後始末屋の特異点   作:緋寺

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ほんの少しのお別れ

 部隊を進軍と護送の2つに分けることとなった奇襲部隊。学校の一教室を簡易拠点としていたが、行動するためにここから離れる。

 保護されていた被害者達は、護送されるということで、熊野丸と山汐丸の指示に従い、ここから海へと向かうこととなる。睦月が持ち運んでいる大発動艇があるおかげで、全員乗せることは可能だろう。

 

「乗り込んだら、アタシがそいつを『拡張』してあげるさね。少しでも頑丈になった方がいいだろう?」

「ああ、それが可能ならば頼むとしよう。ちなみに聞くが、そうしたことで破壊されてしまうとかは無いんだな?」

「勿論。そこは安心しておくれよ。アタシゃ自分のタコちゃんにも使ってるんだ。まだピンピンしているだろうに」

 

 自分のモノだから変わらないだけで、他に使ったら壊れるなんてこともないかと熊野丸は基本疑うところから始めている。

 

「カタチやら性能やらに手を加えるだけで、それを抜いちまえば元に戻るって寸法さ。なんなら試してみるかい?」

「いや、ひとまずは信じよう」

 

 自信満々の黒井母に、熊野丸は一旦信じることとした。大発動艇を『拡張』した場合どうなるかは見当がつかないのだが。

 

「それじゃあ、私達の艦で待っていてくださいね。ここで仕事を片付けたら、戻って休んでそこから遊びましょう」

「はーい!」

「待ってる!」

 

 フレッチャーに言われ、北方姉妹も元気よく返事。うみどりでは他にも遊んでくれるヒトがいるからと少し期待をさせつつ、素直に従ってくれることを喜びながら褒めた。

 今ここにいる者の中でも、性格的な問題で危険なのは北方姉妹である。心が壊れており、感情の一部が失われていることもあり、時にどんな反応を見せるかが予想もつかない。

 それに、よりによって陸上施設型ということもある。緊急時に海の上に立つことが不可能だからである。

 

「お前は艦載機で周囲警戒を手伝ってもらう」

「えっ、は、はぃ、やります」

 

 護衛棲姫は熊野丸に指示されて艦載機の発艦。空母としての力を持っているのならば、今は力を貸してもらうと、熊野丸は捕虜であろうと使っていた。護衛棲姫としては、その性格上、そっとしておいてほしいと思っていたのだろうが、これで救われるのならばと手助けもする。

 自ら陰キャの引きこもりと言い切ったものの、頼られることは気分の悪いモノではないようで、またその発艦方法を北方姉妹に褒められたことで、またやってもいいかなと思うに至っている。

 

「杏、流石にここにいるのは危ねぇからな、不安かもしれねぇけど、あたし達の拠点で待っててくれ」

 

 唯一周囲から警戒され続けている杏に、深雪が安心するように声をかける。真っ先に信じてくれた深雪と離れ離れになるのが心細いか、杏は見てわかるくらいに不安そうな表情をしていた。

 

 護送チームに属する者達は、どちらかといえば杏に対して懐疑心を抱いている者が多い。熊野丸がその筆頭であり、出会ってから今まで常に警戒を怠っていないほど。そう考えているだけでなく、そう思っていることを口にしている程である。

 熊野丸以外にも、観察力を全開で発揮している暁からはジッと見られることが多く、暁が警戒しているなら綾波もそれ以上に警戒している。なんの躊躇いも無く主砲を突きつけるくらいには信用していない。性格上、時雨もそちら側であろう。

 

「う、うん……みんなの目が怖いけど……」

「話した通り、警戒しちまうのはこれまでやられてきたことがあってさ、そんな中で純粋に人間がここにいるってのは、どうしても敵の罠なんじゃないのかって疑っちまうんだよ。でも安心してくれ。安全は約束する」

 

 深雪の笑顔に救われるが、しかしそれから離れるというのが辛い。

 

「わ、私は貴女達と一緒に……」

「やめとけ。ここからはマジで危ねぇ。余計に命の保証が出来なくなる。あたし達だってヤベェのに、何の力も持たない杏はもっと無理だ」

 

 自己防衛する力すらない杏は、単純に足手纏いになる。直接的には絶対に言わないが、察するように説き伏せる。

 杏も自分に何も力がないことは理解している。自分は何も無い人間なのだと訴え続けているのだから、ここで前に進もうとするのはそれに反することにもなる。

 潔白を証明するのならば、ここで退いて、うみどりに保護されるしか無いのだ。

 

「お前の母ちゃんは、あたし達がちゃんと探しておく。救えるように努力もする。だから、安全な場所で待っててくれ。頼む」

 

 深雪が頭まで下げてしまった。杏はそこまでさせるつもりは無かったため、申し訳なさで泣きそうになった。

 

「ご、ごめんなさい……私、困らせたいわけじゃなくて……」

「わかってるよ。つい最近まで普通に暮らしてたのに、こんな巫山戯た戦いに巻き込まれて、家族も奪われた挙句、身に覚えもないのに疑いの目でザクザク刺されてんだ。不安にならないわけがないぜ」

 

 そういう意味では、誰よりも人間らしいのが杏だ。変に今の状況に慣れているわけでもなく、不安で不安でいっぱい。ここから生きて戻れるかもわからない上に、ここを頼って共にやってきた母はバケモノにされてしまっている。これで声を上げて泣かないだけでも、心が相当強いと言えよう。

 

「あたし達の拠点のうみどりはさ、滅茶苦茶頼りになるヒトが沢山いるんだ。杏のことも絶対受け入れてくれるし、嫌な気持ちも吹き飛ばしてくれる」

 

 これは勿論、伊豆提督のこと。どんな相手でも分け隔てなく接し、警戒をするにしても表には出さず、明るく元気が出るように振る舞ってくれる。少なくとも針の筵な今の状況からは脱却出来るだろう。

 それでも不安なら、神威の排煙で心を落ち着かせることも出来る。誰にだって通用するリラックス効果というのは非常に有用。捕虜にもそれが効くのだから使わない理由がない。

 丹陽だって落ち着いていれば話していて気持ちが楽になるはずだ。今でこそ阿手に近付けるという状況であるが故に気が立っているものの、神威の排煙で落ち着けている。杏の話も聞いてくれるだろう。

 

「……わかった。私、無茶なことは言わずに、頼らせてもらうね。ごめんね、変なこと言おうとして」

「構わねぇよ。混乱しちまうのも仕方ねぇんだ。あたしは誰もが救われてほしいからな」

 

 ニッと笑ってサムズアップする深雪。それを見て、少しだけ顔を赤らめて笑みを取り戻した杏。

 

「何かされてるってなったら自分でも何をしでかすかわからないけど……その時はよろしくお願いします」

 

 改めて熊野丸にも頭を下げる杏。対する熊野丸は、小さく微笑んだ。

 

「警戒はさせてもらっているが、俺はお前を取って食おうだなんて思っていないから安心しろ」

「そうであります。熊野丸殿は性格上、少々高圧的でありますが、基本は貴女達のことを案じております故」

「山汐丸、余計なことを言わんでもいい」

 

 全力で警戒しているが、本心としては杏のことを信じてやりたいという気持ちでいっぱいだ。それで心を許しすぎて出し抜かれてはいけないと、気を張り詰めさせて最善を尽くそうとしているだけ。

 

「それでは、我々は一度うみどりに戻る。その後、余裕ある者は再度奇襲を仕掛ける。俺は向こう岸の大発を取りに来なくてはいけないしな」

「ええ、よろしく頼むわ。学校の方にも目印をつけておくから、最悪そこから向かってきてちょうだい」

「心得た。外で戦っているのならこちらとしても楽だが、そうも行かんだろう。では、一時撤退する!」

 

 これで部隊は別れた。なるべく早く援軍に来たいと話しながら、まずは捕虜の安全が第一。

 

 

 

 

 学校から街を抜けて元来た道をそのまま進めば、うみどりへの帰路に就くことが出来る。幸いにもまだ疲労で動けないなんてことはないため、全員の足取りは軽い方。簡易拠点で休息を取っていたこともあり、まだまだ元気である。

 

「安心するにゃし。うみどりはいいとこぞよ」

 

 まだ不安が拭いきれていない杏を安心させるため、話しかけているのは睦月である。護送チームの中では幼い見た目であり、かつ話し方もそれらしいこともあり、心許しやすい存在ではあった。

 片手に大発動艇を持っているという普通ではない見た目でなければ、だが。

 

「私みたいなのでも、大丈夫?」

「もっちろんにゃし! 人間のお客さんはすっごく珍しいけど、それ以上に珍しいヒトが沢山いるからね」

 

 うみどりに入る前に出来る限り知っておいた方がいいかなと思った睦月はこの場で説明しようとするが、その口を時雨が止める。

 

「それを話すなら、海に出てからがいいよ。ここだと何処で聞き耳立てられてるかわからない。うみどりの中を知られて困ることがあるかはわからないけど、内容次第では何かあるかもしれないだろう」

「おっとと、確かにそうなのね。ごめんね杏ちゃん。うみどりの中は機密だらけだったぞよ」

 

 脅かすわけではないが、口外出来ない情報だらけのうみどりの内情を知ることになるのだから、相応に注意しなくてはならないと、時雨から杏に注意する。

 

「仕方がないこととはいえ、君達はここから知っちゃいけないことを知ることにもなるんだ。その口が軽くないことを祈るよ。口が軽いと、命も軽くなるかもしれないからね」

「えっと、それはどういう……」

「罰を与えなくちゃいけなくなるかもしれないということさ。君の命を天秤にかけるかもしれない。だから、絶対に口外はしないことだよ」

 

 これは本気だと思えるような時雨の目に、杏は生唾を呑んだ。信用されているされていないとは別に、機密を知らざるを得ない状況に置かれたことで、余計に自分の命が他の者の手に握られていると察した。

 

「君の場合は、助かったとしてもしばらくは自由には動けないと思うよ。精密検査はあるだろうし、事情がどうであれうみどりで軟禁だ」

「そう、なっちゃうんだ……」

「呪うなら、この島を占拠しているクズを呪うんだね。僕達も巻き込まれた口だ。全く、気分が悪い話さ」

 

 この話も突き詰めれば機密だらけの話。時雨はそれ以上語れないが、これまで聞いてきたことも含めて、うみどりは相当苦しい目に遭ってきたのだろうと、杏は理解出来た。

 

 

 

 

 杏が何かされているのかはまだわからない。少なくとも、深雪や特異点に対してのトリガーは無かった。

 何も無いならばそれに越したことはないのだが、何かあったとしたら、それは保護された後にトリガーが引かれる可能性である。

 

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