仮想空間での訓練は続き、実戦形式の訓練へと移行。一体だけの駆逐イ級を相手にした訓練は、深雪は軽々クリア。その砲撃も回避し、躱し様に眉間に一撃を入れることで沈めている。
この訓練で手に入れることが出来る経験は、まさに実戦経験。あくまでも仮想空間、バーチャルな経験ではあるものの、
また、本当の戦いの前に敵を知ることが出来ることは大きい。ここでシミュレートされる敵の動きは、これまでの戦いから分析されたそれそのものの動き。実戦で同じ個体を見たら、これと同じ動きをすることが確約されているようなモノである。
とはいえ、今出てきている問題点は、シミュレートでどうにか出来る問題ではないのが厳しいところである。
何せ、駆逐艦であっても改造されているのだ。何をしてくるかわからないため、シミュレートが全てでは無くなっている。
「っし、これもクリアだ!」
「な、なんとかなのです」
深雪だけでなく、電もこの訓練はなんとかこなしていった。最初は戦うことに抵抗があったものの、ここで手を抜いたら人類の平和を取り戻せなくなるのだから、納得するしかない。
また、そこから転じて、深雪の命にも関わるのではないかというところにも辿り着いている。自分が戦えないなら深雪が守ってくれるとは言っているが、それはもう
そのため、電も強くなろうと訓練に少しだけ前向きになった。守るモノの選別というのは辛い。だとしても、やらねば間違った方向に向かってしまう。故に、守るモノを深雪として設定して、艦娘の自分を奮い立たせた。
「やっぱ電の方が精度高いよな。全部同じ場所撃ち抜いてるし」
「でも、電はどうしても躊躇っちゃうので、命中率が低いのです。当たったら同じところってだけなので。深雪ちゃんは当たってる場所は違いますけど、全部当てているのです」
「そこは手持ちだからすぐに反応出来るのかな。電は心がモロに影響するし。あたしもだけど、もう少し落ち着いて狙いを定めないとダメだな。数が増えるととっ散らかる」
「どうしても慌てちゃうのです……。だから、引き金が上手く引けなくて」
「そこは慣れしかないだろうな、あたしも慣れていくぜ」
二人で今のシミュレートを反省しているが、神風はここに来てもう驚きっぱなしだった。的に向けての命中率もそうだが、いざ実戦訓練を始めて初期段階のステージを実行してもらったところ、一切被弾することなく次々と攻略していってしまったからだ。
第一段階のレベル1はすんなり、レベル2も少し時間をかければ深雪単独でもクリア出来るほどに、艤装の取り回しなどに慣れている。敵対する深海棲艦は二体、三体と増えていっても、少なくとも被弾はすることない。無傷でこの成果だった。
そしてそれは、
しかし、本人が自分でも理解している通り、砲撃を放つのに躊躇いがあるため、放つ時に目を瞑ってしまう。すると照準はあらぬ方向に向かってしまうため、それは擦りもしない場所へと飛んでいった。当たれば必殺、それ以外は完全なハズレ。電の攻撃には、非常に
「とりあえずわかったことがあるわ」
驚きながらも、ちゃんと二人の分析はしていた神風。小さく息を吐いて落ち着いてから、今後のトレーニングのプランを考え、それを伝える。
「自分達でもわかっていると思うけど、まずは慣れでしょうね。技術があっても、艦娘としての戦闘経験が無いから、的以外を相手取ると勝手が変わって照準が狂ったりしてるわ」
艦であった経験がそのまま艤装の取り扱いに影響を与え、初めて触っても当たり前のように最高レベルの取り回しが出来ていたのだが、いざ相手も自分と同じような生物となると勝手が変わって上手く行かなくなる。動いている的と、動いている敵は、それだけ違うということである。
それに関してはもう慣れしかない。いくら純粋な艦娘で即戦力となれるとしても、練度というものは存在するのだから。
「あとは心の問題ね。艦と艦娘の一番の違いでしょうから」
「あー……だよなぁ。艦なら焦りとか躊躇いとか無いもんな」
もう一つが、
それによって、深雪には早く撃たなければという焦りが、電には本当に撃っていいのかという躊躇いが、砲撃を放つ直前で表れる。その結果が、かたや当たるけど直撃では無いことがあること、かたやあらぬ方向に撃ってしまうことに繋がる。
「理解出来ていても、納得していても、人間って心の奥にいろいろ溜め込んでるものだもの。これも結局は慣れしかないわよね」
「だよなぁ。というか全部慣れかよ」
「そりゃそうよ。貴女達、生まれた時点で基礎が完璧なんだもの。技術に何も文句が言えないんだから、あとは内面だけになるでしょ」
フィジカルの練度もあれば、メンタルの練度もある。あらゆる戦場で落ち着いて最大の力を発揮出来るようにするためには、むしろフィジカルよりもメンタル。そして、知識よりも先に冷静に事を成せるかになる。技術が拙くても、戦況を正しく判断出来れば、生存確率は格段に上がるのだから。
結果的に、必要なのは経験。技術が最初からあるカテゴリーWの二人には、それ以外に無いと言ってもいい。
これはカテゴリーCでもあること。高度な技術を手に入れたとしても、いざ敵を前にしたら臆してしまって、十全の力を発揮出来ずに重傷を負い、そのままトラウマまで刻まれてしまうなんてこともあるのだ。
そんなことが無いように、この仮想空間で経験を得て、メンタルを鍛える。フィジカルに影響を与えない訓練であっても、最も鍛えておきたい部分が鍛えられるのだから、今の二人には必要不可欠であろう。
「とはいえ、連続でやり続けるのも負担が大きいわ。今日はこの辺りにしておきましょう」
「え、まだまだやれると思うんだけど、そんなに時間が経ってたか?」
「イリスからそろそろタイムアップって連絡が来たわ」
ここでのタイムアップは何も時間だけではない。設備に入っていることで常に計測され続けている体調の数値からもそれを判断される。二人の場合は、後者になる。
昨日体験しているとはいえ、二人はまだ精神的な負荷に耐えられるほど経験が無い。むしろ、これまでトラウマの克服に使ってきているのだから、それとは違う負荷にはまだ耐性が無い。そのため、二人はまだ気付いていないが、頭はかなり疲弊しているのである。
「うん、まぁ今日はこの辺で終わりか。やらなくちゃいけないことは大概やったもんな」
「なのです。電は少しだけ前を向けたと思うのです」
二人は今日の経験を成果として呑み込むが、神風としては
「明日も時間が取れればここでトレーニングをしましょう。貴女達は知っておかないといけないことが沢山あるもの。特に次のは」
「ああ、次もあるよな。ちなみに何をやらせてくれるんだ? 今日の続きか?」
「
空気が凍りつくような感覚。しかし、確実に乗り越えなくてはいけないモノ。仮想空間でのシミュレートならば誰も傷つくことはないとはいえ、今後こういうことが起きるという前提の下に行なわれるそれは、二人にとっては最大の難関。
本来は仲間であるカテゴリーMとの戦いは、言ってしまえば同士討ち。優しい電には耐え難いモノであり、深雪には演習の延長線上に思えてしまうためトラウマを激しく刺激される。しかも、どちらかが必ず命を落とすようなもの。深雪にとっては最も辛い現実。
「……いつか、その時が来るんだもんな。先に慣れておかなくちゃいけないってのはわかるんだけど……」
「知っていても……すごく辛いのです。命を奪わずにどうにかする方法があればいいのですが……」
「それがあれば、ハルカちゃんがやらないわけねぇよな……」
これまでの快進撃から打って変わってどんよりとした空気になってしまった。現実を見せつけられたことで、テンションは下がりに下がり、大きな悩みにすらなってしまっている。
とはいえ、やらねばならないことには変わりない。逃げ続けていたら、説得すら出来ないだろう。
今こそ向き合わねばならない時。
「まずは今日はおしまい。現実に戻った後、疲れがかなり大きいから気をつけてちょうだいね。私は見ているだけだったけど、貴女達は実戦をしたんだもの」
「ん、わかった。覚悟はしておく」
正直なところ、二人は次回やるであろう仮想カテゴリーMとの実戦のことが気になって仕方なかった。
設備が音を立てて開き、その時には仮想空間から現実に戻ってきていた。
「……うぇ、そういうことかよ」
身体を起こそうとした深雪は、直後、視界がグラつくような感覚を得る。仮想空間内であれだけ行動したのに身体は疲れていない。しかし、それが全て頭へ蓄積しているため、疲弊が普通では無かった。
「い、電、大丈夫か……?」
「大丈夫なのですが……頭がグワングワンするのです……」
「そりゃあ大丈夫じゃないな……」
電にも同じ症状が出ている。頭痛や熱気があるようには思えないのだが、とにかく頭が疲れており、眩暈が凄まじい。仮想空間から現実に戻ってきたことで、これまでの疲労が一気に襲いかかってきたということ。
なんとか上体を起こすものの、設備から出るには少し時間がかかりそうだった。
「少し休めばいいわ。そうする時間も取っているから」
設備を操作していたイリスが別室から二人の側に来て、用意していたタオルを渡す。ヘッドセットを外すとブワッと汗が溢れ出し、それだけ疲れているのだと実感させられた。
身体が重いとかそういうことは無いのに、頭だけが正常では無いという不思議な感覚。大規模な後始末の時の疲れ方とはまた違ったモノ。全ての疲労が頭に集約している。
「こればかりは慣れよ。この訓練を初めてした子は、みんな貴女達みたいになっているわ。そこの神風だってそうだし、長門や加賀だって最初は起き上がれなかったもの」
技術を得るには効果的だが、その分、頭への負荷が高い。深雪達でもコレならば、元人間ならばもっと凄まじい疲弊に襲われていてもおかしくない。
それを聞いて、深雪は少しだけ安心出来た。みんなこうなのだから、自分が落ちこぼれというわけではないと知ることが出来た。
「貴女達の模擬戦は私の方でも確認が出来るのだけれど、とてもよく出来ているわ。神風の言っていた通り、心の問題点は誰もが抱えているモノだから、少しずつ慣れてほしいわね。急げとは言わないから」
仮想空間内での戦い方をモニタリングされており、イリスは二人の戦いっぷりをしっかり褒める。初心者ではあるがカテゴリーWであるため、既にカテゴリーCで言えば初心者を脱却して中級者には辿り着いていると。
あとは今持っている心の問題だけをどうにか出来れば、仮想ではない現実の実戦にも参加出来るだろうと太鼓判を押された。それだけ戦闘技術は持っているのだと。
「っし、もっと頑張るよ。力が無いと何も出来ないもんな」
「ええ、頑張ってちょうだい。私もこういうカタチで手伝うわね」
「頼んだ。あたしも電も、強くなって説得出来る力を手に入れなくちゃだ」
疲弊していても、決意は出来る。むしろ、より先に行こうとこれまで以上にやる気が出ていた。
初めての仮想空間内の訓練は、深雪達にいい影響を与えた。まだ難関は残っているモノの、この調子ならば確実に乗り越えることが出来るだろう。
今回は深海棲艦との戦いだけで、どれだけ動けるかの確認。次のVR訓練では、ついにカテゴリーMとの実戦となります。