戦艦未完棲姫──黒井母の首筋に埋め込まれていた舵は、梅の『解体』によって破壊された後、特機達の迅速な処置によって体内に残骸が残ることもなく撤去された。
その結果、『羅針盤』ですら正気に戻せなかった黒井母が自分自身を取り戻すに至った。洗脳されていた言動を恥じ、阿手とその仲間達に怒りを見せ、自分も深雪達についていくと言い出すほどに。
しかし、まだここでの戦いは終わっていない。周辺警戒を怠っていなかった電が叫ぶ。
「敵なのです! 皆さん、警戒してください! よりによって『迷彩』持ちが来たのです!」
電の持っている、『迷彩』で姿を消していようが関係なくその姿を感知出来る装備によって、非常に危険な
この戦場は学校のグラウンド。高高度からの監視だけでなく、校舎から見られていてもおかしくはない。その何者かが姿を消してこの戦場に来ることも、考えられないことではなかった。
「『迷彩』持ってるってなら、あたしのコレだろ!」
それを聞いた深雪はすぐさま左手を突き出して煙幕を発生させた。うみどりで襲撃を受けた際にも発生させた、立場を逆転させる煙幕。こちらからは触れているかのように相手の居場所がわかり、あちらからは自分の居場所がわからなくなる、深雪の中でもかなり早い段階から使える力。
だが、あの時とは練度が違う。触れられる煙幕は、より強く、より速く空間に蔓延する。勢いもコレまで以上だ。さらには磯風の起こす『空冷』の風も後押しとなった。拡がる速度がグンと上がり、グラウンド中を一気に包み込んでいく。
しかし、これまでさんざん対策され続けてきた煙幕だ。過信なんて絶対に出来ない。最初は通用しても、煙そのものを吹き飛ばされる可能性はいくらでもある。むしろ、煙幕をモノともしないなんてことだってあり得る。
故に、煙幕を拡げることが出来たとしても慎重にことを進めていく。まずは敵の位置を確実に知り、行動を阻害し、勝利への道を切り拓く。
「叢雲、睦月! 合流出来るか!」
「すぐに行くわ! このタコ脚、もう動かないのよね!」
「ああ、行ける!」
叢雲からの返事もあり、こちらも煙幕で状況も確認しながら合流。叢雲と睦月には電のドローンがついていたこともあり、見えないところで何かの被害を受けていたということもない。
2人は大急ぎでタコ脚に上がり、蠢かずともあまり安定しない足場をどうにか駆け抜けて深雪達と合流する。
この場合は離れている方が危険だろう。姿が見えない者ならば、各個撃破を優先することも考えられる。それに、わざわざこのタイミング──黒井母が正気に戻ったところを狙ってきているのにも、何かしらの理由があるのではと勘繰ってしまうもの。
黒井母に余計なことを話してもらいたくないのか、それとも
深雪達ならば、今救った黒井母を守りながら戦うだろう。その情を利用したタイミングと言える。
「う……数が増えているのです。『迷彩』持ち、3人なのです!」
「マジかっ、全員警戒!」
姿が見えない敵は1人でも厄介なのに、それが3人。今でこそ深雪の煙幕によって何処にいるかがわかるようになるが、今は電が感知しただけで煙幕内には入ってきていない。
「どっちにいる!」
「建物の中なのです! あと屋上にも! 妖精さんが3人の場所を常に教えてくれているのですけど、煙幕は警戒されているのです!」
「そりゃあそうだよな。前の『迷彩』持ちはこっちがぶっ倒してるんだ。警戒されて当然だよな」
見えない敵はその辺りをしっかりと考えており、妖精さんに感知はされたが、それを知ってか知らずか、煙幕を発生させた時点から校舎内から出ようとしていないようである。
だが、そこでただ待っているだけではない。砲撃を放つわけでも無く、
「艦載機……!?」
敵が使ってきたのは、
電が妖精さんの力で『迷彩』持ちに気付かなかったら、黒井母を救って少し気が抜けたというところで見えない空爆を受けて全員やられていた。やはりこのタイミングを狙ってきたのは、黒井母を囮に使ったやりかた。勝てれば良し、負けてもどうせ洗脳が解かれるのだから、それをそのまま罠に使おうという魂胆。
「全員逃げろぉ!」
グラウンド内全てを覆う程の絨毯爆撃が予想され、それを回避するために、集まったもののすぐに散開。グラウンドから離れるように猛ダッシュ。一応はなるべく離れないように同じ方向に逃げる。
幸い誰も怪我を負うようなことはしていなかったので、黒井母をどうにかするだけでこの空爆は回避出来る。
「世話が焼けるねおばさん!」
「すまないねぇクソガキ! でも、恩に着るよ!」
黒井母は、なんだかんだ一番近くにいた時雨が担ぎ上げて運ぶ。『タービン』の曲解のおかげで今ならば空爆など関係なく超加速で撤退が可能。
流石に校舎内に飛び込むということは出来なかったが、グラウンドから命からがら逃げ出すことに成功した直後、巨大タコの脚が次々と爆散していく。自己修復も間に合わないほどに激しい爆撃をコレでもかというほどに受け、そこにいたら間違いなく死んでいたと思わせる程の爆発が起きていた。
戦闘中にやられていてもおかしくなかったのだが、そこはやはり戦闘中の気が張っている時よりも、戦闘終了後の少しでも気が抜けた瞬間を狙ったようだった。また、神風達が破壊して修復中だったメンダコ艦載機達も爆撃に巻き込まれてしまい、木っ端微塵になってしまった。これではもう修復は不可能だというほどに。
「あ、あっぶね……」
「戦闘中にこれをされてなくてよかったのです……」
この爆撃により、ばら撒いた煙幕も完全に散らされてしまった。そのせいで、『迷彩』持ちの居場所は電しかわからない状態に逆戻り。
部隊は全員同じ場所に集まれたが、それでは今度は戦いにくい。回避が成功したならば、爆撃で酷いことになっているグラウンドに散らばるようにまた移動。
「2人は建物の中から移動を始めたのです……!」
「だよな、そう来るだろうよ。もう一回煙幕張るぞ。磯風手伝ってくれ!」
「了解した! 彼奴等の小賢しいやり方を覆してやらんとな!」
爆撃によりグラウンドがさらにボコボコにされた後、『迷彩』持ちは校舎内から移動。ここからは近接戦闘も視野に入れてきたのかもしれないが、電は逐一情報を取り入れているために、その行動を常に口にし続けていた。
今何処にいる、何処に移動した、どういうことをしようとしている、全てを伝えようとしているが、どうしてもそこにはタイムラグが発生する。そのため、煙幕は絶対に必要だと、散らされてももう一度発生させた。磯風の力も借り、最速で広い空間を埋めるために風を舞わせて煙幕を拡げた。
「ああっ、また艦載機なのです!」
「ここの土地のこと何も考えてないのかよ! だったら最初からやれよな!」
しかし、またもや煙幕散らしのために爆撃が繰り出される。先程よりは範囲が広くなさそうだが、煙幕の中心となる深雪を集中的に狙った見えない艦載機による見えない爆撃。『迷彩』の力が本体や艦載機はおろか、そこから落とされる爆弾にまで付与されている辺り、うみどりを襲った戦標船改装棲姫のそれよりも強化されていると思われる。
「多少は仲間のことを思っていたってことかね。それとも、アタシが負けたから見限って全部壊そうって考えたか」
黒井母もこの敵のやり方には苛立ちを見せていた。自分が戦っている時にそれをやっていたら、深雪達のことを全滅させることが出来ていたかもしれない。洗脳されていたのならば、それで死んでいたとしてもこれで特異点が斃すことが出来たのならばそれでいいと納得していただろう。
しかし、あえて自分は一人で戦わせ、それが失敗したというタイミングでこの爆撃だ。余計なことを言わせないように、口封じも兼ねての皆殺し。これはあまりにも性格が悪すぎる。余計な労力を使わずに斃せるならヨシとして、ダメなら諸共というのは虫が良すぎる。
「そうかいそうかい、なら、アタシゃ徹底的に奴らを見限ってやるさね。今の爆発で、アタシのタコちゃんが少しは動かせるようになったようだからね。クソガキ、手伝ってやっていいかい?」
「構わないよ、おばさん。それと、僕の名前は時雨だ。クソガキじゃあない」
「ならアタシのことも……そうだね、母ちゃんとでも呼んでくれりゃあいい」
「絶対やめとくよ。君はおばさんが一番合ってる」
「ははっ、それでいいさね」
腕の修復もほぼ終わり、あとは手だけという段階。その中で黒井母は、少し離れていても遠隔操作出来る自身の艤装である巨大タコを動かし始めた。ついさっき凍結されたばかりだが、爆撃が二度も行われたことで、ほんの少しだが温まって、一部の機能がほんの少し戻ってきたのだ。
その機能は、艦載機の発艦。1機2機程度の発艦ではあるのだが、今なら充分すぎる効果を発揮する。
「行きなぁ、タコちゃん! 特異点の子を、守ってやんな!」
黒井母の威勢のいい声と共に、巨大タコから2体だけメンダコが飛び出す。先程はただただ邪魔だったそれも、味方になれば非常に心強い。破壊しようとしてもある程度ならば修復出来ることで、自ら身を拡げて傘のような姿となって深雪を守ってくれる。
「うおっ、マジか!」
「これくらいは罪滅ぼしだよ! アタシにゃアレをどうにかするこたぁ出来ないからね!」
「悪い、ありがてぇ! でも、根本的な解決になってねぇ!」
とはいえ、爆撃が止められていないので、煙幕散らしは成功され続けている。そして、そうこうしている内に、校舎内から移動してきた2人の『迷彩』持ちがグラウンドに辿り着いたことを電が感知した。
「もう、ここまで来ているのです! というか窓から飛び降りてきたのです!?」
「くっそ、煙幕も出せない状態で……!」
2人がこの場に降り立ったと言われても、それが何処にいるかも見えなければ、何をしようとしているかもわからない。
以前のように位置を予測して探照灯で照らし続けるなんてことをし続けた暁がココにいるわけでも無い。電以外は完全な予測で動かなくてはならない。
「……やるのです。1人は確実にわかるようには出来るのです!」
故に、電は暁と近しい手段を取ることにした。ドローン型艦載機を操り、敵はココにいるということを示し続けることにしたのだ。
しかし、その艦載機は1機だけ。2人いることを考えると、もう一人は口で伝える以外に手段がない。
「電が、電がやってやるのです! 皆さん、全部指示するのですぅ!」
これまでで最も電が頭を使う戦いになる。精神的にもキツい戦いに、消耗はどうしても重くなっていく。