後始末屋の特異点   作:緋寺

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海を綺麗に

 夕方、予定通りにうみどりは現場に到着。かなりのハイスピードでこの海域までやってきたが、停泊を間近にして減速しているのがデッキだとよくわかる。

 深雪と電の昼寝はその時間まで続いており、それに便乗していた加賀もうつらうつらとしていたが、うみどりの速度が落ちてきたことを肌で感じたようで、すぐに目を覚ます。

 

「深雪、電、そろそろ起きなさい。現場に到着するわ」

 

 小さく揺すると、二人はすぐに目を覚ます。少々寝惚け眼ではあるものの、小さく伸びをした後にベンチから立ち上がった。電もグッスリ眠れたようで、疲れが充分に取れている様子。

 

「加賀さん、ありがとうございました。なんだか、物凄くスッキリ出来た気がするのです」

「あたしもなんかすげぇ落ち着けた。ありがとな加賀さん」

「それなら良かったわ」

 

 余程良かったのか、電は加賀に深くお辞儀をしながら御礼を言った。深雪ももたれかかるだけで安眠が出来たようで、笑顔で御礼。

 加賀も満更では無かったようで、機会があればまたと次もまたやってくれるという約束までしてくれた。加賀自身も、この二人に囲まれた状態で微睡んでいたら、普段よりも落ち着けたとのこと。

 

「私はまた哨戒をするから、艤装を取りに行くわ。貴女達も一緒に工廠でいいわね。停泊したらすぐに作業が始まるわよ。フーミィも……って、言うまでもないわね」

 

 速さ重視の動きをする伊203は、加賀に言われる前に既にデッキからいなくなっていた。相変わらずマイペースであり、速さに拘っているだけある。

 

「さ、早く行くわよ。多少揺れると思うから、急がず気をつけて」

「うす。電、こけるなよ」

「気をつけるのです」

 

 加賀はその足で工廠へ。深雪と電もそれについていくように向かった。

 

 

 

 

 停泊した時には、その海域は夕焼け空で赤く染まっているような状態。前回の大規模後始末の時のことを考えると、残骸も穢れもその時の半分位ではないかと思えるくらいに少なく見えた。全員でやれば、伊豆提督が話していた通り、日を跨ぐ前には全ての作業を終えることが出来るだろう。

 中規模に近い小規模ということで、今回から深雪と電は残骸集めとは違う作業を学ぶこととなった。それが、海水の浄化である。

 

「深雪ちゃんと電ちゃんは、濾過装置を担当してもらうわ。酒匂ちゃん、今日は二人に作業を教えてあげてちょうだい」

「ぴゃっ♪ 了解でーす」

 

 新人が新たな作業を覚えるときは、なるべく小規模の現場を使うようにしていた。それが今回となる。

 

 これまでのトングとケースではなく、背負うタイプの濾過装置と、そこから伸びるまるで掃除機のような吸水口、そして濾過されて清浄化された排水口を持つことになる。濾過装置自体は、艤装に直接接続するようなものであるため、出力が落ちるようなことは無い設計。

 

「おお、なんか今までと違うな」

 

 トングと同じように、吸水口は屈まなくても海水が吸えるくらいに長めに作られているので、体勢的な疲労はあまり感じない。しかし、残骸集めの時よりも精密な作業を求められるため、メンタルへの疲労が少々重め。

 ここで燃料や体液を少しだけでも残してしまった場合、それがそのまま穢れに繋がってしまうため、一片も残すことなく吸わなくてはならない。残骸の時も同じではあるが、固体か液体かの違いは想像以上に注意力が必要になる。

 

「二人とも、今回はコレも身につけてね」

 

 そう言いながら酒匂が渡したのは、特殊な加工がされているメガネである。海上に浮かんでいる海水では無いものを判別するためのモノであり、かけながら海上を見るとぱっと見で何処が汚れているかがわかる仕様。

 このメガネも勿論妖精さん特製の逸品。特殊な加工となれば、やはり妖精さんの力がモノを言う。

 

 言われた通りにメガネをかけると、もう工廠から海を眺めるだけで、汚れている場所が丸わかり。あれを全部消すのが自分の仕事だと一目でわかる。

 明るい内なら見てわかるそれも、ここからは暗くなっていく時間帯。こういった()()()()()を有効活用して、確実に後始末を終わらせるようにするのだ。

 

「これで見える範囲は全部吸っちゃうってことだからね。ここから夜になっていくから、よーく注意してね。このメガネのお陰で見えると思うけど、暗いのは同じだからね」

「うす。完全に消し去るつもりでやるぜ」

「なのです。海を綺麗にするのです」

 

 初めての作業のため、深雪はワクワクしていた。対する電は、残骸集めとは違う作業に少しだけ緊張気味。

 

「心配しなくていいよ。濾過装置は使い方は結構簡単だし、ようは根気だからね。見逃さずに全部吸い取ることを意識してくれればいいからね」

 

 要は、残骸集めと同じように一片たりとも残すなというのが根幹。それに関しては何も変わらない。

 

「それじゃあ、行ってみよう♪」

 

 酒匂を先頭に、海に繰り出していく。小規模とはいえ、後始末屋としての仕事は真面目にこなさなければ、ここで行なわれた戦いが完全に終わったとは言えなくなる。そのためにも、真剣に、丁寧に、全てを片付ける。

 

 

 

 

 作業をしているうちに日は暮れて、辺り一面が暗くなっていく。作業効率は下がっていくものの、前回の後始末の時と同じように探照灯が点灯したことで海域が明るくなり、むしろ夕方より見えやすくなる場所も出来ていた。

 深雪達の作業は単純明快ではあるが、一滴でも残したらそこから穢れが拡がるため、見えにくいというのは大問題。専用のメガネを使って海上を凝視し、その全てを回収していく。

 

「確かにやってることは簡単ではあるのだけど、割と神経使うな……」

「なのです。吸い方や吐き出し方を間違えたりすると、吸いたいモノが何処に行っちゃうのです」

 

 装置の仕様として、掃除機のノズルのようになった吸水口から海上にぶちまけられた燃料などを吸っていくわけだが、いきなり真ん中を吸おうとすると、その周囲があらぬ方向に流れていってしまう。勢いよく進むと、自分の足から発生している波で、またおかしな方向へと流れてしまう。

 また、濾過した後の綺麗な海水を排水口から海に戻す時も、間違えて燃料のある場所に流してしまうと、その勢いでまた散らばる。吸いたいモノがバラバラになっていくと、目視も難しくなり、作業効率も一気に悪くなる。

 

 やるのなら、端からゆっくり確実に吸い、既に綺麗な海に向けて排水する。もしくは、その排水すら利用する。

 

「すげぇ、酒匂さん、排水で燃料纏めていってるぜ」

「散らばらないように流れを使うのですね」

「あたし、あんなに器用に出来ないかも」

 

 酒匂に至っては、排水の勢いを少し強めており、その勢いで海上に流れを作って燃料が散らばらないようにコントロールしていた。一箇所に集めてすかさず吸水し、濾過された海水によって残った海上の汚れをさらに纏め上げる。効率良く吸うことで、結果的に作業時間も短縮出来る。

 酒匂は慣れているためそういうことを次々とこなしているのだが、深雪や電には、それが高度な技術にしか見えなかった。

 

「真似るのは……やめた方がいいな。あたし達が同じことやったら、多分散らかして終わる」

「なのです……。電達は地道にやっていくのです」

「だな」

 

 そこは自重して、自分がやれることだけをやる方向で作業を進める。余裕があるからといって物は試しとやってみたら、取り返しのつかないことになったなんてことがあったら困るのだから、今は確実に後始末を終わらせることの方が重要。

 ここで自重出来たのは、深雪にも()()()()が芽生えた証拠か。海の平和のために余計なことはしないと進めたのは、深雪にとってもうみどりにとってもいいことである。

 

「綺麗になっていくのは楽しいでしょー?」

 

 そんな深雪と電に、酒匂が作業の手を止めずに話した。残骸集めよりも海を綺麗にしている感覚は薄いかもしれないが、全体的に見れば確実に綺麗になっていっている。

 夜とはいえ、黒ずんだ海が元の色に戻っていくのは、見ていて気持ちのいいモノであった。

 

「楽しい……かもしれないな。うん、楽しいってか、嬉しいな」

「なのです。やっぱり、海は綺麗な方が嬉しいのです」

「だねー。汚いより綺麗な方がいいよねー」

 

 マスクで表情は見にくいが、酒匂が笑みを浮かべていることはぱっと見でわかる。

 

「こうすると余計な戦いを生まなくて済むなら、一生懸命にもなるよね」

 

 だが、目元だけは何処か憂いげに見える。それがどうしても気になったものの、深雪と電は余計な質問はしないように口を噤んだ。睦月と子日はスパッと教えてくれたが、酒匂は艦娘になった理由が人には語れないタイプかもしれない。気にしているなら聞かない方がいい。

 

「っと、酒匂さん、どうしても吸えないところがあんだけど、これってもう穢れが?」

 

 詮索しないように話題を変える。

 明らかに燃料や体液だとわかるところは吸って濾過して吐き出しているが、それでも黒ずんだままというところはどうしても出てきていた。

 

「あ、うん、そうそう。そこは深雪ちゃんも知ってると思うけど、加賀さん達が薬を撒くから、そっとしておいてね。汚れが無いならそれで大丈夫だからね」

 

 専用のメガネ越しでは、濾過装置でどうにか出来る汚れはそこには無い。しかし、綺麗な海ではなく()()()になってしまっている部分は、深雪達にはやりようがない。

 そこは放置して、まずは汚れを全て無くす。そして、もうやることがないというところまで来たら、そこから薬を撒いて穢れを浄化していくのだ。

 この薬は、濾過装置で吸える汚れは逆に綺麗には出来ない。あくまでも穢れを浄化するためだけの薬である。

 

 むしろ、それを先行して実行するため、既に薬剤散布の夜間艦載機が上空を飛んでいる。深雪が空に向かって手を振ると、まるで雨が降ってくるように薬剤が散布された。

 深雪も電もそれをモロに被ることになるのだが、清掃中に洗浄されているようなモノなので、それは苦痛なく受け入れられる。

 

「これでこの辺りが綺麗になっていくんだな」

「わ、もう変わっていくのです!」

 

 電が言う通り、黒ずんだ海は薬剤が散布されたことによって徐々に色が薄れていき、綺麗な海になろうとしていた。かなり即効性が高い強力な薬剤。しかし、人体──艦娘には影響は無い。あるとすれば、深海棲艦には何かしらの影響はあるかもしれないが、深雪達には何の心配もない。

 

「っし、この辺りは綺麗になったよな」

「だね。じゃあ場所を変えるよー。まだまだ吸わなくちゃいけない汚れはいーっぱいあるからね♪」

「うす。頑張ろうぜ、電」

「なのです!」

 

 酒匂が言う通り、海が綺麗になっていくのが楽しく感じていた。これが昼間だったらもっと綺麗に見えたかもしれない。

 

 

 

 

 そうこうしているうちに、夜も更けていく。普段ならもう就寝時間となっているだろうが、作業はまだまだ続く。作業としては半分を超えたくらいである。

 伊豆提督の予想では、終わるのは日を跨ぐ前くらい。何事も無ければ、この作業はそれくらいで終わりそうであった。

 

 ()()()()()()()

 

『全員、急いでうみどりに戻って!』

 

 突如、イリスの声が作業海域に響いた。声色からして、少々切羽詰まっているように聞こえた。

 そして、次の言葉で、一気に緊張が走る。

 

 

 

 

『カテゴリーRが接近しているわ!』

 




濾過装置は艤装取り付け型。濾過して沈澱した汚れは、最終的にパックに詰められて、うみどり内部で処理されます。容量はそれなりにあるので、残骸集めの時よりは、うみどりと現場を行き来する回数は少ないです。
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