保護した者達に施されたナニカを知るため、まずは唯一のカテゴリーG、ただの人間である杏を調査するも、脳波の乱れが観測出来たことくらいしかわからなかった。伊豆提督に殺意を持ったと判断出来るモノではあったのだが、一番のチャンスであろう母からの調査の中断を自ら先延ばしにし、さらに調査を続けようと進言した辺りからわからなくなってきている。
杏の母である紫苑のこともあり、杏が特殊であるという可能性も捨てきれないため、さらに調査を続けるべく、次に被験者として名乗り出てくれたのは元ヤンキーの戦艦棲姫。『舵』も煙幕も受けておらず、自らの意思で阿手の呪縛から抜け出した稀有な存在である。
「オレがおかしくなっちまったらすんません」
「大丈夫、気を楽にしてちょうだい。ただ、アナタが嫌な思いをするかもしれないわ」
「そりゃあ別に大丈夫ですよ。オレもそちらに嫌な思いさせてると思うんで」
改心したらなんて気持ちのいい少年なのだと、伊豆提督は正直驚いていた。元ヤンキーと聞いていたため、いろいろと反発されるのではと考えていたものの、それは杞憂であった。
しかし、ここから行われる調査によって、この戦艦棲姫はまた不良少年に戻ってしまうかもしれない。暗示が表に出てくることで、あからさまな殺意を見せるようになるかもしれない。そう思うと、伊豆提督としても絶対に治してやりたいと思う。
「そんじゃあ、よろしくお願いします」
「明石さんは今少し裏に行ってますので、私が進めますね」
と言いながら作業を進めるのは丹陽。杏に接続されていた装置を、戦艦棲姫に着け直していく。工廠で働いているわけでもないのにテキパキとこなしていけるのは、丹陽がこれまで何度か見てきたからであろう。
今回重要なところは、杏にもブレが出ている脳波について。おそらく同じように脳波がブレる。眠ることでトリガーが引かれる。それに差が出るかどうか。
「それでは、始めますね」
「うす」
そこからは杏と同じように眠らせる。抗いようのない眠気に抗わないのだから、戦艦棲姫はあっという間に眠りに落ちた。
そしてすぐに脳波に反応が出始める。杏の時より早いかという程度のタイミングで、脳波がブレ始めた。
「少し早い、ですかね。ブレは杏さんと同じくらいでしょう。起きていることはおそらく同じですね」
「暗示がかかっているわけよね。ただ、その暗示の内容がわからない」
「はい、杏さんの言動が何も変わっていないことからして、本当にかかっているかもわかりません。杏さんの場合は特異点の煙幕、グレカーレさんの『羅針盤』を受けていることもあるので、その影響で何事もないというのはあり得ますが……」
戦艦棲姫の脳波のブレが無くなり、正常に戻ったところで、同じように目を覚まさせる。ここで態度が豹変しているというのならば話は早いのだが。
「……ふぁあ、どれくらい時間経ってます?」
戦艦棲姫は何も変わっていないように見えた。態度は眠る前と同じ。
しかし、伊豆提督が目に入った時に、やはり脳波がブレる。杏と同じで、何かしらのストレスを感じている。杏の時は伊豆提督への殺意を隠していると思っていたが、彼の場合はどうなのか。
「ハルカちゃんの顔を見て脳波がブレました。何かありましたか?」
杏の時とは違い、割と不躾に問いかける丹陽。一度目はまだ半信半疑だが、二度目になれば話は変わる。そして相手が全面的に協力してくれることを宣言した者だ。杏はどうしても謎が多かったが、この戦艦棲姫に対してはそこそこ強引に行ってもいいと考えている。
「ん、ブレた? オレ、いつも通りの感じでいたんスけど」
「平然としているけれど、何か違うモノを感じている……? 嘘偽りなく話していますよね?」
「誓って嘘はついてませんよ。いやマジで。何か変わったって言われても、自覚はありません」
話し方からして嘘をついているようには思えない。本心を隠しているのなら、ある程度はボロが出てもおかしくないとは思っているのだが、戦艦棲姫は本当に何も変わっていない。ただ脳波が乱れた、それだけ。
「少し失礼」
念のため取り付けていた手枷を外そうと、丹陽が戦艦棲姫の手に触れる。その時には脳波のブレは無し。
「ハルカちゃん、いいですか?」
「ええ」
しかし、伊豆提督が触れると脳波にブレが出る。杏の時と同じである。殺意の対象となるであろう伊豆提督との接近が、ブレのトリガーとなっている。阿手による暗示は、やはり救助された後に隙を見て伊豆提督を始末しようと考えさせるモノにしか思えない。
だが、本人の態度はそんなことを徹底的に見せない。そうなっていないと断言する。勿論、目の前にいるのにボロを出すなんてしないだろう。例えそれが阿手であっても、そこだけはちゃんと考える。
「だよね、だよね、私達何も変わってないよね?」
「ああ、オレもこれはハッキリ言える。寝ても覚めても、何も変わってないぜ」
「仲間が出来るだけでちょっと安心するよ……」
杏と戦艦棲姫は同世代ということもあり、ひょんなところから意気投合。脳波がブレたことで疑いをかけられ、真実を共に訴える仲間としての認識が出来上がっており、お互いに仲間意識が芽生えていた。
「……ふむ……妖精さんの力が絡んでいるかもしれない……でもそれらしいモノは見えない……セレスさんは何か勘付いたみたいですが……何か見落としていることが……」
丹陽は腕を組んで考え始める。この状況にも何処か引っかかるところがある。あくまでも冷静に、しかしバレないように振る舞うこのやり方。何処かで聞いたことがあるようなと。
「……あ、もしかして……」
ここでピンと来ることがあったため、戦艦棲姫は伊豆提督に任せ、丹陽は一度明石の方へと向かう。一つの仮説を確認するために。
「明石さん。ちょっといいですか」
「はい、なんです?」
明石は主任と共に、妖精さんの力を確認出来るようなアイテムの作製を急いでいた。だが、それはそう簡単には行かない。主任自身も難儀している理論をカタチにする作業であるため、システムの構築からして時間がかかっている。
「率直に教えてください。明石さんなら実は知っているのではと思って」
「……何をです?」
「
丹陽のその言葉に、明石は心臓が飛び出るかと思った。その事実を知っているのは、明石と主任、あとはここにはいない昼目提督と特異点の吹雪だけ。それを他の者に知られるのはまずいと、伊豆提督にすら隠している真実。
それを知ったら、今後戦えなくなるだろうと思ったからだ。妖精さんを始末することになるという事実に耐えられるかわからない。
「……はい、主任がそれに気付き、私達だけの秘密として墓まで持っていくつもりでした」
素直に答える明石。主任も隠していて申し訳ないと頭を下げる。丹陽はそれを公表しなかったのは間違っていないと宥める。
「いえ、そうなら話が早くなりますし、もう一つの実験が出来ます」
「どういうことです……?」
「私の仮説が正しければ……ですが」
どういうことだと明石は首を傾げる。だが、丹陽はそれだけ言い残して、次の行動に出る。工廠から出て、目的の者がいる場所へ。相変わらずの直感、そしてフレッチャーも披露した最善を掴む『未来視』の力まで使い、迅速にその者を工廠まで連れてくる。
「すみません、ハルカちゃん。少し試したいことがあるので、サポーターを連れてきました。人数が増えてしまいますけど、我慢してください」
「サポーター? 誰を……え?」
伊豆提督もそれをサポーターとしたのは少し驚いていた。この場には確実に似つかわしくない者。
「アレ? ココ、忌雷ノ匂イガ強クナイ?」
ムーサである。忌雷の匂いを嗅ぎ分ける恐ろしい程の嗅覚。勿論今は高波と副官ル級も共にいる。ついさっきまで高波が『増産』した忌雷をモフモフ食べていたようだが、この場に来て改めてその匂いを感じ取った。
新たな深海棲艦の登場に、カテゴリーYの面々は驚きを隠せない。透と蛍は慣れたモノだが、さも当然のように現れるのは、うみどりの特異性を嫌というほど見せつけてくる。
「ア、モシカシテ、ココノ人達、寄生サレテル?」
「いえ、寄生はされていないの。深雪ちゃんの特機でも確認済みなんだけれど」
「ソウナノ? デモ、忌雷ノ匂イスゴイヨ?」
どういうことだと伊豆提督は考えを纏めようと努める。忌雷の存在はここにはない。しかし、ムーサの嗅覚が忌雷の存在を示唆している。その理由がすぐにはわからない。いや、その答えから無意識に離れようとしている。丹陽のように、すぐに行動に移せるほど、伊豆提督は割り切れなかった。
「……まさか、いや、そんな……」
「ハルカちゃん、私が言葉にしましょうか。おそらく、同じ答えに辿り着いてますよね」
丹陽がここで辿り着いた答え。阿手が最後に残した、悍ましい真実。
「ムーサさん、それと高波さん」
「は、はいっ」
「ここで話すことは、絶対に他言無用でお願いします。不安なら、少しの間ここから離れた方がいいかもしれません」
高波は少し考え、ここにいると決める。ムーサが余計なことをしないように管理するという理由もある。副官ル級も、高波を支えるように隣に立つ。
「まず1つ目、ここにいる方々には、妖精さんの力が使われている、いや、
「ええ、それはそうでしょうね」
「2つ目、忌雷に寄生されてもそれを平然と隠して過ごすことが出来ることは実証済み。浜風さんが寄生されている時がそうだったと聞いています」
「私ガ匂イデ見ツケタンダヨネ。イリスノ目ニモ見エテタヨネ」
「ええ、フレッチャーが私の力をコピーしていたから、私でも確認出来ることは証明していたわね」
「3つ目、妖精さんの彩は、イリスさんには見えない」
「……ええ、カテゴリーAとして、透明として分類することにしているわ」
丹陽は少し苦しそうな表情を見せる。
「そこから、忌雷にはその透明な彩、カテゴリーAの要素が含まれていたと考えました。そして、さっき証言も聞いています。忌雷の原材料は、妖精さんであると」
「……えっ!?」
「混乱を招くため、明石さんと主任は黙っていたみたいです。ハルカちゃんも知ったら絶対に悲しむと思って。私は、気付いてしまいましたが、ずっと知らない方が良かったと思います。でもそれだと今回の話が先に進まない」
伊豆提督の顔が歪んだ。だが、話は終わらない。
「忌雷は妖精さんで出来ている。そして、ムーサさんはここの方々はその忌雷の匂いを感じ取った」
「ウン、結構強イ匂イダネ」
「ということは、原材料としての妖精さんを、ここの方々は取り込んでしまっている。でも、どうやって、になりますよね。そこで、仮説が立ちました。これが最後の質問になるかと思います」
丹陽は杏の方に顔を向ける。
「杏さん、あの島に入って、
「……うん、食べた、お母さんの処置が終わるまで待っててって言われて、ご飯を出してもらった」
「他の方々も、この島でモノを食べましたよね?」
透と蛍以外は全員首を縦に振る。ここ出身の者達は当然ながら、黒井母も、紫苑も、全員がここで何かしら食べている。
「……そういうことです」
丹陽はその悍ましさに顔を伏せた。
「食事に妖精さんの身体を混ぜて、食べさせてたんですよ。結果として、ここにいる皆さんは、人間のカタチではあるけれど、忌雷と同じ性質を持ってしまったということになります」