後始末屋の特異点   作:緋寺

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先回りの力

 かつてあった深海戦争。現在は第三次が繰り広げられているが、その始まりの戦い、第一次の深海戦争の時は、世界から齎されたと思われる純粋種の艦娘のみが人類の仲間として活躍している。

 第一次深海戦争に勝利する上で欠かせない存在だったのが、今はうみどりで待機している丹陽。当時は最強の艦娘と名高い、とてつもない力を秘めた艦娘だった。

 今でこそ老朽化が激しく、戦闘に出ようモノなら、勝っても負けても命に支障が出るという状況ではあるが、当時は出撃すれば無傷で戻ってくることは普通であり、敗北も殆ど無かったという程のエース。

 

 その丹陽が、何故そこまでの戦果を稼ぐことが出来たのか。それが、第一世代のエースが持つ、()()()()()()である。

 

 まだ人間に深海棲艦への対抗策がまともに無かった時代の戦いだ。それもあってか、極一部の艦娘には超常的な力を持つ者が現れる。人類を勝利に導くための、非常に強い力を持つ艦娘。丹陽──雪風はそのうちの1人である。

 当時は超が付くほどの幸運、いや、豪運が雪風の持つ特異な点だった。どう考えても無理だろうと思われることを、ラッキーの一言で全てこなしてしまう。こっちに行った方がいいと思うという進言が、全ていい方向に進む。運によって最善を掴む。それが第一次深海戦争の時の雪風。

 しかし、その実態はこの高次の力だった。雪風には()()()()()()。ほんの少し、辿るべき未来が観測出来た。雪風自身はそれを忌むべき力だと思って、運で上手く行った風にしていたが、その異常な性質に気付いていたのは、何を隠そう彼女の愛すべき提督(しれぇ)である。

 

 その力を今、丹陽の力を借り受けているフレッチャーも使っていた。

 

「私は丹陽お姉様の力と相性が良かったみたいです。乗りこなすための努力も惜しみませんでした。だから、この力を使える……!」

 

 フレッチャーも艦娘としては幸運と言われる方だ。雪風と比べれば数段落ちるかもしれないが、それでも充分なほどに。

 それが、丹陽の高次の力と相性が非常に良かった。未来を視る、そして、実力で幸運を引き寄せる。泥臭い努力も惜しまないフレッチャーには、その力が応えない理由が無いほどである。

 

「このっ、何故避けられない……っ」

「視えていると、言っているでしょうに!」

 

 阿手は懲りずに動き回るが、今のフレッチャーには何処に行くのかが手に取るようにわかる。回避行動と同時に別方向に動き、それを確実に防いでいた。いてほしくないところには既にいる。それを常に行い、精神的にも追い詰める。

 

「……丹陽の先回りの力、か」

「なのです……そこにいた方がいいと思ったところにいる力みたいなのです」

「ははっ、丹陽のヤツ、いつもいきなり出てきたもんな。こういうタネがあったってことか。いいぞフレッチャー、もっとやってやれ! 援護する!」

 

 そう、丹陽がうみどりの中などで、神出鬼没に突如現れるのも、この力を断片的に使っていたから。深雪の道を示すため、『こうした方がいい』をその力で掴み取っていたからである。丹陽が現れた時の選択は、深雪にとって、うみどりにとって、非常に良い方向に向かっていたのだから。

 そしてそれは、深雪が生まれた時にも働いていた。特異点が生まれることをいち早く感じ取っていた。だからこそ、最善の動きを選択し続けてきた。潜水艦は破壊されたが、あの時この選択をしていなかった場合、潜水艦と共に自分含めて純粋種が何人も犠牲になっていた可能性が高い。

 

 深雪も電も、その力を『未来視』とは思っていないが、フレッチャーの動きが丹陽のあの力だとは勘付いている。故に、その力をサポートするために動く。

 

「何かやってほしいことは!」

「足場を崩してください! もっと動きにくくしてもらえれば!」

「あいよ! それくらいならいくらでも出来るぜ!」

 

 部屋に一撃砲撃を入れているが、それだけでは足りなそうだと、深雪はもう一発砲撃を放つ。味方に被害がないように、阿手には当たらなくてもいいと、とにかく部屋を破壊するために撃った。

 爆風と共に、さらに壁が破壊され、天井からは砂埃が舞い落ちる。まともに歩くことも困難な程に、部屋は散らかっていく。抜け殻の集積地棲姫改の身体も、この攻撃の巻き添えとなって、地べたに倒れ伏すことになってしまっている。

 

「この程度で、私の行動を妨げられるとでもっ」

「妨げられていますよ。先がよりわかりやすくなりましたから」

 

 あくまでも逃げの一手を選び続ける阿手に対し、フレッチャーはその道にことごとく立ち塞がり続ける。どの道を選択しようが、その全ての道の前にはフレッチャーが立っている。

 第一次深海戦争を終わらせられる程の力を、今ここで、阿手を終わらせるためだけに使っているのだ。たった1人の敵を止めるのならば容易なこと。

 

「降参しますか? 許しませんが」

「余裕を持って話していいのは、私だけですよ」

「余裕が無いのに何を言っているんです」

 

 避ける先にいては、その拳が阿手の頭に、身体に、抉るように食い込む。徒手空拳はそこまで強いとは言えないフレッチャーだが、逆にそのせいで阿手に対しては拷問のような攻撃の連続となっていた。

 殺すほど強くは無い。だが、痛くない程弱くも無い。ずっと骨が砕かれるのではという威力の拳が入り続けている。阿手自身にも自己修復があり、かつ、ありとあらゆる曲解を使ってその痛みから逃げようとしているようだが、そんなことも出来るわけがない。

 

「部屋が狭くなったおかげで、煙幕で包み込みやすくなったのです」

 

 電が『阿手の完全否定』の煙幕を部屋中に漂わせていたのだ。今の回避能力は、PT小鬼群と化したことによって手に入った、深海棲艦の身体のスペック。何か力を発揮しているかと言われれば、そんなものは何処にもない。

 結果、阿手のその力は完全に否定された。特殊なことはもうやらせない。小さな小さな、小鬼の姿で、ここにいる者達をどうにかしろと強要する。

 

「くっ、なんて小癪な……っ」

「本当に自分のことを棚に上げるのね。これまでどれだけ小癪なことをしてきたのよ貴女は」

 

 次の回避方向には神風が居合の構えで待ち伏せていた。未来が視えていなくても、フレッチャーが上手く誘導すれば、回避出来ないタイミングで神風の方へと向かわせることだって出来る。

 今使ってたらフレッチャーの──雪風の『未来視』は、元来自分のためだけではなく仲間のためにも使われるモノだ。最善を掴み取り、自分以上に仲間の行動を最善に導くのがこの力だ。

 フレッチャーは既にその真髄に辿り着いていた。自分のために、仲間のために、未来を視て、最善を掴み取る。

 

「いい加減に死になさいよ、もう長く生きたでしょう」

 

 神風の神速の抜刀。それを避けられる術は、今の阿手にはない。

 

「っああっ!?」

 

 しかし、急ブレーキをかけることで、最悪の未来を回避した。PT小鬼群の回避能力を理解しているからこそ、その動きが可能だった。

 首が飛んでいるような一閃も、ギリギリで止まることが出来たことで、身体に斬り傷が出来るだけで済んでしまっている。

 

 しかし、そこからは深海棲艦特有の黒い血が溢れた。先程までの集積地棲姫改とは違う。生体艤装ではなく、これが生身。

 

「っぐ……やってくれますね……でも、まだ私は負けていない……」

「負けだよ。私もとっておきを出させてもらった」

 

 ここで既に動いていたのは響である。回避先の予測により、行動の範囲を狭めることが出来たおかげで、響が隠し持っていたアイテムの本当のとっておきを切ることが出来た。

 それは、阿手が逃げる方向。神風に斬られたことで大きく体勢を崩しながら遠のいた一点。そこで、阿手は──何かを()()()

 

「こんなこともあろうかと、持ってきておいてよかったよ。虎の子のトリモチ爆弾さ」

 

 阿手の踏んだそれは、その動きを完全に封じるほどに粘つくトリモチ。海の上では使えたモノではないかもしれないが、上陸したならば何かの役に立つだろうと隠し持っていた、本人が言う通り虎の子のアイテム。一発しか持ってきていない代わりに、引っ掛かればほぼ確実にその動きを邪魔する逸品。

 普通の艦娘だったり深海棲艦だったりしたら、まず動きを止めるまでは行かなかった。動きを遅くするくらいが関の山だろう。だが、相手が小鬼群のような、小さく非力な存在の場合は、劇的に効果が強くなる。

 

 響はその切り札を、最高のタイミングで切った。そのおかげで、阿手は完全に行動が不可能になる。

 

「なっ……こんな、こんな愚かな手段、で……っ」

「お遊びみたいな、愚かな手段かもしれないけど、それにハマった君はより愚かと言うことになるね。私はね、こんな面白い手段を喰らって、君のような非道な者が狼狽えるところを見るのが、大好きなんだ」

 

 響が見下した目で小さく笑みを浮かべた。阿手の神経を逆撫でするには充分だった。

 

「どうだよ、いつも見下してた相手に見下されるのは。テメェは何があっても絶対に反省しねぇ。なら、ここでさんざん嫌な思いをしてから、苦しんで死ねよ」

「……可哀想だとは思いません。これまで何人の心を傷付けてきたのか、よく考えてください」

 

 小鬼の小さな身体のせいで、もがけばもがくほどトリモチから抜け出せなくなる。足だけについていたモノが、今や脚全体に纏わりつき、バランスを崩して倒れようモノなら、身体にも腕にも纏わりつく。

 

「……わかりました。私の負けを認めましょう」

 

 阿手は諦めたようにその言葉を口にする。だが、それに対して言葉を返すのはフレッチャー。

 

「いえ、認めなくて結構です。口先だけなのはわかっていますので」

「……っ」

「そもそも、その言い方は負けを認めていない言い方です。貴女の性格は、ここにいる中では私が一番わかっているつもりですから」

 

 冷酷な瞳で見下ろすフレッチャーに、阿手はギリッと奥歯を噛む。

 

「貴女達の犠牲になった者達は、数多くいるでしょう。その恨みと憎しみを、その小さな身体で受け止めてください。貴女は耐えられずに死に逃げ出すかもしれませんが」

 

 

 

 

 フレッチャーは本心からの憎しみを以て、阿手に主砲を突きつけた。

 

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