「こ、これ、意識するとかなり疲れるな……」
「なのです……き、キツイのです」
伊豆提督から命じられた訓練、一本歯の下駄による運動は、思っていた以上に負荷がかかっており、昼休みとなった時にはかなり消耗している深雪。電はそれ以上であり、疲れをどうにか取るためにストレッチを続けているほど。
真っ先に慣れた夕立は、伊豆提督と同じように、下駄を履きながらバレエを踊れるレベルになっている。最初から壁蹴り移動が出来るくらいの身体能力をもっているのは伊達ではない。
「痛いところはない? アタシが指示したとはいえ、訓練したから身体がおかしくなったら困っちゃうもの、何かあったらすぐに言ってちょうだいね」
伊豆提督の言葉に、大丈夫だと口を揃えた。脚は疲れているが、怪我をするようなことには今のところなっていない。そこまで無理をしそうならば、先んじて止められる。
休憩を入れられるタイミングも完璧であり、深雪達は考えることもなく、抜群の効率で鍛えられていった。
「おかしくなってるわけじゃないけど、ちょっとふくらはぎがパンパンかも」
「グレ様もですか……白雲もその辺りが疲れております。後は太腿も」
「わかるーっ。あたし、そっちも疲れてる感出てるよぉ」
2人してマッサージをするようにふくらはぎを揉みほぐしているグレカーレと白雲。下駄を履きながらもしっかりと動けた証拠である。いつも使っていないような筋肉も使ってバランスを取りながらだったことで、早くも筋肉痛の兆候が出ている。
「スキャ子はどうっぽい? 疲れてるっぽい?」
「ったりめぇだろうが。脚全体がしんどい。テメェは何ともないみたいだけどな」
「んー、夕立も少しは疲れてるよ? でも、そこまでじゃないっぽい」
流石のスキャンプも今は下駄を脱いでから脚を自分でマッサージ中。その傍には、下駄を脱ぐことなくケラケラ笑いながらしゃがんでいる夕立。
そこはやはり相性の問題なのか、そもそものセンスの話なのか、夕立は下駄を完全に使いこなしている。バレエまで出来るくらいになっているのだから、伊豆提督の目指す脚の強化には届いているのかもしれない。夕立は最初から壁蹴り移動が可能なので、この訓練はどうということはないようだ。
「みんな、お疲れ様。まず一度ゆっくり休んでちょうだいね。お風呂に入って、ご飯を食べて、そこからまた始めましょ。午後も同じことをするから、楽しくやっていきましょうね」
手をパンと叩いて、一度訓練を締めた。深雪達にとっては有意義な時間になったと言えるモノだった。
風呂の後に昼食。そこでは午前中にレクリエーションルームでアイドル活動に参加していた者達と合流することになる。
半日のレッスンによって消耗しているが、あちらはあちらで身になる成果が出ているようである。
「よう時雨、そっちはどうよ」
モリモリと昼食を食べている時雨に深雪が話しかけると、聞いておくれよと愚痴るように話し始める。
「僕の身体の硬さを補うような振り付けだと言われてやらされたのはいいんだけどさ、その分やたらと動きが速いんだよ。前に君もやったろう。アレよりも更にだ。倍とは言わないけど、体感それくらいに思えたね。脚が動かなくなってくるわ、疲れでもつれるわ、それでも音楽は止まらないわで、アイドルとかどうとか言っていられないくらい厳しいモノだったんだ」
「お、おう、それだけ言うくらいだし、相当だったんだろうな」
だが、その分新たなステップをいくつも覚えることになったようで、回避性能は抜群に上がっている。足の運び方に重点を置いて、そこに上半身も合わせることで、より大きな動きに出来るようにと、かなり考えられた動きとなっている。
時雨もそれは実感しており、まずは愚痴を言うようだが、那珂のやり方はそれはそれで間違っていないと、肯定的な意見も出しているくらいだ。
「でも、みんな楽しんでいるようだよ。ほら、コレ」
そう言いながら見せたのは、時雨のカメラではなく、那珂が持ち主であるデジカメ。なんでも、那珂からレッスン中の風景を動画に収めていたとのことらしい。
理由は自分の動きを客観的に見る機会を作るため。時雨も踊っている自分の姿を見ることになり、若干の恥ずかしさはあるものの、自分で何が良くて何が悪いかが見てわかることになった。
そのカメラは参加者が自由に見ていいということで、今は時雨の手にあるというだけ。この後はまた別の参加者に渡される。
「へぇ……こんな感じなのな。あ、確かに時雨の振り付け、すげぇ速ぇ」
「だろう? ただ、この足運びが出来ると、戦場でもすぐに動けるようになるんだとさ。わからなくもないよ」
「確かにな。すぐにコレが出せれば、見てから避けるなんてことも出来るかもしれねぇ」
深雪はその動画を見て感心していた。自分の時にこんなことはしていなかったので、次の特訓の時にも同じようなことが出来ればより良い成果が出せるのではとも考える。
「時雨さん、次見せてもらってもよかったですか?」
「ん、ああ、構わないよ。僕もよく確認した」
次にその動画を見たがっていたのはフレッチャー。時雨も快くカメラを渡す。
「お、どうよフレッチャー、調子は」
「はい、すこぶる良い……と言えるかはわかりませんが、成長を実感出来ます。以前よりも確実に、
そんなフレッチャー、今コピーしているのは、なんと丹陽である。だが、以前にコピーした時とはかなり違う部分があった。フレッチャー自身の練度が上がったことによって、その凄まじい力を我がモノとして扱えるくらいにはなっていたのだ。
練度上昇に伴い、フレッチャーの見た目も以前の雪風の姿から丹陽を飛び越えて雪風改二の姿になっている。前よりはまだマシと思われるため、周囲の者達は少しだけ安心していた。相変わらずコピーの際の痴態は他とは全く違ったようだが。
「最初からそれだったっけか?」
「いえ、レッスン中に御姉様が来られた時に、私の方からお願いしたのです」
元々はいつも通りイリスのコピー状態。彩が戦場でも見られるのは非常に大きいため、普段使いは基本はこちら。緊急時でも、わざわざコピーして使うよりは、最初からそちらの方が良いと、イリスからも許可を貰っている。
今回はその上で、もしレッスンなどで使いたい力、慣らしておきたい力があれば、いつでも書き換えてくれて構わないという許可も貰っていた。
そこでフレッチャーが考えたのが、以前振り回された丹陽の力。特殊な力が手に入らない代わりに、基礎スペックを爆盛りするという
次の戦いは、丹陽の悲願を成就するための戦いでもある。そのため、フレッチャーは前々から少し考えていた。戦場に向かうのならば、持つ力は丹陽のモノだと。
イリスの力も必要なのはわかっているのだが、そちらは例外を除いてカメラを使えば可能な話。しかし、丹陽の力を戦場に持ち出せるのはフレッチャーのこの力しかない。
「こっちにも丹陽来たからな。神威さんと一緒に」
「こちらもだよ。ちょうど疲れて汗だくになった時に来てくれたから助かったけど、意図は別にあったみたいだ」
「はい、御姉様は今とても不安定……それを見た神威さんが、私達にその思いを託すことが出来るかを見ていたのです」
深雪の時もそうだが、丹陽は自らの悲願を成就してくれるかを再確認していた。うみどりの仲間達が阿手を斃してくれるのか。それを、その目で。
それは良い方向に進んでいる。だからこそ、改めてフレッチャーに自分の力を託している。それが出来るのはフレッチャーだけ。戦場に出られない自分に代わって、雪風として活躍してほしいと。
「その思いを確かに受け取りました。私はフレッチャーとしてと同時に、丹陽──いえ、
その顔は決意に満ち溢れていた。その中にある苦い記憶を乗り越え、前を向いている勇ましさ。今のフレッチャーには、憂いはない。
「おう、頑張ろうぜ。同じところに立つなら、あたしも勿論手伝うからさ」
「ありがとうございます。私はこの力と思いも次の戦いにぶつけますね」
フレッチャーの中にある米駆逐棲姫の記憶も、阿手には深い深い因縁がある。それを晴らすためにも、次の戦いは必ず勝つと意気込んでいた。
そこに、より強い思いを持つ丹陽の力も上乗せされたのだ。思いはより強く、そして真っ直ぐ前を向いていた。
フレッチャーに力を託している丹陽は、食堂でも遠目にその光景を眺めている。
本当なら自分の手で終わらせたいが、それが無理ならば、その全てを託すしかない。思いは仲間達全員に託せるが、力は託しようがなかった。
だが、ここに都合よくフレッチャーという、若干の劣化はあるものの、力を継いでくれる者がいた。ならば、自分の力もそこに託す。
「貴女の全部、みんなが背負ってくれてるわよ」
そんな丹陽の隣に座った神風は、その思いを見透かすように話す。
「……そうですね。私の力、私の思い、全部を皆さんに託します。神風さんも背負ってくれますか」
「勿論。だから、吉報を願っていてくれればいいわ」
「願い、ですか。あはは、特異点のいるこのうみどりなら、その願いも叶うかもしれませんね」
苦笑しつつも、少し寂しそうな素振り。やはり、気にするところはあるようである。
「割り切るのは難しいかもしれないけれど、私達の願いは全員無事に勝つこと。貴女が欠けることだって嫌なの。貴女にとっては、私達のワガママに聞こえるかもしれないけど」
「ワガママだなんてとんでもない。誰も失いたくないという気持ちは、何も悪いことじゃありませんよ。私だって、失ったからこそこんな思いを持ってしまっているんですから」
「貴女の苦しみを、私達がきっと晴らす。だから、ここで待っていてちょうだい」
小さく微笑む神風に、丹陽も笑みを返した。
「どうにか耐えてみせますよ。神威さんの『排煙』もありますし。もう最悪縛ってもらった方がいいかもしれませんね」
「明石さんならそれやると思うわよ。手脚ふん縛って、首輪とかも着けて、壁に磔にしながら重しも取り付けるわね」
「そこまで信用ありません!?」
「無いわよ。自分のこと省みなさいな」
クスクス笑いながらも、心は落ち着いていた。
誰もがその思いを背負い、自分の思いと共にぶつけようと、最善を尽くすために努力する。
フレッチャーwith雪風状態は最終段階へ。あの雪風改二衣装なら、フレッチャーが着てもまだマシなはず。