スキャンプの渾身の一撃が潜水鮫水鬼に突き刺さり、それが決着の一撃となった。両手からの水流による超加速が腹を抉り、蹴り飛ばした際に放たれた足からの水流で吹き飛ばされたことで、潜水鮫水鬼は致命傷に近いダメージを受けて海底にまで沈められていく。
「クソが……まぁ最後は触られなかったからな、艤装は錆びついちゃいねぇか」
ガードも間に合わないくらいの、超速の一撃。それを喰らってまともでいられるはずはないのだが、敵はいろいろな改造を受けている可能性もあるため、脚部艤装を確認した後、ちゃんと斃せたかどうかを確認しに向かうスキャンプ。
その一撃は確実に入った。それは感覚としてわかっている。それでも慢心せず、ちゃんと確認する。ここで大丈夫だろうと確認を疎かにすると、確実に痛い目を見ることになる。
スキャンプとて、そこは慎重に行動する。余計な戦いはしたくない。今のこの戦闘は、まだ海中を調査する序盤も序盤。やらねばならないことは沢山あるのだから、こんなところで足を引っ張られるわけにはいかない。
海底まで潜航していくと、腹をまともに蹴られたことで、血反吐を吐いて倒れている潜水鮫水鬼を発見。海中なので、吐いた血はもう海に霧散して掻き消えてしまっているものの、絶えず流れ出ているようで、口周りに黒いモヤが溢れていた。スキャンプの一撃で、内臓までしっかり傷をつけているようである。
しかし、生きているか死んでいるかで言えば、おそらく生きている。よく見ると、胸が少し上下していた。ならば、そのまま放っておくと、潜水鮫水鬼は自己修復の後、改めて敵として立ち塞がる。それはしっかり防いでおきたい。
「自己修復しやがるからな……それに、今触れても『劣化』されるかもしれねぇ。どうやってやりゃあ……」
潜水鮫水鬼は本来グローブを身につけているのだが、素肌で触れようとしていたため、そのあたりは取り払われている。だが、脚部艤装だけは海中を自由に泳ぐためには必要不可欠な装備であるため、ちゃんと装備している。深海棲艦の姿なら自由に泳げるというのなら、全裸で来られた方が危なかった。
素肌に触れられないので、触れるならこういうところしかない。水着を掴もうと思っても、その内側にある素肌に確実に触れてしまうため、やはり簡単には外れないであろう脚部艤装で拘束することが良さそうである。
「特機、コイツの脚、拘束出来るか」
自らに寄生させた特機ではなく、全員に配布されている『増産』の特機に尋ねると、やってみると表すように触手を蠢かせて、潜水鮫水鬼の脚へと向かう。限界まで触手を伸ばして拘束出来るかを確かめてみたところ、かなりギリギリ。力を入れればその拘束が外れてしまいそうなくらいである。
「マジか。コイツは厳しいな……このクソが持っていい力じゃねぇだろうが」
拘束出来ないという非常に厄介な力。あらゆるモノを劣化させるため、おそらく牢に入れておくことも出来ない。うみどりに連れて行こうモノなら、時間はかかるかもしれないが艦そのものを劣化させていく可能性が非常に高い。
むしろ潜水鮫水鬼はそのためにいるのではとすら感じた。今回はスキャンプ達と行き合ったため交戦したが、そうでなければうみどりの船底に触れてしまえばそのまま沈没まで見えるのだ。
「……自分の艤装は劣化させねぇのか。つーことは……劣化させるのは自分が選んだモンだけってことか……? クソ、頭使わせやがる……面倒くせぇな」
気を失っている今なら、何処に触れても問題は無さそうである。だが、意識を取り戻した瞬間から劣化が再開。
「……一度フーミィと合流するか。脚を持ちゃ、あたいもコイツを運べるだろ」
こうしていても埒が明かない。ひとまず、潜水鰆水鬼と交戦している伊203と合流し、2人がかりで鰆を撃破する方向に持っていく。
指を差せば動きが止められる相手に対して、いくら伊203でも苦戦させられるかもしれないとスキャンプは考える。
だが、それは杞憂であったことをすぐに知ることになった。
一度受けた攻撃はもう受けない。指を差されなければ問題ない。それさえわかれば、やるべきことはすぐ決まる。
「もう好きにさせない。出来ると思ってないよね」
指を差す前にもう片方の指を掴んだ。
「貴女達が一方的にやれるなら、私達が一方的にやれても文句は言えないの。それが戦い。命懸けのね」
ボキリと、指が完全に折れた。
「っぎっ!?」
「人差し指以外でも指差すことが出来るかもしれない。やっぱり全部捥ぐ」
痛みで怯んだ隙に手首を掴み、そしてそのまま握り潰した。これによって、両手が失われることになる。
「っあああっ!?」
「足でも指差せるかもしれない。どうせ時間が経てば治るからいいでしょ」
両手を失った痛みで涙目になっていた潜水鰆水鬼は、伊203に翻弄されっぱなし。指を差すという概念がトリガーとなるのならば、足の指だって対象になるだろうと、事もあろうか潜水鰆水鬼の両足を抱き抱えるように掴み、そして思い切り捻った。
「これ以上っ、させ──」
「するの。だってここは戦場。貴女は私達を殺してよくて、私達が貴女を殺しちゃいけない道理はない。わかってるでしょ?」
わざわざ脚で固定して、そこを軸にして捻り切るようにすることで、膝から纏めて捥ぎ取った。
「っあっ、あっ、ああああっ!?」
「『劣化』だっけ? 貴女が私の動きを止めて、アレで私をじわじわと嬲り殺すつもりだったんだよね。だから私はお返ししてあげてるだけ。でも、私は貴女を殺さないから安心して」
捻り切った両脚をゴミのように捨て……ようとして、これでは後始末屋としてよろしくないと思った伊203は、潜水鰆水鬼の脚を武器のように構えて、そのまま殴り付けた。
一撃で脚は見るも無惨なことになってしまうが、潜水鰆水鬼は艤装で顔面を殴られたようなモノのため、激しすぎる衝撃で意識が一瞬飛んだ。
「殺さないから、ずっと痛いままだね。でも仕方ないよね。貴女達だって、私をそうしようとしたんでしょ。だから殺さない。悲鳴を上げ続ければいいよ。耳障りだけど許してあげる。手とか足とか、治ったらまた捥いであげるから楽しみにしておいて」
冷徹に、冷酷に、お前を殺さずに痛め続けると宣言した。その時の表情に、潜水鰆水鬼はゾッとするだけでは終わらなかった。精神が壊れていくような、ただひたすらに恐怖を味わった。
「……でも、情報を洗いざらい話してくれたらやめてあげる。少しでも反抗の素振りを見せたら、このまま続ける。いくら馬鹿馬鹿しい教育を受けてるとしても、どっちが自分のためなのか、わかるよね」
これはもう、完全な脅しだ。故に、潜水鰆水鬼から一言。
「……あ、悪魔……」
最大級の罵り。恐怖から出た、ただ1つの単語。
それを聞いて、伊203はより心が冷めた。逆の立場なら間違いなく同じようなことをやってくる輩に、そんなことを言われる筋合いは──と思いつつも、確かにやりすぎたかと内心少し反省している。目の前の脅威を全て取り払うならばこれくらいしかない。指という指を全て捥いで、抵抗する手段を全て奪うことで安全を確保し、それでも殺すことが無いように生かし続けているだけ。
「何もしていない特異点のことを魔王と呼ぶ輩に、何を言われたって響かない。その時その時で言うこと変えてるんでしょ。被害者ヅラばかりして。じゃあ聞くけど、立場が逆なら、貴女はどうするつもり?」
真っ直ぐな目で返答を待つ。
「……と、特異点の仲間は、そうされて当然なんだ」
「そう、じゃあこちらからも言わせてもらう。阿手の仲間は、こうされて当然なの。こちらは癒えない傷ばかりを負わされてる。ずっとずっと苦しい思いをしてる。だったら、貴女達も同じようになってもいいんじゃないかな。ハッキリ言うけど、阿手はこれじゃ済まない。済まさない。貴女には最大限の譲歩をしてる。この程度で済んでるだけ、感謝してほしい」
伊203にしては長々と伝える。速さ至上主義であっても、ゆっくりと心に沁みさせるように語る。それほどまでに、怒り心頭状態である。
「フーミィ、こっちは終わったぞ」
このタイミングで、スキャンプが気を失った潜水鮫水鬼の脚を掴んで泳いできた。相方が敗北したのを見て、鰆はより絶望に打ちひしがれる。
「……相変わらずやりすぎなくらいやるなお前」
「これくらいしないと脅威が取り除けない」
「だろうけどな。で、コイツどんな感じよ」
伊203とは違い、明確な敵意と殺意を持って睨みつけるスキャンプ。心が壊れそうな潜水鰆水鬼は、それだけでもひっと息を呑んだ。
「ここまでやられりゃ、そんな態度になるのも無理も無ぇけどよ、テメェら自業自得だろ。こっちばっか悪モン扱いしてんじゃねぇ。テメェが悪だと思ってるモンからすりゃあ、テメェらも悪なんだよ。ま、テメェらみたいなクソカス共には、ンなこと言ってもわかんねぇだろうけどな」
唾を吐き捨てるかのように言い放ち、救うようなことも考えず、ただ切り捨てた。
「情報を吐いてもらいたいけど、何も話してくれない」
「あたいはコイツらの考え方を一度は経験しちまってるからな。何となくでもわかっちまう。バカみたいな忠誠心を持ってんだ。何したって吐かねぇよコイツらは」
これ見よがしに溜息を吐く伊203。
「だから、何も残せねぇ奴は、ぶち殺すしかねぇな。コイツらだって、命張ってここにいるんだからよ。命懸けで情報を隠してんだろ。じゃあ、死んでも何も文句は無ぇだろ」
単に殺すぞと宣言されたことで、潜水鰆水鬼は限界を迎えかけている。だが、気を失わせようなんて思っていない。スキャンプが気つけするように頬を引っ叩く。
「おう、逃げんな。気ィ失ってここから逃げようだなんて、図々しいと思わねぇか、ああ?」
胸倉を掴むように首を掴む。やろうと思えば、このまま殺せるぞと示すように。
「話すか死ぬ、テメェで決めろ。時間は無ぇぞ。フーミィは遅いのが嫌いだからな。おら、さっさと決め……んん?」
ここでスキャンプが何かに気付く。
「スキャ子、どうかした?」
「コイツの首、なんかあるぞ」
ここで、スキャンプ達もそれを見ることになる。首筋に埋め込まれた『舵』の存在を。
海中組にも、『舵』の魔の手が迫っていた。