保健室からの侵入口となる部屋を確認した後、さらに進む部隊。離島棲姫の案内はもう少しで出来なくなるらしく、ここからは彼女にとっても新境地。
それもあるため、より危険な場所に近付いていくと覚悟をすることになる。いつ襲われてもおかしくないし、罠が仕掛けられていてもおかしくない。
「下に下にと向かっているけど、敵の気配は無いわね……その分不気味だわ」
先陣を切る神風だが、ここまで一切敵が出てきていないことに、少し嫌な感覚を持っていた。
これまでならば、まばらに敵が嗾けてきて、そこで交戦して少しだけ消耗、時間も使わされて先に進むのが地味に遅くなるという展開だったが、ここまで来ると逆に警戒心が強くなる。その分歩みが遅くなってしまうのだが、何かあったら困るため、警戒するに越したことはない。
「……最後に全戦力ぶつけてくるつもりかしらね。それが一番な足止めだもの」
「あり得るわね。少数で逃げ出して、後の戦力で押し留める。全部犠牲にしてでも、自分だけは助かる。前の鎮守府でもまさにそれをやったんだもの」
叢雲がまたもや苦い顔で答える。裏切り者鎮守府攻略戦の際、そこの長である提督陣は、殆どの艦娘を嗾けて自分の命を最優先に動いていた。叢雲もその一員であり、提督撤退の最大の壁として立ちはだかっている。
「艦娘全てを犠牲にしてでも自分の命が助かればいいと思っているとは、上に立つ者の風上にも置けん」
磯風も同様に、逃げるための時間稼ぎに使われている。しかも、特異点にぶつけるには最高な、煙幕対策まで出来る力だ。それでも使い捨てるような使われ方をされたのは、気分がいいものではない。
阿手も、その生徒も、自分さえ良ければそれでいいというやり方は徹底している。叢雲のところはその傾向が特に顕著であり、秘書艦にすら自分のために自爆を促すようなゲス野郎だった。
「そういえば磯風、お前が前にいたところの裏切り者、確か逃げ切っちまったんだよな……」
「うむ……我々に足止めをさせて、まんまと逃げ果せた。今は何処で何をやっているかわからんが……ここにいるかもしれないな」
あの裏切り者鎮守府攻略戦は、1人は自業自得で命を落とし、3人は捕えることに成功しているが、残りの2人は鎮守府から姿を消しており、未だに捕えることが出来ていない。
逃げる先なんて限られてくるとは思うが、その中でもあり得そうなのは、この島だ。うまく逃げ切れれば、ここで安住を得ることが出来る。
だが、阿手が撤退した提督をそのままにしておくだろうか。それこそ、これにより自分が危険に晒される可能性があるのだから、その時点で切り捨てて何かに
自分の教え子だろうが、忠誠を誓っている部下だろうが、お構いなしに自分の糧とするのが阿手だ。ならば、逃げた提督も今はまともでいるとは思えない。それこそ出来損ないか、何か違うモノになっているのではないかと考えられる。
「どうであれ、私には未練どころか情も無い。始末も躊躇わないぞ」
「まぁ……出来れば生きて取っ捕まえたいところだけどな」
「尋問で吐くようなタマじゃないだろう。それに、私は加減が出来ん。それがそれだとわかったならば、容赦なく全力で行くぞ」
「冷静にな。腹が立つのはわかるけど、考えなしに突っ込んだら返り討ちに遭うかもしれねぇんだ」
「わかっているさ。その辺りはな」
磯風はニヤリと笑みを浮かべた。
「お姉様、大丈夫です。磯風様に何かあれば、この白雲が何とかいたします。動きを止めることと、頭を冷やさせることに関しては、他の追随を許さぬと自負しております故」
「物理的に冷やすもんなお前。でも頼りにしてるぜ。何かあったら凍らせちまえ」
「お任せを」
白雲の
階層をさらに降りていく。見つけた階段はすぐに使うという方針で下へ下へ。勿論警戒だけは怠らない。
すると、通路に大きな窓が現れる。これまでは地下だとわかりやすく窓なんて存在しない道がずっと続いていたが、途端に開けたような印象を受けた。
「これがお前が言ってたところか」
「ええ、私もここまで来たことは無かったし、他の場所でチラッと見たくらいだけれどね」
そこから見える景色は、ここが島の地下であるとは思いにくい、巨大な空間だった。
研究結果を試すために作られているという空間。それこそ、そこだけで球場くらいなら入ってしまいそうな程。
これだけの広さがあれば、何かが完成した時に試験運用することも可能だろう。艦載機だって多少なら飛ばせそうだし、砲撃の演習なども不可能では無い。激しい攻撃などを受けたとしても、これならば修復も可能そうであるし、そう簡単には壊れないのではとも思われる。
つまり、まともに戦闘することも可能である。
「阿手はこの基地を破壊して私達を始末しようとしていそうなのよね。これ、簡単に壊れるのかしら」
「壊れないことはないだろうさ。むしろ、一定の場所を強い衝撃で破壊してしまえば、重みに耐えられずにそのまま崩落さ」
神風は疑問に思ったようだが、響がさらっと答えた。これだけ頑丈な施設であっても、壊れるときはあっという間であると。
「構造をまともに見たわけじゃないけど、この空間には軸があるはずさ。それを全て破壊してしまえば、天井が支え切れなくなる。むしろ、私なら頑丈ではあるけど
「まぁ、そうよね。これだけ自分の身が可愛いんだし、逃げるための手段は絶対に用意するか」
ならそれが何処かと言われたら、あり得そうなのは空間の一番下、何箇所かある柱と思われる場所。そして、それが集まっている天井の中央部分。
柱によってそれを支えているのだから、それが破壊されてしまえば、ドミノのように次々と壊れていくことだろう。やはり島そのものを支えているというのは大きい。
「……だが、あそこまでの大掛かりな破壊装置を使ってくるとは思わなかった。それくらいしないとこの施設は破壊出来ないということなのかもしれないけど」
響が呆れたように呟き、窓から見える天井の一部を指差す。
「なんだぁ?」
「アレが爆弾……なのです?」
「ああ、アレが爆弾。それも、そんじょそこらの爆弾じゃない」
響が苦い顔をしながら言う。
「アレは
島1つを消し飛ばそうとしているようなモノなのだから、それ相応のモノを用意しているのはわかる。しかし、ここまでのモノがここにあるとは響でも考えていなかった。せいぜい、大きな火力を持つ爆弾を数珠繋ぎ状に設置して、連鎖爆発させることで支えを壊すとか、そういったやり方をしてくるモノだと思っていた。
「場所が場所だけに、白雪に解除してもらうことも難しい。それも1つや2つじゃないからね。ぱっと見だけで5つはある。しかもここから見える限りでだ。見えないところにも均等に置かれているなら、10はあるだろうね。ツァーリ・ボンバまでは行かないと思うけど、問題は数だ」
「それがまとめて爆発したとしたら……」
「私達が死ぬだけじゃ終わらない。他所様に馬鹿みたいに迷惑をかけるくらいのとんでもない被害が起きる」
それなのに、それを引き起こした張本人は、他人の被害など全く見ず、むしろそれすら特異点のせいだと言い張るだろう。特異点が平和を望む自分達を襲ってきたから、そんな手段を使わざるを得なくなったんだ、などという陳腐な言い訳を並べるだけ。
罪悪感もなく、やりたいようにやり、罪は全部他人におっ被せ、いいところだけは自分の手柄である。
「これの被害から逃げようとするなら、阿手も時間をかけるだろうさ。何せ、施設の爆破が自分の危険にも繋がるんだからね。より遠くに離れてからでないと、起爆スイッチなんて押せるわけがない。不死の力を持っていたとしてもね」
不死は言い過ぎだろと思いつつも、それだけの爆発の爆心地に近い場所にいるなら、誰であってもどうにか逃げようとするモノだ。それが仕掛けた張本人であっても。
「アレの爆発は何が何でも阻止しなくちゃいけない。深雪、君の砲撃で消し飛ばすというのも、おそらくやめた方がいい」
「そうなのか?」
「例えば、だ。1つが失われたら連鎖的に全てが爆発するなんていう仕様になっていたらどうする。まとめて複数個を破壊するのは、いくら君でも出来ないだろう」
「だな。そう言われちまうと無理だ。願いとかそんなこと言ってらんねぇ」
とはいえ、話しているだけでは何の解決にもならない。そういうモノが仕掛けられているということを念頭に置きながら、一行は先に進もうとする。
しかし、この空間が見ていられるということは、
「おっと、もしかして見つかっちゃった?」
グレカーレが軽い口調で言うが、それは厄介なことの始まりであることには変わりない。
その広い空間の最下層、地に足をつけた何者かが現れた。明らかに深海棲艦の姿であることは間違い無いのだが、残念ながら集積地棲姫の姿ではない。
「軽巡新棲姫……しかも2体か」
その姿は、どちらも同じの軽巡新棲姫。何処かハワイアンなイメージを持つそれは、窓から下を見ている深雪達の姿を完全に捉えていた。
「……なるほど、あちらとしてもここの危険性は把握出来ているみたいだね」
そして、軽巡新棲姫達は、こっちに来いと言わんばかりに手招きをした。そのまま撃とうとしない辺り、下手をして水素爆弾を破壊してしまわないようにという配慮が窺える。
「元々戦うつもりだったんだ。あちらに余裕があろうがなかろうが関係無ぇ。阿手の野郎がいないのは腹が立つが、アイツらだってその部下だ。ぶっ斃さねぇと先に進めねぇよ」
「ええ、これが最後の足止めかしらね。ここまで何も無かった分、ここで馬鹿みたいに投入されることも考えておきましょ」
地下施設最下層での戦いは、2体の軽巡新棲姫から始まる。その力が何かはまだわからないが、闇雲に仕掛けてくるようなことが無い以上、警戒は絶対に怠ることは出来ない。