敵秘書艦も残り1人となったところで、あまりにも動かない軽巡新棲姫に疑問を覚えた白雪。そして、動かないこと自体が『偽装』の曲解による偽装だった。当の本人達は、自らの力を『拡張』の曲解を使ってこの空間中に拡げて、不意打ち気味に全員を巻き込むつもりだった。
白雪がいち早く気付いたおかげで、空間が全体に拡がり切ることはなかった。しかし、8割を埋めるほどまでに拡がっていたせいで、殆どの仲間達がその脅威に襲われる事になってしまった。
片方の軽巡新棲姫の曲解は『沈没』。それによりその時に空間に触れていた者全員の足が沈み込んでしまい、身動きが取れなくなった。
とはいえそれはまだ地面の一部。空間は新たに作られたモノであるため、梅の『解体』が通用する。そう咄嗟に判断したのだが、そこに加えてもう片方の軽巡新棲姫の曲解『操縦』が糸となり、足を沈めている者達に絡みついてしまった。梅も例外ではなく、その術中に陥ってしまう。
「お、おい、ありゃあ何だ!?」
自分に群がってきた敵を全員どうにかした深雪が、ここで異変に気付いた。自分達のところまでは届いていないが、この地下空間の地面に黒い何かが広がっている。
電もその光景に驚き、離島棲姫と共になるべく近寄らないように離れた。これに触れるのはまずいと、直感的に察したようである。
無事であるのは、斃した者達を足場に使わせてもらっているグレカーレ、子日、響と、自らの足下を『凍結』させることにより沈まなくしている白雲と磯風のみ。それ以外は、例え神風であっても捕らわれてしまっていた。
「や、やばっ、顔が沈んじゃってるっ」
足場にさせてもらっているものの、うつ伏せで倒れていたせいで顔がズブズブと沈んでしまっているのがわかり、子日はどうにか熊野の顔を陸の上に持ち上げる。出来ることなら仰向けにしたかったのだが、自分が乗りながらそれをするのは非常に難しい。
同様に、グレカーレも金剛の頭をどうにか沈まないように支えていた。このまま沈んだら間違いなく窒息死。もしかしたら救える可能性もあるのに、こんなことで見捨てるわけにはいかない。踏みつけておいてどの口がと言われるかもしれないが。
「何が起きてる!?」
大声で仲間達に聞く深雪に、すぐさま神風と白雪が答える。
「絶対に入っちゃダメよ! ここ、足を取られて動けなくなる!」
「それだけじゃないです! 糸で身体を縛り付けられています!」
あの神風すら抜け出せないとわかり、深雪はどうすればいいかと考える。しかし、考えさせてくれる時間は与えられない。
「特異点、素直に降伏して、自ら命を絶て」
片方の軽巡新棲姫は、事もあろうに深雪に対して自害を要求した。時間稼ぎをしているだけなのに、ここで特異点を確実に始末する方向に舵を切ってきた。
「んだと……!?」
「貴女の仲間達の……半数ほどですかね、こちらの手中に納めさせてもらいました。貴女の行動次第でどうなるか、それくらいわかりますよね?」
もう片方の軽巡新棲姫が冷静に伝えてくる。『操縦』の曲解に捕らえられたということは、今でこそただ動けないだけであっても、実際はそれだけでは済まないだろう。
深雪がまだ何も言えていないことに、内心ほくそ笑みながら、軽巡新棲姫は続ける。
「少々危機感が足りないようなので、実演しておきましょうか」
そう言うと、『操縦』に捕らわれている1人──手近だからだろう、神風の身体がひとりでに動き出した。『沈没』による拘束をモノともせず、少しゆっくりな足取りではあるが、前へ前へと進んでいく。
「くっ……っ」
「おい、テメェまさか……っ」
「君が屈さないのならば、こうなるということを知るといい」
神風が進まされるその方向には、この事態をいち早く気付いた白雪がいた。
神風は進みながらも、手に持つ刀を両手で構え、いつでも斬り払えると見せつけてくる。勿論、そこに神風の意思はない。
「この……そんなこと、させないわよ……っ」
身体を操られながらも、神風はブルブルと震え、それに対抗しようと力んでいた。肌が見えている腕や首には血管が浮き出るほど力を入れており、それでも進行が止められない。歯を食いしばり、ついには奥歯から血が出るほどだった。
「やめろ、やめろっ!」
深雪が叫ぶが、神風は止まらない。
「では、すぐにでも自害してもらえるか。君がそうしたら生きている限り、我々は安心が出来ない。心苦しいが、手段を選ぶことが出来ないんだ」
「先生の目指す平和のためには、貴女は必要ないのです。このような強硬手段に出ることは、貴女の罪なのですよ」
またあらぬ罪をふっかけてきたことに、深雪の怒りは頂点に達する。だが、電が深雪の手を取った。ここで怒りに任せてしまったら、敵の思うツボ。理性なき者に勝ち目がある戦いでもない。
だからといって、こんなところで死ぬわけにもいかない。それこそ敵の思うツボだ。特異点の始末が最優先事項であろう。それが達成出来てしまったら、もうこの戦いに勝ち目が無くなる。
「ふざけんな……こんな卑怯なことをしておいて、平和だぁ!? 人質を取って強要することなんざ、悪も悪だろうが!」
「時には悪を以て正義を成すことも必要だ。君のようなこの世界の罪をどうにかするためにはね」
「貴女さえここで命を絶ってくれれば、ここにいる全員の無事を約束しましょう。不要なのは特異点のみ。ならば他の命を奪う理由はありませんから」
無事と言いながらも、どうせ洗脳を施すという意味だろう。深雪は怒りながらもそれはすぐにわかった。全ては自分の都合のいいように解釈するのが、あちらのやり方なのは、これまでの戦いで嫌と言うほどに理解している。
「命を絶つ必要なんてありませんよ」
そんな軽巡新棲姫達の物言いに、まさに今危機に瀕している白雪が答える。
「あちらの思う通りになるくらいなら、私はここで死んでも別に構いません。それに、私達は簡単に死にはしませんから」
自信満々な目で軽巡新棲姫を見据える。
「この『操縦』の力、広く拡げているせいで、私達を細かく操作出来ていませんね。それとも、足下の足を沈める力のせいでもありますか。神風さんを選んだのは、主砲ではない武器を持っているから。神風さんでなければ、叢雲ちゃんだったかもしれませんね」
主砲を持つ者をコントロールしないのは、持っていたところでその引き金を引くことが難しいから。対して神風の場合は、振り下ろせば他者を殺害することが可能な刀を持っているから。叢雲もやられていたかもしれないというのは、突き貫くことで命を奪える槍を持つからである。
「それに、貴女達が力を持つように、私達にも力がある。それをもコントロールすることは出来ないのでしょう。糸ですもんね。マリオネットとして扱うという
軽巡新棲姫の眉がピクリと動く。この力を
白雪の発言は全て事実である。まず白雪が気付いたのは、身体は動かせないが指の先までコントロールを奪われているというわけではないこと。刀を握るということは出来るかもしれないが、指1本1本を個別に動かすことは出来ないらしい。
糸に捕らわれた者は、操り人形になる。しかし、あくまでも操れるのは肉体的な行動のみ。精神は勿論、能力もろくに操ることは出来ない。ここに神風や叢雲がいなかったらどうするつもりだったのだろうか。
「黙りなさい」
白雪の身体がゆっくりと動き出し、腕が持ち上がってくる。
「なるほど、真実を言われると、子供のように癇癪を起こすと。そんな貴女は、元々鎮守府を治めていた提督なんですよね。今の言動、相当無能な提督になるんですけど、その認識で良かったですか?」
白雪とは思えない突き刺すような煽り。そうこうしているうちに、白雪の手が動き出し、自分の首を掴むようになる。
「巫山戯たことばかりを曰う口は封じておきましょうか」
「はっ、そういうところがガキだって言うのよ」
白雪に続き、神風も煽る。
「自分の思い通りにならないのがそんなに嫌なわけ? あー嫌だ嫌だ。ちょっと力を持ったくらいでいい気になっちゃってさ」
この神風の煽りは、他の者にも伝播する。
「自分の力で特異点が殺せないから、こんなことやっちゃってるんだ。うわぁ、ドン引きー。あたしだからこそ、あえて言っちゃお。ザーコ、ザーコ♪ 元雑魚提督ー♪」
グレカーレから始まり、
「あの先生あって、この生徒あり、ですね。その教育を知っている私だからこそ、この行いは身勝手で傲慢であると断じることが出来ます」
心底呆れたようなフレッチャー、
「前のうちの
「これは本当に擁護出来ませんねぇ……あまり人のことを悪く言うのは嫌ですけれど、こればっかりは人としてどうかとぉ」
叢雲が追い討ちし、梅すらも嫌悪感を露わに。
「全く、これだから人間は。ここまでせねば力の誇示が出来ぬとは。お姉様を見習うがいい。貴様がその存在を罪と曰ったお方こそ、誇示せずとも素晴らしさを我々に証明してくれる、真の平和と正義である。それもわからぬ曇った目を持つ貴様らなど、足元にも及ばぬ」
そして、明確に鼻で笑って語る白雲。煽りに煽り、まだまだ言い足りないようである。
「人間を代表して詫びる。申し訳ない」
「磯風様は理解していらっしゃる者、謝る必要などありませぬ。だが、彼奴等は謝罪だけでは足らぬ。額をこの地に擦り付けて、血みどろになりながら最後まで後悔しながら死に逝けば良い。それこそ、生きている価値もない」
吐き捨てるように言い放つ白雲に、軽巡新棲姫達はいい加減気に入らないと言った感じで顔を歪めた。
「……いい加減、自分達がどれだけ愚かであるかを自覚するといい。君達のその物言いが、こうさせたんだ」
「罪の上塗りを楽しめたようで何よりです。では、彼女には死んでいただきましょう。こうなるのは、特異点のせいですよ」
白雪は己の手で首を絞める。さらには神風ももう届く位置まで来てしまい、刀を振り上げていた。
「やめろっ、やめろぉーっ!」
深雪の絶叫が木霊した。しかし、神風の刀は無情にも振り下ろされた。