたいなモノ。本当に殺す気で行くならば、そちらよりも刀を使った近接戦闘の方が早いし強い。それでも綾波は追いついて来そうなのが笑えないが。

 

「綾波、大丈夫なのかしら」

 

 少しだけ心配している暁も、深雪と電のトレーニングに付き合ってくれていた。トレーニングルームの向こう側にVRの設備があるということでここまではついてきているが、綾波の面倒を見るために自分も仮想空間に入ろうとは思っていないらしく、そこは神風と伊203に全部任せることにしている。その2人もそれで構わないと暁から引き取っている。

 

「大丈夫……かなぁ。アイツ、やられたらやられた分だけ気合入るタチだろ?」

「そうだけど、ムキになって延々とやろうとしないかなって」

「それは……あり得るよな。つーか、暁の方がその辺は詳しいよな」

「だから不安なの」

 

 最も長くコンビを組んでいる暁が不安になっているのは、綾波が駄々を捏ねて神風と伊203のトレーニングの邪魔をしないかどうか。神風は割と最近までその強さを隠していたようなモノなのだから、綾波としても余すところなく味わおうと、相手のことを考えずに行動しかねない。

 神風はこれもまた技を磨くチャンスだとは言いそうではある。より強い相手とぶつかり合うことで伸びるところもあるだろう。

 

「あの2人、綾波よりも強いわよね」

「あたしから見たらどっちもどっちだけど、容赦なく行けるなら2人の方が強いんじゃないかとは思ってる。贔屓目もあるけど」

「心配だわ……何しても大丈夫なんて言われたら、綾波は仲間でも滅茶苦茶にするだろうし」

 

 トレーニングしながらでも、チラチラとVRの部屋を見てしまう暁。

 

「ご心配なさらず」

 

 そんな暁に、同じようにトレーニングルームに来ている白雲が忠告。

 

「神風様ならば、そのような狂犬も飼い慣らす程でしょう。あの夕立様も、神風様に完膚なきまでにやられて丸くなったと聞いております」

「丸く……? まぁ最初の頃に比べりゃ良くはなったか」

「それに、我々では神風様の本気を受け止めることは出来ませぬ。綾波様程の実力者で初めて、訓練となるのではないでしょうか」

 

 深雪もそれは同意した。神風が相手を殺す気で戦った場合、深雪達ではまず間違いなく足元にも及ばない。綾波くらい獰猛に向かっていく実力者でなければ、相手にもならないだろう。

 敵にもそれだけの実力者が来ることを想定して訓練しなくてはいけないため、タイミングさえ合えば、白雲やグレカーレのように神風に指導してもらいたいものだと深雪は思う。

 

 そこで、思い出したことがあった。

 

「あ、そういえば……あたし、ハルカちゃんに直々に教えてもらえるって約束したんだった」

「ハルカちゃんさんが治ったら、という話だったと思うのです」

「ああ、ハルカちゃんがそう言ってた。まだ完治とまでは行ってないし、流石に難しいよな」

 

 以前に約束した訓練。伊豆提督の脚が治ったならば、直接指導してくれるという約束。伊豆提督のことだから、その約束を反故にするようなことはないだろうが、今は完全に治ったわけでもない。深雪もそれをわかっているため、無理を言おうだなんて思ってはいなかった。

 

「提督様の教え……それほどのモノなのですか」

「ああ、そりゃあもうヤベェよ。だって、それやったから、電はグレカーレを絞め落としたんだし」

「なんと。まことなのですかグレ様」

「ホントだよ。あたし、アレでイナヅマにわからされたんだもん」

 

 電がグラップラーとしての才覚を発揮出来るようになったのは、伊豆提督直々の教えのおかげ。そして、その結果がグレカーレとの喧嘩を難なく終わらせることが出来る程の力だった。

 その時のことを思い出してニヤニヤするグレカーレ。あの()()()()のおかげで、今のグレカーレがあると言っても過言ではない。その後、深雪の行動からもわからされ今に至る。

 

「その教え、どなたがお受けに?」

「あたしと電、あと()()

 

 深雪が指差す先にいるのは、まさに白雲とグレカーレがトレーニング──ではなくストレッチを()()()()()者。身体の硬さを指摘され続けている時雨。

 

「よくもまぁ僕のことを差し置いてベラベラと話してくれたモノだね」

「シグレもそのおかげでユーダチに勝てたようなモノなんでしょ?」

「まぁね……アレは多少なり感謝してででででで!?」

「はいはい、もっと柔らかくしよーねー」

 

 2人がかりで脚を開かせ、背中を押したり腕を引っ張ったりしているため、時雨の身体は本来の可動域を超えて動かされ、悲鳴を上げるに至る。

 

「時雨様、この硬さは致命的でございます。もう少し強引に行きますか」

「強引って何するつもりさ」

「この白雲、心を鬼にして上から踏み潰そうかと」

「やめてくれ。いくら君とはいえ重いモノは重い。関節がおかしくなる」

「まぁ、乙女に向かってそのような口を利くとは。ではグレ様ならばよろしいでしょう。白雲より軽いでしょうから」

「そういう問題じゃギャーッ!?」

 

 ニッコリしながらグレカーレが時雨の背中に腰を下ろした。椅子代わりにするかのように脚まで組んで、時に腰を振ってよりキツく関節が拡がるように。

 

「ぐっ、グレカーレっ、それは流石にまずいっ」

「えー? 何がー?」

「股が裂けるっ、股関節が変な音してる!」

「本当に硬いねシグレ。陸戦だと回避が全部身体能力に直結するんだからさ、硬いとそれだけで避けられなくなるよ」

 

 時雨の悲痛な叫びに苦笑しながら、グレカーレは時雨の背中から腰を上げる。時雨は息も絶え絶えになっていた。

 

「つっても、あたしは時雨にも期待してんぜ。陸戦出来るヤツは数いるだろ」

「ハルカちゃんさんがどう選ぶかというのもありそうなのです。深雪ちゃんはもう陸だと言われてますけど」

「そりゃあそうだけど、経験ある無しで言えば時雨も経験者っちゃ経験者だから、選ばれる可能性高いと思うぜ」

 

 近接戦闘が出来るかどうかは、今回の戦いでは選択肢として強く作用しそうである。殺さずで敵を斃すことが出来るからだ。

 島民との戦いになってしまった場合、ストライカーである時雨はそれらを殴り倒していくことになるだろう。呪いのおかげで躊躇がないという点でも、採用される要素としては充分。

 

「まぁ最終判断はハルカちゃんだから、どうなってもいいように鍛えておこうぜ。せめて脚がもう少し上がるようになった方がいいだろ」

「それでももう少し優しくしてくれてもバチは当たらないんじゃないかな!?」

「お前、もしあたしの身体が硬かったら、絶対同じようなことするだろ」

「……」

 

 ニコッと笑みを向ける時雨。そして、白雲とグレカーレによる強引なストレッチの再開。

 

「ともかく、だ。その時は近いんだからしっかり鍛えておかないとな」

「なのです。みんな救えるように」

「ああ」

 

 深雪達もトレーニング再開。暁にも手伝ってもらい、不得手をなるべく減らせるようにと最後の詰めである。

 

 

 

 

 決戦までになるべく多めに経験を積み、それを活かす。そのためには、少ない時間を有効活用しなくてはならない。

 だとしても、必死にやるのではなく楽しくやる。モチベーションを落とすことなく、仲間と共に歩いていくことが大切だった。

 




白雲とグレカーレは時雨のストレッチと称してトライアングルドリーマーかけてる
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