軽巡新棲姫との戦いは、まずその秘書艦達4人の深海棲艦化した艦娘達を斃すところから始まる。しかし、4人が持つ力はそれぞれ、単体でも厄介な力。なるべく温存して先に進めたかったのだが、そんなことを言っている余裕など何処にもない。
そのため、神風を筆頭に、全員で力を合わせてこの窮地を脱するために動き始める。出し惜しみなんてしていられない。
「『ダメコン』は絞め落とせば気絶させられるわ! グレカーレ、出来そう?」
「無理無理無理! あたしのゲンコツも止めてくるんだよ!? このコンゴー、普通なら体術も出来るタイプ!」
神風から言われたところで、無理であると即断。掴みかかるどころか、まともに殴ることすら出来ない相手を絞め落とすなんてどうすればいいのだと叫ぶ。
グレカーレとて、うみどりで学んだ身。徒手空拳は少し心得はある、というより出来た。だが、今回は相手が悪い。接近に対して軽々と反応しては、『ダメコン』を駆使して無謀な突撃もしてくる。そこに主砲まで組み込んでくるのだから、単純にジリ貧。
「ああもう、ユーダチよりも厄介だよ!」
「絞め落とせばいいんだね。なら任せてもらおうか」
そんなグレカーレのところには、響が参戦。『ダメコン』で傷をつけられない相手であっても、相変わらず飄々とした態度で戦線に参加。
「『燃焼』は凍らせる以外で行くべきね。なら、直接触れることがない戦いをすればいいだけだけれど」
「子日様と交代いたします。白雲と磯風様は、あちらの放電をされる方を相手取った方が堅実でしょう」
「ええ、そこは交代がいいわ。子日、フレッチャーと一緒に比叡の対処!」
「私も加わります。援護ならお任せを」
比叡は『燃焼』という性質上、触れることも難しいだろう。直接触ればダメージに繋がる可能性がある。ならば、砲撃をメインに戦える者がそちらに向かった方がいい。結果、子日とフレッチャーが白雲と磯風とバトンタッチするカタチで参戦。
そこに白雪も加わると宣言。援護に自信があるようで、常に持ち歩いているタブレットは艤装にマウントし、本来の武器である主砲を構える。
ここまで普通に来ており、昼目提督だって何の懸念もなく送り出している程なのだから、実力も折り紙付きなのだろう。3人がかりならば、『燃焼』の比叡も抑え込めるはず。
「あとはあの『発電』か。でも、凍らせながらいけば多少は行ける。それでも人員に余裕があるとは思えないし、近付くのは難しい。なら──」
「撃つだけなら誰でも出来るわ。私と梅で援護する!」
「は、はぃい、温存は必要ですけど、援護の方がもっと大事大事ですから!」
鈴谷には白雲と磯風の他に叢雲と梅がサポート。こちらには熊野もいるため、4人で押し込む。
「私はグレカーレを援護する。絞め技も一応心得があるから。深雪、電、その子のこと、お願いね」
「ああ、さっきも言ったけど、任せてくれ」
「なのです! お気をつけて!」
そして神風は刀を抜き身のまま突撃開始。ここで決めたポジションになれるよう、全ての戦場を掻き回しながら金剛に攻め入る。
一旦軽巡新棲姫達は放置してでも、秘書艦達を始末しなければ邪魔で仕方ない。すぐに終わらせることが出来るかはわからないが、1人に対して数人を当てがえば、比較的早く終わらせることも可能だろう。
「多勢に無勢ですか。ならば、こちらも増やすべきでしょう」
しかし、軽巡新棲姫達が素直に待っていてくれるわけがない。自分達がフリーであることをいいことに、何処かに合図するかのように手を上げ、そして軽く振るった。
瞬間、この空間の何処かからか、突風が吹き始める。立っていられないということはないのだが、これは明らかに深雪の煙幕に対しての攻撃。
「風、だとっ」
「磯風ちゃんと同じなのです!?」
その風で身体が冷やされるようには思えなかった。凍えるような空気の流れではない。どちらかといえば、トーチカでの戦いで『拡張』されたブロワーにより激しく送風されているかのような感覚。
それがどのような風であれ、離島棲姫を守るべく展開した煙幕が散らされていくことには変わりない。全力で煙幕を出したとしても、おそらく追いつかない。
「何処の何奴だ……!」
「っ、あっち! 後ろの壁から誰か出てきてるわよ!」
守られているばかりではない。離島棲姫が念のためと深雪と電の死角になりそうなところに目を向けていたおかげで、その姿を捉えた。
そこには、この空間に入ることが出来る別の出入り口からやってきた、新たな敵。秘書艦達のような艦娘をそのまま深海棲艦にしたようなモノではなく、純然たる深海棲艦の姿。それも2体。
深雪と電はその辺りの知識が若干少なめなので、その姿を見たところで名前もピンと来ない。離島棲姫は尚更である。
その深海棲艦は、2体の軽巡棲姫。左腕が完全に艤装で覆われているが、そこから風を起こして放ってきているように感じる。しかも2体ともが同じように風を起こしているため、単純に風力2倍。相応の速さで煙幕が散らされていく。
「煙幕を飛ばされたら、守ってやるどころじゃなくなっちまう。アレをどうにかしねぇとだ」
「なのです。せめてカテゴリーだけでも……あっ」
「どうした電」
「うみどりと通信が出来なくなっているのです! この中、外と連絡出来ないようにされているのです!」
その軽巡棲姫は確認せずとも艦娘ではなく元人間のカテゴリーYであることはわかる。むしろ、確認したいのだが、場所が場所だけにうみどりと連絡することが出来なくなっていた。地下施設の最奥とも言える空間であるせいか、通信設備がまともに機能しなくなってしまっているのだ。
明石謹製の傍受を無効に出来るシステムであっても、単純な距離と場所の問題は解決が難しい。さらにはこの地下施設はいろいろと仕込まれているため、その影響が強すぎてまともな通信は不可能。
つまり、ここにいる者のみでどうにかしなくてはならない。
「多分いつもの元人間だろうよ。『舵』がついてるかどうかは見てやりてぇけどな!」
「今は、躊躇してられないのです……!」
このままでは離島棲姫も守れない。敵のことばかりを考えて、仲間が傷つくだなんて真っ平ごめんである。
故に、電も覚悟を決めた。現れた2体の軽巡棲姫は、死なない程度に痛めつけざるを得ないと。そうしなければ、この場を切り抜けられない。
「アンタ、自分の身だけはどうにか守ってくれ。あたし達もなるべく頑張るけど、手が回らないことだってあり得る」
「わ、わかったわ。あの鳥みたいなのはまだ出せるから」
「ああ、それは使ってくれて構わねぇ。素人のアンタでもわかりやすく作戦を伝えっぞ」
ニッと笑って深雪は離島棲姫に言い放つ。
「自分の身が最優先だ。あたし達が苦戦していても、自分が危なかったら自分を優先しろ。いいな」
「え、ええ、わかった、わかったわ。でも、気をつけて」
「おう、あたし達の無事を、
電も小さく頷き、向かってくる軽巡棲姫を見据える。
「こうして、こうよね!」
離島棲姫は洗脳されていた時の記憶を頼りに、艦載機を発艦。数機現れた艦載機が自分の周りを回り始め、その身を守るように盾とする。その程度では弱々しい壁かもしれないが、無いよりマシである。それに、一回や二回なら敵の攻撃の直撃を防いでくれるはずだ。
それが見えたことで、深雪と電は離島棲姫に対しての憂いが薄くなった。目の前の敵に集中出来る。
「悪いが、加減は出来ねぇぞ」
「その風は、止めてもらうのです」
煙幕を掻き消すための風は常に吹いている。軽巡棲姫は、2体とも同じ力。磯風の『空冷』とは違うものの、同じ『空冷』の曲解。しかし、磯風のそれよりも勢いが強く、
「洗脳されてるにしても、ここは命のやり取りをする場所だ。テメェらから手を上げてきたってなら、こっちにもやり返す権利ってのがある。痛い目見てから、駄々捏ねんじゃねぇぞ!」
初撃は深雪のいつもの砲撃、消し飛ばす一撃。掠めるだけでも、その部分を削ぎ落とすくらいには威力が高い。
それを知っているからか、軽巡棲姫達は深雪の正面に立たないように散り、送風はそのままに砲撃を放ち始める。左腕の艤装が万能になっており、風を出しながら砲撃まで可能な優れモノ。
「っ面倒くせぇ!」
その攻撃は回避出来るが、送風が思った以上に強く、向かい風で前に進むことが難しくされる。これが海上ならば艤装のアシストで進めるだろうが、ここは地上。自分の足でしか前に進めない。しかし、それを阻む軽巡棲姫の送風は、ある意味対地戦闘であることを活かした手段の選択。
深雪は敵ながら上手いやり方だと感心してしまった。徹底してここに攻め込んできた者達に対応出来る手段を扱っている。勝てずとも負けない手段を数多く取り揃えて、一方的な不利を押し付けてくる。
「深雪ちゃん、あっちに変わりますか!?」
出し惜しみは出来ない。惜しみ過ぎて負けていたら話にならない。だからこそ、電はここで選択肢を提示した。ここで時間を使わされたら、阿手は逃げ果せてしまうだろう。
ここにいる者はその時間を稼ぐために戦っている。あわよくば始末まで考えているが、最優先は阿手の撤退だ。斃せなくてもいいとまで考えているかもしれない。
「……仕方ねぇ。舌の根も乾かねぇ内に使っちまうのは嫌だけど、そうしないと突破が出来ねぇなら、やるしかねぇよ」
この戦いの突破のため、仲間を守るため、深雪は意を決した。消耗はする。だが、数秒で空っけつになるようなこともない。現にそのままの姿で何度も戦ったことはある。ここまで温存し続けたのだから、ここの戦いと阿手との最終決戦までは保たせることは出来るはずだ。
「今は厳しい状況だもんな。なら、あたしは躊躇わねぇ!」
手を銃のカタチにして、自分のこめかみに押し当てる。
「行くぜ……加減は出来ねぇって言ったからなぁ!」
そして、煙幕を撃ち出すように自らに放った。煙幕が一気に包み込み、その質量が急激に上がったかと思いきや、軽く手を振るうことで内から成長した深雪の姿が現れた。
大人となり、深海棲艦となった深雪は、激しい風の中でも全く動じずに敵を見据えていた。
「こうなっちまったら、時間はかけていられねぇ。電、援護頼むぜ」
「なのです! なるべく早く、この戦いを終わらせるのです!」
「おう、やるぜぇ!」
ここからが深雪の本気。ここで使いたくはなかったが、もうそんなことは言っていられない。阿手まで保たせればいいだけの話だ。消耗は激しくとも、戦えないなんてことはない。
「えっ、え、ええっ!? な、何あのイケメン!? か、かっこよ……うわぁ、成長系魔法少女か何かなの特異点って……」
離島棲姫はやはりマイペースではあるが、その背を見ていたら不安なんて何処かに吹き飛んでいた。