「いい加減、この世界をなめてんじゃないわよ」
ダンと踏み込んだ瞬間、神風は阿手の間近にまで移動していた。重巡新棲姫の『磁力』では間に合わないどころか、その対象になっていたとしても力業で真っ直ぐ進んでしまう。神風はそれだけの力を持っていた。
「っ……」
「言葉詰まらせてんじゃないわよ」
刀を握り締める。今なら重巡新棲姫の『磁力』が自分に効いていないとわかった。ならば、刀は抜ける。そのまま斬ることが出来る。
一太刀で袈裟斬りにするほどの勢いがあった。誰も反応出来ない程のスピードが出ていた。
しかし、阿手も神風を対策していないわけがない。この一刀で終わるとは神風自身も思っていない。力の限り刀を振るうが、止められる、もしくは逸らされると考えていた。
今はまず、ここにいる全ての敵の力を見ること。奥の手まで引き出して、その上で確実に始末出来る手段を考える。これが勝利への道。
だが、想定外のことが起きる。
「えっ」
神風もこれは予想していなかった。
神風の刃は阿手に止められることもなく、その首を真一文字に斬り飛ばすことが出来てしまった。
「は?」
その光景を見た深雪も素っ頓狂な声を上げてしまった。ここまで逃げて逃げて逃げまくった阿手が、達人の神風による一撃でとはいえ、こんなに呆気なく終わるとは、予想もしていなかった。
だが、斬った神風も、注意力がある艦娘達も、その光景から次にせねばならないことを瞬時に予測する。
「気を抜かない! コイツ、
神風がそう言った瞬間、重巡新棲姫の『磁力』が神風を吸い付ける。その場に立っていられなくなり、阿手から強制的に引き離されることになってしまった。
同時に電が重巡新棲姫に向けて砲撃を放ち、グレカーレも飛行場棲姫が艦載機で邪魔をしないようにと本体狙いで突撃を始める。フレッチャーや叢雲も同様に、砲撃は放てなくなろうとも飛行場棲姫の次の行動を狭めるために攻撃の手は緩めない。
「白雲、磯風! 阿手を凍らせられるように!」
「空気は冷やしているが、白雲の攻撃が届かん!」
「鎖も短く、白雲の歩みを止められております……!」
2人の『凍結』により、阿手を止めることを神風が指示するが、阿手の位置が悪い。その攻撃はそう簡単には届かない程に遠く、飛行場棲姫が徹底して艦載機をばら撒いているため、神風程のスピードがない限り突破が厳しい。
「子日がいるよ」
ここで、『迷彩』によって姿を消していた子日がいきなり神風の隣を通過した。敵の目の前で姿を消すことになったが、それでも有用だと感じだから実行した。
姿が見えないということは、何処に艦載機を送り込めばいいかもわからず、『磁力』の対象とすることも出来ない。最初は姿を現していたために『磁力』で反発させられていたが、目に見えない今ならば、その縛りを回避出来る。
「うわ、子日も砲撃出来なくなってる。あっちの『ジャム』、割と範囲大きい!」
阿手の周囲は特に守られているのか、飛行場棲姫の『ジャム』によって子日は徒手空拳で戦わざるを得なくなる。ならば何をするか。神風によって斬り飛ばされた阿手の首を破壊する。
阿手がこうなっても死んでいないと言われて、一同が想像したのは、やはり現在軍港鎮守府で保管され、冬月と涼月に
原がそう出来るのなら、阿手が同じことを出来ないとは思えない。双胴艦であるかはわからないが、首が飛んでも生きているということは不可能ではないだろう。保険はいくらでもかける。阿手はそういうタイプだと予想がついた。
「見えていますよ、『迷彩』の力はこちらにもあるのですから、解析済みです」
突如、阿手の生首が話し出す。それだけではなく、首が無くなった身体の方が、『迷彩』で見えないはずの子日の前に立ち塞がった。
「げっ!? 気持ち悪い!」
そして阿手の身体は徐に手を正面に上げる。瞬間、何処にもそんなものがあったとは思えないような場所から激しい砲撃が放たれた。
今の阿手──集積地棲姫改は、艤装らしきモノを装備しているようには見えない。だが、それすらも隠していた可能性は充分に考えられる。
「まずっ、逃げるよ!」
子日は持ち前の身軽さによって驚異的な回避能力を披露。ほぼゼロ距離からの砲撃を、なんとかギリギリ耐え切った。しかし、完全な回避は不可能だったようで、直撃は免れたものの、身体中に傷や火傷が出来てしまっている。少し位置がズレていたら、腕そのものを吹き飛ばされていた可能性もあるし、身体も抉られていた可能性もある。傷がこの程度で済んだだけでも充分。
「全く、私が対策を取っていないわけがないでしょう。貴女のような、人を超えた敵がいることを知っておきながら」
子日が離れたところを見計らってら阿手の身体が落ちている首を拾い上げる。生首は平然とした顔で語り、そして小さくドヤ顔をしたように見えた。
神風の攻撃を受けてもこれで済んだからか、元の威勢が戻ってきているようだった。怒りを露わにしかけたが、今は自分の力を誇示出来たことで、また調子を取り戻しているようである。
よくよく見てみれば、この一撃を受けても、阿手はおかしいところばかりである。例えば、身体から
そう考えると、阿手は自らの身体をかなり違うカタチに改造しているのではと考えられた。全身が艤装のようになっている、とかならば、この事態も納得は行く。そして、それを深雪達は知っている。
「アイツ、艤装人間か……?」
裏切り者鎮守府攻略戦で、トーチカを攻略する際に現れた艤装人間。完全な深海棲艦ではあるのだが、姿形は艦娘であり、身体は艤装が組み込まれた機械的な存在。今でこそ敵意を失い、長い時間をかけた学習によって、軍港都市を守る新たな仲間となっている。
その艤装人間、明石が身体をバラすことが可能であり、生体部品もいくつかあるものの、かなりの部分が機械化されていることは確認出来ている。攻撃を受ける場所次第では血が出ないなんてこともありそうな身体。
阿手も同様に、身体そのものが艤装だというのならば、今の現象もギリギリ納得は出来た。艤装人間であり、かつ原と同様の生き方が出来る能力を持っているのならば、生首が語りかけてきても驚かない。知っているのだから。
「保険は何重にもかける。当然のことでしょう」
阿手は手に持っている自分の頭を首の上に乗せ、まるでパーツを嵌め込むように少し押し込んだ。すると、断面が綺麗にくっつき、傷一つなくなる。まるで攻撃を受けていなかったかのように。自己修復も依然として健在のようである。
「彼女らに守らせているのも保険ですよ」
「本当に生き汚ぇなテメェ。そこまでして、この世界で遊びてぇのかよ」
「これも世界を平和に導くためですよ。私が上に立ち、私の意のままに人々が生きれば、争いも起きません。ならば私のすることは、平和のための正義となるでしょう」
「そんなわけないのです。平和を目指しているのに、何故ここまで人の命を簡単に捨てられるのです」
「平和を作るには相応の犠牲も必要でしょう。無償で全てが解決するわけがない。ですが、彼ら彼女らは死してから気付くはずですよ。ああ、犠牲になって良かったとね」
「何故そこまで自分に都合のいいように考えられるのです……素直に言ってくれた方がまだマシなのです。自分が楽しみたいだけだって」
電もついに呆れてしまっていた。阿手はあくまでも世界平和のためだと
「その平和を破壊しようとしている特異点は、やはりこの世界にいるだけで罪でしょう。ならばここで死んでもらうしかありません。もしくは自ら身を差し出せば、仲間の命くらいは見逃してあげますよ」
「急に調子に乗り出したな。そういうところがテメェのクソなところだ。まだやり方はおかしいけど本気で平和を考えている出洲の方がマシだぜ」
出洲の名前が出たことで少しだけ表情が変わる。だが、すぐに戻る。
「テメェの言ってることは何も平和じゃあ無ぇんだよ。そんなこともわからねぇのかよ。いい歳こいてよぉ」
「特異点にはわかるとは思えませんね」
「マジでさ、お前ら全員同じこと言うんだな。上に立つ奴がこんなポンコツだから、下につく奴もポンコツになるんだな。なんつーか、下の奴らが可哀想だ。あー嫌だ嫌だ。自分のことを正当化しか出来ねぇような奴。お前、これまで反省とかしたことないんだろうな」
「……ここ最近生まれたばかりの子供が、何を知った口を」
「煽り耐性ゼロかよ。そういうところもガキだな」
深雪は阿手を睨みつける。
「確かにあたしはテメェよりも生きてきた時間は短ぇよ。でもな、いいも悪いと見てきた。自分でいいことも悪いこともしちまった。悪いことをしたなら、ちゃんと反省もした。正当化なんかしねぇよ。叱ってくれる大人もいたからな。仲間がいたからここまで来れた。テメェみたいに、自分のことばっかりで悪いことも悪くないと突っぱねて、自分勝手に生きてきてねぇ」
何を言ってもお前には伝わらないだろうけどな、と付け加えて、阿手を見下すように鼻で笑った。
「元凶はお前だ、お前以外は救えるだけ救ってやる。でも、お前は絶対に救わない。お前こそ、この世界に必要ない、生きているだけで罪ってヤツだ」
「なのです。電も、今回ばかりは呆れて救う気にもなれないのです。さんざん深雪ちゃんが言われてきたこと、全部貴女にお返しするのです。だから──」
深雪と電は、キュッと手を握った。そこから煙幕が溢れ出す。
「終わりにするぞ」
「終わりにするのです」