後始末屋の特異点   作:緋寺

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与えられる役割

 世界で初となる、人間の配置転換。その準備が刻一刻と進められていく。その最初の被験者として選ばれたのは、元ヤンキーの戦艦棲姫。既に一度眠っていることで脳波の乱れが観測されているが、無自覚であることから暗示が既に始まっているとして、自ら立候補している。

 今のところは、その暗示によってどのようなことが起きるかはわかっていない。暗殺をするにしても、その対象となる伊豆提督は常に他の者と一緒にいるし、そうするための道具は与えられないようにされている。今は何も出来ないのだから、完全な無自覚を維持しているのかもしれない。

 隙を見せたら突如襲いかかってくる、なんてことはあり得る。そのため、今は常に隙を見せずに動いている。

 

「まだ準備に少し時間がかかるから、今は休んでいてちょうだい。悪い結果にならないように、こちらも最善を尽くすわ」

「うす、よろしくお願いします」

 

 戦艦棲姫は小さな頭を下げる。

 

「そうだ、先に聞いておこうかしらね。アナタ、名前は?」

有賀(アリガ) 春星(シュンセイ)と言います。よろしくお願いします」

「春星ちゃんね。いの一番に身体を張ってくれてありがとう。アタシ達にはどうしても無理なことだからお願いしなくちゃいけないことだったけれど、アナタが自分から来てくれたこと、本当に嬉しく思うわ」

「罪滅ぼしもありますし、それに、今は役に立っておきたいと思ったんで」

 

 戦艦棲姫──春星は、伊豆提督に頭を下げる。これで本当に元ヤンキーだったのかと疑問に思ってしまう程だが、昼目提督という割とわかりやすい前例が身近にいるので、納得は行く。昼目提督も初めて会い、()()()()、更生した直後はこんな感じだったなとしみじみ思う。

 

「ここでやることなら、死ぬことは無いでしょう。でも、何か危険なことはあるかもしれない。もう暗示も動いちまってるんだから、オレが適任ですよ」

「そうかもしれないけれど、そう考えられるのは勇気のいることよ。それに、杏ちゃんのことも後に回すように気を遣うなんて」

「せっかく親と会えてるんですから、万が一があっちゃいけないですよ。その点、オレはその心配もない。割り切るのは悲しいことかもしれねぇけど……いや、今はそんなこと考えてるのもやめときます。後悔はクソほどしてる。ならその分、ここで助かった奴らのために、身体張りますよ。姐さん達のためにもなるんだ。ここで退いたら、男が廃るってヤツです」

「アナタ、男の中の男よ。見た目はそれだけどね」

「出来りゃ、コレも治ってくれると助かります。小っ恥ずかしいし……本来あるモノが無いし、無いモノがあるしで……」

 

 下手をしたら、今この場で最も落ち着いているのは春星ではないかとすら感じる程であった。

 

 

 

 

「配置転換するにあたって、与えられる役割を決めなくてはいけません。私としては、皆さんには今の暗示よりも強い役割を持つことが必要になるかと思います」

 

 丹陽が説明する。妖精さんの受け持つ役割に差異などないとは思うが、どれも妖精さんが妖精さんとして真っ当に生きていくために大切な在り方であることは間違いない。戦場に出て戦うのも、工廠でサポートするのも、同等に艦娘のため、人間のために働く誇りあるモノ。

 配置転換は、それを遵守する。今の在り方を、別の側面に切り替えるということである。一種の等価交換。

 

 妖精さんを食べさせることによって、その性質を与えられたと考えられる者達の今の在り方は、阿手の暗示により、うみどりを混乱させる者となっていることだろう。何かあったとしても、何も無かったとしても、今うみどりはそれに振り回されている。

 それを別側面にするとなると、相応に強い役割が必要になるだろう。1つの組織を混乱させる程の存在なのだから、それと等価なのは、1つの組織を支えるくらいの役割。普通の人間には荷が重いだろうが、それをなるべく緩和したカタチの役割を考える。

 

「うみどりの職員……というのが、一番妥当でしょうか」

「仲間達の命運を握る存在になるのは間違いないわ。ただ、そうなるとうみどりに縛り付けることになってしまうわね。在り方がそれとなると、多分軍港とかに行ってもうみどりから下りられなくなるわ」

「……充分重いですね。ですが、今の在り方からして、それだけのモノにされているのは間違いありません」

「それだと子供達が可哀想よ。ここでしか遊べないのは、ね」

「だとしたら、強い在り方でありながらも、ある程度の自由が必要ということになるわけですか」

 

 例えば、うみどりの専属妖精さんのような役割を与えたとしよう。妖精さんはそれを良しとしているため、艦娘達がうみどりから出て一時の休息を楽しんでいる時も、うみどりの中で作業を続けている。妖精さんは、()()()()()()()()()()()()()。そこに人間的な感情はなく、妖精さん独自の感性の中で生きている。

 しかし、ここにいるのは妖精さんの性質を与えられただけの人間だ。感性は妖精さんとは違う。同じところで同じことをし続けていたら、それが義務であっても退屈である、つまらないと感じてしまうだろう。子供なら尚更だ。

 

「自由さを与えれば、暗示よりも弱くなる。暗示を乗り越えようとすると、自由さが奪われる……こっちが立てば、あっちが立たない……なかなか難儀な状況になったわ。何もかもが、この子達に全く非がないっていうのに」

 

 ただひたすら問題があるのは阿手である。自分以外をただの道具としか思っていないから、後のことも何も考えていない。消耗品、捨て駒、そんなモノに目を向けることがない、ただの独裁者。

 

「いいとこ取りが出来れば……妖精さんとしての力をうまく操りつつ、人間としての在り方にもなれる配置転換……」

「狙われたところでアタシが全部返り討ちにする自信はあるわよ。でも、それじゃあ何も解決にならないし、アタシ以外にも被害が出るわ。今はこうやって人の目があるから動いていないだけだと思うし」

「はい……特にまずいのは、特異点──深雪さんだけでなく、電さんにも知られた場合です。もう今だと、何が起きてしまうかわかりません。というか、特異点の力ばかりに頼っていたらダメです」

 

 本当にどうしようもなくなった時は頼らざるを得ないだろう。しかし、今は全てをやり尽くしたわけではない。出来ることを全てやることが、自分達の仕事だと力を尽くす。

 

「考えるのが私達の出来る最大の仕事。戦えない今、頭を回さなければ」

「ええ……アタシもこういう時に責任を取るから提督をやっているのよ。誰も苦しまないために、考えて考えて考え通すわ」

 

 凝り固まった考えでは、未来は見えない。故に、伊豆提督や丹陽も、一度神威の癒しの『排煙』を受けておく。ふぅと落ち着き、深呼吸。脳に酸素を回して、落ち着いた状態で考える。

 

「……うみどりから下りるのは、半舷上陸というカタチにすれば出来ますよね。でも、それだとやっぱり職員というカタチになりますか」

「そもそも職員なら、うみどりでの役割を持ってもらわないといけないわ。工廠で働くとか、食堂で働くとか。いや、働いてもらうのは悪いことではないんだけれど、子供達のこともあるし……」

「妖精さんの性質に縛られない、何かいい立ち位置があれば……」

 

 2人して悩んでいる時、それを聞いた者達も自分達がどうあるのがいいのかを考え始める。何か閃かなければ、先がない。

 

 そして──

 

「思ったんですけど……そんなに簡単に配置転換出来るなら、その時々で変えればいいのでは……? 今は縛り付けられないとどうにもならないなら、縛っておけばよくて、解きたい時までに考えておけば……」

 

 ボソッと、護衛棲姫が呟いた。何もそんなに深いことを考えず、とりあえず今だけ乗り切ればいいのではと。

 軍港に向かったりで外に出なくてはいけない時には、また配置転換をすればいい。それこそ、外で活動する役職に転換すれば、うみどりから離れられる。少し重めにする必要があるなら、そのような役職にするだけ。そして、そうやって時間を稼いでから、治す方法をちゃんと研究するという方針が、今は手っ取り早いのではと。

 

「で、出過ぎた真似ですか。ごめんなさい聞かなかったことにしてください許してください私はいない者として扱ってください」

「その案、採用」

「ふぇっ!?」

 

 伊豆提督が護衛棲姫にサムズアップ。時間が無いのなら、時間を稼げばいい。嫌な思いをしなければまだマシだ。

 

「うん、今はそれがいいでしょう。先延ばしと言われればそうなりますけど、今をどうにかするならおそらくベストです。というか、妖精さんだって、一度配置転換したら二度と同じモノになれないなんてことはないんです。その性質を持っているなら、その時その時で最も適した役職に就けばいいだけです。重く考えすぎましたかね」

「一生に一度の処置じゃあ無いんだものね。抜けてたわその考え方……」

「客観視、必要ですね。ありがとうございます」

 

 急に褒め称えられて、目を丸くする護衛棲姫。話はどんどん進んでいき、配置転換は都度行われるということで落ち着いた。

 自分の発言がここまで大きなことになるなんて思わず、護衛棲姫は乾いた笑いしか出なかった。

 

 

 

 

 主任が準備出来たと呼びに来たのは、それから数十分後。その頃には子供達がもう疲れから眠ってしまっており、おそらくかけられた暗示も起動してしまったと考えられる。だが、眠ったままであれば起こす必要も無いし、もし何かあっても押さえつけることは可能。落ち込んでいるとはいえムーサもいれば高波もいる。副官ル級は特に力が強いため、子供達の身体がいくら姫であろうと、おそらく上から押さえ込むことは出来るだろう。

 

「うし……行ってきます。今の今まで何も起きなくて良かった」

「そうね。突然暴れられたらどうしようかと思っていたけれど、何事もなくて本当に良かったわ」

「部屋ん中で何かあったら、その時はまたお願いします。ぶん殴ってでも止めてください。オレにだったら、また抵抗が薄いでしょう。それに殴られることには慣れてるんで」

「そんなこと慣れなくていいのよ。大丈夫、心配しないで。アナタに悪いことが起きないようにしているから」

 

 春星はサムズアップしながら主任の用意した部屋へと入っていく。あからさまに電子レンジというわけではなく、扉の部分が普通よりもかなり強固な造りになっているのが、素人目でもわかる。内部でされていることが、何も漏れないように。

 

「それじゃあ、始めましょう。前代未聞の、人間の配置転換……上手く行ってちょうだいね」

 

 もう、願うような言葉だった。誰にも傷ついてほしくないという、心の底からの願いは、特異点があらずともきっと叶う。

 

 

 

 

 その結果を見て、喜ぶか悲しむかは、今はわからない。

 




ようやく名前を与えられた元ヤン棲姫こと春星くん。苗字の有賀はアルゴス、名前は読み方を変えたりしてペルセウスから(はるせとする)。こんな感じの名前、ちょっと今時かなとも思ったり。
ギリシャ神話を知ってる人ならちょっとわかると思いますが、杏の由来としているアンドロメダとペルセウスの関係は、離島棲姫案件です。
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