怒りの中、互いの血を混ぜた煙幕を取り込むことにより、より強い身体を手に入れるという願いを叶えた深雪と電。特に電はついに深海棲艦化を果たし、深雪と同じステージに立つ。
赤黒い煙幕は、一度弾けるように舞い散った。だが、それは次から次へと湧き立つ。結び続けた2人の手が離れても、その繋がりは変わらない。
「いい加減終わりだ。テメェの目論見、全部ぶっ壊す」
「仲間は返してもらうのです。そして貴女は──」
「ここで、死ね」
2人揃って、繋いでいた手を銃のカタチにして突きつける。何を遊んでいるのだと嘲笑しそうだが、それが何を示しているのかわかっている者には、ただそれだけで脅威しかない構え。
「避け──」
響が叫ぼうとした時にはもう遅かった。赤黒い煙幕が、猛烈な速度でその指から撃ち出されていた。煙幕の弾丸、初出は特異点Wでの一幕。洗脳を解くために、『羅針盤』の力を乗せた、渾身の一発であり、深雪が初めて深海棲艦化した時の決め技。
煙幕は響の顔面に直撃する。しかし、所詮はただの煙。ダメージどころか触れられたという感覚すらない。色はついていても、無味無臭のただの空気である。
「帰ってこい、響」
「響ちゃん、もう大丈夫なのです」
煙幕が霧散する。その瞬間、
「な、に……!?」
それに驚いたのは阿手である。特異点の力とはいえ、『舵』はそう簡単には剥がせない。梅のような無機物のみを確実に破壊するという局所的な力を使わない限り不可能であり、上っ面だけ破壊したところで針が体内に残るため、特機のような体内に残る異物を取り出せる存在がいなければダメージにもなる。
だが、この赤黒い煙幕は、その全てを無にした。まるで『舵』がそこに最初からなかったかのように消し去った。それこそ、煙幕と同じ煙にしてしまったかのように。
その込められた願いはーー『阿手の完全否定』。
「……っ……私は、何を……」
正気に戻った響は、神風に折られた腕の痛みで顔を顰める。それにより事情を察した。自分は今まで洗脳を受けており、そして救われたのだと。
これまでは『舵』を外されたところでその時の記憶は全て残り、罪悪感を抱えて心に傷を負うことになるのだが、特異点の煙幕はそれすらも対策していた。その記憶にすら干渉し、
された側も割り切ることが出来る特異点の仲間達だからこそ、この手段は有効だった。今この時は裏切られたかもしれないが、その元凶がそこにおり、これまでにどういうことをやってきたかを理解しているのだから。
「そんな煙……っ」
「出来ないのです。この煙は、重みが違うのですから」
煙幕の弾丸は磯風の『空冷』では掻き消すどころか止めることすら出来ない。真っ直ぐ向かい、そして顔面に直撃。『舵』は霧散し、悪い記憶も同時に煙となる。
「これは、深雪ちゃんと電の血と一緒に、みんなの願いが込められているのです。その願い、何だかわかりますよね?」
「あたし達はここにある共通の願いを掻き集めた。テメェ以外の願いだ。ンなモン、考えなくてもわかるのな」
次から次へと煙幕を放ち、白雪と叢雲にも直撃させる。煙というカタチを取っているため、障害は障害として機能せず、そうなってほしいと願ったモノにだけ効果を発揮する。風でも消えない、撃っても消えない、ただ真っ直ぐ、願いを叶えるために突き進むのみ。
対象でない者に触れたところで、それは何も変わらない煙。だが、対象である者に触れた途端に、それは最大出力で願いを叶える。
「っ……これ、は……」
「頭痛っ……私、何させられてたの……」
正気を取り戻す仲間達に、阿手は驚愕の表情を浮かべる。入念に準備をして、学び、特異点を陥れるためにここまでしたというのに、蓋を開けてみればコレである。苦戦はさせた。何人も取り込んだ。精神的なダメージを与え、確実に始末する段取りも最終段階だった。だというのにひっくり返された。
「もう『舵』は効かねぇよ。テメェは、取り込もうとしたみんなにやられてろ。こっちは忙しいんだ」
「貴女に構っている暇は無いので。皆さん、
電すら見捨てた阿手に向けて、圧倒的な殺意が向く。人様を陥れた代償は、痛みと命を以て知ってもらうことになる。
「逃さないわよ」
阿手は『隠遁』によりその場から逃げようとする。『舵』が効かなくなったとはいえ、それは今だけのこと。隠れ、また隙を見て誰かに仕掛け、今度こそ不意打ちを狙っていけばいい。姑息な考えはこれだけされても変わらない。
故に真っ先に阿手に接近したのは叢雲。正気に戻ったことで、記憶は煙となっていても、何をされたかは察している。誰が元凶か、何をしなくてはいけないか、すぐに判断出来る。
「アンタはいい加減、
隠れる前に叢雲が殴りつけるようにタッチし、『標準型』の力を注ぎ込む。一度使ったら消耗するその力も、『舵』によってわざわざ回復までしてもらえたのだから、その恩を仇で返してやった。それだけだ。
「っあ、なに……を!」
「アンタはもう何も出来ない。ただの深海棲艦よ。私が触れてしまえばこっちのモノだもの」
叢雲は鼻で笑うと、その場でまたもやふらついた。だが、さっきまでとはまるで違う。気を失ってしまいそうな程の消耗はなく、踏ん張らなければ立っていられないこともない。
「あ、あれ、消耗がそんなに無いわ……。クラッとしたけど、まだやれる……!」
「それも特異点の力なのでしょう。叢雲さん、大丈夫ですか?」
ふらついた叢雲を支えるため、フレッチャーが駆け寄る。軽くふらついただけなので問題ないと、少し肩を借りるだけに留まった。
「フレッチャー……ええ、大丈夫。多分私、アンタに失礼なこと言ったわよね。ごめんなさい」
「いえ、あれは全て、そこにいるモノのせいです。覚えていないのならば、それでいいのです。でも──」
フレッチャーの目が阿手に向く。『隠遁』が使えなくなり、逃げ場も失った阿手は、おそらく初めて、心の底から焦りと悔しさを滲み出していた。
全く同情なんて出来ない。徹頭徹尾、自分のことしか考えていない阿手に対して、フレッチャーは蔑みの目を向けた。
「コレはもう、生かしてはおけません。まだ何人もいますから、好きなだけやってもいいようですよ」
「……ふふ、そうね。なら、アンタもその鬱憤を晴らしてやんなさいな」
「はい、勿論」
叢雲には親愛の笑みを、そして阿手には侮蔑の見下しを。
「貴女、本当に恨みしか買ってないわよ。すごいわね、ここまで無能だと逆に感心するわ」
神風が瞬時に阿手の脚の腱を斬った。
「っ……」
「どうせ痛くないんでしょ。さっきの生体艤装みたいなヤツに、力と人格をコピーするような『量産』をしてるだけって感じよね。でも、さっき私言ったわよね。サンドバッグって。貴女はもう、それなのよ」
キッと睨みつけてきたが、だからどうしたともう神風は目も向けない。代わりに飛んできたのは、フレッチャーの砲撃である。
腕を巻き込むように胴を抉り、爆散するように弾き飛ばす。血が撒き散らされることはないが、阿手の目はしっかりと見開いていた。自己修復出来ない。何をされても無敵の身体だったのに、それが全く通用しない。
「まだまだ足りませんが、まずはこれで手打ちとします。貴女はこれで終わらせますから」
「……無駄なことを。私はまだまだいますから。私を始末したところで」
「全員殺すから安心しなさい。貴女はやり方を間違えたのよ。今更遅いけど」
そして、無駄口を叩く前にフレッチャーがその阿手の頭を吹き飛ばした。
深雪と電はさらに煙幕を増やす。今この場を支えてくれている鈴谷と、『電探』の視線を一手に集中させ、『ジャミング』で攻撃が通用しない中、回避を続けている子日。その2人に労いの煙幕をばら撒く。
「ここまで耐えてくれてありがとうな。もう、ここからはこちらの番だ」
「全滅させるのです。もう少し、力を貸してください」
煙幕を受けた2人は、これまでの消耗が嘘のように失われた。このまま圧倒されていたら、本格的にまずいと思っていたところに、心強すぎるサポート。
「そいつは良かった。子日、もう『迷彩』がバレるこたぁ無ぇ。好きに暴れてくれ!」
「えっ!? そ、それじゃあ、行くぞー!」
煙幕の力は絶大である。敵の『電探』は見事に狂い、子日の姿は本当に見えなくなった。さらには、『ジャミング』すらまともに機能しなくなり、攻撃は命中し始める。自己修復はまだそのまま残っているが、それでも一時黙らせることが出来るのならば充分である。
鈴谷の方も、放電を好き勝手にばら撒き続けることで阿手を焦がしていく。出力が上がっているわけではないが、何処か消耗が抑えられているようにも感じた。
だからだろう、鈴谷は深雪達に向かって、礼を言うかのようなハンドサインをした。意思も感情も奪われていようが、礼は示すことが出来た。
「悪い、もう少しだけ耐えてくれ。あたし達は、やらなくちゃいけないことがある」
「だいじょーぶ! これならもう少しいけるし、何なら援軍も来るから!」
煙幕の効果で『ジャミング』などの効果が薄れているのなら、出来ることは一気に増える。そして、その状況で動き回れるのはやはり、神風だ。フレッチャーも、阿手を1人どうにかしたことでフリーとなり、この大量の阿手を処理するために動き出している。
「深雪、電、あっちをお願い。私達がこっちを抑えておくから」
「ああ、頼んだぜ神風。フレッチャー、憂さ晴らしはいくらやってもいいからな。そんだけぶちこめる奴がいるんだ」
「ありがとうございます。丹陽お姉様の分もしっかり叩きつけて参ります」
こうなればこちらはある程度安定する。となれば、あとやらなければならないことは決まっていた。
「グレカーレ、お前を救うぞ」
「グレカーレちゃん、必ず取り戻しますから」