特機により、『ソナー』の曲解を得た伊26は、『迷彩』によって見えない潜水新棲姫2人と相対していた。最初は1人だったが、既にいることを看破し、2人がかりでなければ捕まえられないぞと煽り、1対2の状況を作り出している。
海藻の群生地を足場にし、海中だと言うのに華麗に回避。2人が連携をしたとしても、その上を行く素早さと警戒さで、しっかりと避けていた。
潜水新棲姫は腰から下が艤装に包まれているということもあり、ステップを踏むような移動は不可能。真正面から突っ込んできても、スライドするということが出来ないのだから、伊26はそれを利用して回避を続けている。
「あんまり追いすぎると、2人がごっつんこしちゃうから気をつけてね。そんな艤装使ってたら、距離感とかちょっとバグっちゃってるでしょ。それに、お互いちゃんと見えてる?」
追いかけ回されながらも、敵のことを心配して話をしている伊26。この程度ならばまだまだ余裕ということなのだが、敵が純粋な子供だからか、それに対してムキになってくることも無ければ、言われた通りに間合いを少し取るようにしていたほど。
ここで素直な子供であることを確信した伊26は、この戦場を遊び場だと思っていることにも気付いた。
それならば、この鬼ごっこも
「君達が持ってるモノ、それすごく危ないモノだから、手放してくれないかな。知らないかもしれないけど、それ、すっごく痛い針が出るんだよ」
潜水新棲姫達が、先程から見つけている『舵』を持っていることも伊26にはお見通し。子供達はそれが何かも知らずに、遊び道具に使ってしまっている。
伊26の言葉を信じたのかはわからない。だが、持たされたモノが危険物であると言われたことで、本当にそうなのかという疑問が芽生えたのは見逃さない。
「誰が持たせたかは聞かないけど、それは遊びで使っていいモノじゃないんだ。だから、その場で捨ててほしいな」
そんな言葉を聞いたことで、潜水新棲姫達が明らかに動揺したのがわかった。伊26の表情は真剣そのものであり、追いかけ回されながらも心配をしてくれていることは子供ながらに理解した様子。
これまでと違って動きが鈍くなる。だが、やっていること自体はやめていない。遊びを途中で投げ出す程のことには思っていない。危機感が足りないのは子供だから仕方ないだろう。そこは伊26も諦めている。
とはいえ、自分達以上に子供が痛い思いをする可能性があるのがよろしくない。今はどうかはわからないが、『舵』の爪が肌を引っ掻いたら、子供達なら泣いてしまう程痛いだろう。形状からして、簡単には剥がせないくらいに強く食い込むこともわかる。血が出ないなんてことはまず無い。
「一回ストップしよう。遊ぶのは別に構わないんだけど、危ないんだったらニムもやりたくないからね。それに、お互いに怪我したら面白くないでしょ?」
遊びは遊びでいいから、一度中断して手に持っているモノを確認させてほしいと伊26は子供達に訴える。その証拠に逃げ回っていたにもかかわらず、その場で足を止めている。
遊びに付き合うから止まってくれという訴えに、子供達は目をパチクリさせた。
最初は透明な身体を活かしてこっそり持たされた『舵』を張り付ければいいと言われていた。素肌であれば何処でもいい、服の上からだとダメだから、投げ付けるのも良くないと。
だが、あちらは勘がいいから見えていなくても逃げ始めるだろうとも予想されていた。だから、そこからは鬼ごっこになる。追いかけ回して張り付けてやればいい。あちらは全力で付き合ってくれるから、目一杯楽しめばいいと、子供の心を掴んだ言い方でコントロールした。
しかし、伊26はその場で『迷彩』をも見通す目を手に入れ、その子供達に寄り添う発言で逆に心を掴みかけている。
「遊びたいのはわかるよ。でも、それで怪我したくないよね。ニムはそんなことされたら、すごく嫌な気持ちになるもん。だから、一度ストップしよう。ね?」
笑顔で訴えかける伊26に、より強く動揺していく。だが、『舵』の危険性を何も知らないのだから、伊26のこの言葉も簡単には信じられない。遊びとはいえ、そうやって逃れようとしているだけなのではということも考えられる。
子供ながらに、どちらが信じられるかがわからなくなっていた。これまでいろいろと教えてくれた島の住人か、ポッと出だが遊んでくれるお姉さんか、どちらが本当のことを言っているかがわからなかった。
故に、迷いながらも潜水新棲姫達は足を止めることが無かった。楽しそうな表情では無くなってしまったが、どうすればいいのかわからなくなったので、ひとまず今やっていることをただやるだけ。
伊26はそれも仕方ないなと苦笑した。出会ったばかりの自分を信じろという方が難しい。ならば、やはりどうにかしてその動きを止めるしかない。そのための準備はこっそりやっていた。
「ん、わかった。じゃあ、大人気ないかもしれないけど、こちらも本気でやったげる。それを張り付けるのだけはやめてね。ニムも痛いのは嫌だから、ただタッチするだけにしてね」
基本は海藻の群生地の中で。伊26の腰程まで伸びた、そこそこ背の高い海藻が多く群生している場所を選び、紛れ込むように動き回る。上半身は全て見えているのだから逃がすことはないのだが、伊26の動きが非常に素早く、簡単には追いつけないと悟る。
ここで2人の子供は、艤装をフル回転させて急加速。衝突だけは気をつけながら、挟み撃ちをするように海藻の群生地に突撃。伊26のスピードを一瞬でも超えられればいいと、ほんの少しだけ無茶をした。安全性をその時だけは無視して。
勿論、伊26には子供達がそうすることはお見通し。そして、これで伊26が捕まえられなかったら、癇癪を起こして鬼ごっこを止めるまであることまで。
思い通りにならなすぎると、子供は遊びでも放り投げる。楽しいよりもムカつくが先立つだろう。伊26のことを批判し、面白くないと違う遊びに興じるだろう。伊26のことを無視して。
「だよね、そう来るよね。だから、先にいろいろ仕掛けたんだ」
海底に激突しないように、加速して海藻の群生地の中に入ることになった潜水新棲姫達。伊26の腰までの高さを持つのだから、潜水新棲姫の艤装は全て海藻に埋まることになる。
結果、先んじて仕掛けていた──特機にお願いして仕込んでおいた罠が発動する。それはとても単純なこと。子供達には少しだけ危ないかもしれないが、怪我しない程度の仕掛け。
「少しだけ絡まりやすくしておいたんだよ。潜水新棲姫の艤装って、スクリューが付いてたよね。推進器は全部そこになってるはず。だから、こんな海藻の中に入ったら、
海藻をほんの少しだけ結んだり片寄らせたりしたことで、潜水新棲姫が掻き分けて進もうとした時点で、艤装のスクリューに絡まるようになっていたのだ。
海藻くらい力業で千切ってこれそうなモノだが、スクリューの中に海藻が入り込んでしまった時点でアウト。うまく回らなくなり、本来のスピードは出せなくなる。
「ごめんね、コレだけはちょっと預からせてもらうね」
そして動きが止まったことで伊26が逆に近付き、特機の力も借りて2人の潜水新棲姫が手に持っている『舵』をさらっと奪い取った。気がスクリューの方に向いている隙を突いた、ほんの一瞬の出来事だった。
「ほら、これ見てみて」
動けない子供達の前で『舵』を弄って、その危険性を実践する。特機にいろいろと触らせてみると、とある部分を押した瞬間鋭利な爪が現れた。そして伊26でも知らなかったシステム、中央からさらに鋭利な針が飛び出した。思わずうわっと声を上げてしまうほど。
「ここまで危なかったんだ……爪が出てくるのは知ってたけど、針は流石に知らなかったなぁ」
これで怪我する前でよかったねと笑顔を見せる伊26だが、子供達はその危険な代物にゾッとしていた。こんなモノを持たされていただなんて思ってもいなかったのだから無理もない。
「これを知った上で、これで遊ぼうだなんて思わないよね? ニムもそうだけど、君達がこれで怪我をするところは見たくないなぁ」
子供達はすぐさま伊26を肯定。持っていた『舵』は全て差し出して、そんなモノはもう要らないと首を振った。
それを聞いて安心した伊26は、『舵』を全て丁型海防艦の潜水艇に引き渡す。すかさず全てを破壊したことで、その脅威は今取り除かれた。
「うん、いい子。それじゃあ、コレが無かったらいくらでも遊んであげるね。追いかけっこでいい? それなら、こういう場所を使わずに真正面からやるよ」
こんなことをしてもまだ遊んでくれるという伊26に、2人の潜水新棲姫はパーッと笑顔を見せた。『迷彩』のせいでそれは見えないモノだが、『ソナー』を持つ伊26には、それも手に取るようにわかった。
遊ぶならちゃんとしておかないとねと、スクリューに絡みついた海藻を取ってあげる伊26。その間は大人しくしている子供達。動かしたら危ないこともわかっているため、しっかり言うことを聞いている。
「こんな危ないモノを使わせて遊ばせるのは、ちょっと良くないね。しかも、君達にはこういうモノだって伝えてないんでしょ? それは君達じゃなくて、大人が叱られるべきことだよ。だから、君達は何も悪くないからね」
危険な目に遭わされても、それを咎めることなく接してくれる伊26に、子供達はすぐに心を開いた。
単純と言えば単純。だが、子供心を掴むのが上手いとも言える。孤児院で歳下の子供達と接し続けてきた伊26ならではの、一種の人心掌握術。他意はなく、みんなで仲良くするための、後腐れなく楽しく生きていくための術だ。
「よし、取れた。スクリュー回してみて」
言われた通りに艤装を動かすと、絡まっていた海藻は全て外れ、スムーズに動くようになっていた。これでまた追いかけっこが出来るようになる。
「うん、それじゃあ改めて──」
子供達のためならと身体を張る伊26だが、それはそう長く続かない。
『ニムのあねご! 爆雷が飛んできたでっす!』
その全てをぶち壊すように、その戦場に爆雷が放たれていた。