後始末が終わって洗浄後、すぐに就寝時間となったうみどりの朝は、いつもよりも少し遅い時間の始まり。総員起こしもなく、朝食も自由な時間に食べればいいというカタチになっていた。
小規模であっても清浄化率の維持は確認する必要があるので、この一日はこの場に停泊することになる。次の現場に向かうための出発は夜。
「2回目のぶいあーるの訓練は今日の午後だったよな。そろそろ相手を決めないと」
朝食をもふもふと食べながら電と話す深雪。電もまだ誰を相手にしたものか決めかねている状態なので、小さく頷いた。誰を選んでもいいと言われても、それは逆に迷うというもの。
「やっぱりタシュケントを想定した訓練がいいんじゃないかって思ってんだよね」
「電もなのです。その、やっぱり身近な人達とやるのは怖いのです……」
「まぁな……。誰を相手にしてもな」
深雪も電も、選択肢の中で特に順位が高いのが、相手をデータ上のタシュケントにすること。
仲間達に手伝ってもらうのも構わないのだが、仮想空間でやるのは空想の
それを多少なり軽減するために考えたのが、本人ではなくデータと戦うことである。データならば、生々しい形状をしている
これから会うかもしれない相手のダミーとの演習になるので、本人と顔を合わせたら罪悪感が出かねないのだが、万が一敵対された時の想定が出来るのなら、仲間と戦うよりは前を向ける。
「よし、あたしは決めた。決めたぞ。あの中のタシュケントを相手に訓練をする」
深雪はこれで決定。午後からではあるのだが、もうこの考えを変えるつもりはないと電にも宣言した。
「電は……もう少しだけ、もう少しだけ考えるのです」
「ああ、まだ時間はあるからな。でも、決まらなかったらあたしと一緒にしようぜ」
「そう、ですね。考えるだけ考えて、本当に決めることが出来なかったら深雪ちゃんと一緒のを選ぶのです」
ここはどうしても迷うところであるため、電が決められないことなんて咎めることはない。最後に自分の意思を見せることが出来ればいい。
しかし、時間も無限ではないため、もしタイムオーバーとなってしまっても、その時のために決定された道も提示しておく。訓練出来ないということだけは避けたいからだ。
「午前中はタシュケントちゃんの情報を調べる、というのはどうでしょうか」
ここで電の提案。タシュケントについて事前に調べておくことで、VR訓練の勝率を少しだけでも上げようという算段。
いきなり知らない相手と殺し合いの演習をするだなんて、不安要素が次から次へと想像出来てしまう。
「いいな、それ。電冴えてんなぁ」
「そ、それほどでもないのです」
深雪はぶっつけ本番の気持ちしか無かったので、こういった有意義な時間の使い方を提案してくれる電を、深雪は素直な気持ちで尊敬した。やはりお互い支え合うことが重要だと改めて実感し、そんな電を守っていきたいと心の内で再び決意する。
「そういう資料なら、ハルカちゃんかイリスなら知ってるよな。飯食った後に聞きに行くか」
「なのです! まだちょっと怖いけど、電も頑張るのです」
演習という行為自体がまだ怖い。だが、一緒なら進むことが出来る。深雪も電も、手を取り合って先に進む。
しかし、その予定は簡単に崩れるものである。
突如うみどり内に響く警報音。食堂は騒然とする。
「なんだなんだ、また深海棲艦が襲撃か!?」
昨晩と同じことを朝からもしてきたのかと警戒するが、その後のイリスの放送で、仲間達はさらに騒然とする。
『接近する艦影を発見……警戒態勢に入って。その、相手は
警報は鳴らしたものの、敵ではないというのがわからない。ただ、イリスの声色が困惑に染まっていることは誰もが理解出来た。
接近してくるのが深海棲艦ならば、すぐさま出撃準備をさせるように話すだろう。カテゴリーがRかMであることもすぐに伝えるはずだ。しかし、それをすぐに言えないということは、イリス的にもあまりにも想定外な存在が現れたということ。
『……こちらに向かってくるのは……タシュケントよ』
工廠の門が開き、向こう側の海が見える状態になる。昨晩の後始末のお陰で綺麗な海に戻り、清浄化率も維持出来ていることがわかる。
流石に全員で出迎えると多すぎるので、代表者として伊豆提督とイリス、そして説得が出来るかもしれないということで深雪と電、さらには相手が駆逐艦であるため神風がタシュケントの来訪を待つ。
念のためということで、艦娘の三人は艤装を装備。タシュケントは白旗を振っているかもしれないが、完全な無防備ではない。当然自分を守るために兵装まで装備している。工廠に招き入れた途端に攻撃を受けるだなんてことになったら困る。
「……本当にいるわね」
伊豆提督ですら、この展開は予想していなかった。
イリスの目からも見えない場所から後始末を監視し、接近しようとしたら追いつけない速度で逃げ回るような相手。調査隊の呼びかけにも応じず、深海棲艦が現れても無視して撤退するレベル。
そんなタシュケントが自らここに現れるのは考えられなかった。また監視をしていることが確認出来たら、何度も根気よく呼びかけるつもりだった。
しかし、今タシュケントはここに向かってきている。しかも、
「
交戦の意思は無いと示すかのように白旗まで振って。今までの逃亡は何だったのかと思わせるその行動は、伊豆提督を困らせるには充分だった。
「イリス、あの子のカテゴリーは?」
伊豆提督の隣に立つイリスは、今でも信じられないような表情でタシュケントを見ている。ここまで近付いたら、流石にその彩も間違えようが無い。
「……
耳を疑う発言。深雪達と同種のカテゴリーWでも、敵性艦娘であるカテゴリーMでも無い。第三次深海戦争になって一人たりとも見つかっていないドロップ艦、人類に友好的な純粋な艦娘であるカテゴリーB。
今になって現れるだなんて、もう考えていなかった。過去の人類の過ちによって、海は全て人類に牙を剥くモノを生み出すようになってしまっていたのだから、こんなカタチでまた出会えるなんて思っていなかった。
「カテゴリーBってことは、あたし達とは違うってことか」
「ええ、Wとは違うわね。でも、今の海がカテゴリーBを生み出すようなことは無いと思うのだけれど……」
イリスとしても、ここでカテゴリーBが現れるのは想定していなかった。タシュケントは何か思惑のあるカテゴリーWか、もしくは呪いを受けながらも理性を持つカテゴリーMのどちらかだと思っていたからだ。
思い込みは良くないと思いつつも、やはりこの段階でカテゴリーBはなかなか思いつかない。
そうこうしているうちにタシュケントは工廠の中まで入ってきた。白旗もここに来たら流石に振るのはやめて、にこやかな笑顔を見せながら今度は手を振ってきた。
「
やけに明るいようにも思えて、一層警戒が強くなる。あちらからは攻撃の意思は見えないようだが、そこから突然何かしてくるかもしれない。深雪と電はさておき、神風は主砲を強く握り締めた。
「先に言っておくけど、あたしに攻撃の意思は無いよ。そうじゃ無かったら白旗なんて振らないしね」
「それはそうね。でも、どうしても警戒してしまうの。アナタ……何者?」
危険ではあるが、うみどりの代表として伊豆提督が矢面に立つ。いきなり攻撃してきたとしたら、真っ先にやられるのは伊豆提督になるだろうが、だとしてもうみどりの意志を見せるためには、前に出なくてはならない。
こうしてここまで足を運んできたということは、話をするためのはずだ。いきなり危険な目に遭うことはないはず。
「そうだねぇ、ちょっと腰を落ち着けて話したいなって思うんだけど、ほら、お互い物騒なモノを持ってたら落ち着けないでしょ。艤装、下ろさない?」
あくまでも軽い。しかし、神風は勘付いている。
このタシュケント、
「それでいいのならお願いしたいわね。ピリピリしたくないもの」
「
「ええ、それくらいなら」
それがわかると、タシュケントは素直に艤装を下ろした。見知らぬ艤装が来たので、主任も少々困惑気味だが、伊豆提督が約束を違えないようにただ置いておくだけにしてほしいとお願いした。主任も快諾して、誰の手にも触れないように奥へと運ばれていった。それがわかればある程度警戒は解いてもいいと、深雪達も艤装を下ろすことに。
カテゴリーBであれど、艤装のない状態ならば人間とほぼ変わらない。今のタシュケントは、見た目通りと考えていいだろう。勿論、ここで暗器を隠していると言われたら話は変わるが。
「執務室に行きましょ。その方が話しやすいでしょう。何か飲むかしら」
「それじゃあ、ウォッカ……は言い過ぎだね。コーヒーでも」
「わかったわ」
そのまま全員で執務室へ。艤装が無いから警戒しなくていいというわけでも無いので、なるべくその一挙手一投足に注意を払って。
執務室。客人を迎え入れるようにタシュケントには座ってもらい、伊豆提督が正面に。
「質問は一つずつにしていきましょうか。聞きたいことはありすぎるくらいなんだけれど」
「そうしてもらえると助かるね」
「それじゃあ早速。さっきの質問の答えからお願いしたいわ」
このタシュケントが何者か。カテゴリーBであることはわかったが、それ以上はわからない。艤装は下ろしているものの、それでも敵対を考えているのかどうか。
「少なくとも、
「信用してもらえるなら、それ以上ありがたいことは無いけれど、アナタの正体には繋がっていないわ」
「あれ、君達ならある程度わかってると思ったんだけど、そっかぁ、わからないんだなぁ」
たははと苦笑するタシュケント。本当にわからない伊豆提督は訝しげな表情を見せるものの、この表情から隠し事はしていないことはわかった。
まるで人類のことをよく知っているような発言。自分のことを知らないということに驚いている。
「あ、そっか。今あたし達は失踪してる扱いだったのか。当時の人達って大本営に残ってるのかな。データとか消されてるなら知らなくても当然だよなぁ」
「ちょっとちょっと、一人で納得しないでちょうだい」
「あはは、ごめんごめん。そこから話さなくちゃってことだね」
コホンと咳払いして、タシュケントは語り始める。
「あたしは、いわゆる
次回から、また人類の過去が紐解かれます。