島の街中を駆け抜け、学校へと向かう深雪達。その道中に襲いかかってくる敵──島民が変化した出来損ないやカテゴリーY、この島で造られたと思われる深海棲艦──は、全て薙ぎ倒してきている。その際には、敵に情報を与えないように、必要最低限の力で勝利することも忘れない。
だが、フレッチャーが案内する道は嫌でも回り道させられることになって、最短の道はもう進むことが出来なくなっていた。それでも前進は止めていない。本来よりも長い道のりにされたとしても、確実に阿手討伐のために事を進めている。
「そろそろ子日が帰ってきてもおかしくないわね」
神風が先んじて偵察に向かった子日のことを話題に出す。勿論、周囲に敵がいないことを確認した状態で。
子日は現在、『迷彩』を使って姿を隠し、敵に気付かれないように敵陣へと乗り込み、情報収集をしている。そのまま1人で始末するということも不可能では無いだろうが、今はあくまでも全員を前に進ませるための道を確認するのみ。学校で待ち構えているモノが何か次第ではあるが、1人でどうにか出来るようなモノとは限らないのだ。圧倒的有利になれる力を扱えたとしても、そこはチームプレイを重んじる。
「あたし達が進めなかった最短距離で向かってるんだよな」
「そうね。屋根の上を渡って、本当に真っ直ぐ向かったはずよ」
先の戦闘でもそうだったが、子日の身体能力は並ではない。建物がある程度隙間なく建っていてくれるならば、その屋根やら壁やらを伝って、本来なら通過出来ない道を突き進むことが出来る。それを『迷彩』状態でやっているのだから、誰にも見つかることなく隠密として振る舞えた。
弱点は特定の妖精さんの目には察知されることではあるのだが、敵には見えていない時点でラグが絶対に出る。無理に進めなければ、ほぼ確実に見つかることなく調査出来るだろう。
「前にも言ったかもだけど、味方にすると本当に頼りになるな『迷彩』」
「ええ、それを子日が手に入れちゃったんだもの。頼りになりすぎるくらいよ」
子日ほどの行動は、神風ですら出来ないと言ってのける。そんな子日が敵に視認されなくなるというトンデモ能力を得てしまったのだから手に負えない。
「はーい! 偵察行ってきたよ!」
と話している内に、本当に子日が戻ってきた。まだ姿は消したまま。頃合いを見て姿を見せようとは考えているようだが、今はまだそのままで。
「どうだったよ、学校」
「うん、とりあえず見た目は普通の学校だった……って言っても、深雪ちゃんにはピンと来ないか」
ひとえに学校と言われたところで、外観などはすぐに想像が出来なかった深雪達
その学校は、まさに学校と言ったイメージである、大きめの建屋。鉄筋コンクリート構造で、頑丈な造り。深雪にはさらにピンと来なそうだが、軍港鎮守府よりは大きくないかなという程度。グラウンドがある分、どっこいどっこい。
フレッチャーもちょっとした補足を入れるのだが、この島の学校は小中一貫校らしく、それもあるから大きめに作られているのだという。島民の子供達が全員そこに通っており、一学年だけでいえば少ないが、全部纏めてとなればそれなりに人数が揃う。それだけの人数を全員入れられるようにするには、当然サイズも大きくなるというモノ。
「ともかく、学校は見た目だけは普通だったよ。でも、そこにいるのはちょっと子日だけじゃ無理かなって思って、すぐに戻ってきたよ」
「ご苦労様、子日。その判断をしてくれたのはありがたいわ」
子日が無理だと言う程なのだから、厄介極まりない敵がそこで待ち構えているのだろう。しかも、グラウンドで待ち構えているというのだから、コソッと学校内を調べるのも難しいのだろう。いくら姿を消していたとしても、中に侵入したら戻ってこれる保証はない。まずは外観だけで戻ってきたのは英断。
「そこ、何がいたんだ?」
「……戦艦未完棲姫」
確かにそれはその場でどうこうしていい存在ではないと、一同は納得した。
先んじて聞いていた、黒井兄妹の母のこと。父は見せしめのように命を奪われてしまったが、母は改造に適合してしまい、その上で完全に洗脳されてあちら側になってしまっている。ここで立ちはだかるのも想像出来ていたこと。
透も蛍と、母のことは覚悟の上だと話していたが、だからといって何も気にせず命を奪うようなことは出来ない。戻せるかわからないが、その洗脳だって解くつもりで戦う。
「まずは『羅針盤』ぶっかけてみる? それで正気に戻るかもしれないし」
「だな。そうあってほしいところだけどな」
グレカーレの提案で、戦艦未完棲姫にはまず『羅針盤』を施す方向で考えられた。これまでも、このおかげで正気に戻り、身体はそのままではあるが味方についてくれる者が多数存在する。黒井母もそれに該当してくれれば御の字。
しかし、根っこまで、骨の髄まで洗脳され、本来向く道すらもあちらの手のひらの上だった場合は、『羅針盤』を施しても意味がない。むしろ、より強く特異点のことを攻撃するようになるだろう。
やらないよりはやった方がいいが、割と賭けに近い部分もある。
「普通の戦艦未完棲姫とも違ったんだよね……多分、あれも能力のうちだと思うんだけど」
「どう違ったの?」
「ほら、アレってタコの触手を使ってるでしょ? それがなんか、やたらと大きかった感じがして」
元々、戦艦未完棲姫は、タコの脚を艤装として扱う者。生体艤装に近いそれは、本体の周囲を蠢き、中には完全に独立しているメンダコなどもいる。
それらが、知っている個体よりも大きいと子日は語る。ただでさえ大きいモノが、さらに巨大化しているというのだから、どうなってしまっているのか見当がつかない。
「行ってみないとわからないか。みんなで見てから判断しましょ。とはいえ、もう相手をすることになるとはね……」
神風は黒井母との戦いは避けられないモノだとは思っていたものの、少しだけ憂鬱だった。
襲撃を迎撃しながらも、一行は学校が見える場所まで到着。やはりここまでの敵はあまり強くはなく、しかし攻撃の仕方にバリエーションが見えていた。ギリギリまで隠れて不意打ちを狙ったり、正面からの突撃でも2体3体が同時に来たりと、まるで
それも考慮して、この迎撃には徹底して深雪達を温存し、夕立や合流した子日がメインとなって対処していった。敵の艤装は梅が『解体』し、叢雲や睦月も奮闘。時雨班が大活躍することで、情報を確実に少なく出来ている。
「……子日、アレか」
「うん、戦艦未完棲姫。知ってるのより大きいでしょ」
「デカいっつーか……ありゃあ何なんだ」
深雪が苦言を呈するのも無理はない。その戦艦未完棲姫の艤装は、
校舎の方は、何の変哲もない普通の学校というイメージ。内部がどうなっているかはわからないが、小中一貫校と聞いているため、それなりのサイズは保証されている。それはいい。
それに対応するグラウンドは、400mのトラックが描ける程の広さはある。子供達が伸び伸びと体育が出来るくらいの規模であり、何も無ければ相当大きな空間になっただろう。
そのグラウンドの8割は、中心に鎮座する戦艦未完棲姫の艤装であるタコ脚が埋めていた。のたうち、蠢き、時折鈍く光が走る、生理的に恐怖を与えるような見た目。
また、配下にもしていそうなメンダコも何体か闊歩していた。周囲を警戒するかのように、キョロキョロと辺りを見回している。あんなカタチをしているが、電探の一種なのかもしれない。
「……アレをどうにかしないと、学校の中には入れねぇってことか」
「多分自己修復も備えてるわ。刻んでもいいけれど、骨折り損になりそうね」
神風の技量なら、そのタコ脚も全て斬り刻むことが出来そうである。しかし、斬ったところで自己修復され、すぐに元通りとなりそうだった。
そうなると、とにかく本体に近付くことが出来ない。本体さえ機能停止させれば、この触手群も一緒に動かなくなってくれるはず。
「……来たね」
そうこうしているうちに、戦艦未完棲姫が深雪達に気付いた。メンダコの視界から、何処にいるか見えたようだった。
「よく来たねぇ特異点。人様の庭に土足で上がり込んで、タダで済むとは思っていないね」
敵意と殺意が隠れていない、睨みつけるような表情。かなり遠いところにいるため、その声がギリギリ届くくらいなのだが、意思は嫌というほどぶつけられる。ここから出ていけではない。ここで死ねである。もう逃がすつもりはないようである。
深雪は声が届くように大きく息を吸うと、思い切り叫んだ。
「テメェの子供達はあたし達が救った! テメェもここで救ってやらぁ!」
子供達という言葉が聞こえたからだろう、戦艦未完棲姫は鼻で笑うような仕草。そして、事もあろうに最低な言葉を口にする。
「透と蛍のことかい。まぁ、あの子達は役に立たないポンコツだったからねぇ。艤装の電池にされてたみたいだけど、欲しいなら勝手に持っていきゃあいいさね。平和の礎にすらなれない息子も娘も、こちらから願い下げってもんさ」
全ては聞き取れなかったが、おおよそどういうニュアンスで言葉を口にしたのかは遠目でもわかった。実の息子と娘を、明らかに侮辱する言葉を放ったのだと、嫌でもわかった。
深雪達に、鳥肌が立つほどの嫌悪感が走った。いくら洗脳されているといっても、そこまで言えるのかと。
特に神風は明確な怒りが湧き上がった。刀を握る手に力が入る。あのような母がいていいはずがない。そう思うと、勝手に手が震える。
「アタシゃここで特異点を始末出来りゃいいのさ。それがこの世界を平和にするたった一つの事実。ここまででデータは揃ってる。さぁ、かかってきな」
戦艦未完棲姫が来いと手招きするように構えた。これまでのカテゴリーYと同様に、自信満々な憎たらしい笑みを携えて。
「……ぶん殴って目を覚させてやらぁ」
深雪もそれに対して苛立ちが溢れていた。だが、冷静に向かわねば勝てるモノも勝てない。深呼吸をして、心を落ち着けて、改めて戦闘態勢へ。
「覚悟しろよ、今言ったこと、確実に後悔させてやるからな」