護衛棲姫の呟きから、ひとまず全員をうみどりの職員というカタチで配置転換させることで、かけられた暗示を解く作戦に出ることとなった。
考えているうちに主任が人間大の配置転換設備として空き部屋を改造。そこに最初の被験者として立候補した元ヤン戦艦棲姫、春星が入っていく。その中の構造は、見た目は普通の部屋であるのだが、扉は重厚なモノへと変えられており、内側で起きていることは音漏れすらしないくらいにされている。
「妖精さんの配置転換にはおおよそ10分強という感じだけれど、サイズがここまで違うのだから、かかる時間も変わると思うのよね」
春星が入って行った扉を見つめ、他の者達にも聞こえるように話す伊豆提督。1人につき、これくらいかかるんだぞという指標も、春星の献身の心によって紐解かれる。
妖精さんはその部屋の制御に大忙しだ。そもそもやれるかもわからない処置ということもあり、いくら妖精さんといえども慎重に慎重を重ね、間違いが起こらないようにと緊張までしている。
春星が中に入ってからすぐ、部屋からブーンと音が聞こえ始める。相変わらず電子レンジのような音だが、先程とは違い、サイズがサイズであるため、その音もそれ相応に大きい。中で何が起きているかわからないのも、何とももどかしい。
「音だけ聞いてると、これ大丈夫なのかって思っちゃいますねぇ。妖精さんが慌ててないですし、よっぽど大丈夫だと思いますけど」
「ええ、何事もなく終わってくれるはず。主任、一応すぐに脳波が測れるようにしておいてもらえるかしら」
主任は抜かりなしとサムズアップ。既にこの部屋の中に脳波の測定が出来るような機材も持ち込んでいるらしく、処置をしながらいろいろ確認しているようだ。それこそ、処置が悪影響を及ぼして、心身に何かしらおかしなことを引き起こしても困ってしまう。
それを見る限り、脳波は比較的安定しているらしい。現在進行形で、体内に植え付けられた妖精さん要素を暗示諸共配置転換しているのだから、何かしら出てもおかしくはないのだが。
だが、そんなことを言っている間に、やはり脳波に大きな反応が見えた。主任もその数値を見て、他の妖精さん達に指示を飛ばす。
「何があったの?」
主任は身振り手振りで説明する。それを読み取ると、室内の春星が脳波だけでなく息を乱し始めたという。身体にもどうしても負荷がかかるようで、痛みなどは無いようだが、大きな疲労に繋がってしまうようで、すぐに椅子に座るように促した様子。
体内の細胞を入れ替えるようなモノ。人工透析でも大きく疲労したりするのだから、この処置でそういった部分が出てこない理由はない。
妖精さんは人間とは違う構成をしているから、さらっと配置転換してさらっと次の仕事を始められるが、こちらは違う。あくまでもメインは人間、もしくは改造されて深海棲艦の身体を得ているだけである。
「高熱が出てしまっているみたいですね。これはどうしても悪影響と言えるでしょう。耐えてもらうしかありません」
丹陽も部屋の中のことを案じながら、ただ見ていることしか出来ない。ここまで来ると、誰かが何かをするということは不可能である。
「……こうなると、子供達が危ういわね……春星ちゃんの様子次第では、このシステムも改良が必要かもしれない」
「もうこれしか無いということも考えておいた方がいいです。眠っている間に済ませてしまうがいいかと」
「そうね……これだけで済んでほしいわ」
処置はまだ続く。しかし、それに対して一同は何も出来ることはない。
時間にして30分。本来の配置転換と比べると、3倍に近い時間をかけての処置終了。部屋から音が聞こえなくなり、妖精さんの動きがより慌ただしくなる。
扉が開くと、フラフラの春星が出てきた。見た目は何も変わっていない。依然として戦艦棲姫の姿のまま。表情なども何も変わっていないが、とにかく疲労感が激しく、高熱はまだ治まっていないようにも見える。
「……しんど……くっそだるい……インフルエンザとかかかるとこんな感じなのか……?」
それでも自分の足で部屋を出ようとしているのだから、根性があるモノだと感心する。伊豆提督の顔を見た時、かなり疲れた顔をしているが、ニッと笑ってサムズアップ。
「終わりました。かなりしんどいけど、多分上手く行ってますよ」
「お疲れ様、春星ちゃん。時間がどれだけかかるかもわかったし、体調にどれだけ影響が出るかもわかったわ。ありがとう、人柱になってくれて」
「うす、これは結構キツイっスよ。ガキは寝てるうちにやった方がいいと思います。クソだるいだけで身体に影響は無いみたいなんですけどね」
話しながらもフラつき、壁から手が離せない。そうこうしているうちに、妖精さんが車椅子を用意してくれていたため、春星はすぐそこに座らされる。
「あとはオレがどれくらいで回復するか、ですね。モノの数分で終わってくれりゃあいいんですけど」
「その様子だと、少し難しそうね。今はゆっくり眠ってくれればいいわ。むしろ、眠ったら再発するなんてことがないかを確かめておきたいもの」
「そうですね……んじゃあ、眠くなったら寝ます。しんどすぎると眠くもなくなりますねコレ」
車椅子に身体を預け、大きく息を吐く。本当に疲れているようで、一度座ってしまったら、もう立ち上がれなそうだった。
「おう、次はお前やっとけよ。オレにはコレくらいだけど、人間の身体だと何処まで負荷があるかわかったもんじゃねぇぞ」
春星がそう声をかけるのは、勿論杏である。春星と同じく、既に一度眠っていることで暗示が動き出している可能性があるのが杏。なるべく早くやっておきたいというのもあるが、唯一のカテゴリーGというのもあり、何かあるとしたら早いところ知っておく必要がある。
しかし、春星のこの疲労感を見て、よし次は自分だと前向きに進むことが出来るかと言われたら、なかなかそうはいかないもの。
「こ、これを、私も……かぁ」
引き攣った笑みを浮かべる杏だが、やらなければ先に進めないことも理解している。抵抗はあれど、いつかはやらねばならない。
「なんかあったら、みんなが助けてくれる。オレだって、今は無理だけど支えてやることくらい出来るからよ。さっさとやっとけ。早いに越したことねぇぞ」
「そ、そっか……このままだと他の人に迷惑かけるかもしれないんだもんね……」
一度大きく深呼吸をしてから、よしと決意したように自分の頬を叩いた。
「次、私行きます。いいですか」
「そう、ね。アナタの場合は春星ちゃんと同じでもう暗示が始まっているもの。続けて進めた方がいいわ。申し訳ないけれど、行ってくれるかしら」
「はい、迷惑かけたくないですもんね。すぐにでも行きます。というか、こんな立て続けに行けるんですか?」
そんな杏の疑問も、主任は全然大丈夫と大きく頷く。むしろ、これだけの大きさの部屋を用意したくらいなのだから、複数人同時に配置転換出来るとすら。それは子供達のことを考えた結果ではあるのだが。
「じゃあ……行ってきます。何かあったら、その時はよろしくお願いします」
「ええ、任せてちょうだい。危険が及ばないようにするのがこちらの務めだからね」
「……お母さん、私、行くね」
「ああ、頑張って」
二番手、杏が配置転換の部屋に入っていく。その背中を、母である紫苑は心配そうに眺めていたが、それを黒井母が肩を叩くことで落ち着かせる。
「大丈夫さね。あの子は強い子だろうに。まぁ母ちゃんとして不安はあるだろうがね」
「……ああ、流石にアレを見せられては、な」
「でも、やらにゃいけないんだ。それに、次はアタシ達だよ。アンタの娘が、2人目の人柱になってくれてんだ。自分からね。なら、今は信じて待つしかないね」
母同士の友情が芽生えているようで、お互いにこうして話しているだけでも少しは落ち着けているようであった。
時間はやはり30分ほど。杏の処置が完了する。脳波にブレが一度出てはいるモノの、それ以外は非常に落ち着いているモノである。
しかし、一番の不安はそこではない。春星にも起きた、大きすぎる消耗。高熱である。
「オレはこの30分で落ち着きましたが……アイツはどうでしょうね。頑丈な身体も持ってねぇ」
春星はこの副反応とも呼べる高熱は30分で大分治まっている。疲労感も抜け、車椅子から下りてもフラつかないくらいには。高熱も一時的なモノであり、処置さえ終わればスーッと抜けていくモノであるようだ。今使っている車椅子は、杏に使わせてやろうと席を空けることが出来ているほどである。
「深海棲艦の身体にされたから耐えられたってなったら、杏ちゃんが一番危険だけれど……妖精さん達はそこまで慌ただしくなっていないわ。だから、本当にまずいことにはなってないと思う」
現状ではそうとしか言えない。姿を見てみないことには、本当に心配すべきことが起きているかどうかはわからない。
部屋の扉が開くと、真っ先に紫苑が杏に駆け寄る。
「杏、大丈夫か?」
「あ……お母さん、うん、大丈夫……すっごく身体が怠いけど……何事もないよ……」
フラつきながらも出てきた春星と違い、杏は部屋から出てくることも出来なかった。そこが深海棲艦の身体を持っているかいないかの差であり、非常に消耗が激しく、支えがないと立ち上がることすら出来ないレベル。
コレだと30分での回復も見込めなそうである。ここから一晩眠った方がいいくらいだ。
「よく頑張ったな……でもこれで、心配事は無くなったはずだ」
「うん……それが本当に良かった……これでもう、疑われることもないもんね……」
「ああ、ようやく潔白が証明されたぞ。良かったな」
杏は紫苑が抱えて部屋から出し、春星が空けてくれた車椅子に座らせる。息も荒く、高熱が出ているのが一目でわかる程の消耗。今は休ませないと、むしろ悪化しかねない。
車椅子に座った直後から、杏はもう眠ってしまいそうだった。それを咎める者は誰もいない。今は眠っておいた方がいいだろうと、むしろそれを推奨する。
「……少し、寝るね……」
「ああ、おやすみ杏。目が覚めたら、みんな終わっているだろう」
この処置が成功しているかは、今も確認されているが、妖精さんの反応からして、間違いなく上手く行っているだろう。
阿手の最後の抵抗は、これで完全に潰えることになった。
子供達も高熱を出すので、そこは処置をされない透と蛍などが責任を持って寝かしつけます。