丹陽の推理によって、保護された者達に施されている暗示などは、妖精さん由来のモノであり、それを悪用しているモノだと考えられた。
それをどうにかする手段として、丹陽が主任に提示したのは配置転換。妖精さんの在り方をガラリと変えることが出来る、妖精さんにしか出来ないこと。
今は主任がその準備を始めている。妖精さんに施す処置を人間に出来るのかはわからないが、まずはやってみなくては話にならない。
「今の状態から配置転換をするとして、
丹陽が語るのは、阿手の暗示の強さと弱さ。妖精さんを材料にしたことで強力かつ凶悪な暗示になってしまっているかもしれないが、その根幹、どんな暗示がかけられているかという点では、それは聞くに堪えない馬鹿馬鹿しいモノ。ただひたすらに、特異点へのメンタルダメージを蓄積させることを狙っているのみ。それを仕掛けた張本人はもうこの世にいないのだから、最低最悪の忘れ形見を置いていったのみ。
そんな阿手の最後の悪足掻きを、完膚なきまでに潰して、この世界から阿手の痕跡を少しでも減らしてやるというのが丹陽の考え。
「では、何に配置転換をするか……ですが、一応考えているモノはあります。ただ、貴女達の在り方をそれにしてしまうモノでもありますから、もう少し慎重にことを運びたいところです」
これは今の阿手の最後っ屁を無力化するためには必要なこと。妖精さんなら、転職するくらい、むしろクラス替えとかその辺りの感覚で配置転換が出来てしまうのだが、それをヒトのカタチで実行することは容易ではないだろう。
曖昧な立ち位置ならば転換は出来ないだろう。それこそ、職として認識出来るような立場へと切り替えない限り、暗示は残り続けるとも考えられる。強固な暗示であるならば、相応に処置出来る立場を。
「……まるでブラック企業からの転職みたいね……」
伊豆提督が苦笑しながら呟いた。
主任が準備を終えたのは、それからすぐのこと。人間相手に配置転換なんて、これまででは絶対にやらないようなことであるため、いろいろと考えた結果、用意されたのはまず配置転換とはどういうモノであるかを知ってもらう場。
今回はたまたま配置転換をする予定だった妖精さんがいたため、それを例に話を進めようということになっている。
工廠のまた別の場所でやっていることなので、全員でそこに移動することとなり、その際に一度外に出ていたイリスとも合流。神威を連れてきてくれており、早速ムーサと高波に癒しの『排煙』を施し始める。
「事情、私も聞いて良かったのでしょうか。イリスさんからは他言無用ということまで聞いていますが」
「……こうなったら仕方ないもの。ごめんなさいね、巻き込んじゃって」
「いえ、大丈夫です。私のこの力がお役に立てるのなら」
これまでとは一転して落ち込んでいるムーサと、それに輪をかけて悲しそうにしている高波の姿を見ると、これが普通ではないことが起きたのだと理解出来る。
特にムーサの静かさは普通ではない。いつもなら高波に忌雷を貰っておやつを食べているはずなのに、全く手が伸びないどころか、食欲がないというような素振りまで見せる。いつもは振り回されている副官ル級ですら、今はムーサのことも心配して寄り添っているほど。
「何があったんでしょうか。皆さん、とても疲れた顔をしていますが……」
「後からちゃんと話すわ。神威ちゃんも、この秘密を知る1人になってもらうことになるから」
「秘密、ですか。わかりました。墓まで持っていくつもりで、後から聞かせていただきます」
話しながらも到着したのは、普段なら立ち入り禁止区域となっているうみどりの奥。ある意味、妖精さんの領域。
ここに普段から出入り出来る者は、伊豆提督とイリス、そして工廠担当となった明石しかいない。長くうみどりで勤めている神威ですら、ここに入るのは初めてのことである。
「妖精さんの配置転換は、非常に簡単なモノです。ボスの時代からこうだったんですか?」
「そう、ですね。私はその様子を見たことは無いですけど、艦載機の妖精さんが、さらっと別の艦載機に乗っていたりしたのは覚えています。基地航空隊に配備されたりするときは、特に多かったと思いますね」
「はい、その通りです。基地航空隊の配置転換は特に顕著ですね。あれは部隊ごとに役割を与え、それが終わればまた違う役割となる。転換するたびに妖精さんは自分の在り方を切り替えています。艦娘に搭載出来る艦載機乗りの妖精さんは、それをよく経験していたかと思います。本人は楽しんでいますがね」
同じことをやっているようで、システム的には大幅に違うというのはよくある話。しかし、妖精さんの中では、見た目通りのお手軽な変更である。多少時間はかかったとしても、人間ではそうはいかないことを、非常に簡単に済ましてしまう。
「その実際の配置転換の仕方は、こちらになります」
妖精さんが小さいからというのもあるが、その形状に一同は目を丸くした。
「で、電子レンジ……?」
離島棲姫がそれを口に出す。誰もが思っていたことである。
妖精さんサイズのちょっとした小部屋と言われればそうかもしれないが、横開きの大きな扉が電子レンジ感を非常に強くしてしまっている。
妖精さんの1人がさらっとその中に入っていくのを見るとより訳がわからない。
「更衣室みたいなモノです。形状が悪いだけですから」
扉が閉まると、中から光が漏れ始める。そして、小さいもののブーンと何かの機械が動くような音まで聞こえてきた。
「いや電子レンジでしょ」
離島棲姫、二度目のツッコミ。しかし、明石はそう見えるだけですと断固として譲らない。私がおかしいの? と離島棲姫は周囲に助けを求めるが、苦笑するだけで終わっている。ダウナー飛行場姫は、離島棲姫の肩をポンと叩き、力抜こうねと表情一つ変えていなかった。
その音が徐々に小さくなっていき、おおよそ10分ほどの処置が終了。離島棲姫はこれチンとなるのではと身構えていたが、流石にそこまでではなくて、安心したやら肩透かしやらで複雑な表情をしていた。
「これで終了です。妖精さんの配置転換はこれくらいお手軽なんですよ。この妖精さんは、さっきまではとある艦載機のパイロットをしていました。翔鶴さんが使っていたモノですね。ですが、戦闘中に少々良からぬ使い方をしてしまったようで……」
「私の肩をぶち込んだヤツ……? うわ、だる……」
「まぁ本来の使い方から想定していない使われ方をしたため、システムに少し異常が出てしまいました。そのため、配置転換を行い、少しの間は、工廠妖精となってもらいました」
そこまで大幅に違う存在となれるのかと、一般人達は驚く。小部屋に入る前の妖精さんは、パイロットと言われればそうだと一目でわかるくらいにはそれらしい姿をしていたが、出てきた後は主任や今の明石と同じようなツナギ姿になっていた。
主任と顔を合わせると、これからよろしくと言わんばかりに頭を下げた後、軽くハイタッチして、新たな持ち場へと移動していく。変わってすぐに、もう仕事が出来るというのも、なかなかに驚き。
「あの戦闘がかなり広い範囲になりましたからね。工廠がちょっと足りませんでしたし、ちょうど良かったですね、主任」
明石の言葉に、主任は深く頷いた。今そこに人員が足りないならば、他の妖精さんを連れてきて配置転換を行い、最も最適な人数配分にしているというのもある。家具妖精さん辺りは、工廠やドックの妖精さんと兼任が多く、配置転換を繰り返しているのだそうだ。全く配置転換をしていないのは主任くらい。
「貴女達には、これを受けてもらうことになります。体内に取り入れられてしまった妖精さんの成分を、このように配置転換を行うことが出来る、はずです」
「レンチンされるんだ……」
「貴女は本当にレンチンしましょうか?」
「やめて」
冗談はさておき、と明石は話を戻し、当然ながら人間大の配置転換の装置などあるわけでもないため、まずはそれを用意するところから始まると伝える。と言っても、今の妖精さんの技術力ならば、対して時間はかからない。立ち入り禁止区域にある空き部屋をそのように改造するだけで、小一時間もあれば大丈夫だと胸を張る。それ自体が凄まじい技術なのだが。
「なら、初っ端はオレがやります。一度寝ちまってるし、暗示はかかっちまってるんですよね。だったら、むしろいの一番じゃなきゃダメだ」
今回も元ヤンキー戦艦棲姫が自ら名乗り出る。上手く行くかわからないことに対して、すぐさま飛び込むのはすごいことであると同時に恐ろしさも感じる。
「え、だったら私だって当てはまるんだし」
「お前は母ちゃんいるんだからもう少し安全なことがわかってからやれ。オレはそういうしがらみが無いんだからいいんだよ。父ちゃんも母ちゃんも今回の件でやられちまってる。だから、家族がいるお前は自分を大事にしとけ。オレだって死ぬつもりでこれに参加するわけじゃねぇよ。自分が可愛いから真っ先に治してぇだけだ」
杏もやると言い出そうとしたが、すぐにそれを抑えつける。伊豆提督は、この戦艦棲姫の好青年っぷりに、より一層感動した。元ヤンキーとは思えないくらいに他人思い。かつての昼目提督を思い出すようで、どこかしみじみとした表情もしていた。
「つーわけなんで、オレがやります。準備出来たら、よろしくお願いします」
「ええ、わかった。主任、大丈夫?」
力強くサムズアップする主任。失敗したとしても、身体に影響が出ないようにすると自信を持って提供する。
前代未聞の、人間の配置転換。それが成功するかどうかは、今はまだわからない。