後始末屋の特異点   作:緋寺

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鍛えたい場所

 軍港を出て半日しか無かったその日はそのまま終わり、久しぶりのうみどりの私室での就寝。

 軍港鎮守府の時のように深雪との添い寝権を賭けたジャンケンは流石にすることはない。深雪と添い寝するのは電。代わりに、白雲とグレカーレが2人でどちらかの部屋を使うということになった。

 白雲も深雪の添い寝が無ければ不安定だったモノだが、軍港鎮守府ではそれが無くても問題ないことがわかり、かつ、グレカーレとは今や同門の弟子同士でもある親友となっていることもあるため、2人で共に行動することも多い。今晩がまさにそれ。

 

「白雲も本当に丸くなったもんだぜ。それに、滅茶苦茶頼りになる」

「なのです。白雲ちゃんも、グレカーレちゃんも、一緒にいて楽しいのです」

 

 深雪と電、2人だけでベッドに入っているのは、非常に久しぶり。部屋にも2人きり。まだ出会って間もない頃を思い出す程であった。

 

「……まずは阿手との戦いだ。でも、多分出洲と戦うのよりも面倒臭い戦いになると思う。むしろこっちが本命なんじゃないかなって思えるくらいに」

「なのです……きっと、酷いことばかりしてくるのです。目も当てられないくらいに」

 

 想像するだけでも悍ましいことをしでかすのが阿手だ。今はおそらく特異点を迎撃するために、あちらも準備中と言ったところか。

 それでも逃げ道は確保していると思うし、むしろ阿手だけは既に逃げ果せているなんてことすらあり得るから困る。

 

 どんな状況であっても、まずは冷静に。救える者は救い、そうでないものには鉄槌を。これまでやってきたことをこなすのみ。

 

「何が起きても、あたしは電の横にいるから安心しな。だから、電も頼むぜ」

「はい、電は深雪ちゃんと一緒に頑張るのです。それならきっと、前に進めるはずなのです」

 

 互いに笑い合い、そしてそのまま眠りにつく。気持ちはまだ落ち着いている。せめて戦いを始めるその時までは、この落ち着きを維持したいと思いながら。

 

 

 

 

 翌日。約束通りに伊豆提督による特訓を受けることになる深雪。共に受けるのは電は勿論、話を聞いて興味を持ったグレカーレと白雲、そして()()()()()()()()()()()()()夕立とスキャンプである。初めて潜水艦に乗り込んだ時、喧嘩によって敗北した第二世代が全員そこに揃っていた。

 グレカーレは付き合いというところもあるが、やはり深雪や電がアレほど強かった理由というのは知りたいらしい。夕立はただただ好戦的で、自らの手段が増やせるならば何でもするというタイプ。そしてスキャンプは──

 

「テメェにやられたこと、あたいはまだ根に持ってんだ。何やったらああ出来るのか、あたいも体験しておきてぇ」

「潜水艦だからって陸で戦わないとは限らないもんな。フーミィも神風とやり合ってたくらいだし、お前も知っておいた方がいいかもだ」

「おう。今回は総力戦だ。潜水艦だとか関係無ぇ。あたいも陸に上がるつもりで鍛えておく」

 

 スキャンプがやる気満々なのには実は少々別の理由がある。陸での戦いに参加するかはまだわからないが、誰がそこに配置されてもいいようにしたいと彼女なりに考えた結果だ。

 もしかしたら、島民を救うために救護班が上陸するかもしれない。もしかしたら、島の調査のためにおおわしから何人も派遣されるかもしれない。そんな者達を少しは守れる力を欲していた。特に前者。

 

「強くなりゃ、酒匂さんも守れるようになれるわな。それに、おおわしの子供達も」

「……サカワはわかるが、あのガキ共は関係ねぇよ」

「そういうことにしといてやるよ。守るために強くなることはいいことだとあたしは思うぜ」

 

 何をしてくるかわからない阿手の島。出来ることを増やすのは悪いことではない。それが本来の役目から逸脱しているとしても、救える、守れるのならば、その手段は間違ってはいないと確信を持っている。

 

 スキャンプも随分と丸くなったなと、深雪はしみじみと思った。前ならばこんな場所にも来ていなかっただろうし、無理に来させられたらずっと文句ばかりを言っていただろう。それが、自主的に成長を望むようになり、その理由が自分のためでは無く仲間のため。深雪と殴り合ってた頃からは考えられないくらいの変わりようである。

 

「お待たせぇ。ごめんなさいね、少し準備に手間取っちゃって」

 

 そんな話をしているうちに、伊豆提督もトレーニングルームにやってきた。自分のリハビリも兼ねているため、しっかり動ける運動着に着替えて。

 

「さて、と。じゃあまずはしっかり身体を温めておきましょうね。その後に、いろいろやってもらうから」

「うす、ハルカちゃんからの教えは何でも身になるからな。楽しみだぜ」

「なるべく早く強くなれるようなことは教えられるかはもうわからないけれどね」

 

 苦笑しながら、伊豆提督は軽めにストレッチ。ただそれだけでも、艦娘達よりも随分と違うことをわからされる。

 大人の、かつ男性の身体であっても、非常に柔らかい。I字バランスは勿論のこと、その状態での安定感が異常。ふらつくこともなく、前や後ろに脚を持っていったところでバランスが取れている。脚が震えるなんてこともない。

 

「うん、本調子には大分近いわ。痛みも今のところ感じない。違和感がある時は少しだけあるけれど、これなら万が一の時に戦うことも逃げることも出来ると思う。まぁ戦うのはなるべく避けるけれどね」

 

 艤装人間との戦いで負傷したこともあり、人間の身で戦うのは流石によろしくないとよく理解した模様。相手が人間であるなら、人間として制裁に行くが、そうでないなら大人しくしておくというのは普通である。前線に出ることで足手纏いになりかねない。

 と言っても、伊豆提督の戦闘力は人間の枠組みに入れていいモノかはわからないが。半分は艦娘、しかも第二世代では伝説と化している鳳翔の血を継いでいるのだ。その時点で並ではないのは確か。むしろ、脚を機銃で撃たれたというのに、モノの一週間でここまで復帰出来ているのも相当なモノである。

 

「それじゃあ、身体も温まったところで特訓だけれど、問題です。あちらは主砲みたいな武器を持っているとして、こちらは武器が使えない。でもどうにかしなくちゃいけないというとき、アナタ達ならどうする?」

 

 そんな質問に、真っ先に答えたのは夕立。

 

「真正面から突っ込んでボコるっぽい!」

「それが出来るのは夕立ちゃんだけね。今は『ダメコン』があるから無理が通せるけれど、それを無効化される可能性も考えましょ。現に今、その前例が出来てしまっているんだもの」

 

 前例は勿論、叢雲の『標準型』だ。叢雲の場合は触れるという前提条件があるものの、その者が持つ特別な力を全て無効化し、『普通』に変えてしまう力。それこそ自爆覚悟で触れさえすればヨシと群がられたら、いくら『ダメコン』を持つ夕立でも苦しいだろう。何故なら、頼りになる力を失った上で叩き潰されるのだから。

 

「そもそも夕立ちゃんの『ダメコン』は、傷を最小限に抑える力よね。トラちゃんもそうだけれど、傷付けなくても相手を斃す、最悪命を奪う方法なんていくらでもあるわ」

「……絞技、なのです」

「電ちゃんの言う通り、傷付かなくても頸動脈を押さえ続けるだけで簡単に落とせるわ。それを体験してる子もいるけども」

 

 いやぁと頭を掻きながら笑うグレカーレ。三角絞めで落とされた時のことを思い返せば、グレカーレは身体には一つも傷がないがやられている。電が加減をしたから落ちる程度で済んでいるが、やろうと思えばそのまま命を奪うことすら出来る。

 敵は兵器に頼るだけではないと仮定すると、近接戦闘でそういったことをしてくる可能性も考えなければならない。それこそ絞技だけでなく、紐で首を絞められるだけでも致命的。敵も『ダメコン』を持っており、こちらの攻撃を真正面から受けながら掴まれて、そのまま絞められるということも考えておかねばならない。

 

「そんな状況に置かれた場合のアタシが真っ先に考えることは、()()()よ」

 

 あまりにも単純。故に、反論もある。

 

「逃げてどうすんだよ。こっちは勝たなきゃなんねぇだろうが」

 

 スキャンプが言うことに、誰もが頷く。しかし、伊豆提督は勿論そうだけれどと話を続ける。

 

「次の戦いは潜水艦みたいな密閉された逃げ場のない戦場でもなければ、海の上のように見晴らしが良すぎる平坦な場所でもない。島の中、街の中で戦うようなもの。高低差もあるし、遮蔽物だってある。場所によって戦いやすさが段違いよ」

「じゃあ、逃げるってのは」

()()()()()()()()()()()()()()()逃げるということ。それで追ってきてくれればありがたいし、追ってこないならその場で戦い方を考えられる時間が作れる」

 

 軍港都市での戦いを思い出す。追われながらもどうにか建物の中に入り、次の出方を考えた。視察に出るなんてこともした。それを次もやらねばならないだろう。スキャンプはその際に敵の餌食にもなっているため、より苦い顔をする。

 

「で、ここからが本題。逃げるために必要なのは、脚力。スピードもそうだし、ステップもそう。バランス感覚を手に入れたのなら、次に重点的に仕上げたいのは、脚」

 

 ここで深雪と電には思い当たることがあった。伊豆提督の本気の脚力が尋常ではないこと。

 

「え、まさかハルカちゃんのアレ、あたし達も出来るようになんのか?」

「アレって?」

「ハルカちゃんさんは、敵艦載機を蹴りで破壊しているのです」

 

 人間が、艤装と同じ強度を持つ、むしろ深海製なためにより強固なそれを、ただの蹴りで。

 伊豆提督の戦闘力は知っていただろうが、それに関しては初耳であるため、スキャンプですら目を見開いた。

 

「て、テメェ、マジで人間かよ」

「ご覧の通り、か弱い人間よぉ」

「何がか弱いだこの野郎」

 

 スキャンプの悪態も笑って済ませる伊豆提督。

 

「ともかく、下半身強化という点は変わらない。体幹、バランスが一番重要と伝えたけれど、それを支える脚も絶対的に重要。勿論全身が鍛えられていればいいけれど、アタシはどちらかといえば脚をより強化する」

「なるほどなぁ。じゃあ、夕立とか最初からいい線行ってんじゃないか?」

「そうね。鎮守府戦で壁蹴りしながら前進していたものね。子日ちゃんと一緒に。アレが出来るのはとてもいいと思うわ」

 

 途端に褒められて夕立もニヘヘと笑う。今この場でも伊豆提督が教えたいことが最も出来ているのは夕立であろう。

 

「それでも、もう少し強化した方がいいわね」

「ぽーい! もっと強くなる!」

「あたしらもやるぜ!」

「なのです!」

 

 全員の意思が一致したことで、伊豆提督もニッコリ。

 

「それじゃあ、はじめましょっか」

 

 

 

 

 ここから始まるのは楽しくも厳しい伊豆提督直々トレーニング。これにしっかりついていけてこそ、次の戦いで活躍出来る程の力を得られる。

 




潜水艦も脚力はありそうだけどね
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