後始末屋の特異点   作:緋寺

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駆逐艦の結束

 うみどり稼働の揺れまで入れられた海上歩行訓練を何とかこなした深雪は、午前中をプールの水の上で過ごすこととなった。波の上での強行のおかげで動けるようになったものの、完全に慣れるまで一通りのことを進めていくためである。

 睦月と子日に協力してもらい、急加速や急発進、急ブレーキや急カーブなど、戦場でなら必須なスキルをここで学んでおく。もし突然戦闘に巻き込まれてしまったとしても対応出来るようにするのがこの訓練の意図だ。

 

「やれるようにっ、なっちまえば、こっちのもんよぉ!」

「簡単には捕まらないにゃあ!」

「すばしっこさなら自信があるからね!」

 

 最初は産まれたての仔鹿のような姿を見せていたものの、今ではこれが当たり前と言わんばかりにプールの上を駆け抜けていた。睦月と子日を相手にした追いかけっこも、既に当たり前のようにこなしていた。

 どちらもかなり小回りを利かせた、悪い言い方をすればちょこまかとした動きで撹乱しているのだが、深雪はそれにも対応せんと動き回る。

 

 だが、ここで足りない部分が見えてくる。何度も何度も動き回れば、当然ながら体力の差がモノを言う。生まれたばかりで練度も何もない深雪は、最終的には疲れ果てて動けなくなってしまった。

 

「お、追いつけねぇ……」

「最初でここまで出来れば充分よ。というか、体力差が如実に出たわね」

 

 ゼエゼエ言いながらプールから出ると、疲れ過ぎて膝をついてしまった。数時間走りっぱなしなのだから、こうなっても仕方ない。やっていることは遊びのような感覚であっても、基礎体力の差は非常に大きかった。

 

「深雪ちゃんならすぐに追いつけると思うよ?」

「そうそう。子日達も本気で逃げ回ってたもんね」

「そう、言って、もらえると、ありがてぇ……」

 

 プールの水だけでなく、汗だくにもなっているため、上から下までびしょ濡れになってしまっていた。艦娘の制服は撥水性が高いため、それ自体はほとんど濡れていないものの、本人が濡れていたら気持ち悪さも出てくる。

 

「お昼ご飯の前にお風呂に行ってきた方がいいわね。その間に私がハルカちゃんに午後からの予定を考えてもらうから」

「その前に工廠だよね。艤装置いてかないと」

「うんうん。睦月達も置いてこなくちゃだしね」

 

 そういうと、疲れでふらふらな深雪の両サイドに立つ2人。その場で休ませるわけでもなく、まるで引きずるように工廠へと連れていった。

 そのままにしていたら疲れはすぐに取れない。重さを感じないとはいえ、艤装を背負ったままでは休まらない。そのため、多少強引になっても艤装だけは外させるのだ。

 

「もう少し、優しくしてくんねぇかなぁ」

「それは難しい相談なのね」

「休憩はお風呂でねー」

 

 ここの訓練は相当厳しいのではと思いつつ、次はこうならないようにと余計に気合が入る深雪であった。

 

 

 

 

「くはぁあ……効くなぁ……」

 

 湯船にまったりと浸かる深雪が、気持ちよさそうに声を上げた。疲れた身に染み渡る温かさで、身体から力が抜けるかのような感覚。実際、この湯船には疲労回復の効能がある入浴剤が取り入れられており、訓練の後に入るだけでも自然治癒能力が若干向上する仕組みになっていた。

 疲れが取れると同時に、筋肉痛などを抑える万能薬じみたそれは、鎮守府に許されている特権。使いようによっては劇薬になりかねないそれも、艦娘にとっては必要不可欠な()()()である。

 

「ひとまずこれで、初めの一歩だよ」

 

 隣に腰掛けた子日が話す。海上歩行が出来るようになったことで、後始末屋としては最初のステップが完了したに過ぎない。

 戦うことは出来なくても、海の上に出ることさえ出来れば後始末は可能。落ちているモノを拾うくらいなら、正直誰にでも出来るようなことだ。掃除にそこまで高度な技術は必要ない。

 

「んじゃあ、明日の後始末には参加出来んのかな」

「出来ると思うのね。でも、初めてだから散らばっている破片とか拾うお仕事になると思うにゃしぃ」

 

 子日とは逆側に座る睦月が説明。あまりにも大きな廃棄物があったりしたら、それは仲間と協力しての撤去となる。しかし、深雪は新人、息を合わせることも今は難しい。もう少し仕事を続けたらその段階に入れる。

 新人のうちはそういうモノ。どういう作業をするかも把握出来ていないのに、大物に手を出すことなんて出来るわけがない。戦うための練度を上げるように、後始末も順を追って成長していくのだ。そこは急いではいけない。焦りは間違いなく失敗に繋がる。

 

「あ、お疲れ様です!」

「お疲れ様ですー」

 

 駄弁っている間に、風呂に秋月と梅も入ってきていた。こちらは別のトレーニングに勤しんでいたらしく、特に梅はかなりお疲れ気味。

 

「っふぅぅ……やっぱり沁みますねぇ」

 

 湯船に入った途端に快楽による溜息を吐いた梅。秋月も苦笑しながら湯船に腰を下ろした。

 

 5人が足を伸ばして入っても余裕があるくらいの大きさの大浴場は、伊豆提督が最も力を入れたところと言ってもいいくらいの設備だ。大きな湯船に加え、一人用のシャワールームやサウナまで完備している辺り、心身共に癒される場所としての性能に重点を置いていることがわかる。

 ちなみにだが、伊豆提督がこの設備を使うのは、全員が寝静まった後の深夜である。あの性格ではあるが、性別の壁を越えようとは思っていない。

 

「梅は何をしてたんだ?」

「今日は筋トレですね。昨日も話しましたけど、梅は深雪さんの次に新人なので、まだまだ頑張らなくちゃです」

 

 ふんすとやる気を見せる梅。練度自体は他の者達と遜色ない程に成長しているが、自分はまだまだだと人一倍努力しているようだった。

 艦娘だからか、鍛えた証が見た目に出てくるところが少ないが、それでも日々の努力は確実に積み重ねられる。頑張れば頑張るほど、ちゃんと身につくのがいいところ。

 

 うみどりに所属する者達は、この傾向が強い。ある程度のところまで行ってもそこで満足せず、それ以上を目指して自らを鍛え続ける。勿論、やりすぎは良くないので伊豆提督がストップをかけるのだが。

 まるで()()()()()()()()()()()ようにも見えるが、当人達はそんな気持ちが一切無い。ただただ、まだやれることがあると思うだけ。無理だけしなければ好きにやらせるというのもここのやり方である。

 

「梅さんは充分に強くなってますよ。秋月が保証します!」

「ありがとうございますぅ。でもまだ秋月さんの持久力には追いつけてないですからねぇ」

「それはほら、年季ですよ。梅さんと私、ここに配属されたタイミングが全然違いますから」

 

 同じように鍛えているのなら、それをどれだけの期間繰り返したかになる。つまり、うみどりにいつ所属することになったかだ。古参であればあるほど鍛えられているし、逆に言えば新人であればあるほど伸び代がある。

 

「そっかー……じゃあ、あたしはしばらく追いつけないな」

「そんなことありませんよ。正直なところ、年季は誤差だと思ってます。努力は嘘をつきませんから」

 

 何処が伸びやすいかは人それぞれと秋月は語る。得意分野というのは誰にでもあるため、まず何が得意かを知ることも大事だと。

 

「年季だけで言ったら、私達は神風さんに一生追いつけませんからね」

「え、そうなのか。じゃあもしかして」

「神風ちゃんがうみどりの最古参にゃしぃ。だから筆頭駆逐艦なのね」

 

 なるほどだからあれだけ前に出てくるのかと、深雪は心の中で納得。うみどりに最も長く在籍しているからこそ、ここをよく知り、誰よりも自信があるのだ。

 その神風は、やはりこの鎮守府の中でもトップクラスの実力者だと皆が口を揃えて言った。努力と年季が段違いであり、どれだけ頑張っても追いつけないのではとすら。

 

「はー、すごいんだな神風は」

「何、私の話?」

 

 ここで伊豆提督に報告を済ませた神風も風呂に入ってくる。実際に訓練に付き合っているわけではないのだが、駆逐艦全員が風呂で屯していると聞いたなら自分もと便乗しに来たらしい。

 昨晩のパジャマパーティーもそうだが、駆逐艦同士の結束はなるべく深めなくてはならないと考えられているので、共に行動出来るのならしていくというのが神風を含めた駆逐艦の在り方である。

 

「いや、神風ってここの最古参だからめちゃくちゃ強いんだって聞いてさ」

「そうね、自信はあるわ。私、艤装スペックは低い方だけど、そんなの感じさせないくらいに鍛えてるから」

 

 褒められたことでふふんと胸を張る神風。

 

「でも、深雪だってすぐに強くなれるわよ。梅だって今や一線級よ?」

「そ、そんな、神風さんに比べたら梅なんて」

「私と比べることが間違ってるの。人それぞれの持ち味があるんだから。梅は梅で私より上なところはあるわよ」

 

 とはいえ、神風は平均値が非常に高いというところにいるため、なんだかんだで駆逐艦の中ではトップクラスであるというのには変わりない。尖った性能を持っているのならその部分だけは勝てるかもしれないが、それ以外の部分で負けていると、総合的に勝てないということになる。

 神風はそこを理解しているため、尖らず全てのステータスを上げるために努力をしているようだった。

 

「私のことは一回置いておいて、深雪」

「ん?」

「ハルカちゃんからの指示よ。午後からはトレーニングルームね。那珂ちゃんと酒匂さんがスタミナトレーニングしてくれるから」

 

 その言葉を聞いた瞬間、神風と深雪を除いた4人がピシリと凍り付いた。

 

「あー……そっか、最初はそれだもんねぇ。頑張れ深雪ちゃん」

「骨は拾うからね」

 

 睦月はともかく、子日の物騒な言葉。スタミナトレーニングに何があるのかと深雪を怯えさせる。

 

「持久力は後始末屋には大切な要素ですから、頑張ってください!」

「だ、大丈夫です。深雪さんならやれます。やれますよね……?」

 

 そしてより不安を煽る秋月と梅の反応。特に梅は、何かを思い出したのか顔が少しだけ青くなっていた。

 

「あたしは何をやらされるんだ」

「何をってトレーニングよ。大丈夫、死にはしないわ」

「トレーニングで死んでたまるか!」

 

 ここまで言われるのだから、よほどハードなトレーニングなのだろうと深雪は納得したものの、実際に何をやらされるのかは誰も何も言わない。

 

 深雪が持っている那珂と酒匂の印象といえば、明るく元気でいつもキラキラしているような艦娘である。昨日の歓迎会の時にも、駆逐艦達に次いでよく話をしてくれた。

 そんな2人のトレーニングというのだから、ハードかもしれないがめちゃくちゃなことはされないのではと勝手に理解した。スタミナというのなら、何処かを走ったりするのかとか、それこそ筋トレみたいなことをやるのかとか、いろいろと頭をよぎる。

 

「あんまり長風呂は良くないわよ。さ、みんな出て、お昼ご飯に行きましょ。ハルカちゃんがしっかり用意してくれていたわ」

「お、やったぜ。ハルカちゃんのご飯、マジで美味くて最高なんだよな。それが三食食えるってだけでも嬉しいぜ」

「本当にね。栄養価とかも考えられた完璧な食事だもの。健康になれる上に、他よりも美味しく食べられるんだから」

 

 神風が先導して6人で一斉に風呂から上がる。ちゃんと休まったところを見計らっているのは、神風の慧眼。筆頭駆逐艦というだけある。

 

 

 

 

 裸の付き合いによって深雪はより結束力を高めた。笑い合うことで精神的にも余裕が出来る。深雪はうみどりに所属することが出来たことを心の底から喜んだ。

 




梅>>>秋月>神風>子日≧深雪≧睦月
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