グレカーレが『舵』によって洗脳され、現在進行形で白雲と交戦中であることを知った深雪と電は、沸々と怒りを募らせていく。
この期に及んで、特異点の仲間に魔の手を伸ばし、その尊厳を破壊しながら苦痛を与えてくる戦法は、もういい加減見飽きたし、ただひたすらに気分が悪い。
もし治療が出来たとしても、今の振る舞いの記憶は残ってしまう。グレカーレは飄々としているだろうが、深雪は前回の忌雷の際に大泣きしているのを知っているのだ。だから、ああされてしまったことをさらに憤慨した。
「……他にも『舵』にやられちまった奴は……くそ、梅かよ」
「『舵』が破壊出来るのは、梅ちゃんだけなのです……多分グレカーレちゃんが真っ先に狙ったんだと思うのです」
その梅は、白雲に不意打ちを仕掛けようとしたところを、比叡によって蹴り飛ばされていた。安心しつつも、梅に関してはこうされるのは二度目。そろそろ限界を越えかねない。
「余所見している余裕があるのですか特異点」
「仲間を失ったことがそんなに気掛かりですか」
2人がグレカーレや梅のことを考えている時、まるで嫌がらせのように『空冷』の阿手が冷やかしてくる。明らかに冷静さを奪おうとする言葉。特異点が十全に戦えないようにするための精神攻撃。
だが、深雪も電も、それを完全に無視した。何故なら、深雪達の元へと駆け抜けてきた援軍の存在があったから。
「悪い、助かる」
それは、今は亡き軽巡新棲姫の元秘書艦4人のうちの1人、鈴谷。無表情、無感情で深雪達の前に躍り出た瞬間、両手を阿手達に翳す。
ここにいる多くの阿手は、鈴谷に与えられた力は何かを理解している。故に、手を翳されたことで、まずいと思ったようだ。
鈴谷の前方に、強力な放電がされたのだから。
鈴谷の持つ『発電』の曲解の恐ろしさは、阿手達も理解しているだろう。何せ、この何十といる阿手の中にも『発電』を持つ者がいるくらい。
深雪達を止めるための力を取り揃えている阿手だが、そのどれもが『発電』の放電を止めることは出来ない。『空冷』で風を吹かせようが、『磁力』で引き寄せようが引き離そうが、『投錨』で動きを止めようがお構いなし。『装甲』や『ダメコン』でガードしたとしても、放電による電気ショックは体内にまで浸透して、外見に傷が付かずとも中身にダメージを与える。『ジャミング』で避けようとしたところで、放電は狙いをつけない全体攻撃にだって出来るのだ。
阿手達に対しての天敵は、紛れもなく鈴谷である。
「元々が我々が与えた力だというのに歯向かうとは」
「特異点に与するならば、命を以て償ってもらいましょう」
阿手が好き勝手言ったところで、鈴谷は無反応である。何故なら、既に意思も感情も奪われているのだから。その言葉に対して、心が動くこともなければ、返す意思もない。ただ自由となれたことで、仲間として認識した特異点を守り、かつ自分達をこんなカタチにした元凶の、さらに上にいた元凶を始末するために動いているに過ぎない。
「あんまり前にいると危ないわね……っ」
最も前にいた神風も、鈴谷参戦と共に放電を始めたものだから、流れ弾に当たりかねないと一旦退いて深雪達と合流。
その際に、別の場所で白雲とグレカーレが争っているのを見てしまい、そして深雪達が神妙な表情をしていることで、全てを察した。
「……グレカーレが『舵』にやられたのね」
「ああ……今、熊野さんから『電探』の情報が送られてきてんだ。敵の情報だけをな」
「グレカーレちゃんと梅ちゃんにも、その反応があるのです……」
「……そう。私にもその情報貰えるように出来ないかしら」
「やってみる」
戦闘中ではあるが、深雪は熊野の方を見る。熊野は『電探』の情報を常にアップグレードするため、倒れている駆逐水鬼達を見張りながら、戦場を見ることに集中していた。ジッと見続けては、誰が敵かを判断していく。
その視線が深雪の方に向いた。深雪の視線を感じたからだろう。そこで声を上げても良かったのだが、阿手に何をやっているか悟られるのを極力控えるため、ジェスチャーで神風にもと意思を伝えた。
すると、すぐに更新され、神風にも情報が放出されることとなった。
「っ……これね。確かに、阿手の場所が全部わかるわ。それに、グレカーレと梅にも反応がついてる……それだけじゃない」
その情報を確認するや否や、神風はまた違った場所に目を向ける。その瞬間、フレッチャーが
「フレッチャー!」
「だ、大丈夫です! ですが、叢雲さんが……!」
言われても、叢雲の姿が見当たらない。
否、今は『隠遁』によって叢雲の姿が隠されているのだ。これは熊野の『電探』からも隠れており、本当に何処にいるかわからなくなってしまっている。フレッチャーですら、さっきまで一緒にいたはずの叢雲の場所がわからなくなってしまっていた。
「フレッチャー、合流してくれ!」
「で、ですが」
「……多分、
神風が悔しそうな表情を見せる。手遅れと言われ、フレッチャーも悲しそうな表情を浮かべるが、仕方がないとすぐにそこから離れた。
すると、すぐに反応が戻ってきた。
熊野は常に『電探』の情報を見続けている。その状態から『隠遁』を使った場合、いきなりそこから電探の反応が消えるという、謎の現象が発生する。そして、すぐにその反応が戻ってくる。その目でその場所を見ることが出来ず、電探の反応ごと隠す。ステルスとしては最上級の力であることが窺える。しかし、見方を変えれば、目の前で反応がなくなり、そしてまた戻ってくるというのは間違いなくおかしな話である。
それがわかるのは熊野のみ。その熊野は、分別して情報を流しているが、実際に見ているのは敵も味方も一緒くたの情報。その中で、本来うみどりの仲間であろう存在の反応も消えて、もう一度
そしてトドメの先程のフレッチャーである。反応が消えたかと思いきや、押し出されるように反応が戻ってきた。神風に、何もいないような場所から突然転がり出てきたように感じた。ここで確信が持てる。
最強のステルス『隠遁』を見破ったのも、また熊野であった。それが発生するたびに、そこにいた者が敵対するとして、今の反応を深雪達に展開する。
「……合流いたしました……叢雲さんに押し出され、どうにか何かを回避することが出来ました……」
泣きそうな表情のフレッチャー。叢雲に救われたと。だが、その叢雲は──今や熊野の『電探』の情報では敵判定となっている。
「……響……白雪……」
「磯風ちゃんまで……」
先程白雲と分断され、響と白雪を援護すると分かれた磯風も、熊野の『電探』からの分析により、既に『舵』が張り付けられていると思われる状態に。『標準型』を使って疲労困憊状態だった叢雲も、『舵』を張り付けられたことで回復していた。
フレッチャーをかなり強引に逃がしたことはわかる。『隠遁』の範囲外に疲労困憊の中でも無理矢理押し出し、自分が全ての被害を被ったのだ。今の叢雲はそれを後悔しているようだが。
叢雲も加わって4人の仲間
「バレてしまったみたいだよ。これだともう、仲間に引き込んでいくのは難しいかもしれないね」
「充分ではないでしょうか。もう特異点の部隊は半分になっていますから」
響と白雪が話すと、『隠遁』の阿手は問題ないと小さく笑みを浮かべる。12人いた深雪を含む部隊は、ピッタリ半分の6人となってしまっている。今でこそ元秘書艦達が加わってくれているため、4人の補充が出来ているとも言えるが、だとしても精神的に厳しい敵が増えている。絶対斃せない相手、しかしあちらは全力の敵意と殺意で立ち向かってくる。
「……テメェがみんなをやったのか」
「世界の真理を教えてあげただけですよ。特異点こそがこの世界の癌だと」
4人がその言葉に頷く。『舵』が張り付けられているため、全く同じ思考になってしまっていた。
「……何故なのです。何故そこまで特異点を敵視するのです。生きているだけで罪とか、どういう意味なのです」
「そのままの意味ですよ。わからない者に話したところで」
「頭張ってる奴もそれかよ。本当に頭悪いなテメェ。説明を放棄するんじゃねぇ。理由が無いならただの理不尽だろうが」
深雪と電の握る手の隙間から、ジワジワと煙幕が拡がろうとする。だが、それは『空冷』の風が吹き飛ばした。阿手のモノではなく、磯風のモノが。
「煙幕は出すな特異点」
「……磯風、お前が話してみろよ。何で特異点は悪だ。何で生きてるだけで罪だ。答えろよ」
深雪の言葉に、磯風は無視。ただひたすらに、煙幕を封じることに終始する。ここで何も言えない時点でいろいろ察することが出来る。
「叢雲さん……逃がしてくれてありがとうございました。おかげで貴女のようにはならなくて済みました」
フレッチャーの言葉に、叢雲は心底嫌そうな顔をして舌打ちまでした。だが、言葉を返すことはなかった。フレッチャーも引き込んでいれば良かったと後悔しているように見える。
故に、ついさっきとは別人となってしまったと、フレッチャーは割り切ることにした。
「言えっつってんだよ。特異点の何が悪いのか。話してもいねぇのに理解出来ないって決めつけてんのは、結局はただ気に入らないから適当な理由をでっち上げてるだけだろ。本当にあたしがいるだけで罪だって言うなら、ちゃんと言ってみろや。納得出来りゃあたしが身を差し出してやるよ。おら、言ってみろ。テメェらが、あたしを狙う理由をよぉ!」
最後は怒鳴りつけるような語気に。それで動じるような連中でないことは理解しているが、そろそろ怒りも限界に達しそうだったため、一度それで発散。
阿手は深雪に対して大きく溜息を吐いてから語り出す。
「特異点の存在は邪魔なんですよ。我々が求める平和な世界には」
「どうしてだっつってんだろ」
「貴女は必ずこうして反旗を翻す。戦いを生む危険な存在だ。生きていれば、また次の戦いを生むでしょう。戦いを終わらせるためには、戦いを生む存在は不要。よって、貴女は罪なんですよ」
さも当然のように話すが、深雪こそ大きな溜息を吐いた。聞いていた電も頭を抱えるように息を吐く。
「……マジかよ。組織の頭張ってる奴が言うのがコレかよ」
「頭が痛くなってくるのです……」
「あたしは何もしてねぇのに、吹っかけてきたのはテメェらだろうが。引き金引いたのはテメェだぞ。そうされなけりゃ、あたしは何もしねぇ。逆に感心したぞ。蛇の巣つついて、噛まれたら蛇のせいっつってんだろ。やることなすこと全部クズじゃねーか」
「そんなのに付き従うようにされてしまったみんなが、本当に可哀想なのです……」
ジワリジワリと、煙幕は溢れ出す。磯風がすかさず『空冷』の風を吹かせるが、2人の手に留まる煙幕は
「……そっくりそのまま返してやるよ」
「貴女こそ、生きているだけで罪なのです」
深雪と電の手が強く握られる。その瞬間、包み込む煙幕がより強く溢れ出した。
もう、2人の怒りは限界を超えた。