後始末屋の特異点   作:緋寺

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誰を選ぶか

 午前中をVR訓練に使った深雪と電は、少し休んだものの、その頭に集中的に叩きつけられる疲労により、ふらつきながら風呂へ。そのままダイブするように入り、湯を頭から被ることで疲労をどうにか取ることが出来た。

 流石の神風もこれには苦笑。別の訓練をしていてたまたま風呂で一緒になった睦月と子日にサポートを頼み、二人が溺れないように見ていてもらうことに。

 神風も勿論一緒に風呂に入るものの、一人で二人を見るのは厳しい。神風だって仮想空間に入っているのだから、疲れはあるのだ。

 

「二人とも、初めてVR訓練やったんだよね。睦月もおんなじ感じになったにゃあ」

「子日も一緒だよ。頭がガンガンしちゃうよねー」

 

 うみどりに所属する者達は全員が経験者。誰でもこの道は通っているようで、深雪と電の苦しみは誰もが理解していた。子日はうんうんと頷き、睦月は少々遠い目。今でこそ大分慣れているが、初めての時は今の二人と同じようにガタガタだったという。

 神風から長門や加賀ですら起き上がれなくなったと聞いていたが、睦月や子日の体験談まで聞くことが出来たことで、より安心することが出来た。自分達だけじゃないと理解出来たからだ。

 

「慣れるまで少し時間がかかったのね。睦月は三回目くらいだったよ」

「子日は五回くらいは頭が痛かったなぁ。少しずつ痛みは弱くなってったけどね」

 

 逆にこういうのを聞いたら少し怯えてしまうのが電である。あの痛みをあと数回は覚悟しなくてはならないのかと考えると、訓練そのものが怖く感じる。

 深雪ですら、この疲れと頭痛をあと数回味わわなくてはいけないのかと思うとゲンナリしていた。

 

 しかし、あの場で技術を学ぶことが出来ているのは確かだ。手段を取り揃えておけば、負けることなく説得が出来るようになる。そうなれば、少しだけでも悪い方向を回避することが出来るはずだ。

 

「頭は痛くなるけど、あたし達の目的……純粋な艦娘を説得出来るようになるためには、これくらい我慢するぜ。大丈夫、那珂ちゃんのスタミナトレーニングでぶっ倒れるよりはマシな方だからさ」

「どっちも危ないと思うのです!?」

 

 空元気のように見えなくもないが、そういうカタチでやる気が出せるならまだいい方。深雪はようやく頭痛が治まってきたようで、笑顔で電に話す。

 

 深雪のこのテンションには、電も助けられた。深雪まで頭痛や気怠さでやる気を無くしていたら、電も引っ張られかねなかった。

 深雪の辞書に、やる気を無くすという言葉は存在していない。どんなことにも突っ込んでいく。やれることをやる。ポジティブが振り切れている深雪には、どんな苦行も前に進む原動力になる。

 

「あ、そうそう、ここで聞くのはなんだけど、先に伝えておこうかしらね」

 

 自分の疲れが取れたようで、神風が二人に今からの日程のことを話す。

 

 カテゴリーMとの戦いを模したVR訓練は明日やることとしているが、まず今日の夕方からは小規模ではあるが後始末の仕事がある。その時、もしかしたら想定外のことが発生し、また日を跨ぐような時間のかかり方をするかもしれない。

 その後に休んでからとはいえ、午前中にVR訓練をするとなると、身体にも頭にも負担が大きいのではと考えられた。睡眠不足での訓練は非常に危険であると神風が念を押すくらいである。こればっかりはやる気があっても言うことは聞かねばならない。

 それ故に、VR訓練は明日の午後からとされた。状況次第ではさらに先延ばしにする可能性もある。

 

「なるほどな、了解。あたし達はあくまでも後始末屋だもんな。訓練よりも優先しなくちゃいけないことはある」

「なのです。強くなりたいですけど、まずは海を綺麗にすることの方が大切なのです」

 

 これに関しては二人も納得している。勿論強くはなりたいが、だからといって本業を疎かには出来ない。仕事があるのならそちらを優先する。

 

「で、それまでに一つ考えておいてほしいことがあるの」

「なんかあるのか?」

「カテゴリーMとの模擬戦、当然だけど相手は艦娘になるわけだけど……()()()()()

 

 その選択権は、訓練を受ける側にあるのだと神風は話す。こちらで決めてもいいのだが、それだと意に沿わない相手が現れて、訓練にならない可能性だってあった。

 

 例えば、姉妹艦。深雪はまだ耐えられるかもしれないが、電には難しいかもしれない。

 例えば、相方。深雪には電を、電には深雪をぶつける。これは間違いなくお互いの心を抉ることとなり、あまりいい結果が見えない。

 しかし、本人達がそれを望むのならば、その相手を用意して演習をしてもらうことになる。仮想空間に生み出される仮想敵でもいいし、うみどりの仲間を一緒にダイブさせて相手をしてもらうでもいい。

 

「みんなも同じ訓練やってんだよな」

「勿論」

「じゃあさ、みんなは誰を相手にやったんだ?」

 

 深雪の素朴な疑問。他の面々も同じ訓練をやっているのなら、その時の相手がいるはずだ。今の深雪達と同じように、相手が選択出来るのなら、みんなは誰を選んだのか。

 

「睦月は演習の延長線上って感じでやってたから、うみどりのみんなだったにゃし。でも、それは最初だけなのね」

「子日も同じだったよ。子日は睦月ちゃんに相手してもらったよね」

「うんうん。睦月は神風ちゃんだったのね」

 

 睦月と子日は仲間に協力してもらい、演習というカタチで相手をしてもらっている。しかし、演習とは違って砲撃が直撃することは死に繋がるという体裁での戦いであるため、緊張感が違ったとのこと。

 

 海上で演習をする時は模擬弾による撃ち合いになるため、直撃したらそれ相応に痛みはある。しかし、絶対に安全という前提があるため、当たり前だがあるのは多少の痛みのみ。

 だが、仮想空間上の演習は、痛みもなく死にはしないものの、直撃すればそれ相応の肉体的ダメージを受ける。有り体に言えば、()()()()()()()()()()()()()

 仮想空間であるため、それはすぐに修復出来るし、現実に影響は与えない。海上の演習以上に安全は保証されている。しかし、恐怖は数倍に膨れ上がっている。

 

「バーチャルかもだけど、腕や脚がなくなるのはすっっっごく怖いにゃしぃ」

「でも、勝てないと向こうはそういうことやってくるってことだから、覚悟決めないと戦えないからねぇ」

 

 現実に最も近い状況での演習。仮想空間でしか出来ない、擬似的な死の体験。

 だが、それがカテゴリーMとの戦いと言ってもいい。純粋な艦娘との命を懸けた戦いなのだから、それが一番再現されていると言える。負けたら死。

 

「怖く……ないのか?」

「怖いよ。すごく」

 

 深雪の問いに、睦月が間髪容れずに答える。

 

「怖くないわけないよ。一歩間違えたら死ぬんだもん。睦月死にたくないし、でも逃げたらみんなが死んじゃうかもしれないんだもん。だったら、睦月が頑張らなくちゃ」

「そうそう、子日もおんなじ気持ちだよ。怖くて怖くて仕方ないけど、やらなくちゃやられるなら、やるしかないんだよ」

 

 それは、とても悲しい笑顔だった。だが、ここでやらねば被害者は増える一方である。躊躇っていたら大惨事になる。逃がしただけでも知らない場所で人類に害を与えている可能性が高い。

 ならば、その恐怖も悲しみも振り払って、ドロップ艦を沈めなければならない。説得に応じてくれればそんなことをしなくてもいいのだが、これまでに一度も成功していないのだから、覚悟を決めるしかない。

 

「どうして……そこまで出来るんだ?」

 

 本当に本心から出てしまった。これはあまり聞いてはいけない内容ではと思った時には遅かった。艦娘になった理由を聞くのと殆ど同じではと。

 

「うーん、ま、いっか。睦月は言っちゃえるから。子日ちゃんは?」

「子日も大丈夫かな」

 

 少しだけ考えたものの、睦月も子日も別に話せないわけではないと微笑みながら続ける。

 

「睦月はね、()()()()なの」

「子日も同じ」

 

 この第三次深海戦争によって両親を失った者。それが睦月と子日。しかも、それだけではなかった。

 

「その時に大怪我もしちゃって、死ぬ寸前だったのね」

「でもその時に、子日は艦娘の適性があるって言われたんだ。だから、()()()()()()()()艦娘になったの。艦娘になると、怪我も病気も全部治っちゃうからね」

「そういう意味では、選択肢は無かったかも。他の人達みたいに、高尚な目的とかは無かったにゃあ」

 

 深雪も電も絶句するしかなかった。深雪が聞いたことがある艦娘となった理由は、加賀の『恩返し』だけ。自分から艦娘となる道を選び、自分の意志で戦場に身を置いている者しか知らなかった。

 しかし、()()()()()()()()()という選択肢のようで選択肢ではない理由もあると知ると、これまでに出会ってきた艦娘の裏側は非常に闇が深いのではと感じる。

 

「で、どうしてそこまで出来るか、だけど」

「睦月達は、自分とおんなじ思いをする子供が増えないでほしいから、なのね」

 

 自分が死ぬ思いをしているのだから、他の人達に、特に自分と同じくらいの子供に、同じ思いをしてほしくない。それが二人の原動力だった。

 命の灯火が消えかけるなんて経験は、辛く怖い以外の何モノでもないだろう。大人でも怖いのに、子供がそんな思いをしたら、まともな精神ではいられない。事故などでも恐怖が払拭出来るかわからないくらいなのに、深海棲艦やドロップ艦などの悪意に晒されることになったら、一生拭えないトラウマになるだろう。

 

 むしろ、睦月も子日もそういうトラウマを持っているかもしれない。それを感じさせないくらいに明るいのは、艦娘となって守る力を手に入れたからか。

 

「……そっか。あたしも睦月や子日の考え方に賛成だよ。辛い思いをしてほしくない」

 

 死にかけるという体験ではなく、()()()()()()()をしているのが、純粋な艦娘である深雪と電だ。人間とは違い、海に沈むという状況ではあるものの、艦にとっての死であることには変わりない。

 そんな思いを、自分以外の誰か──守るべき者達が知ることになるのは、嫌なことである。

 しかし、それはドロップ艦とて同じこと。呪いのせいで怒りと憎しみに囚われ、人類の敵として命を奪うために行動する。そちらにだって、死を知ってもらいたくはない。

 

 ここでやはり、命の天秤の話が出てくる。どちらの命に重きを置くか。勿論、深雪も電も、どちらの命も救うつもりで考えている。しかし、説得に応じないならば、ドロップ艦は撃破しなくては数多くの命が失われる。

 自分の在り方を履き違えてはいけない。艦娘は、人類の平和を守るために生まれた存在だ。過去の悪辣な人間のような、()()()()()()()()()()人類はいるかもしれないが、この世界にいる人間の大半は無実の罪。睦月や子日だって、そんな目に遭う必要だって無かったのだ。

 

 故に、深雪は決断する。多くの命を救うためには、話が出来ないカテゴリーMは沈めなければならないと。

 

「あ、物凄く話が逸れちゃったね。だから、VR訓練の演習相手は、お互いを高め合うために仲間にやってもらうってことにしたんだよ。どちらも怖いって知ってるから、お互いに真剣になれるんだ」

「演習も遊びじゃあ無いから、睦月達も必死にゃし。だって、カテゴリーMも必死だもん。同じ状況になるから」

 

 怖いが、それを乗り越えなければ先に進めない。そして、相手も同じ気持ちを持っていてもやらねばならない。

 同じ恐怖を知っている者であっても、戦場では非情に徹するしかない。それを学ぶためにも、演習は仲間にやってもらう。睦月と子日の選択は、それ。

 

 優しさだけでは、世界に平和を齎すことが出来ない。悲しいことではあるが、これが世界の現実。

 

「こんな言い方はアレだけどさ、演習で相手のことは考えちゃダメだよ。それで負けたら意味が無いんだもん」

「相手のこと考えたせいで負けて他の人を危険に晒す方が、睦月は嫌だにゃあ」

 

 敵のことまで考えている余裕が無いというのが今の艦娘である。そこはもう、完全に割り切っていた。

 

「だから、深雪ちゃんも電ちゃんも、迷ったら睦月達が相手をするよ?」

「うんうん。誰が選ばれても誰も否定しないからね。あ、でも長門さんとか妙高さんとかはやめた方がいいかなぁ」

「火力が違いすぎて手も足も出なかったにゃしぃ。最初にやる相手じゃ無いぞよ」

 

 そう言ってもらえたことで、深雪としてはそれに縋ることになるかもと内心思っていた。自分で選択する余地を与えられたが、正直選びようがなかったからだ。

 未だに演習には恐怖心がある。それは必ず払拭しなくてはならない感情。その相手を誰にしようだなんて、深雪には難しすぎた。

 

「じゃあ、とりあえず丸一日考えてからにするよ」

「うん、それかいいと思うよ。時間はまだあるしね。他の人にも誰とやったかとか聞いてみてもいいかもね」

「ああ、そうしてみる。あの空間の中で全く無関係な誰かを作ることも出来るんだよな。それも選択肢に入れて、ちょっと考えてみる」

 

 すぐに答えは出せない。考える時間はまだあるのだから、自分にとっての最善を選択したい。

 電は終始無言ではあったが、概ね深雪と同じ考えであった。むしろ、優しすぎるため、より選択が出来ないでいた。

 

 

 

 

 対カテゴリーMのための演習まで、深雪と電は悩み続けることになる。

 




明かされた睦月と子日の過去。この世界ではまずいると考えられる戦災孤児からの選択肢無しパターン。ちなみに、睦月の方が先輩、かつ()()です。
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