後始末屋の特異点   作:緋寺

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謎深まる処置

 杏を実験台として、かけられた暗示についてを調べている工廠。眠るというトリガーを引かれたことで、杏の中で何かが変化してしまっていることはわかったが、それを明確に表に出すことは残念ながら無い。

 伊豆提督に触れられたことで脳波が乱れるということはあったが、今はその程度。当然ながらここで行動を起こすことはないので、真意は未だ闇の中である。とはいえ、あたりはつけているようなもの。杏は既に、無意識かもしれないが暗殺者としての性質を持っていると考えている。

 

「はい、全部外れたわ。痛いところはない?」

「と、とりあえず大丈夫……です」

 

 暴れることは無いだろうということで、杏から手枷も足枷も外された。目の前の伊豆提督に急に襲いかかるようなことはないが、脳波は乱れたまま。強いストレスを感じているのがよくわかった。

 今の杏は、至って普通と言える。これが演技なのか、それとも無意識下に殺意を忍ばされているのかはわからない。知らず知らずのうちに、うみどりに仇なす者に切り替えられている可能性もある。

 

「イリス、この子のカテゴリーは変わっていないわよね」

「ええ、依然としてカテゴリーG、彩だけで見れば、何もされていない人間よ」

 

 伊豆提督についてきたイリスは、杏の彩を常に見ていた。救助された者唯一の、何もされていない人間ということで、注意深く確認している。本当に何もされていないのか、特機にもわからない何かのせいで、突如カテゴリーが変わったりしないか、少しでもおかしなことがあれば報告するつもりで。だが今は何も変わっていないという。

 彩の偽装は出来ないことは、これまでもずっと確認されている。『迷彩』で姿を消していても、そこにいるのならばイリスの目は誤魔化せない。忌雷が寄生していれば、それによって彩も変わる。イリスに与えられた妖精さんの目がそれを全て見分ける。

 

「主任、何かわかったことはありますか?」

 

 艦娘にもイリスの目にもわからなそうなことは、妖精さんならわかるかもしれない。明石はすぐにその場にいる主任に問う。

 声をかけられた主任は、ジッと杏のことを見つめていた。まるで、その内側を見るかのように。

 

 催眠などをかけられているのならば、本当に何もわからないだろう。心の問題は、妖精さんといえど何も出来ない。そうだとわかったならば、やれそうなのは更なる催眠で元の催眠を上書きすることくらいである。しかし、それを今すぐに出来るかと言われれば、それは無理な話。

 そもそもこの場に催眠術が使えるなんて者はいないし、それに近い力を持つカテゴリーWもいない。一番そうなりそうなのはグレカーレの『羅針盤』なのだが、杏には既にそれが施されている。

 

「何かわかったことがあれば、すぐに教えてください」

 

 明石の言葉に、主任はサムズアップで応えた。

 

「ただ少し眠って、すぐに起きただけ……それで何か変わるとしたら、ただの暗示かしら。短期間で頭の中を書き換えることなんて……嫌って程見てきたわね」

 

 伊豆提督は、同じようなことが幾度となく繰り返されていることを悔やむ。それこそが、忌雷による寄生、そして、島で起きた『舵』による洗脳。それをされてしまった場合、超短期間、それこそ瞬時に敵の傀儡になる。頭の中もしっかり弄り、たちまち阿手の配下になってしまう。

 杏のその反応──脳波が乱れたのは、忌雷に寄生され、身体まで弄くり回され、完全に変化するまでの時間と似たり寄ったりだった。それを頭の中だけで全てやっているのであれば、割と説明がつく。

 

「『舵』のシステムがわかれば何かに繋がるかもしれませんが……その餌食になっていない杏さんにも同じことをされているんですよね。なら、それとはまた違うシステムなんでしょう」

 

 丹陽も流石に頭を捻っている。何をどうすれば、彩までも人間のままに、そんなお手軽な洗脳が出来るのだろうかと。

 

 ここで、主任がハッとしたような表情を浮かべた。もしかしてと思い当たる何かを見つけたような、そんな顔。

 

「主任、何かわかりましたか?」

 

 明石が問うと、思ったことを伝えるためにホワイトボードに文字を書き始める。

 

()()()()()()()()

 

 自分達の力を使っているのではという解釈。これまでのいろいろな解析から考えると、これが一番妥当とも言える。

 

 この場にいる者の中では主任と明石しか知らない事実、忌雷の正体は妖精さんであること。脳波のブレからの異常性は、忌雷に寄生された時に近いため、それが絡んでいそうな雰囲気はしている。

 イリスの目にも見えないのは、既に解明済み。妖精さんは()()()()()を持つカテゴリーAとして考えられている。現に今、イリスは主任の彩は見えていない。

 

「妖精さんの力を悪用している……? 心まで動かすことが出来るのでしょうか……」

 

 と言いながらも、明石はこれは出来るなと内心で答えに辿り着いていた。何せ、忌雷が妖精さんを原材料とした洗脳装置なのだから。寄り添うのではなく、蝕む方向に持って行かれた、阿手の所業の中でも特に酷いモノ。

 

「妖精さんまでそんなカタチで利用している……本当にバb阿手は最低ですね。使えるモノを全部使って自分の力を誇示したいだなんて。死んだ後でもここまで迷惑かけるとか、筋金入りですよ」

「丹陽ちゃん、ちょっと抑えましょ。神威ちゃん呼んでくる?」

「いえ、大丈夫です。ただ、アレの残り香がまだこんなところにあると思うと、ちょっとイラッと来ただけです」

 

 丹陽が明らかに口汚くなったことに若干の警戒をしつつ、伊豆提督もどうしたものかと腕を組んで悩む。妖精さんの力が埋め込まれており、それが洗脳に使われているとなったら、それはもうお手上げに近い。

 洗脳が解けるのは、おそらく目的を達成した時。そうなって初めて杏は解放される。しかも、暗示をかけられているとはいえ、全てが杏の意志による犯行になるため、阿手は完全に責任転嫁が出来るという最悪なオマケ付き。

 

「えっと……わ、私はどうすれば」

 

 自分のことなのに置いてけぼりになってしまった杏がおずおずと口を挟んだ。伊豆提督はごめんなさいと苦笑し、ひとまず問診を始めた。改めて体調のこと、今の考え方、周りへの見方などを聞いていくと、やはり変化前後では何も変わっていないように見える。実の親である紫苑でも、杏の微細な変化がわからないでいた。

 

「私、何かされてるんですか……?」

「その可能性はかなり高いということよ。だから、思ったことを素直に話してほしいの。多分、話せないようにされてるとは思うけれど」

「これまで全部口にしてるつもりなんですけど……」

 

 疑われ続けるのにも疲れてきている杏は、少し俯いてしまっている。そんな杏を見て、ついに紫苑が動き出した。

 

「杏、一度休もう。こんなことばかりだと疲れる一方だ」

「お母さん……」

「伊豆提督、杏は疲れている。少し休ませて構わないだろうか。今のままでは何もわからないだろう」

 

 確かにと伊豆提督は頷く。ここにこうやっていてもらっても、何かをされているということしかわからない。何をされているか、そして、どうすればそれを解除出来るかは、何処まで行ってもわからない。

 ならば、一度全員に休んでもらった方がいいだろう。眠ったらトリガーが引かれてしまうため、許可するまで眠るなというのも酷な話。特に4人の子供達は、既にうつらうつらと眠りそうになっているくらいである。

 

「そうね、ごめんなさい。アナタ達はあくまでも被害者だもの。それだけでも大きなストレスがあるわよね。一度休んでもらいましょう。それでトリガーが引かれたとしても、仕方ないことよ。ただ……これまでとはまた違った辛いことになりかねないもの。アタシ達も慎重になってしまうの」

「その気持ちはわかる。私だって、杏がおかしなことになるのは見たくない。おそらく私にも同じモノが仕掛けられているのだろう。共に迷惑をかける可能性があるというのなら、徹底的に調べてもらいたい。だが……」

 

 娘が疑われ続けるのを見ているのは、どうしてと心苦しいと声を上げてしまった。紫苑はそれがうみどりの迷惑になってしまうとわかっていても、母としてそれが止められなかった。

 

「お母さん、いいよ、私もう少し調べてもらいたい」

「杏、大丈夫なのか?」

「そうしないと、お母さん達だって疑われるよ。私と同じことになってるはずだし」

 

 この言動から、眺めていた丹陽は少し違和感を覚える。本当に暗殺者として切り替わってしまっているのならば、母の提案に確実に乗るだろう。あまりにも都合のいいタイミングでの助け舟だ。乗らない理由がない。それなのに、あえて自分に不利になるように進めている。

 余程自分にかけられた暗示に自信があるのか、全員を一度眠らせて数を作ろうとしているのか、本当にギリギリまで本性を表さないようにしているのか、それがわからない。

 伊豆提督に対して脳波が乱れたことは明確だ。それは、取り繕いようのない事実。しかし、何かが違う。

 

「この中に、深雪さんから煙幕をかけられていない方はいますか?」

 

 ここであえて話を変えてみる。杏にはグレカーレの『羅針盤』が深雪経由で施されているため、それがうまく機能しているかもしれないと考えた。

 

「あ、ならオレです。オレは『舵』も受けてないし、自力でこっち来てるんで」

「なら、次は貴方にしましょう。ご協力お願いします」

「うす、姐さん達に迷惑かけたくないんで」

 

 挙手したのは元ヤンキーの戦艦棲姫。自ら改心したという稀有な存在。しかし、今の身体にされている時点で、杏と同じ処置を施されていてもおかしくはない。セレスはこの元ヤン戦艦棲姫にも、何か違うモノが見えている。

 

「ハルカちゃん、厳しいかもしれませんが、一度情報を増やしましょう。杏さんだけの情報では、まだわからないことばかりです。辛い思いをする方が増えるかもしれませんが、これはもうやむを得ません。皆さん、構いませんか」

 

 丹陽が聞くと、全員が仕方ないと首を縦に振った。物分かりが良くて助かる一方、トリガーが引かれていてもいなくても、やたらと素直であることには、どうしても違和感しか無い。

 それだけ信用させてから、後ろから刺すという可能性があるのだから、こちらも慎重に行きたいところ。

 

 

 

 

 そうしている間に、明石と主任は、妖精さんの力が悪さをしていないかを調べられるようなアイテムが作れないかを模索していた。今一番怪しいのはそこなのだから。

 




ここまで来ると、本当に暗示をかけられていたのかとわからなくなるタイプ。
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