島の学校へと辿り着いた深雪達奇襲部隊。そこで待ち受けていた者は、先んじて聞いていた黒井兄妹の母である戦艦未完棲姫であった。
しかし、黒井母への洗脳は完璧に行き届いており、子供を無事に救ったことを伝えたところで、事もあろうかそれをこき下ろし、侮辱するような言葉を言い放った。実の子供ですら、歪んだ平和の礎にならなければポンコツと言い捨て、ゴミのように扱っていた。
それが、深雪達に嫌悪感を与え、同じ母という存在である神風の怒りを買うことになる。子供を失った経験のある神風の逆鱗に触れたようなモノだ。
「来ないならこちらから行こうかね」
かかってこいとは言ったものの、先に動き出したのは戦艦未完棲姫。グラウンドに散らばるタコ脚を一斉に蠢かせ、勢いよく襲い掛からせる。鞭のようにしなり、放たれるその一撃は、タコ脚の太さも相俟って、軽車両が突撃してくるようなモノ。まともに喰らったらタダでは済まない。
「この触手に乗らないと、前進も出来ないわね。斬り払ってもいいけど、自己修復がどれくらいか試してみましょうか」
誰かが止めることもなく、そのタコ脚を神風は瞬時に一刀。手近なタコ脚を叩き斬った。その太さは腕や脚とは比べものにならないが、神風にとってはそれくらいお手軽に排除出来るモノであった。
斬った感触は、見た目通りの弾力と強度。神風だから斬れるが、普通ならば刃すら通らないだろう。こんな見た目でも伊達に艤装ではない。砲撃で傷付けることも出来るか何とも言えないと感じる。
そして、予想通りの自己修復。斬ったそばからすぐさま元に戻っていき、見る見るうちに元通り。斬った端の方は動かなくなったモノの、それはそのまま残ってしまっているため、斬り捨てていくのはあまりよろしくない。
「止まっていられないわね。全員、どうにか避けながら進んで!」
「無茶苦茶言うな! でも、進まねぇと後悔させられねぇ!」
深雪もこれをどうにかしなくてはいけないと、のたうつタコ脚を足場にすると、グラウンドの中に足を踏み入れた。ほとんど動く床であり、安定して立つことすら難しいが、これまでのトレーニングで体幹は徹底的に鍛えている。また、那珂のアイドルレッスンのお陰でステップも踏める。
「こんな床で踊ったりはしてねぇけどっ、行くぞオラぁ!」
「いっ、電も行くのです!」
「気ぃ付けろよ! いざって時は、あたしに掴まれ!」
深雪が飛び乗ったことを皮切りに、仲間達が次々と触手を踏みつけながらの前進を試みる。ここにいる全員が、うみどりで何かしらのトレーニングを行なっており、この程度ではバランス感覚を失うこともない。
問題は、床が動くことではなく、
このタコ脚は、戦艦未完棲姫の曲解の1つ、トーチカでも苦戦させられた『拡張』の曲解によるモノ。自身の艤装を『拡張』させ、巨大なタコの脚という点を拡げた結果が、このサイズと本数である。タコという要素が何処かに行ってしまっているようにすら感じるが、吸盤があるからタコ脚であるという屁理屈。
「これは、凍らせてしまった方が早そうですね」
「ああ、私も思っていた。我々の力、本領発揮じゃないか」
「では、早速参りましょう。御姉様、この空間を冷やします!」
こののたうつタコ脚を止めるには、白雲の『凍結』が一番だろう。そして今ならば磯風もいるため、『空冷』によって大規模な冷却からの凍結が可能になる。
タコ脚は弾力もあるせいで足場にしづらいが、凍ってしまえばこちらのもの。蠢くことも出来なくなるため、滑りはするものの今よりマシになるだろう。
「ふぅん、まぁそう来るだろうさね。知っているんだから、先に潰させてもらうよ。特異点より厄介だ」
だが、白雲と磯風のデータは既に取られていた。出来損ないを対処する姿を見られており、凍結によって動きを止めているのは既に知られている事実。
そのため、触手がより激しく動き回り、白雲と磯風に襲いかかった。直撃だけは避けねばならないため、どうにか回避はしていくが、共に行動することが難しくされ、『空冷』は常に動いてはいるものの、簡単には凍りつくことはなくなってしまう。
「ちっ……狙ってきますか。余程凍らされるのが気に入らない様子」
「すまん白雲! 一旦回避に専念する!」
「問題ございません。その間も冷やし続けておいていただければ」
組んで戦うことで十二分に力を発揮する2人だが、ここで分断されてしまい、強力なシナジーが使えなくなってしまう。
「なら梅の『解体』を……!」
続いて、足下のタコ脚に対して梅が『解体』を仕掛ける。見た目はどう見ても生物であり、梅の『解体』の対象外ではあるのだが、実際はそれは艤装であるため、見た目とは裏腹に『解体』可能。触れてしまえばそこからボロボロと崩れ去っていくことが確認出来る。
だが、あまりにも巨大であることもあり、少し崩れていくだけで全てを『解体』することは出来ない。規模が大きすぎるのも考えモノである。
「勿論、お前さんもダメだ。壊しちまうのは行儀が悪いんじゃあないかい」
そして、この『解体』も既に見られているため、白雲や磯風と同じように、梅も重点的に攻撃される対象になってしまっていた。『解体』されたところで、数多くある触手の一部かもしれないが、『解体』は受けた部分が自己修復出来なくなるという副作用もある。
それを避けるため、梅に向かう触手は他よりも多く、勢いも増していた。『解体』に専念出来るわけもなく、梅も回避一辺倒に持っていかれる。特に本来はここまで前線に出るタイプではない梅である。その回避ですら一苦労。
「ま、前に進めませぇん!」
「回避に専念しなよ! あたしがカバーしたげるから!」
そんな梅をサポートするために、グレカーレが動いた。蠢く足場の中でも器用に跳んで、艤装から生えた剛腕をうまく使ってタコ脚を払い除けながら梅の近くまで辿り着く。
払い除けると言っても、一撃一撃が重すぎて、小柄なグレカーレにはそれだけでも相当キツい。ダメージは抑えられているが、回避しきれなかった場合は、それだけで足が浮く程の衝撃を受けていた。
「ただデケェだけだが、それが一番厄介だなチクショウ!」
どうにかこうにか前に進もうとする深雪だが、それも当然阻まれる。足下が動くというのはそれだけ厄介であり、進む前に後ろに下げられるということまであり得た。
「深雪は温存するっぽい。こーゆーのは、夕立達の出番だからね」
こういう時こそ、俊敏に動くことが出来る者が優先的に前に出るのが妥当。身体能力的には、深雪よりも勝っているのが夕立だ。こんなまともに安定しない足場であっても、器用にガンガン前に出る。
同様に、『迷彩』を解いた子日や、丹陽の力をコピーしたフレッチャー、班長の時雨も前に出ていく。
「叢雲は温存。君は切り札だから、ここではまだ使わないよ」
「わかってるわ。悪いけど、ここは任せる。いざとなったら使うわよ」
「ああ、本当にどうにもならなくなったら、君に出てもらわないといけないからね。睦月、叢雲を守ってあげて」
「当然にゃし! 叢雲ちゃんを運ぶのは睦月のお仕事だからね!」
「手間かけるわね……」
時雨は班長としての自覚があるのか、時雨班の仲間達に指示を飛ばしていた。
叢雲は『標準型』が非常に強力な能力ではあるのだが、それ以外が一般的な艦娘であるため、この戦いでは少々厳しいところがある。その力を当てにしなくてはいけない時は今ではないため、ここでは前に出ないことを勧められた。
だが、戦艦未完棲姫が叢雲のトラウマに触れたのも確かであった。洗脳されて変えられてしまったとはいえ、毒親もいいところの言動は、怒りに震えてもおかしくない。それでも自分の力を理解し、ここで冷静に自重するのは叢雲ならではと言えるだろう。槍を振るいながら自己防衛をしつつ、睦月と共に一歩引いた位置に立っていた。
「やれることはやっていくよ。白雲と磯風が空気を冷やしてはくれているけれど、アレだけ妨害されてるなら当てにしすぎるのはよくないね。まずは僕達が本体に攻撃を仕掛ける。いいね」
「ぽい!」
「にゃっほい!」
「かしこまりました」
メインとなるのはこの4人。『ダメコン』の夕立は、直撃さえ喰らわなければ最も進める逸材。『迷彩』の子日はここまで来ると能力は意味を成さないのだが、単純に身体能力のおかげで前進が容易。『量産』のフレッチャーは丹陽の基礎スペックを手に入れたことによって、夕立に迫る俊敏性を獲得し、テクニックも子日に近いほど。蠢く足場であっても安定性のある前進を見せつけていた。
そして、時雨。特機を寄生させてカテゴリーWとなったことで何かしらの力を手に入れているが、それを活かすことが出来るだろうとこの戦いで最も前に出ていた。夕立と子日はその力の全容を知っているため、退けとも言わない。
「あのデカブツは、僕達4人と」
「私もやるわよ」
「神風で始末をつける。いいね」
時雨は神風も温存させるべきだとは思っていたが、神風自身がグイグイ来ることと、時雨としても神風の実力はこの戦いには必要だと判断したため、否定はしなかった。
使いすぎると消耗が著しい神風だが、今はまだ全力ではない様子。これくらいならまだ行けるかと、ひとまずは共に戦う方針。神風だって自分の身体のことは一番わかっているはず。ここで阿手に辿り着くまでに膝をつくようなことが無いように抑えることはするだろう。
「弱らせたら『羅針盤』をするだろう。深雪、そのために今は温存。来れると思ったらグレカーレと来てくれればいい」
「ああ、頼んだぜ。あたしもやれることはやっておく」
「煙幕で援護してくれればいいさ。特異点の後押しに期待してるよ」
「了解だ。電と一緒に、白雲と磯風の援護をしてきてやらぁ」
「それがいい。この気色の悪い足下を凍らせてくれれば、僕達はもっと戦いやすくなるからね」
相変わらず少々口の悪い時雨だが、まだ精神的に余裕がある証拠でもあるため、深雪達は安心して任せることが出来た。
「電、今言った通りだ。白雲と磯風を手伝って、タコ脚を凍らせてやんぞ」
「なのです! 電達がやれることを!」
温存、そしてなるべく手の内を明かさないように、あくまでも煙幕によるサポートを主にする深雪と電。全て出し尽くしてしまわないように、抑えながらの戦闘となる。
「よし、じゃあ行こうかみんな。うみどりは特異点だけじゃないことを、嫌というほど教えてあげないとね」
時雨が戦艦未完棲姫を見据える。まだ地面にしているタコ脚をのたうたせるのみだが、まだまだ実力を全て出しているわけではないだろう。それを全て出させても、それを超えるだけの力を持っているんだと痛感させ、敗北を突きつけるために動く。