夕方頃に次の後始末の現場に到着する予定であるため、午後からはそれに備えて休息の時間とされている。と言っても、艦内での鍛錬をする者は多数。疲労が強いVR訓練は禁じられる程度。
筋トレを続ける者や、水泳に興じる者など、思い思いに過ごすのだが、深雪と電は前回の大規模後始末の際に休息を取ったことも鑑みて、万全に後始末に挑むために休息を選択。
本当なら翌日の演習に向けて少しでも鍛えておきたいというのはあるのだが、今回の後始末も夜にかかることが確定していることから、先に少しだけでも眠っておく方がいいのではと考えた。言ってしまえば
「お昼寝、なのです?」
「ああ、ほら、この前とかさ、結局日を跨いだらキツくなったろ。だから、ちょっと寝ておこうぜ」
「確かに……お風呂に入ったけど、まだあのぶいあーるの訓練で頭が疲れている気がするのです」
実際は、風呂に入って取れるのは身体の疲労がメイン。頭の疲労にも効きはするのだが、身体ほどは効かない。故に、初めてのVR訓練の疲労はしっかり蓄積されていた。
その疲労を取り除くのに最も適しているのが睡眠。二人はそこまで考えていなかったが、眠るという選択は今一番適しているのは確実である。
「……眠れるのです?」
しかし、電は眠気よりも今の悩みで頭がいっぱいである。それが、翌日午後の演習で、誰に相手をしてもらうか。
睦月と子日が自分を選んでくれて構わないと言ってくれてはいたが、それでも抵抗があるのが電。仮想空間であっても、仲間に対して
「正直、何とも言えない」
深雪だって演習には恐怖心がある。トラウマとして刻まれているのだから、簡単には払拭出来ない。撃つ方も撃たれる方も辛い。しかし、いつかやらねばならないのなら、後回しになんてせずにさっさとやってしまおうと考えていた。
確かに誰を初戦に選ぶかは悩みどころ。しかし、やってくれると言ってくれたのなら、睦月と子日にお願いする選択肢は割と強め。
「でも、そのことよりも、すぐ来る後始末のことを優先したいんだ。そのためにしなくちゃいけないのは、多分寝ることだと思ってる」
とはいえ、今一番優先順位が高いのは後始末屋としての仕事だ。それを万全にこなすためには、相手を考えるのは後でもいいと割り切った。悩みに悩んで後始末に支障が出る方が問題。
それは芽生え始めた
「なるほどなのです……。電は後始末屋の一員ですから、ちゃんと休んでおかなくちゃですよね」
深雪にこう言われると、それが正しいのではと考えるのが電である。考える時間はまだまだあるのだから、一旦優先順位を落とし、もうすぐやることになる本業に力を入れる方が、自分のため、延いてはうみどりの為になる。
しかし、本当に眠れるかはわからない。横になって目を瞑っても眠れないかもしれない。悩みが頭を駆け巡り、嫌でも目が冴えてしまうかもしれない。
「そうそう。んで、今日はデッキに行こう。天気もいいし、昼寝するならあそこがいいと思うんだ。経験あんだけど、あそこは眠くなるからいい感じに疲れが取れると思うぜ」
深雪がデッキで昼寝をした時は、トラウマを払拭するための訓練の後だったため、初めて悪夢を見た。グッスリ眠れたかと言われれば、そうでもないと言えてしまうのが残念だが。
「わかったのです。まずはそこに行ってみるのです。いつもと違う景色を見れば、何か違う考えが浮かぶかもしれないので」
「だな。気分転換気分転換」
「なのです」
寝られるかどうかはさておき、いつもと違うことをしてみることで、何かしら考えに辿り着けるかもしれない。それなら、深雪と共にデッキに行ってみようと思えた。
そして、デッキ。以前深雪が訪れた時のように青空が広がり、うみどりが少し速く移動しているということもあって、少しだけ強めの潮風に晒されることになる。
そこには既に先客がいた。相変わらず自分の場所と言わんばかりにデッキの先端には伊203。あとは、哨戒のために艤装を装備し、矢を放つことで艦載機を発艦していた加賀。
「あら、貴女達もここに用が?」
「ここなら気持ちよく昼寝出来るかなって」
「そう、夜にまた後始末があるもの。ゆっくりと頭を休めておくといいわ。私がここにいておいてあげるから、安心して眠っておきなさい」
哨戒をしている間は確実にここにいるということで、加賀が傍にいてくれるとのこと。そのおかげか、深雪も電も随分と落ち着くことが出来た。
「話は聞いた。明日、演習をするんだって」
気付けば伊203も二人の近くまで来ていた。速さに拘っているだけあり、思った時にはすぐに行動し、さらには考えていることを躊躇わずに口にする。
「ああ、そういうことになっ」
「相手選び、してる?」
全部言い切る前に次の言葉。
「そうだな。で、聞ける人には最初誰を相手にしたか聞いてんだ。フーミィは誰を相手に」
「私は、適当なデータ上の駆逐艦。でも、対潜が強い人」
駆逐艦と潜水艦では勝手が大きく違う。ただ、伊203の場合は、仲間ではなく仮想空間で用意出来る演習相手を選択したらしい。仲間の誰かを選択するより
ある程度の条件を提示したら、それに該当する演習相手を用意してくれるのがVR訓練である。相手の艦種や装備、練度までも、ある程度は思いのまま。
その中でも伊203は、うみどりにいない駆逐艦であり、かつ対潜技術に秀でた者を用意してもらい、それと訓練をしたという。その時に爆雷が直撃して演習に失敗するようなこともあったらしいが、最終的にはその攻撃もヒラリヒラリと避けられるようになったのだそうだ。
「加賀さんは……どうしたのです?」
「私は同じ空母を選択したわ。でも、うみどりには私のような純粋な空母はいないでしょう。だから、フーミィと同じようにデータに頼ったの」
加賀もそこは同じ。ただ、必要な艦種がうみどりにいなかったため、演習はデータを相手にしたという違いはある。
そういう意味では、どんな相手でも用意してくれる仮想空間は、練度を上げる絶好の場であると理解出来る。フィジカルに影響を与えずとも、メンタルと技術には大きく貢献してくれるのだから、疲労はあるが使わない手はない。
「選択は難しいと思うわ。何せ、仮想空間の中とはいえ、
うみどりの面々は、みんなこういう性格をしている。誰かのために行動することが嬉しい。役に立てるなら使ってくれて構わない。
「勿論、私を選んでくれても構わないわよ。その時は全力を以てお相手しましょう。カテゴリーMもそうしてくるでしょうしね」
「……ありがとう……なのです。もう少し、考えてみるのです」
「それがいいわ。考えることが出来るのが、艦娘の利点よ。私達は元々が人間だからそれが当たり前になっているけど、貴女達は今のカタチになって手に入れた特性みたいなものだもの。沢山悩んで、心を強くするのが成長への一歩じゃないかしら」
深雪も電も、まだ生まれて間もない。人生経験だけでいえば、誰よりも幼い。最初から成熟した思考を持った状態で生まれているが、とにかく時間が少ないために、考える、悩むといった行動はまだまだ練度が足りない。
その選択が容易に出来るようになった時こそ、メンタルが成長したと言えるかもしれない。特に電は。
「私から一つ、選択肢をあげる」
そんな話をしているところに、伊203が人差し指を立てて話し出す。
「ただでさえ多い選択肢を増やしてくるのかよ」
「その方が楽しいから」
「楽しいかぁ? 悩み続けたら頭がおかしくなりそうだけど」
「そんなことない」
淡々と話す伊203に苦笑しつつ、その選択肢を聞いてみる。
「この後に起こりそうなことを再現すると、予行演習になっていいと思う」
「というと?」
「
今、うみどりを監視しているのはタシュケントであることは、誰もが知っている情報。イリスの目に入っていないためにカテゴリーはわからないが、カテゴリーMである可能性は高めではある。すぐに襲ってこない理由はわからないが、敵性艦娘として戦うことになる可能性もあるということだ。
そういう意味では、深雪と電が初めて戦うことになるかもしれないカテゴリーMは、タシュケントになり得る。となると、万が一に備えるのなら、演習というカタチでデータ上のタシュケントを相手にしておいてもいいのではというのが伊203の考え。
勿論、説得に応じてくれればそんな必要はないし、そもそもカテゴリーMのタシュケントとデータ上のタシュケントが同じであるかもわからない。しかし、やらないよりはやった方がいいというのは大正解である。
「そういう選択肢もあるわね。フーミィの言う通り、予行演習が出来るならやっておいてもいいかもしれないわ」
加賀もその案を否定することは無かった。頼ってくれて構わないと仲間達は言うが、撃つ側としてはどうしても抵抗がある。しかし、そもそも今は仲間ではなく、最悪戦うことになるかもしれない相手なら、仲間を撃つよりは抵抗が薄い。
純粋な艦娘同士というだけでも抵抗はあるが、人類の敵になる可能性を考えれば、多少は変わる。討たねば平和が取り戻せないというのなら、心を鬼にして戦うしかなくなるだろう。
「まだ時間はあるわ。ゆっくり考えなさい。今は昼寝に来たんでしょう?」
「あ、そうだった。変に考え込んじゃって、最初の目的を忘れかけてた」
「電もなのです……。むしろ、悩みが増えちゃって眠れるかどうか」
こうやって話しているうちに、加賀が発艦した哨戒機が周辺の哨戒を終わらせて戻ってくる頃だった。装備している甲板に着艦した瞬間に、艦載機は矢に変換されて矢筒に収まる。
「周辺に異常無し。私の仕事は今は終わったわ。なら、少しだけでも安眠を提供してあげる。艤装を置いてくるから少し待っていてちょうだい」
何をしてくれるのかと少し待っていると、装備を外してきた加賀がデッキに備え付けられているベンチに腰を下ろした。そして、自分の太腿をパンパンと叩く。
つまり、膝枕をしてくれるということ。ベンチはそこそこ長い仕様であるため、深雪と電が一緒に横になっても大丈夫なくらい。加賀の太腿が狭い程度。
「深雪は神威に膝枕をしてもらったんでしょう。なら、私もしてあげるわ」
「い、いいのかな」
「私がいいと言っているんだからいいの。早く来ないとフーミィに奪い取られるわよ」
それは嬉しくないと、早速加賀の膝に頭を乗せる深雪。その感触に感動してしまった。神威とは違った温かな感触。神威と比べると少々筋肉質なところはあるものの、気持ちよさは普段使いの枕とは段違い。
「これは電に譲る。あたしよりも電の方が寝ておかないとダメだし、あたしよりも眠れるかわからないだろうから」
「そうね。電、来なさい」
「な、なのです……」
言われるがままに電も加賀の膝に頭を乗せる。すると、あまりの気持ちよさに感動し、そのままうつらうつらと船を漕ぎ始め、最終的にはグッスリと眠ることになった。
悩みに悩んだことで、頭の疲労は相当なものだったのだろう。眠れないと言っていたものの、この安心感によってそのまま眠りの世界に引き摺り込まれた。
「うわ、あっという間だよ。よっぽど疲れてたのかな」
「頭の疲労は知らないうちに溜まるものよ。特に電は、ストレスを溜め込むタイプでしょうから、たまには息抜きでこうやって眠るべきね」
「だなぁ。じゃあ加賀さん、電のこと頼んます」
深雪は深雪で、加賀の隣に腰を下ろしてもたれかかった。加賀もそれを許し、そのまま昼寝をさせる。
お日柄もいいため、深雪もただそうしているだけでそのまま睡魔に襲われることになった。
悩みはまだまだ深い。だが、仲間達がそれを支えてくれる。最終的な選択は二人の手に委ねられているものの、仲間達はその選択を否定することはない。
今はとにかく考える。頭は疲れるかもしれないが、それが二人にとっては精神的な成長に繋がる。
現在の選択肢として、睦月や子日のような仲間を相手にするパターンと、次に戦うかもしれないデータ上のタシュケントを相手にするパターンの二種類が候補となりました。