小規模だった後始末は、深海棲艦による襲撃によって阻まれた。深雪と電は、出撃した子日と秋月に代わって救護班に加わったものの、酒匂が万が一というだけあり、那珂を筆頭とした部隊は快勝。あっという間に片付けてしまった。
いざという時のためにすぐ出られるように双眼鏡でその戦いを眺めていた深雪と電だが、仲間達のあまりの強さに、口が開きっぱなしになっていた。考えていたよりも練度が高いどころか、姫相手にも臆さない。むしろ、この後にある追加の後始末のことすら考慮した処理の仕方までやってのけている。
「なんだったんだありゃ……」
「強すぎるのです……」
深雪も電も、これくらいしか言葉が無かった。曲がりなりにも、相手は姫級。今の深雪と電では、おそらく手も足も出ないような敵だ。しかし、それを完全に手玉に取っていた。
特に那珂である。砲雷撃戦どころか、ゼロ距離まで近づき、確実に斃すために近接戦闘を見せつけた。瞬時の判断力がとにかく半端ではない。それ以上に、敵にゼロ距離まで接近する度胸がとてつもない。
「みんなお疲れ様ー♪ 後始末の追加になっちゃったけど、すぐに終わるくらいにしてるからやっちゃおー♪」
そんなことを言いながら工廠に一度戻ってきた那珂達だが、その姿に苦笑が飛び交う。深雪と電に至っては一瞬ゾッとしてしまった。
今の那珂は、軽巡棲姫の左腕を千切り飛ばした時の返り血をモロに被ったことで血塗れ。その上で、千切った左腕の艤装を引きずって工廠まで持ってきてしまっていたのだ。どうせ後始末で回収することが確定しているのだからというのと、もう一つ。この軽巡棲姫の艤装は
襲撃してきた軽巡棲姫は、その艦種ではあり得ない艦載機を発艦しようとした。最初から予想していたところもあるため、発艦直後に秋月が全て撃墜したものの、想定していなかったら那珂が重傷を負っていたかもしれない。
「那珂ちゃんは早めに洗浄してきまーす。アイドルは清潔にしなくちゃね♪」
言うが早いか、引き摺ってきた軽巡棲姫の左腕を放置して、さっさと洗浄室に向かってしまった。
これには誰も文句は言わない。いや、言えない。血塗れの状態ということは、穢れがダイレクトにぶちまけられたようなモノ。そのまま放置していたら、何かしらの悪影響が出かねない。
同様に、今出撃した者達はその足で洗浄に向かった。那珂ほどでは無くても、返り血はどうしても浴びてしまうもの。
その中でも、軽巡棲姫にトドメを刺した子日は、インナーで守ることが出来ていない顔に少しだけ飛び散っている。
「はい、救護班は必要なかったみたいでよかったね。じゃあ、すぐに後始末を再開しよっか」
その様子を見届けた酒匂が、すぐさま後始末の続きを進めるように動き始めた。救護用にしていた装備もすぐに下ろし、残骸集めと海水浄化に努めることとなる。
深雪と電も、その流れに乗るようなカタチで装備を換装、襲撃前の濾過装置を再び装備して海へと駆け出した。
まるで、戦いなんて無かったかのように、スムーズに作業再開。
「
酒匂の指示は的確。戦闘はあったものの、後始末自体をまずは早く終わらせる方向で動く。
今回増えた作業は、那珂達の戦い方が後始末のことを考えたモノであったおかげで、そこまで大事ではない。潜水艦の放った雷撃で爆散した駆逐艦以外は、ほぼまともにカタチが残っているおかげで、片付けも簡単であった。
元々が日を跨ぐか跨がないかくらいの時間に終わりそうだったところに追加の作業が加わったため、全てが終了する頃には僅かにだが日を跨いでいた。
それでも規模としては小規模と言えるくらいには収まっているため、追加作業は出撃した部隊が後のことをよく考えて少なくしてもらえたと実感出来る。
「ふぃー、これでおしまいかな?」
周囲を見回して、濾過装置で吸い取る汚れが無いことを確認したことで、大きく息を吐いた深雪。念入りに念入りに海上を確認したため、ほんの僅かの穢れも増えない状況を作り出せたと自負出来た。
勿論、それは深雪の目だけで確認したわけではない。酒匂と電によるトリプルチェックも出来ており、深雪も酒匂や電が作業した場所を確認しているので、どこもかしこも綺麗に出来ていると判断出来ている。
「うん、大丈夫だね。酒匂達の作業は、これで終わりだよ。お疲れ様ぁ♪」
酒匂からもそれは認められたため、深雪達の作業はこれで終了。あとは、加賀達航空隊が薬剤を散布することで、既に拡がり始めてしまった穢れを浄化して、本格的に後始末が終了となる。
今回ばかりは夜通し作業をするということも無く、これが終わったら洗浄をしてそのまま就寝となることだろう。
「電、大丈夫か?」
「大丈夫なのです。疲れてはいるのですけど、前の時よりも作業は少なかったので、自分の足でうみどりに帰ることが出来るのです」
特段スタミナがついたというわけでは無くとも、作業量が前回よりは格段に少ないため、電もまだ動ける状態。誰かの肩を借りなければ洗浄にも行けないというわけでは無く、まだまだ作業をしようと思えば出来るという雰囲気。
電としても、汚れてしまった海が綺麗になっていることが喜ばしいようで、疲れは見えても表情は明るいモノである。後始末屋としてのプロ意識が電にも芽生え始めているのだろうか。
「そういえば……今日は出なかったな、監視してるヤツ」
作業が終わって気が抜けたか、不意に深雪の口からそれが出た。前回、前々回と、うみどりの後始末を遠方から監視していた謎の艦影──タシュケントの存在が、今回は見えていない。何かあればすぐに哨戒機が確認するのだが、その報告も無い。
「小規模だから、哨戒の範囲が狭いっていうのもあるけどねぇ。いつもよりもすごく遠いところから見られてるとかはあるかも?」
二度も姿を見られているのだから、流石に同じことばかり何度もするわけではないだろう。もし監視しているにしても、これまでとは違う手段を使ってくるのではと予想される。
「酒匂としては、むしろさっきの深海棲艦との関係性が気になるかなぁ」
「関係性……なのです?」
「うん。ほら、前回だっけ。いきなり出てきた深海棲艦を無視して撤退してるでしょ? だったら、もしかしたら
タシュケントのカテゴリーはまだ正式には不明ではあるのだが、眼前に現れた深海棲艦に対して、何かするでも無く無視して撤退を優先した。見る人が見れば、それはタシュケントの意図通りに深海棲艦が現れたと考えてもおかしくない。
しかもその深海棲艦に人の手が加わっていたというのだから、余計にそれらしさが出てきてしまう。タシュケントと深海棲艦が仲間同士であり、発見されたタシュケントを撤退させるために適当な深海棲艦がこの海域まで出撃させられたと考えれば、割と疑問を持つことなく納得してしまいそう。
「じゃあ何で監視してるだけじゃなく襲ってきたんだろう。さっきの連中も、なんか改造されてる感じじゃなかったか?」
「遠目で見た感じだと、改造されてたね。軽巡なのに艦載機飛ばそうとしてた」
これは酒匂の目にも入っていたようである。発艦した瞬間に秋月が対処したとはいえ、本来あり得ない行動をしたのは間違いない。それが、後始末中に襲ってきたのだ。
天然の深海棲艦ならば疑問を持たないが、人の手が加わっているとなれば、誰かが意図的に嗾けてきたとしか思えない。後始末屋を狙ってなのか、それとも無差別になのかはわからないが。
前回の人の手が加わったであろう戦艦水鬼のことを考慮すると、ピンポイントで後始末屋を狙っているわけではなさそうである。とはいえ、
「こっちがどうやって対処するかを見てるとか」
「だったら今この時にも監視してる誰かが見つかってもおかしくないと思うなぁ。あ、そうなると、仲間じゃなくて別勢力になるのかぁ」
タシュケントと改造された深海棲艦が仲間同士だったら厄介。別勢力だったらもっと厄介である。
前者である場合、対話が上手くいったとしたら全容を掴むことが出来るかもしれない。しかし、後者だと片方がわかったところでもう片方はわからず仕舞いである。
「実際に会ってお話し出来ればいいのですけど……」
電の望みはやはりそれだろう。監視で止めているタシュケントは、まだ話がわかるタイプの相手。カテゴリーがわからずとも、戦うつもりが無いというのなら、それがわかればそれだけで安心である。
例えば、タシュケント自身がカテゴリーMだとして、それでもうみどりの仕事を遠目から観察して出方を窺っているというのなら、最終的に戦うことになったとしても、顔を合わせて即戦闘ということにはならないはずである。
「あたしもそうしたいな。というか全部聞きたい。調査隊から逃げた理由も、深海棲艦を無視して逃げた理由も」
話せたとしても全部を話してくれるとは限らないが、出来ることならあちら側の真意を知りたい。敵対するのならもう仕方ないことだが、何故そう考えるのかを聞いておきたい。
監視するだけの理性があるのなら、敵対するだけの理由もあるはずである。その時にその選択をした理由が聞ければ、これからの振る舞いも考えられる。
「結局、話すしか無いんだよねぇ。あちらが話す気が無い感じだからすっごく難しいけど」
「でも、チャンスがあれば絶対に話をするぜ。攻撃もするつもりは無いしな」
「うんうん♪ その気持ちはきっと伝わるよ♪」
深雪の気持ちは非常に強い。タシュケントとの対話は絶対に達成すると、これまで以上に意気込んだ。
「そのためには、まずは対話出来るだけの力を手に入れなくちゃな。明日……もう今日か、ぶいあーるで演習やるんだった」
「なのです……まだ相手が決まっていないのです」
ここでその件を思い出し、二人は悩み出してしまった。そんな姿を見て、酒匂はうーんと少しだけ考える。
「今のところ候補は?」
「睦月と子日が言ってくれればやってくれるって。あと、フーミィが万が一を考えてタシュケントを相手にしておくのはどうかって」
「みんなが優しいので、頼んだらみんな受けてくれるよって言ってくれているのです」
「だねぇ。酒匂も頼まれたら喜んでお相手するからね♪」
ただし、頼む相手というのも少々萎縮してしまっているところがある。先程の戦闘を目の当たりにしたことで、うみどりの仲間達の練度が異常に高いことが理解出来てしまったからだ。
誰もが強いとはわかっていたが、いとも容易く敵水雷戦隊を全滅させる手際は、深雪にも電にも驚異でしか無かった。
「……あたし達も、あれくらい強くならなくちゃいけないんだよな」
「なのです……あれくらいでないと、多分誰も電達の話を聞いてくれないのです」
その実力の差に、少しだけ弱気になりそうになった。だが、それで止まっていては何も出来ない。そんなことはわかりきっている。
深雪はこの弱気をやる気の炎に焚べる。こんなことで負けて堪るかと奮起する。そして、深雪のやる気は電にも伝播した。
「強くなろう、電。怖いけど、それを振り払おう!」
「なのです! 前に進むために、頑張るのです!」
「すぐにでもみんなに追いつくぞ!」
これでやる気が出せたなら、もう何も心配はいらない。酒匂も心の内で安心していた。
そんな深雪と電を、イリスの目どころか哨戒機も届かない場所から監視している影。この場にも、やはりいた。
「ふーん、やっぱり信用してもいいんじゃないかな、彼女らは」
独断と偏見はありそうだが、これまで見てきたうみどりの行動、そして、
「接触、してみるかな、そろそろ」
物語が本格的に動き出します。タシュケントの思惑は如何に。