伊203より先に戦いを挑んだスキャンプを迎え討つ潜水鮫水鬼は、攻撃を受けながらもその力『劣化』によって艤装を錆びさせ劣化させた。
このままだと接近をしたところで劣化させられ、艤装は錆びつき動かなくなり、身体は壊死するだろう。
まさに伊203の天敵中の天敵。絞め落とすなんてことは不可能になってしまった。
「……使うか、コイツを」
そんな敵の力がわかったところで、魚雷保管庫に隠していた特機に目をやる。
身を守るために艦娘それぞれに渡されているのは、『増産』によって増やされた特機。寄生させたところで得られる力は『増産』に固定されており、ただひたすらに特機を増やすことしか出来ない。新たな力を得られることはない、あくまでも護衛。
それがあるおかげで、多少は死角が無くなり、万が一忌雷に寄生されそうになったとしても、それ以上の力を持つことで回避することが出来る。なので、安全のための装備である。
だが、スキャンプが隠し持っていたこの特機は違う。事前に時雨も自らに寄生させた、新たな力を得られる特別な特機。敵から奪い、深雪が直々に燻し、生まれ変わった一品モノ。
「……こうなること予想してたのか……? いや、あのバカがそんな頭いいこと出来るわけがねぇ。何も考え無しに、あたいにコイツを預けただけだな」
スキャンプの特機は、深雪が作戦前に預けたモノ。潜水艦隊は人数も少なく、丁型海防艦に調査を任せることもあって、特に危ないとわかっていた。そのため、その子供達に
「おいおい、戦闘中に考え事かよ。負けた時の言い訳を考えてんのか?」
潜水鮫水鬼の煽りが聞こえてきたが、スキャンプはハッと鼻で笑う。自分が攻略されることは全く考えず、自分の方が絶対的に上の立場であると心の底から思っているような話し方に、コイツも他の連中と同じなのかと心底呆れた。
今の力を手に入れたことで、高次の存在になった。他とは違う、自分こそ上に立つ者だと、本気で思っているような表情。それが、ほとんど自分と同じような顔で繰り出されているのが、スキャンプ的にはどうにも気に入らない。
「おめでたい頭で心底呆れるぜ。そうか、テメェ負けたこと無ぇんだな。だから自分が強いって思い込める。A big fish in a little pondってヤツか」
「何ワケのわからねぇこと言ってるか知らねぇけど、テメェが勝てる見込みは万に一つも無ぇよ。今度はこっちから行ってやらぁ!」
触れれば勝てるとわかっているからこそ、ここからは突撃で行けると思い、お構い無しに突っ込んでくる。スピード自体は伊203に慣れているスキャンプにとっては軽く目で追えるほどであり、その攻撃は当たり前のように回避。
「フーミィ! こいつはあたいが惹きつけてやる! そっち頼むわ!」
「わかった。任せたよ」
「おう! 任せろ!」
そう言われた伊203は、動き出した潜水鮫水鬼を援護しようとしている潜水鰆水鬼の方に目を向けた。
2人がかりでスキャンプを取り囲み、一方的に蹂躙するつもりでいるようだが、そうはさせない。しかし、鮫の方はいいとしても、鰆の方はまだ力がわからない。おそらくは連携することで伊203を封じることが出来る力を持っていると考えられる。
「貴女の相手は私」
「いいよ、と言うとでも思った? まずは邪魔なあっちを始末してからだよ。アンタがヤバい奴だってのは知ってるんだ。集中して戦いたいからね」
「ごちゃごちゃ煩い」
まるで魚雷のような超高速泳法で突撃を始める伊203。普通ならばこれを回避することは不可能であり、伊203は見ながら泳いでいるため、回避先に進路を変えることもする。
だが、潜水鮫水鬼と同様に、潜水鰆水鬼も伊203対策を持つ者。鮫は触れられることによって消耗を促す力を持っていたが、鰆はそもそも触れさせないようにするための力を与えられていた。
「
指を差し、ただ一言呟く。伊203はその言葉、『れ』を言い切る前に、まずいと感じて急潜航。指を差されている時に何かありそうだと即座に判断した。
しかし、潜水鰆水鬼はその動きも予測していたかのように、指で伊203を追う。超高速で動き回る伊203についていくことは難しいようだが、まるで指揮をするような動きで追う。
近付けば近付くほど、指を差される可能性が高くなる。差された時にどうなるかは受けていないからわからない。だが、先程の言葉からして、指を差されたら動きが止められる。そう考えるのが妥当。
射程がどれほどかわからないものの、伊203は迂闊に近付かない。一度受けてみなくてはいけないかもしれないが、そうされたら確実に遅くなる。故に、その能力を回避しながら隙を狙う。
「流石は凶悪と言われてるだけあるね。掴まれたら終わりって聞いてたけど、動きも相当速い。でも、アタシの力はそれを止める力だ。とくと味わえ!」
指を2本にし、的確に伊203を追い詰めていく。速いだけでは追い付かれる、そのため、伊203は泳ぎ方にも工夫をして、捉えられないようにグネグネと蛇行しながらの航行を続ける。
「ちょこまかと。でも、ここだ!」
しかし、少し近付いたことで指の範囲に入りやすくなってしまった。結果、伊203は指を差されてしまう。
瞬間、身体が急激に
「今は黙ってみていなよ。アンタを今、そこに縫い付けてやったんだからさ」
潜水鰆水鬼の力は、『投錨』の曲解。
動き回る伊203対策としては抜群の力を持っており、一度でも指差すことが出来てしまえば、その行動力を全てシャットアウトしてしまう。
潜水鰆水鬼が動きを止め、潜水鮫水鬼が触れることで消耗させ、そのまま始末する。2人の力を組み合わせれば、伊203は確かに完封されていただろう。伊203自身も、それを身を以て知ることとなった。
「……そう」
だが、伊203はピンチであっても表情を変えない。身体の重さなど知ったことではないように、腕を組んで潜水鰆水鬼を真っ直ぐ見据えていた。
その凛とした瞳に射抜かれて、潜水鰆水鬼は小さく震えた。この状況に置かれて、焦ることもなく、負けることすら考えていない。ピンチをピンチと思っていないようにすら思えた。
「で?」
伊203は確かに錨に繋ぎ止められ、その場から動けなくなっている。進むことはおろか、退くことも出来ない。今真正面から魚雷を放てば、避けることすら出来ずに直撃もするだろう。
それなのに、そうしてくれても構わないと言わんばかりに見据えてくる。動けないはずなのに。
いや、動けないわけでは無い。
「貴女は、私さえ止められれば勝ちだと、本気で思ってるの?」
伊203は脅威である。それは敵側の共通認識だ。素手で敵の首を捥ぎ取るような艦娘は、敵側にだって限られた者しかいない。それを潜水艦という身で行なうとなれば、絶対的な脅威である。故に重点的に対策を取った。
それ以外の潜水艦は、並かそれ以下。高次の存在となった自分達にとっては、取るに足らない存在。そう確信していた。
だが、伊203がそう言うことで、もう一人の潜水艦が途端に脅威と感じる。潜水鮫水鬼であれば、苦戦することもなく斃せると確信しているのに、その確信が揺らぐ。
「ほら、見てみればいい。うちのスキャ子を」
伊203の言葉と同時に、戦場の空気が変わるのを感じた。
「っはぁあ……アイツらこんなことやってたのかよ! あたいはこんなことで、声を上げねぇぞ……!」
魚雷保管庫に忍ばせていた特機を掴み、自らの胸に押し当てた。特機はその意を汲み、スキャンプに力を与えるために寄生を開始する。
どう足掻いても身体を書き換えられる感覚はシャットダウンは出来ない。だが、スキャンプは声を上げることはしなかった。
その感覚は、30年前を思い出させるモノではなかった。無理矢理行為に及ばされた、慰み者にされていたあの時。それとは違う、寄り添うような感覚、あくまでもスキャンプのことを考えて、極力嫌な思いをさせないように寄生していく特機。
「あたいの願いは、ただ1つだ。あのクソどもをぶちのめす力……いや、正直に言うぜ。あのクソどもから、フーミィを、
それは、口は悪くとも優しい願い。自分のためでは無い。ただの暴力でも無い。仲間を守りたいと、心の底から思った、スキャンプに生まれた強い願い。
特機は、特異点の力はそれを叶える。必ず、確実に。
「っだぁあっ!」
潜水鮫水鬼に近付かせないように、艤装を振り回す。そうしている間に、特機による変化が一気に行なわれた。
自分は自分だという思いをそのまま反映し、水着などはそのままの形状。深雪とつるんでいるという感覚はなるべく持たないような、そこだけはプライドを見せた。だが、手に持つ艤装が白銀に染まり、新たな力を得たことを見た目からも見せつけるようになっていた。
潜水鮫水鬼に酸化させられた脚部艤装も、変化と共に修復され、白銀に染まる。形状は変わらず
「テメェ、何しやがった」
突如変化を遂げたスキャンプに、潜水鮫水鬼は一旦突撃を止める。それが命取りになるかもしれないと、進むのを躊躇した。慢心はしていても、ここで止まることが出来るのは、対伊203のため。暴走しないように調整されている。どんな相手でも。
「何って、そんなモン……はっ、ヤキが回っちまったかな。でも、断言出来るぜ」
手に持つ艤装を突きつけて、改めて鼻で笑う。
「あたいは、
ライバルとして、仲間として、深雪を今は認めている。故に、その力を貸すことを是とした。
何処か心が晴れやかなのは、今ここで、真に艦娘となれたからかもしれない。