森の中から出て来た少女は、調査をしてみるとカテゴリーG、つまりは忌雷などを寄生されていないただの人間であることが判明。また、特機達の丹念な調査によって、人のまま忌雷が仕込まれていたり、体内に何かを埋め込まれているということも無かった。
今のところは、本当に何もされていない人間。信用するかはさておき、現状だけで見るのならば敵ではないという認識となった。
ここからは事情聴取。何がどうなってココに来ているのかを確認するターン。それがどんなモノであっても、それが情報にはなる。
「それじゃあ、私が質問させてもらうよ。嘘は吐かないて話してくれるかな」
「は、はい。大丈夫」
「嘘を吐いても君が得しないからね。必要がないことはしなくてもいい。ただまぁ、敵だと思われるようなことをしたら、どうなるかは自分が一番よくわかっていると思うけれど」
少女が若干ビクついているのも無理はない。この尋問、万が一敵であることがわかってしまえば、容赦なく撃とうとする者がここには何人かいるからである。
綾波は主砲をいつでも向ける気満々。熊野丸も何かあれば人命など考えずにぶん殴る。どちらも命に関わるタイプの攻撃なので、嘘を吐くなと脅しているようなモノになっていた。
見た目はすごく悪いが、これくらいしないといけないくらいに、阿手達のやり方には苦汁を飲まされてきたのだから、そこは理解してほしいと語る。
「まずは、そうだね、君の名前を教えてくれないかい」
「名前、そっか、まだ話してなかった。私は杏。
「それじゃあ杏、改めて質問を続けさせてもらうよ」
謎の少女──杏は、少しだけ落ち着いて自ら名乗る。
響が真っ先に名前を聞いたのは、神通や白雪を経由して、おおわしにその名前による検索をかけてもらうため。島民かそうでないかの切り分けも出来るだろうし、事件性がある存在かも調べられるはず。
白雪は名前を聞いた時点でタブレットを使い、おおわしに待機する昼目提督に伝えている。そういった調査は、戦場にいる者よりも、裏で待ち構えている者の方がやりやすいというもの。
「君はこの島の住人なのかな」
「……違う。この島ならお母さんの病気が治してもらえるって聞いて……」
「君もそのタイプか。治しにくい病気だったのかな。いや、そこは詳しく聞かないでおくよ。今回の話には関係ないし、君にも事情があったんだろうと思うからね。それに、それが本当が嘘かは調べればわかる。私は嘘じゃないとは思うけどね」
うみどりに
「そのお母さんは……いや、これは少し不躾すぎたね。すまない」
杏の母について聞こうとしたものの、彼女の表情が明らかに曇ったので、響のみならず他の者も察した。実験台にされて、命を落としたか、出来損ないとなったか、カテゴリーYとして洗脳されているか。
「君はどうやって逃げ出したんだい。さっきの質問に繋がるところが出て来てしまうのはすまないが」
「……お母さんがバケモノにされて……次は自分がそうされるのかもって思って、必死で逃げたんだよ。出口が何処かもわからないから、明るい場所をとにかく行こうって走り回って、そしたらこの森に出て、バケモノに見つからないようにウロウロしてたら……こうなった……」
「なるほど、私達と合流出来たのは運が良かったからというわけか。あとは、そういうことをしている建物にはこの森を通れば行こうと思えば行けると」
杏が建物から出てここまで来れたということは、外に出られる道──
高高度からの監視がある今、それを振り切れる可能性がある森を突っ切ってそこから侵入することも視野には入れた。それはそれで危険なことが多いのはわかっているが、選択肢の一つとして頭に入れておくことは悪いことではない。
「追手はあったかい?」
「それは……無かった、かも。いや、そんなことはなかった。建物の中では、なんかドロドロしたバケモノが追ってきた。森に入ったら追うのやめたみたいだけど」
「諦めたのか、
何も処置を施していないただの人間が逃げるのを、ある程度は追いかけたようだが、深追いはしなかったようである。
島はそれだけで牢獄のようなモノ。人間1人で脱出出来るような場所でもない。泳いで陸に行くにしても、無理のある距離である。どうせ逃げられないだろうから、逃したところで構いはしないということか。
「逃げ出したのはいいけど、これからどうするつもりだったんだい。私達に会えたからよかったけど、そうでなかったら野垂れ死ぬところだったじゃないか」
「せめてこの島の街に行こうかと思ってたんだけど……そこもやっぱり……」
「ああ、この島全体が
それを聞いて杏は顔面蒼白になった。この島に入った時点でほぼ死が確定していたということに他ならない。騙された上に母を奪われ、路頭に迷っても救われず、母と同じ末路になりそうだったと思うと、気が気で無くなる。
「では次の質問。君の頭の中に、何処か抜けているタイミングとかは無いかい。この島に来てから今までで、覚えていないこととかはあるかな。例えば、君のお母さんが施術を受けている間、とかね」
「……それは、それはない、と思う。少し寝ちゃった時はあったけど、それくらい」
「ふむ、そうかい。記憶違いとかも無いのなら、君は君でいられていると思ってよさそうだ」
などと言いながらも、響は疑いを止めたわけではない。あちらは洗脳を得意としている連中なのだから、杏の記憶そのものに対して徹頭徹尾信じていないレベル。
質問をしているのは、ボロが出るかを確かめているだけ。こうやって話している間に矛盾が生じたら、そこを即座に徹底的に突く。ただそれだけの尋問。
ここまで矛盾が無くても、それが全て
「いつこの島に来たのかな。割と最近だと思うけれど」
「昨日……かな。お母さんは病室に入れられて、私も近くに泊まれる場所があったから泊めさせてもらってる」
「ふむ、わかった、ありがとう。ということは、君は一度はこの島で眠ったタイミングがあるということだ」
何かされているなら、その間が臭い。本人が気付かないうちに仕込まれていても、何も文句が言えないタイミングがそこにある。
昨日ここに来ているということは、おおわしも軍港から有道鎮守府を経由してこの島に戻ろうとしている時。島から目を離しているところでもある。
うみどり一行が軍港に滞在している間に、島が外と普通にやり取りをしていたということにもなる。
おおわしが島を見張っていた時も、島民が生きていくため、貿易船のようなモノが行き来しているのは確認している。その物資も、食料や日常雑貨などが多くを占めており、嗜好品なども入っているのは遠目ではあるが確認している。
そういったことは表に出しても問題ないため、あちらも悠々とひけらかしているのだろう。好きに見ておけ、疚しいところはない、島の住人達のライフラインを断つようなことはしていないと見せつけられたような気持ちであった。
「私達が目を離した隙に、島と陸を渡航していたのか。ちなみに、その船は怪しくなかったかい?」
「船に乗ったのが初めてだったから……それが怪しいかどうかはわからないけど……でもそこまで長いこと乗ってたわけじゃないから」
「そもそも深海戦争の真っ只中に渡航すること自体が怪しいんだけどね」
「……確かに……でも護衛の艦娘みたいなのはいたかも。あまり外を見てなかったから何とも言えないけど」
渡航をサポートするという任務も無いわけではない。その船の持ち主などがどうしても必要な際に鎮守府に依頼して、艦娘を護衛に回すということも普通にある話。調査隊には無縁な話ではあるのだが、軍港都市の艦娘には覚えのある任務だったりする。
この辺りでその任務を請け負うとするならば、ほぼ確実に有道鎮守府になるだろう。そこの艦娘が何も知らないとなれば、その護衛の艦娘自体が島の関係者になる。
「……逃げた裏切り者の秘書艦辺りかな。のうのうと島に逃げ帰った可能性はあるし。図々しすぎて逆に笑えないよ」
「え、えっ?」
「いや、こっちの話さ。でも、君はこの島にいる私達の敵について、もう少し細かく知っておいてもいいだろう。だから、質問はここまで。次は君が知る番だ」
杏もここまで巻き込まれてしまっているなら、この戦いがどういうモノかを正しく知っておくべきだろう。しかし、信じ切っているわけでもないため、事情を掻い摘んで、要所だけを伝えた。
特異点という存在も多少は入れ、阿手という敵のことを話すと、杏は先程の顔面蒼白状態が失われ、混乱から目を回しかけていた。あまりにも現実味がなさすぎて、しかもそれに自分が巻き込まれているだなんて、信じられなかった。
だが、その全てが真実であることを物語っているのが、ココ最近の出来事。バケモノにされた母、逃げ回る自分。艦娘達と出会えなかったらのたれ死んでいたという現実。救ってくれた艦娘達が嘘を吐くわけがないので、嫌でも信じざるを得ない。
「……何それ……訳わかんないよ」
「だろうね。艦娘である私達ですら訳がわからない」
響は苦笑するしかなかった。訳がわからない敵というのは満場一致の答えである。
「……あの、さ。これからその敵を斃しに行くんだよね」
「ああ。私達は別働隊でね。他にも戦っている仲間がいる。音も聞こえるだろう?」
普通に話しているだけでも、港側での戦闘音は特に大きく聞こえる。派手にドンパチしていることがわかると、本当にこの島が
「……私は、どうすればいいのかな。ついていくのも、足手纏いになるよね」
「まぁ、そうだね。恨み辛みで動かない分、君はデキたヒトだ」
「何処かに隠れておいた方がいいかな」
「だったら、一度保護するために私達の艦に行ってもらった方がマシだね。幸い、こちらには熊野丸がいる。大発が出せるから、移動は可能さ」
熊野丸もその方がいいと頷く。本心かどうかはさておき、ココにいられても困るというのは満場一致。
「一度他の部隊とも話をしてみよう。可能ならば君は保護させてもらうよ」
「あ、ありがとう、ございます」
杏も安心したように胸を撫で下ろした。
話を聞いている限りでも、杏はただの被害者である。保護するのは流れ的にも普通ではあるが、果たして。
謎の少女として出てきた杏ちゃん、苗字の藍田はアイティオピアー……今でいうエチオピア、名はそこの王女であるアンドロメダから。怪物の生贄にされかけたところを救われるという逸話を持つ、ギリシャ神話の人間の名前から取りました。