妙高の発案で、グレカーレの『羅針盤』の力が深雪の煙幕により全体に拡げられたことで、うみどりの面々は準備が整った。ここまで対策をしても、まだあちらは何をしてくるかわからないのだが、最も意地が悪い手段である洗脳を、ある程度カウンター出来るのは非常に大きい。
こうして準備している間に、まずはこだかの方からうみどり防衛のために艦娘達が駆けつけてくれた。ボス代理かつ艦長であるタシュケントはこだかから動かないが、自ら艤装を背負ってこだかを守っているとのこと。
そして、いつでも通信出来るように準備も怠っていない。伊豆提督達とはすぐにでも話が出来るように、簡易型ではあるが、無線を装備しているという。何かあったらすぐ報告。報連相は大事である。
その後に、調査隊からの援軍。神通、響、白雪のいつもの面々が到着。綾波達と組むことで3つ目の部隊を編成した。
「それじゃあ……ついに、この時が来たわ。あまり言えることは無いけれど、コレだけは絶対に守ってほしいことを伝えておく」
準備万端。ここまで来たため、伊豆提督が全員に聞こえるように、少し声を張って最後の言葉をかける。
「死ぬ気でやるなんて考えないで、必ず帰ってきてちょうだい。一人でも欠けない、誰一人として死なないこと。それがアタシ達の勝利条件よ。逃げることは恥でも罪でもないわ。退くことだって立派な戦術。勝つためには、負けないことよ。わかったわね」
この伊豆提督の言葉で、逃げることが悪いことではだなんて考える者はいなくなった。危ないと思ったら撤退も筋。何も間違ってはいないのだと、胸に刻み込む。
「アタシはここからアナタ達を応援することしか出来ないけれど、アナタ達の帰ってくる場所は必ず守り切るわ。だから、今は背中を押させてちょうだい」
笑顔で伊豆提督は拳を前に突き出す。
「それじゃあ……作戦開始! あの島を、救ってちょうだい!」
後始末屋としては初めてとも言える大規模戦闘作戦。その始まりは、仲間達の大きな大きな鬨の声から始まった。
「戦艦が先陣を切るぞ! トラ、清霜、この長門に続け!」
「ああ、共に行くよ」
「了解です! 戦艦清霜、いっきまーす!」
真っ先に飛び出して行ったのは長門を先頭にした正面突破部隊。長門が低速艦というところもあるが、まずは大火力をお見舞いし、敵戦線に穴を空けるのが目的である。
それならばと、さらに発進する艦娘が2人。
「このために来たんですもの。Sally go!」
「Battle ship Valiant. 出るぞ!」
有栖提督からの援軍、ウォースパイトとヴァリアントが、長門と並んで出撃。戦艦の一撃を初撃として撃ち込むため、まずは戦艦が出来る限り押しかける。
この出撃を見たからか、前線に出る火力の高い艦娘達は次々と出撃。おおわしからも何人か戦艦が出撃し、こだかからも防衛に参加せず前に出る者は長門達についていくように出撃を始めている。
この時には有道鎮守府からも出撃のための部隊が合流をしていた。浜風の行動には平謝りしつつ、気を取り直してこの戦いに集中しなくてはと、よりやる気にはなっていたようである。
「さぁ、次は私達よ。準備は出来ているわね」
「勿論です。ようやくこの時が来たんですから」
「いつでも大丈夫です」
長門達の出撃の次は、空母隊の出撃。加賀を筆頭としたうみどりの空母達が、航空戦のために早めに出る。長門達の先行を邪魔する敵空母の航空隊が予想されるため、それを拮抗以上に持っていくためだ。
「鳳翔さん、サポートをよろしくお願いします」
「は、はい、了解です。すみません、気持ちを切り替えます」
神威に癒されている浜風の方をチラチラと見ながらも、鳳翔はこの空母隊と共に出撃することを選択。つい先程までの騒動の一部始終を見ていたことで少々気落ちしていたが、それではこの戦いに勝てるものも勝てなくなる。なにより、これだけのことをやらかしても、うみどりは今は罪を問わないと言ってくれているのだから、その恩に報いるためにも、全力を投入せねばならない。
「浜風のことは神威に任せていてください。あの子の『排煙』は、心を冷静にさせる力を持っています。自分がやったことがどういうことか、理解してくれると思いますから」
「……そうだと、いいのですが」
「大丈夫です。言葉は悪いですが、これ以上狼藉は働かせません。それに、鳳翔さんも持っていますよね?」
加賀の肩には、触手を敬礼のように蠢かせる特機が鎮座していた。そしてそれは、鳳翔の肩にもいる。
この戦いに参加するために必要なモノ。万が一の準備。特機と『羅針盤』、2つの備えによって、初めて敵の魔の手をある程度はカウンター出来る状態。鳳翔もその2つを受けているので、少しは安心して出撃出来る状態。
「私は割り切っています、割り切っているのですが……いえ、大丈夫です。怖いとか、そういうモノはありません。この子達が私を守ってくれると言うのならば、その存在を受け入れるのが筋というモノです」
軽く特機を撫でると、嬉しそうに身体を震わせた。見るものによっては、それを可愛いと感じるかもしれない。だが、悍ましいと感じるものもいるかもしれない。鳳翔は、どちらとも言えない複雑な表情であった。
「慣れれば可愛いモノです。私達を守ってくれている、小さな勇者ですから」
「……そうですね。見た目に惑わされてはいけませんね」
「とはいえ、浜風の言っていたことを全面的に否定することはありません。万が一は常に考えています。過信もしすぎていませんから」
話はコレで終わり。気持ちを本当に切り替えて、敵を見据える。ここからはまだ当然何も見えないが、醜悪な敵がその先で待ち構えている。それこそ、忌雷も大量にいる可能性がある。
それを殲滅するために、空母隊も1人、また1人と海に出る。加賀も、鳳翔と、弓を握り締めて戦いの海へと一歩踏み出した。
正面突破組を見送りつつ、奇襲部隊も準備完了。海上とは勝手が違う戦いとなるため、ギリギリまで体力を温存したい。そのため、いろいろと準備してくれていたのが、大本営からの援軍である熊野丸と山汐丸。
「俺が全員を運んで島まで向かおう。全員大発に乗れ!」
熊野丸は奇襲部隊とは少し違う立ち位置になる。陸戦のために援軍に来てくれているが、ある意味遊撃隊として振る舞うことになっていた。
ギリギリまで奇襲部隊と共に向かうが、もし手分けをすることになった時、その時に最も苦しそうな部隊に参加する方針。山汐丸も同様であり、決まった班には属さない。
そういう特性を持ったため、まずは島までの輸送を買って出た。うみどりの面々は特に体力を温存してもらいたいため、これによって十全の戦いをしてもらう。
「武器は持たなくて大丈夫なのか?」
そんな深雪の質問に、熊野丸は心配無用だと不敵な笑みを浮かべる。
「俺にはこの拳がある。それだけで充分だ。むしろ、余計な武器を持つよりも島民を救いやすいだろう」
「まぁ確かに、撃ったら死ぬかもしれねぇけど、殴る蹴るならまだマシか」
「深雪、熊野丸は壁を殴り壊せるくらいの力があるのよ」
神風が付け足した言葉に、深雪はこいつマジかという目を向ける。
やろうと思えば、拳だけで家屋を破壊することが出来そうな熊野丸。艦娘としての兵装を装備していない方が攻撃力が上がるのではないかとまで思われていた。
神風と近しい特性を持っているようだが、神風と違って自ら人間を辞めるようなことはしていない。大本営直属の艦娘となったことで、常日頃から努力を怠っていないだけ。どちらかといえば那珂と同じタイプ。
「ともかくだ、俺は身体が軽い方が戦いやすい。大発だけで充分だ」
「そういうことならいいや。じゃあ、よろしく頼むぜ」
「任せろ。揚陸艦の意地を見せてやろう。むしろ、陸に揚がってからが真の戦いだ」
大発動艇は島の岸に置いていき、見た目だけは丸腰での戦いのようになるようだが、熊野丸にとってはそれが最も動きやすい本気の構えである。
「熊野丸さーん、現地についたら大発1つ借りてもいいにゃし?」
「む? 構わんが、装備の譲渡を戦場でするのは難しいと思うが」
「1つを睦月の武器にするだけぞよ。掴んで振り回すだけなのね」
熊野丸のこいつ何言ってんだと言わんばかりの視線を受けたが、そこは夕立が口を出す。
「睦月は何でも軽くする力を持ってるっぽい。前の戦いでも内火艇掴んで振り回してたっぽい」
「……それはまた、とんでもない力だな。まぁ構わん。壊されたら帰る時に大変になるだけだ。貴様らがな」
流石に驚きを隠しきれていなかったが、そういう理由ならいいだろうと大発動艇の譲渡を約束する。
睦月の力は、そこにあるもの全てが武器に出来るという点では非常に器用なことが出来る。やることは振り回すだけなので雑ではあるのだが、極端なことを言えば、瓦礫や破損した艤装など、本来なら持ち上げることすら難しいモノすら振り回すことが出来る。大発動艇が失われてもその場で武器を調達するだけ。最初の武器が欲しいというだけである。
「叢雲は切り札だ。基本はそこまで前進しなくていい。僕達は君を一番厄介な奴の近くに持っていくだけの仕事をしよう」
「……ええ、しかもその後退場だから、苦労をかけるわ」
「その分とんでもない力なのは聞いてるからね。あのトーチカを消し去った『標準型』の力、期待してるよ」
「緊張させないで」
叢雲は本当の切り札。出来ることなら阿手の持っていそうな力を無効化したいところ。それが出来れば、勝ちがすぐに見えてくるだろう。そんなことさせないように向こうも立ち回ってくるだろうが。
「ああ、そうだ。深雪、念のため私と白雪が『増産』の特機を寄生させている。いざという時は特機を増やすから安心してほしい」
「え、マジかよ。いつの間に」
「ついさっきさ。私達は特機の有用性をキチンと理解しているからね。装備するより寄生させた方が効率的かと思ったくらいだよ」
白雪もそれには頷いていた。緊急時の『増産』はあるに越したことは無いため、誰かが寄生させていると後々役に立ちそうだとは思っていたところ。それを調査隊の面々が優先してやっていた。
深雪達とは別行動になる可能性は高いが、それでも通信で繋がっているため、何かあった場合は優先的に『増産』すると約束してくれた。
「これで本当に準備が整ったって言えるな。じゃあ、頼むぜ熊野丸さん」
「あいわかった。では、征こうか」
大発動艇に全員が乗り込み、後戻り出来ない戦場に向かう。準備も万端。あとは、行って勝つだけ。
「さぁ行こうぜ、島を救いに、あいつらをぶっ倒しに!」
ついに始まる、島攻略戦。一筋縄では行かないことは予想出来るが、どれほどの脅威が待ち受けているか。