翌日の朝。大規模な後始末により、清浄化率の維持が確認出来たため、次の現場に向けての移動となっている。
今度の現場は中規模に近い小規模。姫級のような苦戦を強いられる深海棲艦が現れたようなことはなく、ほぼ予定通りに終わるとのこと。故に少し急ぎの移動となる。
だからだろうか、イリスによる総員起こしの放送の直後には、うみどりは大きく揺れて移動を開始していた。
「予定では今日の夕方頃に現場に到着。そこから作業をすることになるわ。また夜の作業になるけれど、規模がそこまで大きくないから、日を跨ぐようなことはないでしょうね」
前回が大き過ぎるくらいだったため、今回はそれと比べればかなり少なめ。今の人数で後始末を始めれば、夕方から始めても割とすぐ終わる方であると判断している。
特に、姫級がいないのならば穢れの拡がり方もそこまでになるため、海域の清浄化率を上げるのもそこまで時間はかからないだろう。
「代わりに、うみどりがいつもよりも速く動いているわ。もしかしたら急に揺れたりするかもしれないから、それだけは注意してちょうだい」
安全運航を心掛けるものの、ほんの少しでもスピードが上がれば、その分影響が出るのはどんなものでもいえること。うみどりは元々の質量が大きいため、その影響が特に大きい。
危ないと思ったらすぐさま放送を入れる予定ではあるが、ある程度は自衛もお願いしたいというのが伊豆提督の指示。
「深雪ちゃん、電ちゃん、昨日と同じように、今日もあの部屋に向かってちょうだい。本格的にVRでの訓練を進めようと思うわ」
「うす。やる気満々だぜ」
「が、頑張るのです!」
昨日は仮想空間の海を駆け回るということだけで終わっている二人。それでも充分すぎるほどにあの空間の凄さを実感し、艦の中で実施している訓練では無いといろいろな感情が湧きあがった。
そして、その後の頭の疲労を体感した。疾るくらいでは立ち上がれなくなるほどの疲労まではいかないが、頭がぼんやりするような疲労感。熱気にも近いような感覚に、これが
だが、一度やってわかったことは、この訓練が非常に有用であること。現実に持ち越せないにしろ、広い海を疾る感覚というものは覚えている。覚えていられるということは、次にやれと言われたら同じことがやれる。現実と仮想空間の感覚は多少は変わるかもしれないが、知識として身につけば、それに合わせて身体を動かすことも可能であろう。そのための訓練も必要かもしれないが。
「今日はアナタ達以外にも便乗してもらうわね。監督役として神風ちゃん良かったかしら」
「ええ、任せて。筆頭駆逐艦として、後輩のことはしっかり見ておくから」
今回はそこに神風も加わり、仮想空間での訓練の基礎を教えてもらう方向となる。
当たり前だが、本格的な訓練となった場合、走り回るだけなわけがない。技術を覚えるために頭を酷使する訓練だと思った方がいいくらいである。
そんな中に、初心者である深雪と電を入れて訓練をしろというのは酷というもの。昨日のそれはあくまでも体験であるため二人だけでも問題は無かったが、戦闘に関することは同じことが出来るものが監督役として一緒にいた方がいい。
「今回もよろしく頼むぜ神風」
「よ、よろしくなのです」
「任せなさい。大船に乗った気持ちで頼ってくれていいわ」
この仮想空間での訓練に余程自信があるのか、神風の表情はいつもよりも数割増しで勇ましかった。
そのまま昨日もやってきた立ち入り禁止区域へ。伊豆提督は別件があるため来ていないが、イリスは相変わらず機材の操作のために便乗してくれている。
ココの機材を動かすことが出来るのは、基本的にはイリスと妖精さん。そもそもこの区域に入るためには、伊豆提督かイリスの立ち会いも必要であるため、ここにイリスがいるのは当たり前のことを。
今回は神風も一緒に仮想空間へとダイブするため、設備は三つ開いている。特殊なインナーへの着替えも手慣れているようで、深雪と電が準備を終えた時には、あの大正浪漫溢れる袴姿であるにもかかわらず、既に準備万端だった。
「神風は何度もやってるのか?」
「ええ、勿論。むしろ、一番やってるんじゃないかしら。最古参だし」
「そっか。じゃあコレって最初からあったんだな」
うみどりが建造された時からこのシステムが設置されていたのは、やはり業務上まともな海上訓練が出来ないことを危惧したからだろう。
勘が鈍らないように、せめて技術は維持する。むしろここで新たな技術を開拓する。そこまで考えて、このVR訓練を取り入れているようだった。
ちなみに、このシステムは同じ移動鎮守府であるおおわしにも搭載されている。移動鎮守府という環境は、何処もかしこも同じ問題を抱えているのだ。
「さ、それじゃあ早速始めましょ。深雪はともかく、電は初めての砲撃訓練だもの。限られた時間である程度は確認しなくちゃね」
「な、なのです! 頑張るのです!」
全員の準備が出来たことを確認し、イリスによろしくと合図を送る。すると、昨日の体験の時と同じようにすぐさま仮想空間へと転送されることとなった。
場所としては体験の時と同じ海のど真ん中。周囲に何か見えるわけでもない、晴天の下。
艤装もしっかり装備して、今回は主砲や魚雷も装備済み。今すぐ出撃が可能という状態で立つことになっている。
「お、今日はお前も参加してくれるのか」
だからだろうか、深雪の肩には自分と同じ姿をしている妖精さんが乗っていた。
こちらは仮想ではなく
戦闘の訓練をするというのなら、サポートしてくれる妖精さんの存在は必要不可欠。十全の力を発揮するために、この訓練に参加してくれている。
電の肩の上にも、電と同じ姿をした妖精さんが乗っている。電はその妖精さんを見るのは初めてであるため、少し驚きながらも親近感を得ていた。
「この子が手伝ってくれるのです?」
「ああ。むしろ、いてくれないとあたし達は完璧な力が出せないくらいなんだぜ」
「そうなのですね。じゃあ、よろしくなのです」
電の妖精さんは、深雪の妖精さんと違ってサムズアップなどはせず、笑顔でお辞儀をするのみ。ここは妖精さん自身の性格もあるのだろうが、真似ている艦娘に合わせた仕草をしているようにも見える。
「ん、それじゃあ、早速始めましょうか。この中での砲撃に慣れてもらいたいから、まずは誰でも最初にやることになる的当てからね。深雪は最初から百発百中だったのよね」
「だな。これが純粋な艦娘の特徴なんだっけか」
「ええ、多分ね。生まれた時点で即戦力だから、その影響だと思うわ」
神風がイリスにお願いすると、何もない海の上に砲撃用の的が現れた。まるで最初からそこにあったかのようにフェードインしてきたため、深雪と電は目を見開いて驚いていた。
これこそが、ここが現実ではないという証明。外部──イリスによる空間への干渉によって、その時の訓練で欲しいものがすぐに現れる。今ならば的。魚雷の訓練がしたいなら、的の位置は海面スレスレにまで下がる。対空なら何処からともなく艦載機が飛んでくるし、対潜訓練なら海中に移動する的が現れる。海上で実施する訓練と同じ状況が、時間をかけることなく準備されるのだ。
これでフィジカル面に影響があれば、海上訓練が完全に不要となるのだが、流石にそうはいかない。今のフィジカルで自分が何処まで出来るかを知ること。出来ないことがあるのなら、現実で何をすれば出来るようになるかを考えること。この中でも出来ることがあるのかを模索すること。これが大切である。
「さ、まずは深雪がお手本を見せてあげたらどうかしら。電は初めてだもの。こうやるんだってのがわかれば、やらなくちゃいけないことがわかるわよ」
「いいぜ、じゃあやってみるか」
仮想空間ということはわかっていても、主砲の触り心地や照準の合わせ方は現実と全く同じ。妖精さんがついていてくれるおかげで、視界に照準器も現れる。何もかもが現実。
故に、何かに戸惑うこともなく砲撃を放ち、それは見事に的を撃ち抜くことが出来た。
「わぁ! 深雪ちゃんすごいのです!」
「すげぇよ。これ、現実でやってるのと感覚全部同じだぜ」
深雪が一発で的に砲撃を当てたのを見て、電が歓声を上げた。深雪も満更ではないようだが、ここでは少し落ち着いて、電が同じように砲撃が出来ることを見守ることにしている。
「じゃあ次は電よ。深雪とは主砲の勝手が違うのよね」
「なのです。電は、自分の手で引き金を引かないので……」
一度暴発してしまっている経験のある電。深雪のように手で持って指で引き金を引くのではなく、艤装に接続された肩越しの主砲を
故に、腕を怪我しても撃てる利点はあるものの、メンタルがモロに照準に繋がる。怖がっていたら引き金も引けず、不意なメンタルの揺さぶりで暴発しかねない。動揺が直結する。
「そういうタイプなら、まずは心を落ち着けることが大事ね。集中して、的だけを見て」
神風の指示に従い、電は的を見据える。すると、主砲は自動的に的に照準を合わせる。
ここも深雪と大きく違うところ。腕で支えているわけではないため、膂力などは関係なく、一度照準を合わせてしまえば、体力に左右されない。
「撃ちます……!」
その言葉と同時に、砲撃は放たれた。そして、見事に的のど真ん中を撃ち抜く。
「うぉおっ! 電も一発だ!」
「あ、当たったのですーっ!」
きゃいきゃいと喜ぶ電と深雪だが、神風は今の一連の動きからカテゴリーWの特性をしっかり掴んでいた。
電の砲撃は、全く身体がブレていなかった。深雪の時もそうだが、砲撃の反動をモノともしないくらいに安定している。ここが
「深雪といい、電といい、すごいわね……。深雪の時も言ったけど、一発で当てられるのって、ほとんどいないのよ」
「そうなのですか? じゃあ、電は運が良かっただけなのかも」
「ううん、それはない。電の実力よ。ほら、まだまだ的があるから、撃ってみなさいな。ちゃんと狙いを定めてね」
言われるがままに、電は用意された的を次々と撃っていく。それはやはり、的確に的を射抜いていくため、これで運要素は完全に失われた。
深雪と同様、電も実力で照準を合わせている。たまたま当たっただなんて言えないくらいに正確であり、言ってしまえばろくに訓練も出来ていないくらいの電であっても砲撃は訓練校を出たばかりの艦娘よりも精度は高い。
「全弾命中、しかも全部がど真ん中」
「電、あたしよりも上手いじゃんか! 流石だぜ!」
「電は自分の腕で支えてるわけじゃないからだと思うのです。
この発言からして、カテゴリーCである神風にとっては驚きに繋がる。同じ電の艤装を使うカテゴリーCは、そんな簡単には砲撃が当てられない。心でトリガーを引くという特異性があることで、なかなか照準が合わないのだ。
深雪も同様で、腕を使った砲撃もここまで安定するにはそれなりに鍛錬が必要なのだが、軽々とこなしてしまう。
これはもう性格とかそういう問題ではない。カテゴリーW──純粋な艦娘の特性として、どれだけ優しくても、撃つと決めたら確実に狙い定めた場所を撃ち抜くことが出来るのだ。
「いやもう本当に凄いわ貴女達。海を守るために生まれているってのがよくわかるわ」
苦笑しながらも最大級の賛辞。それを聞いた二人は、満面の笑みを浮かべた。
深雪のみならず、電も即戦力。この仮想空間で、より実戦的なトレーニングを積んで、今よりももっと強くなる。そうなれば、対話も可能になるだろう。
何の気なしで言った電の言葉も、神風にしてみればとんでもないという。肩越しの主砲なんて、慣れていなかったら身体が錐揉み回転してもおかしくない。