「やめろっ、やめろぉーっ!」
深雪の絶叫が木霊した。しかし、神風の刀は無情にも振り下ろされた。
「大丈夫です!」
白雪の声が響く。神風が振り下ろした刀は、白雪を袈裟斬りにするかのように見えたが、その一撃は白雪の肩で止まっていた。顔は顰めているが、最悪の状態──真っ二つになるようなことはなかった。
「白雪!?」
「こんな、
神風にどれだけ力を入れさせても、刀は白雪の肩から下には下がっていかなかった。むしろ、そのせいで首を絞めさせている手もズレており、窒息死の危険性も薄れた。
軽巡新棲姫は、何故そうなっているのかが全くわかっていない。神風ほどの腕前の者を操って斬らせたというのに、まるで鈍を使っているかのように斬ることが出来ない。何故だと驚いている程である。
「っつ……神風さん……割と普通に重いです……」
「あいつらに言ってちょうだい。でも、これであいつらの程度が知れたわ。あいつらは元提督なのに刀がどういうモノか全くわかっちゃいない。一朝一夕で、ただ手に入れただけで使いこなせるわけないじゃない」
神風も嫌そうな顔をしているが、今回の白雪が助かったのはまさにそれである。軽巡新棲姫は、刀というモノの扱い方を全く知らないのだ。アニメや漫画のように、ただ振るえば人を殺せるという道具では無い。それ相応の技を学び、鍛えなければ、それはただの鉄の棒である。
神風は長年の鍛錬があるからこそ、この刀を艦娘という肉体で完全に扱い切れるだけ。それを見ていたから、その神風が操れるからといって、神風の技までをも扱えるわけがない。神風を道具として見ている時点で、この刃は一生誰かを斬ることは出来ないだろう。
とはいえ、思い切り振り下ろされた鉄の棒を肩に受けた白雪は、単純に負傷してしまう。肩の骨が折れ、激痛が走っていた。だが、少し顔を顰めるだけで、その前向きな表情と声色は失われていない。
「私達は、まだ負けていませんよ。それに、無事な仲間はまだいるんですから」
白雪が自信を持ってそれを語った瞬間、軽巡新棲姫達に砲撃が放たれた。金剛を足場に使わせてもらっている響である。
「結局、君達は一歩二歩遠いんだ。これさえ出来れば勝ちだと考えていたのかもしれないけれど、戦いはそんな甘いモノじゃない。もしや、これがダメだった時のことは考えていないのかい?」
鋭い視線を向けて、砲撃を何度も放つ。人の上から撃つという滅多に無いことをしているのでバランスが悪いが、そこは共にいるグレカーレが剛腕で支えた。
「前の逃げるってのが成功しちゃってるからね、自分は出来るって思い込んでるんじゃなーい? 雑魚雑魚てーとくだもんねー♪」
「君、そういうメスガキ仕草似合いすぎだよ」
「よく言われるー。あたしゃ真面目な艦娘さんなのにね。見る目ないよねまったく」
話しながらも砲撃は止まらない。軽巡新棲姫達も苛立ちを隠さずにそれを回避し始める。
「……ならば、こちらを使うまでです」
すると、次は叢雲の身体が動き出した。勝手に動き出す身体を制御出来ず、歯を食いしばる叢雲。
「ちっ……槍なら適当でも刺さるって考えたか……っ」
刀は熟練者でなければうまく扱えないが、槍ならば、鋒が鋭利な武器ならば、素人が扱っても人を刺し貫くことが出来る。戦闘中に扱うのは難しくても、動かない的にただ突き刺す程度ならば、誰にだって出来る。
叢雲の槍が向いたのは、近くにいた梅の胸である。このまま刺せば、梅は間違いなく死ぬだろう。心臓を貫き、無惨にも命を散らせる。
「回避しながらでも操れるのか。地面に手をつけていないといけないかと思っていたけど、そう簡単にはいかないようだね。でも、しばらく撃ち続けるよ」
「りょーかい。でも叢雲はどうすればいいかな」
「それは私達が動かずとも、動いてくれる仲間がいるさ」
響が流し目でそちらを見ると、もう既に動いていた。
「叢雲様、少々冷たいですが、我慢をなさってください」
「寒いとは思うが、構わないな」
「助かるわ。余計なことをしない方がいいわよ」
足下を凍らせて『沈没』から免れていた白雲と磯風が、その足場の範囲を着実に増やしながら叢雲の方へと向かっていたのだ。磯風が『空冷』で空気を冷やし、白雲が即座に『凍結』させれば、即席の道の出来上がり。
叢雲がこれ以上進めないように、脚を『凍結』させることで動けなくした。これは『操縦』であっても動かすことは不可能である。
「仲間にこのようなことをするのは心苦しいですが」
「いいわよ。むしろ手も凍らせておいて。槍を投げさせられたら困るから」
「承知いたしました。離さないように固めておきましょう」
「凍傷は自己修復でどうにかなる、と思いたいわね。もう痛いくらい冷たいわよ」
これで叢雲も無力化出来た。近接戦闘が可能な者は一応の静止を見せている。とはいえ、神風は刀が使えないだけで自由ではあるため、まだ安心は出来ない。刀の扱い方に気付かれたら、白雪はこの場で終わりである。
「くそっ、あいつら……」
黒い空間に入ることが出来ないため、深雪は歯痒い思いをしていた。こうなったらもう煙幕しかないだろう。これだけの大きな空間を埋め尽くすには、時間もかかるし消耗もそれ相応にある。だが、躊躇っている暇などない。
「特異点は動くな」
しかし、敵は次の一手も繰り出してくる。『凍結』で動きを止めてもらった叢雲以外の『操縦』を受けた仲間達が、一斉に動き出す。白雪と同じように自分の首に手を添えて、絞めようとしているのだ。神風は役に立たないと刀を投げ捨てさせるまでしている。
「最初からこうしていればよかったんです。
この期に及んで未だに人質を使って時間を稼ごうとしている。深雪が優しいからこそ、この手段が罷り通るというのに。これで深雪が非情であり、仲間の死など考えていなかったら、どうやっても時間稼ぎにならない。
他者の優しさを逆手に取った、最も姑息で陰湿な手段である。
「テメェら……」
「特異点が屈服しないことで、彼女らは死ぬことになるでしょう。それでも良ければ動けばよろしい。ですが、貴女には出来ない。全ては貴女がそこにいるのが悪いんですよ。生きているだけで罪。貴女の仲間は、貴女のせいで死ぬんです」
「何が平和だ。何が正義だ。自分の都合が悪くなったらこっちが悪だと言いやがって。巫山戯るのも大概に……電?」
黒い空間を避けるため、憤慨している深雪の隣まで離島棲姫と移動してきた電だが、もう言葉も無かった。泣きそうな顔をしていたのも束の間、スンと静かに暗い表情をしていた。
「……もう、我慢の限界なのです」
電がポツリと溢す。その拳は、血が出そうなくらいに握り締められ、これ以上ないくらいに怒りを感じているのがわかった。
自分がされるのならまだここまでの怒りにはならないだろう。普通の戦闘であってもここまでにはならないだろう。だが、仲間を操り人形にした挙句、自分の意思で仲間を自害に追い込みながら、その罪を全て深雪のせいだと本心で言い放つ軽巡新棲姫に対して、ついに堪忍袋の緒が切れた。
電から、明確な敵意が溢れている。あの人間は救えない。何をやっても変わらない。
もう、話し合いでは済まない。命を奪うことを躊躇う必要もない。捕らえるという選択肢は、完全に消え失せた。
「深雪ちゃん……ごめんなさい。電、もう、本当にあの人達が許せません。仲間にあんなことをさせて、自分の手を汚そうともしないで、やりたい放題やって、それを全部深雪ちゃんがいるからだって」
「電……ああ、あたしもアイツらは絶対に許さねぇ。でも、何かやれそうなことはあるか」
「思いついたのです。そのためには……力を貸してください」
「……え、えっ、私!?」
ここで電が選んだのは、素人の離島棲姫である。ここで深雪も察した。
「そうか! アンタ、『操縦』の力持ってんだろ!」
そう、離島棲姫の持つ曲解は『操縦』。ついさっき出来損ないを操って深雪達を待ち構えていた経験が、ここで生きる。
「そ、そうだけど、私の力は私が触れないとどうにも出来ないわよ?」
「大丈夫なのです。それを、深雪ちゃんと電で大きくするのです」
それはグレカーレの『羅針盤』でやったことと同じ。煙幕にその力を混ぜ合わせ、この空間に一気に拡げる。深雪だけの力では足りないが、電が手伝えば更に早い。
「すぐにやります。お願いします。電の手を」
「わ、わかった。切羽詰まってるのよね。なら、力を貸すわ。どうすればいいかわからないけど、とりあえず!」
離島棲姫が電と手を繋ぐ。
「深雪ちゃん、電の──補助装置の力を合わせて、煙幕をすっごく強くするのです!」
「ああ、ありがとな!」
電のもう片方の手をしっかりと掴む。すると、電が橋渡しとなり、離島棲姫の『操縦』の力が大きく増幅されて深雪の中へと流れ込む。それは深雪や電を操ろうとすることではない。深雪と電に自分の力を託そうと考えた、離島棲姫のわからないけど信じている心。
それだけ心を許してくれているのならば、深雪は十全の力でそれを扱えるだろう。電から託される力も、これまでにないほどに強い。電の怒りと悲しみが、それだけの力を発揮させている。
「これくらいの場所、あたしが一瞬で埋め尽くしてやる」
「何をするつもりだ特異点。お前の仲間がどうなっても」
「黙っていてください」
電の怒りのこもった低い声に、軽巡新棲姫の言葉が止まる。
「もう、聞きたくありません。自分の都合のいいことばかり言って、周りを悲しませるだけの人の言葉なんて、もう、もう二度と、聞きたくありません」
「だから、みんなを助けて、テメェらを黙らせてやる。くだらねぇことばっか言ってんじゃねぇぞクソ野郎が」
バッと手のひらを仲間達の方へと向ける深雪。今なら行ける。どれだけ広かろうが、どれだけ時間に追われていようが、間に合わない理由などない。
「みんなを救うのです! 救って、そのあとは!」
「奴らを、ぶちのめす!」
そして、その手から一気に煙幕が溢れ出た。