時雨が特機により得た力は、『タービン』の曲解。行動、思考、そして艤装すらも超加速させ、神風でギリギリ見える程の速さを獲得した。
戦艦未完棲姫の『弾性』には、そのスピードで自ら撃った砲撃にさらに砲撃を直撃させることによって爆発、その爆炎によって生まれた熱エネルギーをぶつけることにより、傷一つ付かなかった身体を焼くことに成功した。
タコは焼ければ身が引き締まる。それを利用した『弾性』への対抗策。その時雨にしか出来ない奇策は、見事に決まり、戦艦未完棲姫は焦りを見せ始める。
「さぁ、まだまだ行こうか。君の弱点はよくわかった。もう少ししっかり焼いてあげた方が良さそうだからね。まさか、なんでこんな目に遭わないといけないんだとか思っていないよね? 僕達は君達から攻撃を受けた。だからやり返した。ただそれだけだ。命の奪い合いを仕掛けてきて、その上でこちらは加減して命を奪わないであげているのに、攻撃されたことに文句を言うなんてしないだろうね。一方的にやれないと嫌だとか、高次の存在とやらはただワガママを言うだけの子供かい? いや、君はおばさんだったね。なら尚更話にならないんだけどさ」
時雨の口は回る回る。こうして精神攻撃も止めることなく、繰り出し続けることで、敵の行動を粗暴にし、自分は自分でスッキリするという2つの利点を使いこなしていた。
時雨が戦艦未完棲姫を圧倒しているおかげで、足場となるタコ脚の蠢きが疎かになっていた。視界に入るタコ脚を感覚的にコントロール出来ることが利点だが、本体が翻弄され、視界に入れられなくなったならば、これまでの邪魔は途端に失われる。
「時雨達、やってくれたな! この隙にこの脚をどうにかすっぞ!」
「お任せください。これならば白雲の力、存分に発揮出来ましょう」
本体は依然として時雨達に任せるとして、フリーになりつつある深雪達は、足場にしているタコ脚の本体、戦艦未完棲姫の艤装である巨大なタコを潰しに向かう。
アレが残っているとメンダコが更に増える可能性があり、それがさらに厄介な動きをすることも考えられる。あちらはあちらで時雨以外の仲間が対処をしてくれているが、それだけでは足りない。
故に、ここまで燻られ続けた白雲の出番。さらにこうしている間も『空冷』を発揮し続け、空間を冷やしていた磯風もいる。邪魔が疎かになったのならば、ここからはある程度自由に動けるというモノ。
「磯風様、前進いたします。狙いは──」
「あのデカブツだろう。そろそろ目障りだと思っていたところだ。奴を凍らせる!」
「ええ、御理解が早く助かります」
足下のタコ脚を踏みつけ、一気に前進。そこに深雪が電と共に煙幕でのアシスト。2人を戦艦未完棲姫の視界からより遠ざけるため、そしてその力をブーストするため。
「頼むぜ2人とも!」
「電達が、後押しするのです!」
特異点の煙幕を受けた2人は、途端に足が軽くなった。蠢く足場が気にならないくらいに。これならば、一気に近付ける。
「時雨よ、我々も援護するぞ」
磯風が時雨にアイコンタクトを送ると、僅かにだがよろしくと口が動いた。それを見たことで、磯風は笑みを浮かべる。
「白雲! 出力を上げる!」
「承知いたしました。ならば、この白雲の真髄、ほんの一握りですがお見せいたしましょう」
磯風が『空冷』の出力を上げ、その風を巨大タコにぶつけた。凍りつくことはないが、全身が一気に冷やされることで、それだけでも動きが鈍くなる。
とはいえ、近付かれることを拒んでいるかのようにタコ脚をのたうたせることはやめない。戦艦未完棲姫の視界に入っていなくても、自己防衛をするかのように動くのが生体艤装。これまでは離れた場所であるため本体の意思を汲み取っていたが、自分が危険とわかると、本体の意思から外れて動き始めた。
だが、その時にはもう遅い。巨大タコの周囲の空気は冷やされ、凍えるほどの寒さになったことで、脚の蠢きも最初と比べるとかなり鈍くなっていた。
そうなってしまえば妨害にすらならない。白雲はその脚を華麗に駆け抜け、舞うように接近。そして、巨大タコの目と鼻の先まで近付いたことで、居合の構えを取った。
その手に握るのは、これまでずっと自身の力を込め続けた鎖。触れればどんなモノでもそこから凍りついていく、しかし殺傷能力はほぼ無い、理想的な武器。
「神風様から学ばせていただいた技術、ここでも使わせていただきます。斬る必要などない。ただ凍らせるだけでよい。速く、ただ速く!」
不安定な足場であっても関係ない。白雲はダンと強く踏みつけると、その勢いを以て鎖を振り抜いた。神風の居合斬りとほとんど同じモーションだが、振っているのは鎖だ。刀とは違い、
その速さは、神風の神速の居合に匹敵するほどのモノだった。それを避けるのも至難の業だと思える程に、とんでもなく速い。それが、その場からまともに動くことも出来ない巨大タコに繰り出された。
「終わりだ。これだけ冷やしたからな。白雲の『凍結』は、最大限に発揮するだろうさ」
「然り。芯から冷え、そしてその動きを止める。我々が組めば、どれほど巨大なモノであっても」
「冷えて固まるぞ」
白雲の鎖が触れたところから一気に始まり、バキバキと音を立てながら、目に見える程に凍りついていく。巨大タコが反撃をしようと頭を開こうとするが、もうそれもままならない。磯風によって冷やされた空気が、白雲によって凍らされ、動けば動くほどその速度が上がっていく。
最終的には、もがくことも出来ずに巨大タコ全体が凍りついた。冷気が見える程にカチンコチンとなったことで、グラウンド中に這い回るタコ脚も完全に蠢動が止まった。
これで邪魔をするモノはない。時雨を止めるモノは、もう無い。
「僕の仲間がやってくれたよ。メンダコはもう増えない。足下も動かせない。君だけの力で僕に勝ってくれ。反撃したければすればいい。先に兵装は破壊させてもらったが」
戦艦未完棲姫はもうほとんど丸腰のようなモノだった。自己修復で兵装も修復していくものの、その都度時雨が念入りに破壊しているため、本当に攻撃の手段が無くなってしまっていた。
自身の持つ『弾性』の曲解も、時雨のオーバークロックによる砲撃の連打、その爆発により焼かれて焦げて無効化され、明確なダメージとなっている。
「こ、このっ、クソガキ……っ」
「どうしたのかなおばさん、悪態をつくことしか出来なくなっているようだけれど、平和のために口汚く相手を罵ることが正義なのかい。誰よりも悪役じゃないか。それで正義だの平和だの言わないでくれるかな」
爆炎による延焼で『弾性』を失ったことで、その腕が一本捥ぎ取られるように飛んだ。正確には、砲撃によって千切り取ったに等しいのだが。
自己修復があるため、それもまた徐々に生えていくことになるのだが、戦艦未完棲姫に恐怖を植え付けるには充分すぎた。
時雨達ならば、そうなっても戦意喪失はない。戦場に身を置いていることもあるし、そういう場に立っているのだから覚悟も出来ている。腕が無くなっても、生きて戻るとより強く気持ちを持って、その場をどうにかしようと前を向く。死んで堪るかという気持ちが、より心のエンジンに火をつける。
しかし、勝って当然と慢心している上に、力を得て強くなった気でいるだけの、素人に毛が生えた程度の一般人は、本当に死が身近に来たことを知った途端、ただひたすらに怖くなる。死を覚悟してココにいない。
そこには、覚悟の差があった。
「っく、あ、ああっ!」
「どうしたのかな。高が腕一本じゃないか。君には自己修復もあるだろうし、待ってれば治るんだからそれくらい構わないだろう。痛みだって感じているかわからないというのに。僕の腕が同じように飛んだら、君はこう言うだろうから、先にちゃんと伝えておいてあげよう。『いい気味だ』とね」
加えてもう片方の腕にも同じようにダメージを与えて千切り飛ばした。焼けたことで『弾性』が失われればこの程度。本質的にタコの性質を持っているのだから、そうなってしまえば毟り取ることだって可能になる。
「次は脚にしようか。一度達磨になったら反省するかな。何も出来ない状態でいれば、考え方は変わるかい。変わらないだろうね。それだけ深く教育されているんだから。でもまぁ、殺さないだけマシだと思ってほしいな。君の子供達に感謝をするといい」
両腕を失って対抗策が本格的に無くなった戦艦未完棲姫は、時雨を睨みつけてはいるものの、涙目で歯をカタカタ鳴らしていた。戦意は失っていないようだが、しかし恐怖に呑み込まれて、何も出来ない現状がただただ怖かった。
そして──
「この外道が……! アタシにこんなことをして、タダで済むと思ってるのかい!?」
言うに事欠いてコレである。時雨は呆れてモノも言えなかった。驚いたような顔を見せた後、思い切り見せつけるように溜息を吐く。
「これ以上失望しないかと思っていたけれど、逆に感心する程だよ。自分に都合のいい展開でなければ駄々を捏ねるだけかい。いい歳したおばさんが、ただの我儘で。じゃあ教えてくれないかい。どうなるって言うのかな」
大口径主砲の砲塔を薙ぎ払い、戦艦未完棲姫の顔面を殴りつけた。両腕を失ったことでバランスが取れなくなった戦艦未完棲姫は、ただそこで倒れ伏すだけ。
「僕は君達と同じようにしているだけさ。逆の立場ならこうするだろう。腹が立つことに、僕は君達のやろうとしていることを一時的にだけど頭に植え付けられたことがあるからね。だから、わかるのさ。平和と正義のためなら、いくらでも残酷になれることをさ。それを正当化して、文句を言われたら相手が悪だと決めつける。自分が正しいという考えを変えようともしない。疑問にも思わない。あの時の感情、思い出すだけで虫唾が走るよ」
もう一方的だった。無駄に頑丈であるせいで、気を失うことも出来ない。ただ時雨が嬲るのを、耐え続けるしかなかった。
「でも、流石にもう飽きた。君のそれにはうんざりだ。そろそろ終わりに……ん?」
話している時に、時雨は何かを見つけた。本来、戦艦未完棲姫にはないモノ。謎の物体を。
それをもっと近くで見るために、時雨は戦艦未完棲姫の髪を掴んで無理矢理立ち上がらせ、目を凝らすようにそれを見つめた。殴り飛ばして倒れさせなければ、それがそこにあるなんて気付かなかった。うなじ付近、
「……これは、