妙高と環礁空母泊地棲姫、互いの『ジャミング』により、ダメージを受けず、しかし与えることが出来ない状況が続いている戦場。妙高の奇策により、長門と清霜の一斉射の反動と波を使った戦装大発での移動で陸に近付こうとしている中、環礁空母泊地棲姫も妙高の『ジャミング』の隙を見定め始めていた。
戦装大発による進行を止めるような砲撃、直撃はしないが手前に落ちるように放つことで水柱を作り上げ、波を起こしながら進行を防ぎ、さらには妙高の視界を塞ぎ始めたのだ。
妙高もそれを回避するために砲撃によって水飛沫を散らす。何があっても視線は環礁空母泊地棲姫に。『ジャミング』により戦装大発を守り続ける。
「あちらもわかってきているようですね。厄介極まりないですが、まだ進まなければなりませんから、全力で抵抗はしますよ」
今ここで環礁空母泊地棲姫に狙いを定めたところで、砲撃は届くことは無いだろう。幸いなことに、水柱を散らすための砲撃は『ジャミング』には引っかからないようで、しっかり届いてくれていた。
あくまでも距離欺瞞は
「私が砲撃してしまったら、進むのに支障が出てしまいますね……ですが、そうしなければ、あちらの攻撃が当たりかねない」
反動と波を使って進んでいるところに、逆側から砲撃が来るのだ。その勢いは僅かにでも相殺されてしまう。戦艦主砲と重巡主砲の威力は大分差があるとはいえ、切羽詰まった状況ではその差であっても支障に繋がるのだから、なるべくなら放ちたくはない。
しかし、それを誘発させてくるのだから、環礁空母泊地棲姫はこれまで戦ってきた中でも上位に入るくらいに面倒な敵だと再認識させられる。
「前が見えんから何とも言えんが、我々の砲撃で何とかなっているか!?」
「はい、順調です。順調ですが、敵からも攻撃が始まりました。進むのがどうしても遅くなっています」
「厄介だな……っ」
敵を見ずに撃ち続けている長門には現状を把握出来ないが、妙高がやめようと言わない限りはやり続ける。清霜は長門が放つ砲撃に完全なタイミングで合わせるのに集中しており、振り向くどころか他に意識を向けられない。
「到着が先か、弾切れが先か……ですか。堪ったモノではありませんね……」
一斉射も無限に放てるモノではない。秋月の『連射』のような再装填不要で延々と撃ち続けることが出来れば話は変わるのだが、それは無いモノねだりである。今すぐ特機を寄生させるという手もあるかもしれないが、長門も清霜も預かっているのは護衛の『増産』特機のみ。寄生させたところで新たな力は手に入らない。
今ここにいる者の、今ここにある力だけで、環礁空母泊地棲姫の『ジャミング』を突破しなければならない。
「あの時の深雪さん達も、こんな気持ちだったんですかね」
自虐的に呟いたが、そんなことを言っていても状況は変わらない。今は出来ることを全力でやるしかない。ここで一旦うみどりに撤退することになっても、ここを突破しなければどうにもならない。
「……進むのが遅くなっても構いません。攻撃を受ける方が問題ですから」
環礁空母泊地棲姫からの砲撃は相変わらず本体ではなく海面を狙ってきていた。おそらくはもう妙高の『ジャミング』の性質はほぼバレていると言えるだろう。とにかく視界を塞ぐ。コレ一点に絞り始めている。
敵が見えなくなったら妙高は一気に厳しくなる。距離欺瞞のみでなく、あらゆる敵意ある攻撃を逸らすことが出来る代わりに、それを視認出来ていないと避けられないという弱点は、思ったよりも大きい。
水柱はすぐに対処。視界は常に広々と。敵の姿は常に見続け、その攻撃を牽制し続ける。敵も同じことなのだろうが、見ていなくても一定距離から自分の意思で進めなくなるというのはジリ貧を呼ぶ。
長門と清霜もそうだが、妙高の弾切れもこの戦いの敗北に繋がる。避けられなくなったらおしまい。
「あれ……?」
その時、清霜がそれに気付いた。戦装大発をコントロールしているからこそ、その違和感に。
「大発、
反動制御をカットしているため、海の状況をまともに受ける。波があれば流されるわけだが、感覚的に押されていると感じる動きをし始めた。砲撃の反動だけでは出ないスピードが乗り始めたのだ。
妙高も知る由もないそのサポートをしているのは、海中。その場所から前に進めないにしても、それよりも前に影響を与えることが出来る力を持つ者が、そこにいる。
「進めねぇなら、進ませるだけだ!」
スキャンプの『スクリュー』から発生させられる水流を、なるべく近くまで近付いて大発動艇にぶつけていた。
両手は鮫と鰆でふさがっているので、足を向けて、出来る限り全力で水流を起こし続ける。片足では足りないと両足で。
強力な水流は海面まで届き、むしろ少し離れた場所に送り込んでいるおかげで大発動艇の推力として有効活用出来るくらいの力になっていた。これが近かったら大発動艇自体が壊れていたかもしれない。遠かったら水流の勢いが足りずに押すには至らなかったかもしれない。運良くちょうどイイくらいの場所にいたおかげで、水流は最大の効果を発揮している。
「スキャンプちゃんっ、気をつけて!」
「わかってる!」
伊26とも海中で合流しており、こちらの状況はおおよそ理解していた。海中は回転翼機に狙われ続ける。対潜攻撃は雨のように降り注ぐ。水流を常に同じ場所に放ち続けるのはかなり厳しい。
それでも、スキャンプは避けながら水流を放つのをやめなかった。自分が届かないのならば、誰かを届かせる。届かない場所から一方的に攻撃してくるような輩を痛い目に遭わせてやると、仲間を頼る。
『すきゃんぷぅ、よーつ達がそれ、引き受けまっす!』
「あぁ? じゃあコイツだけ引っ掴んどけ! 指差されたら動けなくなるから、掴み方考えろよ!」
『お任せでっすぅ!』
スキャンプの出力を上げさせるため、丁型海防艦が両手を埋めている敵を引き受ける。潜水鮫水鬼は直接触れると潜水艇を破壊されてしまいかねないため、これはスキャンプがまだ掴んだまま。だが、潜水鰆水鬼ならばまだマシであろう。
伊203が捥ぎ取った両手と両足は現在自己修復中だが、完全修復は時間の問題。そうなった場合、『舵』が取り付けられているせいで、恐怖心があっても忠誠心で『投錨』を始めるだろう。その対象が無機物にまで及ぼすのならば、必死に前進している大発動艇がその場で改めて動かせなくなってしまう。そんなことになったら苦労が水の泡だ、
『大人しくしててねぇ』
スキャンプから鰆を受け取った第四号海防艦は、アームを器用に動かして、事もあろうか鰆の首をしっかり掴んだ。少し力を入れたらそのまま首が折れる。
スキャンプの素手では感じられない、無機質のアームの硬質な感触は、それだけでも恐怖を鰆に与えることになる。
『えーっと、こっちもこう、でっすぅ』
アームは2本ある。片方は首、そしてもう片方は片腕へ。纏めて掴むほどアームは大きくないので、片方の腕はフリーになってしまっている。とはいえスキャンプがここまで運んできた時は両腕がフリーだったのだから、拘束は強まったと言える。
今でこそ両手両脚が捥がれているため、戦意を喪失しているように見えるが、自己修復が終わった瞬間に暴れ出す可能性もある。それを考えると、ここで海防艦の潜水艇にパス出来たのは良かったことかもしれない。
「よし、ならこれで水流追加だ! もっとだ、もっと行けぇ!」
両足だけでなく、片手からも水流追加。合計3本の水流を、海中から大発動艇にぶつけた。砲撃の反動だけでは足りない。着弾した後の波でも足りない。だが、直接押す水流ならば、その勢いは大きく変わる。
スキャンプがそうしたことで、妙高の策はより効果的になる。
「すごいっ、なんか凄く進むようになってる!」
一斉射は止めないが、明らかに大発動艇の動きが速くなったことに、清霜ははしゃぐように興奮する。自分で操縦するよりは遅いが、何もせずとも進んでいることは、一種のアトラクションのようになっていた。
水流の当たる角度が完璧とは言い難いため、大発動艇は若干不安定にはなる。だがその分陸は一気に近付いてきていた。今ならば、環礁空母泊地棲姫の顔もハッキリと見える
「これ以上はやらせませんよ。ここまで来たら、貴女も砲撃は難しいでしょう」
これだけ近くなると、海面を撃って視界を塞ごうとしても、妙高により近い場所を撃つことになり、『ジャミング』によって逸れるだろう。そうなればもう水柱は立てられない。妙高の弱点は乗り越えられたようなモノである。
だが、大発動艇の勢いがあるからここまで来れたものの、そこから先に近付くことが出来るかは未知数。距離欺瞞が何処まで発揮されるかは、その時に判断しなくてはならない。
「……まだ身体を前に進めることは出来ませんか。とにかく前に進めない。それは、どれだけ近付いてもでしょうか」
この状況下でも分析は怠らない。触れられるところまで行けたとしても、そこから前に出られなければ意味がないのだから。
それは妙高にも言えること。殴りかかろうとしても逸らすことが出来るのだから、近接戦闘こそ不毛な戦いとなり得る。
しかし、下がれば環礁空母泊地棲姫の思うツボ。『近付かれたくない』というのが根本にあるのだから、離れてもらえるのならば良しと出来る。
「環礁なのですから、内に入られたら距離欺瞞なんて無しとしてもらいたいモノですがね」
そんな都合のいいことが起きてくれればと微かに願いつつ、妙高は環礁空母泊地棲姫を睨みつけた。
「……まだ近付いてくるか。よくやる。だが、これ以上は、進ませない」
ついに環礁空母泊地棲姫の声が聞こえるほどにまで近付いた。