屋上を陣取っていた最後の『迷彩』持ちも蹴り落とし、学校での戦いは一度終了となる。まだ校内に入ったわけではないが、見えている敵──実際は見えていないが──は斃したこととなった。
鬼ごっこをするために来ていた子供達は、戦いというモノすら理解していないくらいの幼さであったため、洗脳すらされていない状態だったこともあり、フレッチャーが遊びに付き合いつつも、敗北を認めさせることで、素直に従ってくれるようになっている。
今は足が凍らされて固定されているため、それが早く溶けるようにとフレッチャーが空撃ちした主砲の砲塔を押し当てて氷を溶かしているところ。足が引っこ抜けさえすれば、子供達は自分の足で歩けるし、言うことを聞いてくれる。
問題は屋上から落とした3人目。明らかに子供では無いことはわかっているし、子供達が負けたことを知った途端に逃げようとしたこともわかっている。子供に責任を押し付けて、自分はのこのこと逃げ帰ろうとしたというのが深雪達の見解。
今は落ちたことで気を失っており、多少は傷を負っていたものの、自己修復で全て治りつつあった。
「やっぱりあったよ。首のところ」
一番近くにいた子日が、特機を使いながら首筋を確認したところ、案の定3人目にも『舵』が接続されていた。これをどうにか出来るのは梅しかいないため、作業が終わり次第、こちらも『解体』してもらう方針。
「空母だとは思ってたけど、護衛棲姫か……。見た目だけは子供なのよねこの個体。でも深海には珍しい低速艦だから、逃げられないと思ったのかしらね」
気を失っているそれを眺めながら、神風はその個体のことを説明した。
子供達2人は北方棲姫と北方棲妹だったが、こちらは護衛空母である護衛棲姫。見た目は北方姉妹よりは大きいモノのかなり小柄で、駆逐艦と言われたらそうかもしれないと思えるほどだが、れっきとした空母。軽空母であるため、そこまでの艦載機搭載数は無いが、今回のようにステルスで来られたら、少ない艦載機数など関係ない。実際に相当危なかった。
「電がいなかったら全滅だったわよ。本当に助かったわ」
「どうにか出来て良かったのです……すごく疲れたのですけど」
「あんなことをしたら誰だって疲れるわ。少しだけ休憩と行きましょ。そのまま行くのは逆に危険よ」
この戦いで最も消耗しているのは、見えない敵を見続けて、いち早くその位置を示し続けていた電。叫び続けていたこともあり、事が済んだ今は忘れていたようにケホケホと咳き込んでしまうほど。
マルチツールの中には、戦闘糧食も入っており、そこには水分も含まれているため、電はそれを使って喉を潤していた。
「あたしにはあんなことは出来ねぇよ。電、ホント凄かったぜ」
「あ、あはは……電も必死だったのです。深雪ちゃんが煙幕を使ってくれてたおかげで、集中力も切らさずに済んだのです」
「あたしのはちょっとした補助だよ。ありゃあ電の実力だ。マジで助かる」
深雪にまで褒められて、電は少し顔を赤くしつつも素直に喜んだ。今回の勝利は電あってのモノ。これは誰もが認める事実。
「『舵』の『解体』、終わりましたぁ……最後はそっちですかぁ?」
「あ、梅ちゃんお願ーい!」
子供達が持っていた袋詰めの『舵』を、特機に手伝ってもらいながら『解体』し続けていた梅。それも全て終わったようで、残すところは気絶している護衛棲姫の首筋のモノのみとなった。
黒井母の時と同様に、軽く触れればそれは『解体』出来るため、体内に残骸を残さないようにしてしまえばそれで終わり。手早く済ませるためにすぐに向かった梅は、子日に支えられた護衛棲姫の首に手を触れて、さくっと『舵』を『解体』した。
「それじゃあ、追加で『羅針盤』もしておこ。もしかしたら正気に戻るかも」
「だな。それで元に戻ってくれりゃあ」
そして、深雪とグレカーレの合わせ技による『羅針盤』。洗脳教育が行き届いてしまっている可能性もあるが、やっておいて損はないため、今回もしっかり施しておく。
「よーし、アタシのタコちゃんも大分溶けてきたね。グラウンドの脚が邪魔だろう、撤去するよ」
黒井母が自分の艤装──巨大タコの様子を確認したことで、これまで『拡張』していたタコ脚を元に戻していった。シュルシュルと引っ込んでいき、最終的にはタコ自体は大きくともタコ脚は程よいサイズ、黒井母が乗って終わりくらいな程にまで戻った。
黒井母が持つ『拡張』は不可逆ではなく、拡げたモノを元に戻すことも可能だった様子。わざわざ叢雲に『標準型』をかけてもらわずとも、自分の意思で戻せるようだった。そうでないと不便であろう。黒井母がここを陣取っていたのも、それが出来るからとも考えられる。移動は通常で、戦闘は『拡張』で。
学校のグラウンドは、タコ脚がのたうった跡が残りつつも、本来の姿を取り戻した。タコ脚が失われれば陽の光も多く入り、磯風によって冷やされた空気も緩和されていくだろう。
「はい、溶けました。足、動きますか?」
「うん! ありがとう、おねーちゃん!」
「ありがとう!」
北方姉妹の足の氷は全て溶け、これで動けるように。自由になった途端に襲いかかるなんてこともなく、完全にフレッチャーに懐き、嬉しそうに2人して抱き着く。
抱き着くという行為自体ドキッとするモノではあるのだが、子供達が何も持っていないことは確認済みだし、『舵』はただただ怖いモノであるという認識が、目の前で見たことで強く刻まれているため、絶対に持っていないと確信出来た。
また、氷を溶かしている間に確認しているのだが、子供2人には『舵』も無かった。やはり、この『舵』は幼すぎると効かないということなのだろう。もしくは、あんな太いモノが刺さったら、命の危険もあるからか。
「貴女達に鬼ごっこをしてこいと言ったのは誰ですか? あんな危ないモノを持たせて、それがそういうモノとも教えないでなんて」
「せんせー!」
「あそんでくれるおきゃくさまがくるって!」
先生。その言葉で、フレッチャーの表情は一瞬曇る。この子供達をこんな姿にし、何も知らない尖兵に仕立て上げたのはやはりあの阿手なのだろうと察した。
フレッチャーではなく、内にある米駆逐棲姫の記憶。その中の先生像が頭を過ぎり、そして自分の人生を滅茶苦茶にしたのだと思うと、許しがたい気持ちに。
だが、子供の前である都合上、出そうになった怨嗟はグッと呑み込んだ。子供達に聞かせるモノではない。この子供達も被害者であり、同じように思うところもあるかもしれないが、それは別に今でなくてもいい。
「もっと遊んであげたいとは思うんですが、お姉さん達はここの客で、先生とお話しするために来たんです。それが終わってからまた遊びましょうか」
「はーい!」
「やくそく!」
「はい、約束です。指切りをしましょうか。でも、多分場所はここではなくて、私達のいる大きなお船になると思います」
北方姉妹はやはりうみどりで保護になるだろう。ここに置いていくわけには行かないし、共に進むのも危険すぎる。今からでもうみどりに戻りたいところなのだが、それもなかなか難しい話。
ここで思ったことがあるので聞いてみることにした。子供がいるのならば、その保護者もこの島の何処かにいて然るべきだと。とはいえ、大人ならば洗脳がしっかり効いてしまっていると考えられる。こんな子供を見たら、暴言に次ぐ暴言がその口から溢れ出してきそうだ。
「2人とも、頼れる保護者の方はいますか? お父さんか、お母さんは、この島に──」
「いないよ?」
何も感じていないように、さらっと話す北方棲姫。
「おとーさんも、おかーさんも、しんじゃったからいないよ?」
「でも、ここにはみんなもいるから、たのしーよ?」
北方棲妹も、あっけらかんと言い放つ。それが当たり前、両親がいなくても悲しくないと、本心からそう思っている。むしろ、
こうなると勘付く者もいる。フレッチャーと、神風。あとは、勘がいい電やグレカーレ。子供達の受けた仕打ちを思い、見えないところで顔を顰める。
「……
「怖いとは感じるみたいですけど、悲しいって思わなくされてるのです……もしかしたら、怒る感情も……」
「喜怒哀楽の怒と哀が壊れて消えてしまっているのかもしれないわね。もしくは、極端に薄いか。それだけじゃないかもしれないわ。
まともな洗脳は出来ずとも、感情の制御は施せたようで、その結果がコレ。親が死んでも悲しいと思わない。おそらく目の前で友達がいなくなったとしても、死んだ姿があれば怖いと思うかもしれないが、そうでなければ笑っている。
実際はもっといろんなことを施されている。
「……2人とも、これからは私達と一緒に行きませんか? ここにはさっきみたいな怖いモノで遊ばせようとする大人もいます。下手をしたら貴女達も怪我をしていたようなオモチャを平気で使わせようとする悪い大人です」
フレッチャーが諭すように話すと、2人はキョトンとした表情で顔を見合わせる。
確かにさっき、シールと言われて渡された『舵』が、本当は人を傷付ける類のアイテムであることを見た。それが本当に怖かった。でも、フレッチャーは怖くない。一緒に遊んでくれた、優しいお姉さんだ。怖いモノを渡す大人より、遊んでくれるお姉さんの方が、2人には一緒にいたいと思わせるには充分。
「うん、わかった!」
「おねーさんのところにいく!」
ここで躊躇が無いのも、感情が壊れている証拠でもあった。みんながいるから楽しいと言ったのはついさっき。それらとの別れは悲しいモノだとは思うが、その悲しさも感じず、簡単に現状を捨てられる。
保護するには都合がいいかもしれないが、こうも躊躇わないのは逆に悲しいモノである。
そう、
「……それじゃあ、私のお友達もいるので、その人達と一緒に行きましょう。私達はもう少しここに用事があるので、先に船に行って待っていてくれますか? 帰ったら一緒に遊びましょうね」
「はーい!」
この元気の良さも、都合よく動かすために作られたのだとしたら、見ているだけでも辛い気分になった。