深雪1人に対して6人ものカテゴリーYを投入されたが、その連携を掻い潜り、電の援護もあったことで、煙幕を放出することに成功。『空冷』により吹き飛ばされそうにはなっていたが、今だけは4人の剛腕を持つ駆逐水鬼達の視界を完全に塞ぐことが出来た。
しかし、すぐそこに『空冷』持ちの軽巡棲姫がいるのだ。その煙幕を散らされるのも時間の問題。そうされる前に決着をつける必要がある。
「ここからは速攻で方を付けさせてもらうぞ」
動き出す深雪。今ならば大人の姿でありリーチも長い。砲撃を放つのは危険かもしれないため、出来ることならばその拳で決着をつける。煙幕が効いているおかげで、あちらからは深雪の姿は見えなくなっているため、接近も先程と比べればかなり楽になっている。
しかし、あちらもこういう状態でどうすればいいかを想定していた。『空冷』が何かしらの手段で通用しなくなった時、4人は何をするか。それはとても単純なことであった。
「うおっ……コイツら……っ」
それは、深雪に近付かせないためにその剛腕を無闇矢鱈にただただ振り回すこと。駄々っ子のように見えなくもないが、しかし非常に効率的。腕が振られることで深雪はそれに巻き込まれないようにしなくてはならず、また激しい動きで微かに煙幕が散っていっていることもあった。見た目はそこまで良くなくとも、適切な行動であるのならば、それを躊躇なく使ってくる。
これまでの敵とは雲泥の差だと、深雪は内心舌打ちをしていた。自分達の力に溺れて、慢心し放題で突っ込んでくるような輩とはわけが違う。そういうところも、トーチカで戦った敵と近しいと感じる。
この期に及んで、妙にやりにくい相手をぶつけられる。阿手が自分の身を守るために近くに行けば行くほど
「なら仕方ねぇ。容赦しねぇっつったもんな」
近付くことが出来ないならば、深雪のやるべきことはたった一つ。その腕を破壊すること。それが出来るだけの力を、深雪は持っている。
ついさっき危険かもと思って控えようとしたが、状況が状況だ。もう使わない理由もない。
躊躇って勝ちを逃していては、意味がない。
「殺しゃしねぇよ。でもな、半殺しにくらいはするつもりでやるぞ」
振り回される剛腕に向けて、深雪は砲撃を放った。その砲撃の威力は、普通ではない。本体に当てないように、しかし、振り回される剛腕には直撃するように、4人を縫うような一撃をお見舞いした。
それによって自ら煙幕を晴らすことにもなってしまったが、砲撃は見事に、駆逐水鬼1人と外南洋駆逐棲姫2人の剛腕を片方破壊することに成功した。完全に捥ぎ取るまでは行かずとも、肘から先が無くなる程の威力を喰らえば、自ずとバランスは崩れる。
「っああっ!?」
「まだ艤装が片方やられただけ!」
「痛くも痒くもないさ!」
バランスは崩れても、士気が崩れることはなかった。自己修復は当然あるため、消し飛びされても時間をかければ修復される。そして敵部隊の目的は時間を稼ぐことだ。修復まで視野に入れて、長期戦になってもいいという気持ちで陣形はそのままに、再び深雪を取り囲もうと行動を開始する。
深雪の砲撃によって煙幕は取り払われたため、まだ行けると意気込んでいるようだが、その時には深雪はすでに左手を構えていた。
「一回やそこらで終わらせるわけ無ぇだろ!」
即座に次の煙幕を噴射。『空冷』の軽巡棲姫はまだ体勢を完全に整えておらず、深雪に対してどうにか艤装に包まれた腕を向けようとしているところ。風を起こせば煙幕を掻き消すことが出来るのだから、自分が立ち上がれなくても風だけは起こそうと必死である。
だが、タネさえわかれば狙い撃ちが可能になる。深雪の一撃は、神経をそちらに向けねばならないと思わせるには充分すぎて、ついさっき軽巡棲姫達の体勢を崩すことに成功した電の存在が一瞬だけでも抜け落ちた。
「深雪ちゃんが大きな囮になっちゃったのです……でも、電が風だけは止め続けるのです!」
またもや電の精密射撃が炸裂。軽巡棲姫本体は狙わず、深雪に向けられた艤装部分だけを狙い撃ち、風が起きる方向を調整した。
一発だけでなく二発目が直撃すると、いくら駆逐艦の主砲による攻撃とはいえ、艤装の方にガタが来始める。自己修復があるとはいえ、バキと致命的な音を立て、その機能を壊す。
風を起こす力自体は消えていないが、砲撃を放つ機能に対してダメージが入ったことで、軽巡棲姫の危険度が途端に落ちた。
「もう風は感じねぇぞ。だったら、テメェら全員包み込んでやる」
深雪はさらに強く煙幕を噴射した。風が無いなら思い切り煙幕を出してもいい。敵を包み込み、その視界を封じるため。
「馬鹿の一つ覚えみたいに煙ばかり出すじゃないか」
唯一無傷で済んだ駆逐水鬼が、ただ1人だけでも煙幕から逃げ延びるためにステップを踏んで外に跳ぶ。
いつもならば仲間を見捨てて行動をしたと考えるところだが、今回の敵は能力が能力だ。1人でも煙幕から抜け出すと、『同期』によって煙幕外から内部を操作して煙幕関係無しの行動をさせることが出来てしまう。そのため、単独行動こそが仲間のための行動となる。
深雪はその1人に対して、肉弾戦を仕掛ける。
「ああ、あたしは馬鹿だからな。やれることがすげぇ少ないんだ。この煙幕一本で、ここまでやらせてもらってる」
敵の皮肉に対して、深雪は苛立ちすら感じることなく軽く返した。皮肉はもう聞き慣れている。
「でもな、そんな馬鹿でも充分戦えんだよ」
向かってくる深雪に対し、剛腕を振るう駆逐水鬼。さらには、その腕に備え付けられた主砲まで放ちながら、絶対に近付かせないという意志を見せる。
だが、1対1、かつ風による妨害ももう無いとなれば、深雪はもう何も気にしていなかった。
煙幕を纏い、身体能力をより増強。込めた願いは、いち早く仲間を助けられるように、この戦いを早く終わらせたい。敵を斃したいという攻撃的な願いではなく、仲間を救いたいという優しい願いのため、その効果は強く強く発揮される。
駆逐水鬼の砲撃をヒラリヒラリと回避しながら、真正面からの突撃である。振るわれる腕もしっかり見ながら、大振りに薙ぎ払われるそれを軽々と飛び越えた。
「悪いな。お前もあん中入ってろ」
そして、思い切り蹴り飛ばす。振り回してきた剛腕を無理にでも捻ってその蹴りをすんでのところで受け止めるが、増強された深雪の蹴りの威力は並ではなく、砲撃でもないのにそれを受けたかのような衝撃が全身を駆け抜けた。
二本の足でその衝撃を受け止め切ることが出来ず、駆逐水鬼はモロに吹っ飛ばされ、仲間達のいる煙幕の中に入れられた。これにより、狭い効果範囲内でも前後不覚に陥る。
こうなってしまえば、定石通り腕を振り回すしかなくなる。しかし、それが命取りになるだなんて思いもしていない。
何故なら、煙幕の中で距離感すら狂わされているのだから。
「あたし達に危害を加えるな。痛い目を見たくない。それが今回の願いだ。あたし達に攻撃しようとすりゃあ、その攻撃はあらぬ方向に行くだろうな。でもな、あたしはお前らを仲間と思っちゃいねぇ。あたしと仲間には攻撃出来ねぇけど、
剛腕を振り回すことで接近を許さないようにしているのだが、煙幕のせいで仲間の位置すら把握出来なくなっている。すぐそこにいる仲間の場所がわからない。いくら『同期』したところで、全員が視界を封じられているのだから、何もわからない。動きを同じにしたところで、煙幕からは逃れられない。
その中で起きることは、とても簡単なことだった。誰かの剛腕が、近くの仲間にぶち当たる。振り回しながら抜け出そうとしているのだから、そうなってもおかしくない。
「っがっ!?」
いい位置に当たったようで、明らかな悲鳴が聞こえた。当てた方は当てた方で、その嫌な衝撃を感じ取ったようで、見えないところで嫌な顔をした。
「ど、同士討ち狙い!?」
「なんて卑怯な!」
1人がやられたことで、そんなことを言い始めた敵。対する深雪は深々と溜息を吐いた後、ゆっくりと煙幕範囲に近付く。
「あたしの仲間を洗脳して同士討ちを狙ってきてるような連中が何言ってんだ。忌雷を使ってる時点で何も言わせねぇよ。それに、こうなることなんてすぐにわかることだろうが。それだけ近くにいるんだからよ」
すぐ近くで深雪の声が聞こえたことで、外南洋駆逐棲姫はその剛腕を声のする方へと振るう。
「ぐぅっ!?」
しかし、その拳は深雪ではなく、駆逐水鬼に直撃した。全ての距離感が狂っているせいで、そちらにいる仲間の位置もわかっていない。
敵を包み込んだ煙幕に込められた願いは、ほぼいつも通りの『仲間に危害を加えさせない』である。だがそれはあくまで、
そんな煙幕の中に深雪が入った場合、煙幕の効果により行動が狂わされる。深雪に向かった拳は、煙幕の効果で勝手に逸れる。逸れた先に何かあったとしたら、それを殴るだけ。
妙高の『ジャミング』攻略の応用みたいなものである。狙っていない攻撃は当たるのと同様に、逸れた攻撃を当てる。ただそれだけ。
「な、なら動かなければいいだけ……」
「ってなると、あたしが好きにやれるようになるだけだ。ありがとさん」
同士討ちを回避するため、攻撃を止めた。となれば、もう深雪の独壇場となる。剛腕を飛び越えるように跳び、その顔面を蹴り飛ばした。
「馬鹿の一つ覚えで煙幕ばっかり使ってるからよ、こういうことも何か咄嗟に思いつけたぜ。それじゃあ、終わりにするぞ」
少しして、煙幕が晴れた時には、深雪以外誰も立っていなかった。大半は同士討ち。仲間の姿が見えない状態で暴れたらこうもなる。
「深雪ちゃん!」
「おう、何とかなったぜ。電も援護ありがとな」
「風が止められてよかったのです!」
深雪に訪れた危機は、これで攻略は出来た。しかし、まだ軽巡新棲姫は動いていない。