「終わりにするぞ」
「終わりにするのです」
手を握り合った深雪と電は、阿手に向けてその手を突き出す。そこからは煙幕が溢れ出し、阿手に向かって伸びていく。
その煙幕に込められた願いは、優しい願いとは言えないかもしれないモノ。この世界を蝕む、明確な悪を退治すること。阿手に対しての呆れ、蔑み、そして憎しみ。これまでさんざんやられたこと、自分だけでなく、仲間を、無辜の民すらも手にかけたことを後悔させるために、怒りをも含めた煙幕を解き放つ。
特異点としては褒められたモノではないかもしれない。だが、阿手はそれほどの存在である。深雪どころか、心優しい電ですら生きていてはいけないと真剣に考えた相手。特異点が2人揃って極刑以外無いと決断しただけある。ここに吹雪がいれば口を利くことなく手にかけていたと思えるほど。
「煙程度で終わりとは。お遊びも大概にしてもらいたいですね」
阿手が合図を出すと、重巡新棲姫が小さく頷き、艦載機を支える手を前に翳した。その瞬間、深雪と電を突風が襲う。その風はやたらと冷たく、そして強い。
「『空冷』まで備えてやがる……!」
「煙幕が散ってしまうのです……!」
特異点対策も万全。『磁力』に続き、『空冷』まで発揮した重巡新棲姫は、阿手にはもう二度と触れさせないと、より妨害に適した位置へと移動。それを止めようと砲撃を放ったところで、『磁力』によって逸らされる。これは『空冷』との同時使用が可能であり、深雪のあらゆる攻撃を完全に封じ込めることになる。
「冷やしているのならば、この白雲が道を開き……くっ」
あちらも『空冷』をしてくれるのならば、『凍結』がより強く発揮出来ると、白雲が駆け出そうとしたが、飛行場棲姫がそれを見逃すわけがなかった。進路を妨害するかのように飛んできた艦載機が、またもや壁となって襲いかかる。射撃も放ってくるため、回避に専念しなければ進むどころか後退すら難しくなる。
実際、白雲はこの壁からの射撃の何発かを掠めていまい、顔を顰めていた。白雲を止めるための艦載機の密度が先からさらに上がっている。巨腕にしても『凍結』で止めることが出来てしまったことで、敵から見た危険度がこれまで以上となっていた。
白雲はこの中でも止めねばならない存在。その考えから、これだけの艦載機を使っている。むしろ、氷漬けにしたはずの艦載機も既に氷から脱出しているというのが問題である。
「チィ……彼奴の艦載機にも『燃焼』が使われているのかもしれませぬ。でなければ、ここまで早く艦載機が抜け出すことなど出来ませぬ……!」
「白雲、ひとまずその壁も凍らせるぞ!」
「はい、磯風様、力添えの方、お願いいたします!」
やはり白雲は磯風と組んで状況を打破する方針。『空冷』と『凍結』の連携は、壁と化した艦載機の群れを一時的にでも機能停止に追い込むことが出来るのは、使わない手がないほどの有効な手段である。
短くはなったが、鎖を振り回しながらところどころを凍らせ、艦載機の動きを阻害し、少しでも時間を作るように尽力する。
「いい加減、周りの連中もどうにかしたいんだけどさ……っ」
「近付けないわね本当に!」
せめて艦載機が無くなれば戦いやすくなるのではと考えたものの、飛行場棲姫は身の守り方が非常に上手い。本来ならば持てない量の艦載機を搭載し、自分と阿手を守りながらも、重巡新棲姫に目を向け、厄介な連携を常に見せつけてくる。
「くそっ、煙幕も無理かよ!」
「対策ばかり取られているのです……学んでいるというのは嘘では無いようなのです」
「やってるのは側近の方だけどな!」
阿手ならば、側近の力は自分の力だとドヤ顔しそうだが、深雪はそれを認めてやらない。
「持ち場を変えましょう。梅さん、重巡の方へ!」
「うぇっ!? わ、わかりましたぁ!」
フレッチャーの指示を聞き、梅が重巡新棲姫の方へ。狙いは非常に簡単なことである。重巡新棲姫の持つ艦載機を破壊することだ。あの『磁力』の力が発揮される時、艦載機が毎回目を輝かせていた。本人の力かもしれないが、その源は艦載機にあると考えたのだ。
梅の『解体』ならば、触れることさえ出来てしまえば確実に破壊が出来る。問題は、そこにまで辿り着けるかどうか。
「私は変わらず飛行場に行きます! 神風さんは!」
「重巡を始末するわ。阿手のドヤ顔が腹立つけど、あれを曇らせるためにはまず重巡をどうにかしないといけないわ」
相変わらず『磁力』によってまともに進むことは出来ていないが、それに少しずつ
「深雪、電、煙幕は出しておいてちょうだい! その願いはなんでもいい!」
「今も出してる! 風で吹っ飛ばされてるだけだ!」
「2人がかりでも、風には勝てないのです……あ、そうだ!」
ここで電が1つ思いついた。それは、自分が覚醒した時のこと。
「深雪ちゃん、煙幕を自分で吸うの、やってみましょう!」
「軍港で電が強くなった時の奴か……! それなら風で吹っ飛ばされないもんな。やってみるか!」
ここが海の上ならば、トーチカとの戦いで出来た海に浸透させて力を発揮するという裏技が使えただろうが、ここは陸だ。流石にそこに煙を浸透させることは出来ない。
なので、吹き飛ばされる前に自ら煙幕を吸うことで、その願いを自分に与える。優しい願いならば叶うのだから、やらない手はない。
「この世界を平和にしたい!」
「そのためには、今をどうにかする力が欲しいのです!」
「頼むぜ、今ここをどうにかしないと、全部ぶっ壊れちまう!」
手を繋いだ2人の手から、煙幕が溢れ出す。それを前に向けて撃つと、それは突風で掻き消されてしまうだろう。だが、今度はそうしない。
互いにその煙幕を顔の前へ。まるで2人で手を組んで祈っているかのような姿になる。
「おや、神頼みですか?」
「アンタは黙ってなさい。何も知らない分際で、特異点を知らずに罪と言い続けるような愚か者が、何か言う資格はないわ」
阿手の一言に対して、神風は怒涛のように言葉を並べ立てた。ただ一言喋るなというだけでは足りない。阿手もそこまで言われたことで肩を竦め、鼻で笑った。
煙幕をばら撒けば、仲間達にその効果を与える。だが、煙幕を吸えば、自分達に
今回ばかりは自分に使う。この戦いに勝利するため、この世界の平和に一歩近付くため。
自分のやっていることが絶対に正しいとは言い切れないと、かつて深雪は別個体の自分に語った。だが、今は違う。阿手をここで止めることが平和に向かうための正しい道だと確信を持てた。
だからこそ、今は特異点としての力を自分に使う。
「あたし達には、あんなふざけた力はもう効かねぇ」
「引っ張られも、引き離されも、しないのです」
煙幕を吸い、身体に纏うように湧き立たせた2人は、手は繋いだまま特異点の力を発揮し続ける。こうなれば少なくとも2人にだけは煙幕の力が吹き飛ばされることはない。
ここからまた仲間のために飛ばそうとすると、『空冷』の力をモロに受けることになるだろうが、今だけはそうしない。この戦いに勝つために。
「ほう、もしや、仲間を見捨てて自分だけが生き残るようにしたのですか?」
そんな2人を見て、阿手は余計なことを言う。
自分にのみ煙幕の効果を与えるということは、すなわち仲間への煙幕を捨てたということになる。
故に、深雪も電も、その仲間達も、盛大に溜息をついた。
「テメェと一緒にすんなクソババア」
深雪の第一声。そして、返しを待つことなく電と共に動き出す。
狙うのは重巡新棲姫。飛行場棲姫の『装甲』艦載機より、やはり『磁力』の方が厄介であるため、先にそちらに狙いを定める。
手を繋いだままでも、2人の息は完全に合っていた。全く同じタイミングで踏み込み、全く同じ力で前へと蹴り出す。全てが同じ。
手を繋いでいるからこそ、互いの煙幕が互いを循環し、2人なのに1人のように行動が出来ていた。
「仲間を見捨ててまで戦う貴女とは、違うのです」
「あたし達は、みんなを戦いやすくするために動くだけだ」
「だからこそ、まずは電達だけでも戦えるようにするのです」
重巡新棲姫は『磁力』により2人を寄せ付けないようにしているのだろう。しかし、深雪と電にはそれが効かない。煙幕の力を纏っており、そこに含まれている願いが「今の戦いをどうにかすること」という曖昧ながらも仲間のために動けるようにする願いだ。故に、何があっても止められない。特異点の願いは、叶っている。
「お前がやられてくれれば、仲間は動きやすくなる。悪ぃけど、先にやられてくれ」
「貴女も洗脳されているのなら、解放してあげたいのです。抵抗は仕方ないですが、でも、電達は、貴女を救いたい!」
「お前は殺さねぇ。ただ、黙っててくれりゃいい!」
引き離すことが出来ないことで、重巡新棲姫の目は驚愕で見開かれた。だが、それだけで攻撃の手を止めることはない。
むしろ、そうなることも想定しているかのように、飛行場棲姫の艦載機が2人の進行を阻む。『磁力』と『空冷』には対抗出来ていても、そもそもが破壊出来ないモノはどうにも出来ない。だが、今の2人は
「悪いな。あたしの主砲は、詰まらねぇ」
消し飛ばす砲撃を放つ。装填不可能になる『ジャム』の曲解も無効化していた。飛行場棲姫も驚愕に目を見開く。
「『装甲』はぶっ壊せねぇ。でもな」
「弾き飛ばすことくらいなら、出来るのです!」
消し飛ばす砲撃ですら、『装甲』の曲解は無傷で耐えてしまう。だが、衝撃は耐えられない。その結果、深雪と電を止めることは出来なくなった。
道は開いた。故に、重巡新棲姫はもうすぐそこ。
「無論、それも対策していますとも」
だが、重巡新棲姫の手には、『舵』が握られていた。