時雨が深雪から特機を貰い、その身に寄生させる際、夕立と子日に言われていたことがあった。欲しいと思っている力が手に入るから、特機にお願いするといいと。
夕立と子日が寄生させた時は、まだ特機を使い始めてすぐの頃。その時は、深雪が知る範囲の力を、願いに合っている範囲で与えるという特性だった。
夕立の『ダメコン』は、誰も傷つかない力を願ったことで、その時にトラを知っていたからこそ手に入ったモノ。
子日の『迷彩』も、何処にでも行ける力を願ったことで、邪魔をされないという魂胆から知っている力を与えられている。
だが、今はもう、特機を使い始めてかなり時間が経っている。深雪もそこからいろいろと経験していた。故に、特性は徐々に変わっていき、本当に当人が望んだ力を与えるようになっている。深雪が知っている知っていないはもう関係ない。特機も成長するのである。
それが顕著に現れているのが、叢雲の『標準型』と、睦月の『軽量化』である。敵でも見ていない、カテゴリーWが初めての曲解。叢雲は普通を願ったことにより、異常性を消す力を。睦月は非力でも仲間と共に行ける力を願ったことにより、邪魔するモノを軽くして押し退ける力を与えられた。
ならば、時雨は何を望むのか。どんな力を願うのか。夕立と子日はそれがとても気になっていた。第三次の純粋種、呪いを持って生まれたカテゴリーMである時雨が、ここまでの経験で皮肉屋でありながらも限られた相手ならば人間であっても信頼するようになった時雨が、一体どんなことを特機に伝えるのか。
その力がこれから発揮されることになる。
「僕なら、君の身体を完全に撃ち抜くことが出来るよ。耐えられるかな」
戦艦未完棲姫の第二の曲解『弾性』により、フレッチャーの砲撃はおろか、神風の斬撃すらも傷をつけることが出来なかった。
それでも、時雨はその身体を撃ち抜くと突きつける。慢心ではない。確固たる自信を持って。
「ははっ、やってみなよクソガキ。口だけ達者でも、生きてはいけないよ」
「いいだろう。それじゃあ、後悔してもらおうか」
ちらりと神風の方に目を向ける。
「悪いけど、僕はここで出し惜しみをするのをやめる。あちらに手札を見せることになるけど、構わないね」
そんなことを言われて、やめろとは言えない。神風もあの身体を貫く手段はまだ持っているが、時雨のこの自信を後押しするように、小さく微笑んだ。
「ええ、大丈夫でしょ。代わりに、私が貴女を邪魔するメンダコを始末しておいてあげる。フレッチャーもいいかしら」
「はい、問題ありません。時雨さん、よろしくお願いします」
「ああ、任された。それじゃあ」
改めて戦艦未完成棲姫を見据える。その瞬間──
「
時雨は既に移動し、大口径主砲を腹に押し付けていた。目にも留まらぬだなんて表現では追いつかない、神風ですらその動きがギリギリ見えたという程度。
「なっ」
「高次の存在なんだろう。何を驚いているんだい」
そして、爆音。砲撃が放たれたのだろうが、普通のモノとは違った。ゼロ距離で大口径主砲を使ったからというのもあるかもしれないが、それだけでは無かった。
「っ、か……っ」
神風の刀でも斬れなかった『弾性』の身体が、
「やっぱりね。君の身体、どうすれば傷を付けられるかわかったよ」
「何を、したんだいっ!」
自己修復をしながらも、背部の戦艦主砲を時雨に向けて放つ戦艦未完棲姫。これだけ近くから放てば避けるのも難しいし、避けられたとしても衝撃で吹き飛ばされる。せめて時雨を近くから離したかった。
だが、砲撃を放った時には時雨は戦艦未完棲姫の斜め後ろに立っていた。砲撃は放たれたものの、その衝撃を受けることはない。そして、またもや大口径主砲を脇腹に突きつけていた。
「見えていないのかい。高次と言ってもその程度なんだね。低次元の僕でも出来るというのに、全く嘆かわしい」
次の砲撃を放つ。やはりその時の音は、普通の砲撃とは違った。むしろ、直撃していそうなのだが、着弾の音も違う。爆発しているが、敵と衝突したのとは違う衝突音が混ざっているように聞こえた。
戦艦未完棲姫には何が起きているかさっぱりわからない。だが、時雨が砲撃を放つと、自分の身体が抉れて焦げている。その事実だけが、嫌でも焦りに繋がる。
「くっ、アタシの身体を、どうやって……っ」
「高次なら自分で導き出しなよ。僕達より上にいるんだろう?」
時雨の方を向いた時には、もう戦艦未完棲姫の背を取っていた。そこから三度目の砲撃。一度目、二度目と同様に、今度は背中を抉った。
ここで神風は気付く。時雨が何をしているか。どのような力を得たか。
「……そういうことね。大分無茶をしているんじゃないのかしら、ねっ」
時雨の邪魔をしようとしているメンダコを斬り伏せながら、フレッチャーにも合図を送った。戦艦未完棲姫は、あの時雨を止めるためにメンダコを全て時雨に結集させるはず。ならば、それを妨害するために、動く前に破壊してしまえと。
フレッチャーは無言で頷くと、齎された身体能力を遺憾無く発揮して、即座にメンダコを対処。ゼロ距離で撃てば、一時的にでも機能が停止することはわかっているので、優先的にそれを狙う。
自己修復はするかもしれないが、瞬時というわけではない。一度その段階に入らせれば、少しの間は黙ってくれる。その間に、時雨が本体をどうにかしてくれるだろう。
神風は夕立と子日にもアイコンタクトを送る。それを見た2人はニッと笑みを浮かべ、同じようにメンダコを集中砲火。時雨と戦艦未完棲姫の
特に夕立は、まるで獣のようにメンダコに飛び掛かると、自分へのダメージを省みることなく滅茶苦茶にしていった。『ダメコン』もあるため、尚のことダメージのことなんて考える必要がない。
「僕にはとてもいい仲間がいるようだ。言わずとも察してくれるね。君はどうだい? メンダコで一人遊びをするだけで友達も何もいないようだけれど。それはそうか、実の息子と娘もゴミのように扱うようだし、本当は仲間でもみんな見下し合っているみたいだからね。友達のいない、孤独で寂しい人生をヨシとしているんだろうね。可哀想とは思わないよ。君自身がそれを選んだんだ。でも、こういう時に助けてももらえないのは惨めだね」
煽りながら、精神に攻撃しながら、時雨は砲撃をやめなかった。振り向いたら背後を取られる。移動してももう隣にいる。全方位に砲撃をしようとしてもその隙間にいる。
足下のタコ脚も、時雨の行動の邪魔をすることが出来ていなかった。踏まれているのだから、何処にいるかはわかるはずなのだが、瞬く間に移動しているせいで、邪魔のしようが無かった。
「僕はこれでも加減をしている。やろうと思えばいつでも君の頭をふっ飛ばせるんだよ。でもしない。身体だけで止めてやってる。何故だかわかるかい? 致命傷を与えたら、こんな君でも悲しむ者がいるんだよ。だから、僕は君の心を徹底的に折る。それが出来るだけの力を、今の僕は持っている」
身体だけではない。背中に装備した戦艦主砲もことごとく破壊し、自己修復の時間すら与えない。最初に撃たれて焼け焦げた胴は、治ったかと思った時にはまた抉られていた。
必然的に丸腰になった戦艦未完棲姫は、それでも猛攻を繰り返す時雨に向けて、歯軋りをしながら睨みつける。だが、その視線が交わることは無かった。睨もうとした時には、時雨はもう真後ろにいたから。
「一つ教えておくよ。君の身体、確かに柔らかくでどんな衝撃でも逸らしてしまうかもしれない。でもね、
時雨が毎度狙っているのはそれだった。ゼロ距離で放ち、
いくら柔らかくても、火がついてしまえばそれはダメージにしかならない。夕立とは逆。あらゆるダメージをキャンセルする代わりに衝撃には弱い『ダメコン』と、あらゆる衝撃をキャンセルする代わりに残り続けるダメージには弱い『弾性』。
「つまり、君は燃やせば死ぬんだよ。海の上ならそんなことはないだろうけど、ここは陸だ。水なんて無い。そもそも君は、戦場を間違えているんだ。いや、そう君に指示した上の奴がダメなんだろうけどね。全く、本当に失望したよ。頭の悪さもここまで来ると笑えない」
「火、火なんて、どうやって起こしてっ」
「砲撃をしてるんだから火くらい起きるだろうに。馬鹿なのかい?」
実際は、時雨は若干
時雨が特機に願ったのは、速さだった。行動力もさることながら、頭の回転も速くありたい。そうすれば、仲間が傷付く前に事が起こせるではないかと。
呪いに蝕まれながらも、うみどりの生活で仲間を信用する心を取り戻している時雨。『量産』にやられ、悔しい思いをしたからこそ、強くありたい、そして、
その結果、特機が与えた力は、時雨の出力を向上させ、その速度を極限まで上げる力。行動も、思考も、本来の数倍にすることが出来る、単純明快な超加速。
敵が攻撃してきたとしても、思考が速く回ることでスローモーションに見え、身体はその速度に追いつき、その攻撃を見てからでも軽々避けることが出来る。そして、それに対しての反動は曲解故に存在しない。
さらには、扱っている兵装にもその効果が及んだ。砲撃を放ち、再装填からもう一発という時間も短縮。さらに放つことで、戦艦未完棲姫の『弾性』すら利用して、
その結果が、ゼロ距離での爆発。砲弾同士の衝突で生まれた熱エネルギーを、戦艦未完棲姫に直撃させることで、その身体を焼いていたのだ。そんなことが出来るのは、この時雨しかいない。
時雨が得た力は、『タービン』の曲解。出力を上げるという一点を曲解し、全能力の出力増強による超加速により、高い処理能力とパフォーマンスの向上を実現し、艦娘を超えた行動を可能にする力。