「コイツの首、なんかあるぞ」
潜水鰆水鬼の首を掴んだ時、スキャンプはその存在に気付いた。それは『舵』だった。まだ潜水艦隊には提供されていない情報。それを見たことで、何かわかるというわけでもない。
とにかく。今の敵にそういうものがあるということに気付いたのみ。
「何だと思うよ」
「舵のカタチをしてる」
「舵だぁ? コイツにもついてっか?」
脚を持ち上げ、潜水鮫水鬼の首筋の確認を頼むスキャンプ。伊203は鰆と同じようにされているかを見るため、首筋に目を向けた。
「こっちにはない」
「じゃあそいつだけに付けられてんだな。おい、コイツは何だ」
潜水鮫水鬼には存在しない『舵』が何なのかを、潜水鰆水鬼に問いただす。しかし、彼女達は知らない。この『舵』のせいで、潜水鰆水鬼は阿手を裏切るような言動はしなくされており、理不尽なことが起きた場合は責任転嫁するように敵を罵る。伊203のことを悪魔と呼ぶような、子供じみた悪口まで。
ならば『舵』の無い潜水鮫水鬼の方に問いただしたいところだが、それも難しい。意識を取り戻したら、また『劣化』を受ける羽目になる。それだけは避けたい。
「……もしかしたら、洗脳アイテムかも」
ここで伊203が憶測ながらその正体にいち早く気付いた。舵というところから連想して、他者の舵を握るというわかりやすい洗脳用のアイテムと。
「しっかり食い込んでて外れない。多分、爪か何かがかなり深く食い込んでる。下手したらそれ以上かもしれない。だから、力で外すととんでもないことになる」
「とんでもないことって、肉引っ剥がすようなモンか」
「それで済めばいい。骨まで行ってるかも」
うえっとスキャンプが嫌そうな顔をした。剥がしたら死ぬような兵器を当たり前のように使ってくる阿手に吐き気がしたが、よくよく考えてみれば、最初からそういうことをする奴だったと諦める。
阿手はさておき、この『舵』をどうするかは考えものである。少なくとも、命に別状なく剥がすことは不可能と言っても過言では無い。
「……梅の『解体』なら壊せるかも」
「コレだけをかぁ?」
「あの力は生身には効かないから、上手く行くと思う。ただ、破片とかが身体の中に入ったままになるけど」
「それはそれで危ねぇじゃねぇか。つっても、まずはそうしてやんねぇと解放されねぇってことか」
上陸した奇襲部隊でも起きたことを、持ち前のスピードでトントン拍子に察していく伊203。しかし、察したところで解決方法を実践出来ないのだから、今は何も出来ないというのが苦しいところ。
スキャンプもやるなら力業しかなく、それをやったらただ死ぬだけになる可能性が高い。ならば今はやれないだろう。
「むしろ、コイツが洗脳アイテムだとしてだ。こっちのクソカスにはそれがついてねぇってことは」
「こっちは本心でやってる。だから、そっちは
「うお……容赦ねぇなフーミィ。まぁ、あたいもコイツに関してはどうなってくれても構わねぇけどな」
鮫の方は『舵』無しであの言動ということは、洗脳がしっかり行き届いているということに他ならない。つまり、何をやっても考え方は変えないということ。『劣化』をどうにかすることが出来ればいいが、それが出来ない場合は、どこに置いても迷惑がかかることが確定しているため、最終的には迷惑のかからないところで始末というカタチになりそうではある。
「最悪、海底に埋めておく。反省するまでな」
「それでいい。吹雪リスペクト」
この島の海底を彼岸花畑にするつもりかよとスキャンプは失笑した。
「……この『舵』、見た目からして、かなり簡単に他人を洗脳出来るように見える」
「だな。張り付けるだけでいいって感じだ」
「だとしたら……ニムが危ないかも」
伊203達は先行したことで鮫と鰆に襲われたが、今頃は伊26達も調査しながらこちらに向かってきていることだろう。
ということは、伊26達も同じように襲撃を受けている可能性がある。伊26は潜水艦としての実戦経験が多いため、大きな不安はないものの、この『舵』のことを考えると、何が起きていてもおかしくないくらいの危険が考えられる。
その上で、あちらには本来海中で活動することがない丁型海防艦までいるのだ。調査隊としての実力は本物かもしれないが、戦闘力と言われると途端に厳しくなる。あくまでも調査担当。対潜水艦特化の力も、海上で発揮するのであって潜水艇では発揮出来ないだろう。
「一度合流すっぞ。流石にそれは遅いだなんて言わねぇよな」
「スキャ子はその2人持ってきて。私は先に行く」
「テメッ、2人持ちながら追いつけるわけ」
「すぐに来て」
相変わらず会話が少なく、速さ重視に動く伊203に、スキャンプは苛立ちを見せながらも既に諦めの境地に入っていた。
片手には鰆の首、もう片手には鮫の脚。こんな状態で伊203に追いつけるかと言われたらまず無理なのだが、スキャンプは出来る限りのトップスピードで追いかける。足から水流を出せばギリギリ行けるかというくらい。その分鮫にも鰆にも負荷がかかるが、そちらを気にしてやる情は無かった。
「テメェも考えとけ。それのせいでそんな考えに至らないかもしれねぇけどな、殺すのは先延ばしにしてやるから感謝しろ」
精神崩壊が近い潜水鰆水鬼に吐き捨てるように伝えると、スキャンプは水流を発生させて伊203を追いかけた。
一方、海底調査を進めながら多少は急いで2人に追いつこうとしている伊26と丁型海防艦達。やることがやることなので、どうしても時間はかかってしまうため、追いつくことは諦めつつも、なるべく近付けるように確実に前進していた。
『ニムのあねごー、この辺り、怪しいでっす』
「はいはい、じゃあちょっと動かしてみるね」
第四号海防艦が潜水艇からアームを伸ばし、指を差すように示した場所を伊26が探る。細かい作業はやはり生身で海中にいられる潜水艦娘の方が有利であり、共同作業が出来る場合は頼るという方針のようである。
探ってほしいと頼まれた場所は、沢山の海藻が群生しているような岩場。ぱっと見では何かがあるようには見えないが、むしろそういう場所だからこそ何かを隠して置いている可能性が否定出来ない。
海底に近ければ近いほど、潜水艇のアームでの作業は厳しくなる。海底に接触して面倒なことになっても困るし、以前から生態系を崩さないようになるべくモノを動かさないという部分を考えると、頼れる者がいる時はなるべく頼る。ただし、丁型海防艦達がその難しい作業が出来ないとは一言も言っていないが。
「ここは海藻がすごく多いねぇ。ちょっと怖いから、特機にも少し前に出てもらうね」
群生地の中に忌雷が隠されていたとかだと困るので、伊26も頼れる特機をしっかり頼って仕事を進める。
海中から来ることを最初から予測しているのならば、こういった場所に忌雷やら隠し兵器やらを隠していても、何ら疑問はないからだ。
「うーん、ちょっとゴミとか多い感じかな。艤装の破片とかも落ちてる。この辺に不法投棄とかしてるなら、嫌な感じだね」
この島の中でいろいろと実験しており、その結果生まれた深海棲艦や出来損ないは、使えるだけ使って捨てていると見てもいいだろう。その際に、海が汚れることも考えないで適当に捨てている可能性がある。
大量にあるわけでは無いので、本当に細かいモノを捨てているのかという程度。ある程度大物ならば、別の資材として流用出来そうではあるが、それこそネジ一本だとか、使い物にならないくらいの破片とかだと、纏めて精錬し直すのも手間だから、あっても邪魔なだけなので不法投棄という流れになっていそうである。
後始末屋としては気に入らないやり方。片付けるつもりもないことが余計に腹が立つ。伊26もこのやり方にはご立腹の様子。
「今すぐ片付けたいよコレ。せっかく自然いっぱいな感じなのに、隙間にゴミが落ちてるだけですっごく汚く感じるもん」
『ニムのあねごは、かっこいい後始末屋でっす』
『うんうん、こういう時にそういうこと言えるって凄いよ。かっこいい』
『後始末屋のこと、すごく大切にしてるんですね』
三者三様に褒められて、てへへと笑う伊26。今は調査が優先なので片付けられないが、この戦いが終わったら真っ先にここを片付けたいと思える程であった。
「新品って感じのモノは落ちてないみたいだけど、何か見えるモノある?」
『電磁波のようなモノがちょっと見えるんです』
第三十号海防艦が言うには、忌雷とは少々違うものの、電磁波を少し感じるらしい。勿論、特異点Wにあった願いの実とも違う。
ここにあるなら忌雷なのだが、それとは違うと言われると、伊26には見当がつかない。そのため、新たな兵器が仕込まれている可能性も加味して慎重に調査。
『その辺りですね。お気をつけて』
「わかった、特機を先行させるね」
海藻の隙間に特化を入れて調べてもらうと、何やら光るモノを拾ってきた。
「えーっと、コレから電磁波が見える?」
『あ、それそれ! こっちでも見えてる!』
第二十二号海防艦も大きく反応。伊26は直接触れず、特機に持ってもらっているのだが、大きさとしてはかなり小さめの物体。
「これ、カタチは舵みたいだねぇ」
『ですね。裏面見せてもらえますか?』
「はい、どうぞ」
ここに落ちていたのも『舵』である。勿論、ここにいる者達は、それが何を意味するモノなのかを知る由もない。
第三十号海防艦が見せてほしいというため、特機も『舵』をひっくり返して裏面を見せた。今はそれは何もなく、ただ舵のカタチをしているだけの何かのパーツにしか見えない。張り付くようにも見えないし、食い込むようにも見えない。
だが、ここにいる者達は後始末屋としても調査隊としてもベテラン。それを警戒せずに触れるようなことはしないし、顔を近付けるなんてことも以ての外。見える限りでなるべく離して確認する。
「何なんだろうコレ。ここに落ちてたのは……何か理由があるのかな」
『潜水艦を狙ってきたのかもー?』
「あるかもね。こうやって忍び込んでくるかもしれないから、罠として仕掛けてるとか」
そういう考えに至ることが出来る分、丁型海防艦達も熟練者である。故に、その危険性をしっかり警戒していた。
生身には危険かもしれないと、潜水艇のアームの上に置いてもらう。そして、第四号海防艦は、ここは容赦なくアームで握り潰すようにして完全に破壊した。
『こーゆーのは壊すのがいいって、マークのあにきが言ってたでっす。どう考えても危ないのわかってるのでー』
「だね。細かく調査とか考える前に壊した方がいいよね」
『ただ、それ、まだまだありそうなんだよね……』
第二十二号海防艦が、海藻群生地の電磁波の情報を確認し直して、その危険度を伝える。
この『舵』の全貌を知らぬまま、警戒はしながらも調査は続くのだが、この中で最も危険なのは、生身でそこにいる伊26だ。