タシュケントの話を聞いている限りで、伊豆提督が辿り着いた1つの答え。それは、タシュケントの所属している秘密組織の拠点は潜水鎮守府であり、その維持には大本営が絡んでいるということ。
第二次深海戦争が終わって20年、今の戦いが始まって10年、合計30年もの間を艦娘だけで維持しているのは流石に考えられなかった。資材は独自の線が出来ているというが、それだって大本営にバレないように長い年月を過ごし続けるのは不可能。
そもそも、後始末屋はともかく、調査隊が潜水艦では無かった理由自体も実際は嘘としか思えない。艦娘の精神衛生上、潜水艦の拠点は難しいからという理由で、調査隊も海上艦とされているが、実のところ、秘密組織の拠点が見つからないようにするために手を回した結果がそれではというのが伊豆提督の答えである。
「大本営、グルじゃないの」
伊豆提督は溜息を吐くが、他の者達はそれどころではない。最も信用しなくてはいけない大本営が、裏側でカテゴリーBと関係を持っており、他の鎮守府から隠すために手を回していたのだ。
「理由はわかりやすいわよね。その時にまだ物心ついていないアタシですら、タシュケントちゃん達に罪悪感があるくらいだもの。当時既に軍に在籍していた人達は、アタシ以上に罪悪感を持っていてもおかしくないわ。それこそ、第二世代……というか
正確なことはわからずとも、何故そうなったのかはわかりやすい。一部の人間のせいで害を被った純粋種を保護し、元凶を探しつつも元凶に知られないように動くためにこうなった。
全ては人類の罪を作り上げた元凶のせいなのに、大本営が罪悪感から秘密組織を上手く動けるようにバックアップしているのだ。
「……タシュケント、ハルカちゃんが言ってること、当たってるのか」
深雪が聞くと、タシュケントはその通りだと小さく首を縦に振る。その姿に、聞こえるくらいの大きな溜息を吐いた。
援助してもらっておいて、人間のことを信じられないと考えることが信じられない。勿論、一部の人間に対して怒りを持つのは間違っていないとは思うが、全人類が信用出来ないわけではないことは、既に理解出来ているはずなのに。
「まぁいいや。そりゃあ今まで長いことそうやって生きてきたんだもんな。新参者のあたしがとやかく言えたことじゃあねぇよ。でもな、これだけは言わせてくれ」
「なんだい」
「後始末屋の人間のことは、お前達と立場は同等だと思え」
そうでなければ、お前のことは信用しない。深雪はタシュケントにそう突きつけた。
一方的な協力要請のことも鑑みると、タシュケントは自分達が被害者なのだから元凶ではない人間のことを、
目の前で仲間が人間に使い潰される様を見てしまったのだから、性格が歪んでしまっても仕方がないことだ。だからといって、深雪には許容出来ることではない。
「あたしはまだまだ生きてる時間が少ないけどな、人間にもいい奴と悪い奴がいるってことを知ってる。ありがたいことにいい奴ばかりだけどな。お前みたいに悪い奴を知らないから、説得力は無いかもしれないけど、お前もそれを知ってくれ」
人間を上に見ろとは一言も言わない。しかし、全ての人間が悪人では無いことを理解しろと、深雪は低い声で淡々と語る。
艦娘にだって、今のように話がわかる相手もいれば、カテゴリーMのようにまともに話が出来ない相手もいる。艦娘ですらそれなのに、人間が十人十色なのはすぐにでも理解出来ることだ。
それがこれまでの生き方で歪んでしまい、後回しになってしまっているタシュケントは、それすらもすぐには気付くことが出来なかった。
「そもそも、だ。お前だって元々何処かの鎮守府にいたんだろ。その時の司令とかどうだったんだ。そいつも悪人だったのか?」
今からもう30年も前の話。タシュケントも艦娘であるならば鎮守府に所属している。その鎮守府に提督がいないわけがない。
「……違う。同志
「じゃあお前だって知ってるじゃねぇか。いい人間と悪い人間がいるってことくらい。いい人間のことはちゃんと信じろ」
仲間であり友人である同郷艦ガングートが人間のせいで命を落としたという事実ばかりを反芻してしまい、そのことで研究者を弾劾しようとした提督のことを記憶の外に追いやってしまいかけていた。
辛く過酷な現実によりすり減り続けた理性では、まともな思考が出来ない。やはり、これまでの長い年月で歪んでしまっていたのだ。こんな簡単なことにすら辿り着けないくらいに。
「ハルカちゃん達だって被害者だ。元凶の人間のやらかしのせいで、全く関係ないのに罪人扱いされてんだからな。だから、まずそう考えるのをやめてくれよ。協力者なんだから」
深雪の睨みつけるような真剣な瞳を前にして、タシュケントは怯むでもなく反発するでもなく、落ち着いた表情で返す。
今はもう気付くことが出来た。30年、怒りと憎しみで澱んでいた思考が、これまでの薄暗い道が、深雪の言葉で明るく照らされたかのような感覚。これが
「……そうだね。その通りだ。あたし達は少し
そう言うと、タシュケントはあえてその場に立ち上がり、伊豆提督に向かって深く頭を下げた。
「
「いいのよ、そんなことしなくても。アナタ達の言い分は何も間違っていないもの。アナタ達も長い年月ずっと堪えてきたんでしょう。だから、頭を上げてちょうだい」
伊豆提督に言われても、タシュケントは頭を上げる。その頃には、深雪は少々バツが悪そうな表情に。
これまでの言い分は、言ってしまえば
「わりぃ、あたしも言いすぎた。嫌味っぽくなってすまねぇ」
「いや、多分ここで言ってもらわなければ、あたしはずっと君達のことを下に見ていたと思う。気付かせてくれたことに礼を言うよ。
礼を述べながら、タシュケントは握手を求めた。仲直りの印と、感謝の証として。
深雪もその手を握り返す。これで和解。今までのことは水に流して、協力者、仲間として、これから付き合っていきたいと、態度に示した。
「そうだ、ちゃんと話しておかなくちゃね。でも、あたしも知らないことがあるんだ」
ここで改めてタシュケントは知っていることを話す。包み隠さず、知る限りのことを全て。しかし、活動自体がそこそこ単純──元凶を探し出して始末する──であるため、今まで話したことが大体全て。
ここからは踏み込んだ話になるだろうが、そこはやはり秘密組織。組織内でも内密にことを済ませている部分もある。
「確かにあたし達の組織はとある人間に援助してもらってる。君達が察した通り、大本営から秘密裏に。ただ、あたしはそれが誰かまでは知らないんだ」
相手が大本営であることは知っていても、そこからの詳細は知らないということ。
タシュケントの話し方を聞く限り、大本営の存在は当然ながら知っているが、その内部構造まで把握しているわけではない。自分達の扱いなどすらキチンと理解出来ているわけではないのだから。
また、補給するときも外部にバレないように行なわれるため、組織内でも知る者は少なめにされている。タシュケントは特にそちらの方には関わっていないため、援助のことは知っていても、その向こう側──何処の誰が援助してくれているかまでは知らない。
「細かいことを全部知ってるのはボスだけだね。ボスも、あたし達のことを考えてこうしてくれてる。あたしはここで自覚出来たからもう大丈夫だと思うけど、やっぱり人間に対して恨みがある仲間もいるからさ、何処の誰かがわかったら、元凶の前にそこに乗り込もうとするのもいるんだ」
「確かに、そうかもしれないわね。アタシも深雪ちゃん達に真実を伝えるのを先延ばしにしようとしていたから、耳の痛い話だわ」
伊豆提督は数日とはいえ真実を隠すということをしている。それは、生まれたばかりで世界の真実を知ったら、カテゴリーWといえど精神的にどうなるかわからなかったからだ。
秘密組織のボスは、同じことを30年続けていたわけだ。隠しておけばいいことは隠し続ける。余計なことはしない。所属している第二世代が不自由しないように、既に精神的にも厳しい仲間達がより狂うことがないように配慮し続けている。
組織の仲間達はそれを理解して、それでもボスのやり方に文句を言わずに、共通の目的のために長い時間を過ごしている。それが心を守るための手段だと無意識に理解して。
タシュケントは深雪のおかげでその
「だから、許可さえ下りればだけど、ボスに会ってもらった方がいいかもしれない。協力してもらうなら対等に。隠し事も無しで、だよね」
「アナタ達がそれでいいなら是非とも会いたいけれど……アタシは会わない方がいいわよね。何せ、人間だもの」
ボスは自分から動けないため、会うなら出向く必要はあるだろう。しかし、そうなると人間を組織の拠点である潜水艦に入れなくてはならない。
タシュケントが今言った通り、人間に深い恨みを持ってしまっている者もいるのだから、人間が目の前に来てしまったら暴走して襲い掛かる可能性が非常に高い。
「そうだね。だから、来てもらいたいのは……」
「……あたし達だよなぁ」
深雪が頭を抱える。電も自分のことを言ったのかとようやく気付き、アワアワと慌て出した。
実際、全員で出向くのではなく、深雪と電が出向くのであれば、後始末にも支障は無い。仕事を中断させることの方が問題である。それに、やはり重要なのはカテゴリーWであること。純粋種であるから話が通じる。
さらにいえば、タシュケントには深雪が本当に大切なことを思い出させてくれた相手であるというのもある。人間に対して深い恨みを持っている所属メンバーも、深雪ならば諭せるのではないかという淡い期待があった。
「ちょっと考えさせてくれ。そもそもさっきも言ったけど、あたし達はまともに戦うことも出来ないんだ。生まれたばかりで経験も全く無いからな。そんなあたし達がそちらに向かったところで、何かされたら抵抗も出来ねぇ」
「な、なのです。深雪ちゃんはともかく、電なんてもっとダメなのです……。喧嘩は良くないですけど、止める力もないのです……」
秘密組織の艦娘達は、第二次深海戦争を乗り越えた猛者しかいないようなものだ。老朽化の兆しがあるとしても、深雪や電と比べたら天と地の差があると言っても過言ではない。
それにもし襲われるようなことがあったら、何も出来ずにやられるだろう。それこそ、ほんの少し前のタシュケントのように一方的な協力要請を暴力で訴えてこようものなら、二人は為す術もない。
「ある程度はあたしが守るけど」
「それだと意味無ぇんだ。説得力が無い」
弱い者の言葉を聞いてくれるかどうかは相手次第。暴力で訴えてくるような輩は、間違いなく話を聞かないだろう。そうなった場合、会いに行ったところで全てが無意味になる可能性がある。
「だから、あたし達が力をつけてからにしてほしい。一応今日の午後から訓練をしていく。なるべく時間がかからないように努力するから、少しだけ待っていてくれないか」
協力はする。しかし、今のままでは足手纏いだ。ならば、そうでは無くなるまで鍛えてから協力したい。深雪はそう話した。
それに対して言葉が無いということは、伊豆提督も同じ気持ちなのだろう。今のまま深雪と電のみを送り出すのはあまりにも危険。
「わかった。あたしも急に来たからね。それもこれも一方的すぎたよ。だから、こちらでもいろいろ話をしてからもう一度来る。その時にはまた話をしたい。いいかな」
この問いは、深雪ではなく伊豆提督に向けての言葉。深雪の意思は前を向いていても、最終決定はうみどりのトップである伊豆提督の判断。
「ええ、そうしてくれると嬉しいわ。時間が限られていることはわかるけれど、確実に攻略するのなら時間はある程度かけないとダメだもの」
タシュケントはこれに納得し、今回の件を持ち帰ることとした。最初の頃から比べれば、互いに穏やかであった。
この対話をじっと見続けていたイリスは、やはり深雪の力を確信していた。その彩は、タシュケントを包み込み、穏やかな光へと変えていた。ギラつく程青かった彩は、深雪と接することで淡くなっている。
特異点としての力の片鱗が見えるのは、今のところイリスのみであった。
実は今回の話によって、これまで書いてきた話が通算1500話となりました。今作もそろそろ100話が見えてきたところで話がようやく動いたので、長丁場になりそうです。流石に今作で通算2000話は行かないとは思いますがね。