戦艦未完棲姫が嗾けてきた浮遊するメンダコの群れは、時雨達が各個撃破することで対処が完了した。今でも自己修復を続けているものの、そのスピードはそこまで速くないおかげで、今はメンダコに妨害されるようなことは無くなっている。
「次は君の番だと思うけれど、そこから動かないのかい。それとも、
大口径主砲を戦艦未完棲姫に突きつけて、逆に煽る時雨。実際、メンダコを嗾けた戦艦未完棲姫は、未だに同じ場所から動いていない。グラウンド中に張り巡らされたタコ脚は、本体の背中に接続されているわけだが、これだけの量が繋がっているせいで、本体が動けないという間抜けなことが起きているのではと時雨は予想をしていた。
だが、流石にそんなことは無いだろうとも考えている。何故なら、戦艦未完棲姫の背部には、強襲してきたメンダコとは比べ物にならない程のサイズを誇るタコが鎮座していたからだ。こちらが戦艦未完棲姫の本来の艤装。『拡張』によって巨大化したタコ脚の持ち主と言っても過言ではない。
その本来の艤装とは何かしらの手段で接続されているとは思われるが、それらしいモノは正面からは見えない。遠隔操作の可能性もあるので、油断はしない。
「……なめていたのは認めるよ。アンタ達がここまでやるとは思ってなかった。特異点だけの一枚岩じゃあないってことかい」
「当然だろう。そうで無かったらここまで来れるわけないじゃないか。君達みたいに自分の力を過信しているわけじゃないんだ。それでもまだ自分が勝てると思い込んでいるんだから笑えないよ。ここまで相当時間が経っているのに、まだその考えを改めないんだから頭が悪いとしか思えないね。特に君はそれなりに生きてきたんだろう。長い人生経験がありながら、どうしてその考えに至れないんだい」
時雨の煽りは最高潮である。これは時雨の中にある呪いがそうさせているようなモノ。人間憎しの感情をここまで抑え込んできたため、吐き出せる相手がいるのならば溜め込んできた分が全て出てきてしまう。暴力に訴えないだけマシだと時雨は言い返すだろうが。
「動かないなら動かないでいいさ。君をこの場で始末する。君達が僕達を殺そうとしているんだ。殺される覚悟くらいはあるだろう。それとも、これにもまた根拠のない文句が出るのかい。特異点が何故悪かも語れないような連中の言葉は聞くに堪えないから、黙って戦わせてくれると助かるけど?」
「アンタの方が喋りすぎじゃあないかい。黙って聞いていれば偉そうに。アンタは歳上を敬うという気持ちは無いのかい」
「敬う相手を選んでいるだけさ。少なくとも君は、敬うほどの価値もない。実の息子と娘をこき下ろすような親が、一丁前に敬意を払ってほしいだなんて、ちゃんちゃらおかしいよ」
煽りもここまでにして、自己修復しているメンダコにもう一発入れた後、本体に対しての攻撃態勢に入る時雨。殺さずで行くつもりであるが、大口径主砲はしっかりとその頭に狙いを定めていた。
撃ち抜けばおしまい。命を簡単に刈り取る一撃。他の者ならば撃つかどうかを躊躇うところだが、時雨は違う。呪いに後押しされているため、引き金が軽い。
「何も出来ないわけじゃないだろ」
容赦なく撃つ。避けないで死んだら、それはそれでこの戦いの終わり。気分は良くないが、あちらはそれを選択したというだけ。
だが、予想通りそんなことは無かった。背部の巨大なタコの頭が、クリオネが捕食する時のようにばっくり開くと、その中から新たなメンダコが多数出現。時雨の砲撃を数体がかりで受け止め、完全に無力化する。
「なるほどね、このメンダコ、艤装かと思ってたけど違うわ。
そこで神風は気付いた。メンダコは生体艤装の一部かと思っていたが、本当は艦載機なのだと。5体侍らせていたが、実際は今のようにかなりの数がいる。
戦艦未完棲姫は、戦艦と命名されてはいるが、実際は航空戦艦。水上爆撃機の取り扱いが可能な、甲板持ちの戦艦である。
搭載数の分だけメンダコがいるのならば、その数は最初の5体では終わるはずがない。深海棲艦の航空戦艦は、搭載数が並の空母と同等、下手したらそれ以上ある。
事実、この戦艦未完棲姫の艦載機搭載数は72機。つまり、このメンダコは全部で72体いると言っても過言ではないのだ。
「いいだろう。アンタ達がその気なら、アタシもそれ相応に振る舞わせてもらおうかね。出し惜しみは無しだ」
「そもそも何故出し惜しみが出来ると思っているのかが理解出来ないよ。もしかしてこの島を守る気が無いのかい。しかも命がいらないと来た。そのくせ、やられたら泣き言を言うんだろう? これまでの連中の傾向からして」
「泣き言を言うのはアンタ達だよ。アンタのお望み通り、ここから動いてやるさね」
グラウンド中のタコ脚を管理する巨大なタコはそのままに、戦艦未完棲姫はその場で立ち上がる。艤装とは直接接続されているのでは無く、遠隔操作であることが確定した。
だからといって完全に丸腰というわけでもなく、背中には少々小型ではあるが機械的な艤装も持っており、そこには戦艦らしい三連装砲が二基。その火力は計り知れないだろう。
「それじゃあ、再開だよ、ガキ共」
先制はやはり戦艦未完棲姫。三連装砲で時雨に照準を合わせ、そして即撃ち放った。同時に湧き出てきたメンダコも改めて散らばり、時雨達への攻撃のために行動を開始する。
「数が増えたっぽい。でも、やることは変わらないっぽい!」
メンダコが増えようが関係ない。真っ先にそれに飛びついた夕立は、散弾で迎撃されても関係なく、『ダメコン』で弾き飛ばすや否や、メンダコの脚を掴んで力任せに振り回し始めた。
いくら強化された艦載機であるメンダコであっても、夕立1人分の重さを支えることは容易ではなく、掴まれてしまえば艦載機としての仕事は出来なくなる。そんなことをされる前に散弾で撃ち抜くし、普通ならばそのスピードで掴まれることもないはずなのだが、夕立は規格外なのだから仕方ない。
「手近なヤツから、ぶっ潰すっぽーい!」
そして、何を思ったか、掴んだメンダコを別のメンダコにぶつけ始める。メンダコを手持ちの武器として扱ってしまっているのだ。
そうしている間も散弾を放ってくるのだが、夕立にはまるで効かない。何も無いような振る舞いで、次から次へとメンダコを殴り飛ばしていく。
自己修復する武器だなんて便利すぎるとニッコニコ。殴り飛ばされたメンダコも、同じ強度のモノからの一撃を喰らったことで、無傷とは行かない。
「わお、夕立ちゃんすごいねぇ! じゃあ、殴り飛ばしたのは、子日が片付けとくね!」
「よろしくーっ!」
メンダコ同士の衝突で、機能が一時的に低下したところを、子日が確実にヘッドショットを決めていった。姿を隠しているため、何もないところから突然脳天を撃ち抜かれるのと同じ。目で見えない、電探にも反応がない、近付かれたとしても気配すら感じないとなれば、メンダコはここから本格的に翻弄され続けることとなる。
「フレ子! メンダコは夕立達が全部片付けるっぽい!」
「フレちゃんと本体やって! 大丈夫だから!」
数が増えた分、相手取るのが逆に簡単になった。そのため、フレッチャーにも戦艦未完棲姫本体を叩くように指示を出す。
「かしこまりました。足手纏いにならぬよう、確実に叩きますね」
言われた時には、もう動き出していた。反射神経もずば抜けて上がっているため、向かってくるメンダコを軽々と避け、時雨と神風の側へと移動。そちらにもメンダコがいるため、それを墜とすことを意識しながら、本体攻略に参戦。
「腕の1本や2本、落としても大丈夫でしょ。どうせ自己修復するし、本体もあのタコみたいなモノみたいだから」
神風がそう言った時には、居合の構えに入っていた。足下は相変わらずタコ脚で不安定だが、その場にも慣れてきた神風にはもう気になることではなかった。
「それに、どうせアレの力はこのタコ脚だけじゃないわ。一度斬って炙り出してくる」
「ああ、頼んだよ」
「人斬りは人を斬ってなんぼだからね」
「根に持ってるんじゃないよ」
少し冗談を交えつつ、神風はタコ脚を踏み締めた。瞬間、蠢いていようが関係なく、そのタコ脚を粉々に踏み潰さん勢いで蹴り、瞬時に戦艦未完棲姫との距離がゼロになる。
そのまま刀を抜けば、上半身と下半身がお別れするような軌道。そして、神風の斬撃を戦艦未完棲姫は太刀筋を見ることが出来ていない。普通ならばそれで終わり。
しかし、見た目通りの2つ目の曲解が、ここで披露される。
「アタシをそいつらと同じに思ってもらいたくはないね」
神風の一撃を受けても、戦艦未完棲姫の身体がグニャリと凹むだけで、斬ることが出来なかった。鋭く、全てを断つことが出来る程の剣技であっても、傷をつけることが出来なかったのだ。
「柔らかいのはメンダコと同じだけど、この柔らかさは違う……柔らかいだけじゃなくて、カタチを元に戻そうとする力がある。貴女……その見た目通りってことかしら」
戦艦未完棲姫、第二の曲解、『弾性』。外力によって生じた変形が除荷すると直ちに失われて元の形状に戻る性質を曲解することで、
ある意味、夕立やトラが持つ『ダメコン』の亜種と言える。違うところと言えば、跳ね返すのではなく、受け入れた後に元に戻るということ。神風の居合もしっかり受けているが、斬れることはなくとも身体は不自然な形状に曲がっていただけで、刀の長さの分だけ引き伸ばされた後、また元のカタチに戻っただけ。故に、神風は刀を振り抜いている。『ダメコン』ならば、振り抜くことが出来ずに跳ね返される。
つまり、戦艦未完棲姫は、見た目通りタコと同様の弾力を持ちつつ、傷がつかないゴムのような体質となっているわけである。
自ら伸ばせるわけではないが、こと衝撃を相手にした場合は硬いよりも壊れない。耐衝撃の極致である。
「アタシにゃ、アンタ達の攻撃が効かないのさ」
「でしたら試してみましょう」
間髪容れず、フレッチャーが砲撃を放つが、戦艦未完棲姫は避けることも無かった。その砲弾が身体に触れたことで、ぐにゃりと身体はひしゃげたようだが、それで千切れるようなこともなく、そのまま軌道が逸れるだけ。
「……極端な身体ですね。ゴムは砲撃を逸らすなんてことは出来ないはずですが」
「アンタ達の常識は通じないのさ。わかったろう?」
こうなると戦艦未完棲姫は調子に乗り始める。斬撃も砲撃も効かないと見せつけたことで、絶望するだろうと。
だが、時雨はそんな戦艦未完棲姫を見て、これ見よがしに溜息を吐いた。
「本当に愚かだ。君には失望したよ」
「負け惜しみかい?」
「そう聞こえるかい?」
時雨は完全に見下した目で戦艦未完棲姫を見ると、堂々と宣言した。
「僕なら、君の身体を完全に撃ち抜くことが出来るよ。耐えられるかな」
「ははっ、やってみなよクソガキ。口だけ達者でも、生きてはいけないよ」
「いいだろう。それじゃあ、後悔してもらおうか」
時雨の力が本領発揮される。