仲間達の連携により、叢雲の拳が飛行場棲姫に届いた。これによって『標準型』の曲解が発動。飛行場棲姫の持つ全ての曲解は無効化され、ただの深海棲艦、
しかし、これを発動したということは、叢雲はこれで力尽きる。飛行場棲姫にニヤリと笑みを浮かべると、その場に膝をついた。
だが──
「気を失って……堪るもんですか……!」
叢雲は根性で意識を保った。トーチカの際は、特異点の力を借りたとはいえ、敵の鎮守府全体を包み込み、そこにいた敵さえも全てを無効化したからこそ、その場で気を失って倒れた。それより以前にも主任や明石に調べてもらい、使ったら倒れると言われていたのだろう。
だが、叢雲とてこれまで鍛え続けている。トーチカの時とは違うのだ。そのおかげで、敵1体程度では気を失うことを堪えることが出来ていた。消耗は激しいものの、踏ん張って立ち上がりもしている。槍を支えに使うまでしているが、自分の意思で動けないわけではない。
「叢雲さん、無理はなさらず」
そんなフラフラな叢雲にフレッチャーが駆け寄った。いつ倒れてもおかしくない状態なのは一目瞭然なのだから。
「アイツが、阿手が始末されるところを見るまでは、私は倒れないわ……っ」
叢雲を奮い立たせているのは、それである。憎き相手──叢雲の人生を破壊した者の黒幕──が無様に散る様を、話だけではなくその目で見たい。ただそれだけのために、根性を見せたのだ。
これは、ここにいる誰もがわかる感情。どちらかといえば負の感情ではあるのだが、ここまで長々と妨害し続け、人様の人生を狂わし、好き勝手に振る舞ってきた愚かな者の終わりは、見られるのなら見てやりたい。
「あんな、仲間がこんなことになってるのに何も言わないような、奴は……っ」
睨み付けるように阿手に目をやった。だが、その状況を見て、表情が一変する。
「どうせ死んでないでしょうけど、その減らず口だけは黙らせておくわ」
重巡新棲姫が『磁力』を引き離しに切り替えた瞬間に、神風が阿手の頭を再び斬り飛ばしていたのだ。しかも今回は首ではない。上顎から上。その奥にある舌も見事に両断していた。
神風自身、『磁力』に慣れてきたと口走っていたが、ほんの少しの隙が見えた瞬間にこの立ち回りである。阿手も神風の行動が見えていない。気付いたら近付かれており、そして回避する暇すら与えられずに頭がおかしなカタチで斬られている。
これがあったから、飛行場棲姫のピンチに声も出ていなかった。阿手の持つ『電探』は周囲の仲間にその情報を展開することが出来ず、何かあった時は声を上げる必要があったようだが、その声を神風が先んじて封じていたようである。
「っ、ひゅ……っ」
「貴女がどんな力を持っていても構わないわ。ただ、とりあえず声は聞きたくないからそこで斬っておく。ついでに、こっちも確認しておく」
冷ややかな目で見下した後、残った身体は縦に一刀両断。『装甲』も無いようで、弾き返されるようなことはなく、ただ単純に斬られるのみであった。
「……血が出ないわね。貴女の身体どうなってるのよ」
だが、阿手はそれだけのことをされても苦悶の表情は愚か、血すら流さない。艤装人間と同様だとしても、人間──というより
真っ二つになった身体が蠢くと、その断面がくっついていく。そして、斬られた頭を拾い上げ、再び接合した。『修繕』の曲解か何かにより、修復が異常に速い。
「全く、野蛮なやり方ですね」
「自分の基地に水爆仕込むような奴に言われる筋合い無いわ」
もう一度斬ろうとした時には、重巡新棲姫が『磁力』を引き寄せに切り替えたため、神風はそれを中断させられることになってしまう。
「高次の存在となった私は、死すらも超越しているだけです」
「それなら、貴女がここにいる状態で水爆を爆発させてもいいでしょうが。それをしないということは、貴女は不死じゃない。例えば、核の汚染には耐えられないとかかしらね。じゃあ、次はサイコロステーキにするわよ。死なないなら別に構わないわよね」
「出来るものなら」
神風は恐ろしいことに引き寄せにもう耐えていた。本来ならば重巡新棲姫に引き摺られてでも引き寄せられるのに、大分踏ん張っているようだがその場から動いてもいない。足下がミシリと音を立てるほどに力を入れている。
しかし、前進は出来ない。引き寄せる力と拮抗出来るだけである。目の前に阿手がいるのに、攻撃することすら出来ないでいるのは、神風としても内心歯痒い。
「深雪、そいつ頼むわよ。私がこの馬鹿を見ておくから」
「悪い。さっさと終わらせる!」
飛行場棲姫の妨害が失われた今、重巡新棲姫は自力で全ての防御をしなくてはならない。『磁力』と『空冷』があるのはわかっているが、それで完全に身が守れるかと言われれば、なんとも微妙な状態である。
だが、重巡新棲姫の持つ曲解は、今は『磁力』と『空冷』の2つが披露されているのみ。飛行場棲姫が『装甲』『燃焼』『ジャム』の3種の曲解を持っていたことを考えると、もう一つ備えていてもおかしくない。それこそ、本人が一切のダメージを受けない可能性すらある。
「出来るなら降参しておけ。悪いようにはしねぇよ」
「貴女の命を奪いたくは無いのです。だから、もうやめてほしいのです」
そう言いながらも、深雪も電も突撃する足は止めない。邪魔な艦載機もないため、今ならば容赦なく重巡新棲姫に攻撃が叩き込める。だが、命を奪うための主砲は今は封じていた。阿手はともかく、重巡新棲姫は未だ利用されている可能性がないとは限らない。
「深雪、電、そいつ自身に『舵』はついてないわ。そいつは自分の意思でこの馬鹿についてるわよ」
これまで見てきた一部の者のように、『舵』による強制はされていないようである。ということは、しっかりと丹念に教育を施され、阿手にどのような扱いをされたとしても文句の一つも言わない。捨てられても納得するような歪んだ性格になっている可能性もある。
「そうかい。それなら、尚のこと遠慮はいらねぇな」
「まだ反省出来ると思うのです。だから……!」
電は目を見開いた。重巡新棲姫の持つ艦載機、『磁力』の曲解の源とも言えるそれに、これまで破壊された『舵』の破片がビッシリと張り付いていたのだ。引き寄せにスイッチした際に、大雑把に周囲の金属全てを引き寄せたようである。
特異点の煙幕によって『磁力』の影響を受けなくなったことで、自分以外への影響力が見えない部分があった。仲間が引き寄せられたり引き離されたりするのは目に見えるが、破壊した後の破片までをも引き寄せているのはピンと来なかった。
「深雪ちゃん避けて!」
「んなっ、こいつ!?」
気付いた時には再び引き離しにスイッチ。その瞬間、破壊された破片が深雪と電に向けて一気に撒き散らされた。それはもう殆ど散弾の類。破片は粒のように小さくとも、それを纏めてぶつけられたら相応にダメージを受ける。
目に入ったらまずいと、深雪と電は顔をガードする。2人には自己修復がないため、何か起きた場合、待ってれば治るなんてことはないのだ。故に、破片が刺さってもまだマシな四肢はガードせず、その目だけは死守した。
そして重巡新棲姫はそれを待ち構えていたかのように、これまで一度も使ってこなかった主砲を構えていた。
深海棲艦の砲撃は、ただそれだけでもとんでもない火力を持つ。重巡新棲姫のそれも例外ではない。
「喰らえ……っ」
放たれた砲撃は、『磁力』の引き離しにより弾速が更に加速していた。本来ならば避けられても、その速さには簡単にはついていけない。
「喰らうかよ!」
「手伝うのです!」
そこで深雪は、質量のある煙幕を展開。電の助力もあり、『空冷』の風があったとしても、一瞬だけは展開出来た。直撃を受けるよりはマシだが、その衝撃はとんでもなく、どうにか近付こうとしていた2人はその場から吹っ飛ばされてしまった。
「大丈夫か、電!」
「な、なんとか……煙幕が少しでも展開出来てよかったのです」
「すぐにそれも飛ばされちまったけどな……でも、すんでで砲撃だけは耐えれたぞ……!」
元いた場所よりも後方に飛ばされた2人だが、どうにか大きなダメージだけは回避出来た。地面を転がされたようなものなので、そのダメージだけはどうしても出来てしまうが。
「しぶとい……っ」
「悪いな、それがあたし達の取り柄だもんでよぉ」
「簡単にやられたら、誰も救えないのです……!」
ならばと重巡新棲姫は再び主砲を構えた。だが、ここまで特異点に近付かれたからだろう、これまで見えていた周りの1つが、見えなくなっていた。
「あっちが終わったんだからさぁ、あたし達も参戦出来るんだよ!」
飛行場棲姫に向かう必要が無くなったことで、すぐに切り替えて重巡新棲姫の方に向かっていたグレカーレが、その拳を振りかぶって突撃していた。
阿手はこのことをまた伝えられていない。引き離しにスイッチした瞬間、神風がまたその口を利かせないようにするために頭を叩き斬っていたからである。どうせ死なないだろうけどと、今度は喉。喋ることを重点的に潰していた。
「こんのっ、ぶっ飛ばしてやる!」
「こっちの、セリフだ!」
重巡新棲姫は引き離しの対象にグレカーレを追加。振り上げた拳は反発によって前に出すことが出来ず、逆に後退させられる。
「くっそ、こっちはデカいからなーっ! でも、あたしに注目させてよかったよ。ミユキ、イナヅマ!」
「おう、ありがとなグレカーレ!」
「今なら、行けるのです!」
グレカーレに視線を引きつけ、その間に深雪と電で突撃。『磁力』が効かない2人ならば、このまま押し倒せる。
「来るな!」
だが、まだ抵抗は終わらない。砲撃が残っているため、2人に向けて乱射するように撃ち放つ。絶対に前に進ませないという強い意志をぶつけるかのように。
それは流石に回避せざるを得ない。すぐ散らされるモノの、一瞬は使える煙幕を駆使してどうにか防ぎ、爆炎に身を焦がしながらも致死的なダメージはどうにか避けた。
そして、グレカーレと特異点、2つの場所に意識を集中させたことで、
「タッチ」
全ての攻撃をどうにか避け、引き離しの対象から逃れることが出来た梅が、重巡新棲姫の懐に潜り込んでいたのだ。
「これが梅の、最後のお仕事です。これが一番、大事大事、ですねっ!」
タッチしたのは、重巡新棲姫の手に持つ艦載機。『磁力』の力の源。
「今日だけでどれだけ壊したんですかねぇ……でも、お役に立てました」
重巡新棲姫は気付いた瞬間に引き離しを使って梅をふっ飛ばしたが、時すでに遅し。既に触れられているため、その力で梅が引き離されるのを最後に、艦載機は脆くも崩れ去った。
これにより『磁力』も攻略完了。ジリ貧から一転、勝利に王手をかけた。