後始末屋の特異点   作:緋寺

852 / 1163
暗躍する悪意

 離島棲姫が阿手に狙われていると気付いたグレカーレが救おうとしたのも束の間、その離島棲姫に脇腹を刺されてしまった。それだけでは終わらず、それを守っていた響と白雪も、グレカーレを見下すような目で見つめる。

 そして、響が髪を掻き上げたその先、首筋には、『舵』が張り付いていた。

 

「それ、あ、アンタ……っ」

 

 グレカーレが悔しそうな表情を見せる。対する響は冷たい表情。グレカーレのことを敵としか見ていない目。『舵』によって洗脳されているとわかれば、この表情も嫌というほど理解出来る。軍港都市で、仲間からさんざん向けられた目。ドロリと濁った、沼のような瞳。

 白雪も離島棲姫も、同じようにグレカーレのことを同じ目で見つめていた。離島棲姫はグレカーレの脇腹に刺さったナイフをグリグリと抉る。

 

「っぐぁ……こ、の……っ!」

 

 グレカーレはすぐさま離島棲姫を剛腕で払い飛ばす。深海棲艦の身体とはいえ、艤装を失っているのだから、それを耐えることが出来ずに地面を転がされた。

 だが、そんなグレカーレを響が蹴り上げるようにすると、その上半身を押さえつけるように拘束する。未だ剛腕は健在かもしれないが、真正面から、両腕を掴むように。

 

「じっとしていなよ。君も真理を知る権利を貰えるんだ」

「ふっざ、けんな……! 誰がそんなことを頼んだ!」

 

 大声で叫ぶが、ここでグレカーレは違和感を覚えた。これだけのことが起きているのに、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……アンタの力か。ここ全体を『迷彩』で隠してる……じゃないね。それならイナヅマが気付いてる。だったら……ここ一帯だけみんなの意識がいかないようにしてる……? それなら声も届かなくなる。『ジャミング』の一種、かな」

 

 目の前の阿手が少し驚いたような表情をしたが、ニヤリと笑って不正解と呟く。

 

 この阿手も曲解を持っている。だが、『ジャミング』のように狙った攻撃が外れるとか、距離感が狂うということもない。単に、決められた範囲が誰からも認識外になるというあまりにも隠密性の高い力。

 その力は、『隠遁』の曲解。非常に限られた制約を持つが、その分完全に認識外を作り出す、最強のステルス。

 

「相変わらず弱気だねぇアンタ。こんだけガッツリ隠れられるなら、そうしてる間にミユキを始末すりゃいいのに、あえて仲間を洗脳しに行くだなんて、性格捻じ曲がってるよ」

「出来ていれば苦労はしませんでしたよ。だからこそ、この手段を使うことにしたのですから」

 

 強すぎるメリットには、強すぎるデメリットも存在する。それが扱える時間が異常に短いということ。その時間、たったの10秒。その後は1分ほどのリチャージ時間が必要になる。連続使用が出来ず、リチャージ中に攻撃されたら意味がない。

 そしてさらに最大級のデメリットが、『隠遁』中は()()()()()()()ということ。隠遁は、孤立するということであり、自分から他に知られるような行為を禁じられる。故に、隠れながら攻撃して特異点を始末するなんてことが出来ない。

 

 阿手はこの曲解を知った時、何て使いづらいのだとこき下ろした。だが、何かに使えると思って()()()()していたところ、今回の使い方を思いついた。

 それが、誰かを守る者にこっそりと近付いて、『舵』を張り付けるというだけ。『舵』を張り付ける行為は、攻撃とは見做されないらしい。少なくとも阿手にとっては、これは()()なのだから。自分勝手だが。

 

「時間がありませんからね。さっさとやらせてもらいます」

「っの!」

 

 現時点で3秒経過。グレカーレは知り得ないが、阿手は短時間でどうにかする必要があるため、すぐさま動き出す。響が正面から拘束しているため、剛腕を掻い潜るように接近。

 当然グレカーレも抵抗する。相手が響であろうが、殴り飛ばしてでも拘束を抜けるため、剛腕を振り回そうとした。

 

「はい、どうぞ」

 

 だが、既に白雪の手がグレカーレの首筋についていた。

 

「ぎっ!?」

「私だけが持っているわけないでしょう。引き込んだ時点で、全員に渡していますよ」

 

 グレカーレの首筋に『舵』が張り付く。その瞬間、『舵』から爪が肌に食い込み、外れないように固定してから、中央部から針が伸び、深々と突き刺さる。

 

「あっ、が……!!」

「貴女には一度嫌な思いをさせられていますからね。是非ともこちらに来てもらいたかった。同じ轍は踏まない。今回は確実に、貴女は真理を知ることになる」

 

 響が拘束を外す。グレカーレは首の痛みで手を添えるが、急激に反応が変化する。

 

「いっ、あ、あぁああああっ!?」

 

 ビクンと大きく震えてから、大きく仰け反ったかと思いきや、膝から崩れ落ちる。『舵』が張り付いた首を押さえながら、息も絶え絶えのようで、前のめりに倒れかける。しかし、それもすぐに終わった。自分の手で地面に手をつき、ポタポタと汗と涙を溢した後、ゆらりと立ち上がる。

 

「さて、わかりましたね。世界の真理が」

 

 阿手の言葉にグレカーレは──

 

「んんっ……ふぅぅ……うん、すごく頭の中がスッキリしてる。この世界の真理が、はは、わかっちゃったよ」

 

 舌なめずりをして答えた。その目は、沼のように濁り切っていた。熱に浮かされたように顔を赤らめ、まだ小さく痙攣しつつ、阿手にまるで忠誠を誓うようにニヤついた笑みを浮かべる。

 この時には、刺された脇腹も修復が完了していた。『舵』の力により、自己修復の力が高められたようである。

 

「ミユキ……ううん、特異点は生きてるだけで罪だ。ここで確実にぶっ殺すよ。なるべく苦痛を与えてね……ふふ、あはははっ」

 

 この洗脳に『羅針盤』は通用しない。精神攻撃を無効にする『羅針盤』の持ち主であるグレカーレであっても、これには耐えられなかった。

 

 

 

 

「くそっ、ずっと風を送ってきやがる! 煙幕は完全に封じてきやがるな!」

「なのです! 近付くことも難しいのです!」

 

 深雪と電は『空冷』の阿手2人を相手している。動きを止めようと白雲と磯風に『凍結』を狙ってもらっても、『燃焼』と『ジャミング』に阻まれ、まともに攻撃すら出来ない事態。

 これまでの経験から、『ジャミング』には狙いを澄まさない全体的な攻撃が通用すると考えたが、それは煙幕と『凍結』に一任しているようなもの。その両方を封じられている今、それを崩すには手段が足りない。

 

「神風、そっちは!」

「腹が立つくらいに対策取られてるわ! こっちは『ダメコン』と『磁力』! あっちには『連射』が2人いるわよ!」

 

 神風ですら、ここまで対策されるとかなり厳しい。刀が通らない上に、そもそも強制的に距離を取らされるのは、相性が悪すぎるとしか言えないだろう。

 

「この……っ!」

 

 ここで神風は強く踏み込んで居合斬り。距離は足りないが、神風の一刀は風を巻き起こす。『空冷』の風に匹敵するかと言われると足りないかもしれないが、牽制には充分すぎる。

 風はえてして目潰しとなるが、集積地棲姫改の姿をしている阿手は、全員が全員メガネをしている。そのため、風が目潰しと働くことはない。とはいえ、それをズラすことが出来れば、少しだけでも視界を封じ、隙を作ることが出来るだろう。

 

 だが、阿手はまだまだいる。風の影響を受けていない阿手が徐に神風を指差す。

 突入前に情報共有をして、事前に聞いていた情報。神風はそれを知っている。

 

「『投錨』……!」

()()()

 

 動けなくする力、『投錨』が神風相手に使われるが、ギリギリのタイミングで回避。海でなくても錨を下ろすことが出来るのはインチキではないかと思いつつ、敵のやってくることは曲解──曲がった解釈である。錨を足枷程度に考えているかもしれない。

 

「くそ、砲撃……そうだ、ここっ!」

 

 ここで深雪は頭を使う。阿手に当たるのではなく、手前に向けて砲撃を放った。本体を狙っているわけではないため、『ジャミング』で逸らされることはない。そして、地面を抉ることで破壊した破片は、その影響を受けずにばら撒かれる。普通の砲撃なら傷つけることも難しかったかもしれないが、深雪の砲撃は消し飛ばす砲撃。ただ抉るだけでは飽き足らず、大きな破壊を齎す。

 

「重ねるのです!」

 

 そこに電はすかさず同じ場所に砲撃を放った。抉って脆くなった地面をより破壊することで、破片をさらに飛ばす作戦。同じこと──破壊した『舵』の破片を飛ばされる攻撃を重巡新棲姫にされているので、そこから思いついた奇策。

 破片がばら撒かれたことで、阿手達は小さいものの確実にダメージを受ける。自己修復ですぐに治ってしまうものの、牽制としては充分。

 

「ちょっ、やばい! 離島がやられた!」

 

 だがここで、グレカーレの叫び声が聞こえる。深雪達が目を向けると、傷ついて倒れている離島棲姫。自己修復は残っているものの、今は地面を転がされて気を失っている状態。

 離島棲姫に攻撃した阿手は、響と白雪が食い止めているようだが、なかなか勝ちには進めない。守っている間にその攻撃が飛び火したのだと深雪は考える。

 

「あのクソ、普通にやりやがったな……!」

「こっちでどうにかしとくから、そっちに専念しといて!」

「頼んだ!」

 

 深雪達は何も知らない。その瞬間だけは『隠遁』で隠されている。だから、離島棲姫が倒れている理由も、グレカーレがすぐさま叫んだことも。

 離島棲姫を介抱するように剛腕を使って場所をズラそうとし、そこで本来の目的を達成するために暗躍する。

 

「っと、ウメも消耗激しいね、大丈夫?」

「は、はぃぃ……自己修復あるので、少しは回復してきました……」

「そっかそっか。じゃあ、ウメもこっち来よっか」

 

 梅に近付いたグレカーレは、その魔の手を梅にも伸ばした。真っ先に狙ったのは、『解体』の力を手中に収めるため。その瞬間のグレカーレの顔は、仲間全員に背を向けていたため見られていない。髪も長いおかげで、『舵』も見えていない。

 

「え……いぎっ!?」

「悲鳴は煩いからダメだよ。気持ちいいのはもっと煩くなっちゃうからダメ」

 

 すぐさま梅の口を押さえる。剛腕の艤装のせいで、そうしている姿も見えない。梅が痛みからの快楽でビクビクと震えているのも見えていない。

 

「んむぅううううっ!?」

「はいはいわかったわかった。でも……もう大丈夫だよね?」

 

 叫び声は押さえ込まれ、誰にも届かない。そして、それも収まった頃には、梅の目はドロリと濁っていた。口から手を離すと、口元は邪悪に歪み、濁った目を細める。ビクンと震えた後、グレカーレにニヤリと笑みを浮かべた。

 

「ふへ……ははは、わかっちゃいましたぁ……ふふ、特異点は敵、生きてるだけで罪……ふふふ」

「そうそう、あんな奴は、ここで殺すよ。でも」

「いっぱい苦しませてから、ですねぇ」

 

 梅が取り込まれてしまったことで、『解体』による『舵』の破壊が不可能になってしまう。現状、『舵』の脅威をどうにか出来る者は、いない。

 

 

 

 

 だが、この光景を完全に隠せていたか。『隠遁』をすることもなく、グレカーレは隠しきれたと思っていることだろう。悪意に呑まれているから、普段より視野が狭まっている。

 確かに、深雪達うみどりの仲間達は、誰1人としてその瞬間を見ていない。戦闘に専念していたから、グレカーレに任せ切っていた。

 

 その目は、確実にその瞬間を捉えていた。グレカーレは敵だと、見据えていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。