外が薄暗くなってきたところで、後始末作業の初日が終了。本来なら夜通しやりたいところなのだが、今回の後始末はこれまでにないレベルの長丁場であることは確実。そのため、ゆっくりにはなるが、確実に仕事をしていく方針となっている。
夜の間の作業はどうしても危険度が上がる。探照灯を煌々と照らしながらの作業となるのだが、それでも難しいところは多い。特に今回は、最初のメインが海中であることもあり、そこは潜水艦の独壇場。そちらにもある程度はやすんでもらわないとどうにもならないところはある。
「初日、お疲れ様。夜の間は監視だけとしておくわ。昨日の夜もそうだったんだけれど、今のところは何事もなく進めてる。まだ探り探りなところもあるから、慎重に行かせてもらうわね。今日のところは全員休んでちょうだい」
伊豆提督の言葉が工廠に響き、作業に参加していた、一部を除く全艦娘は、お疲れ様と伸びをしたり気怠そうにしながら洗浄へと向かった。
これだけやっても1割には確実に届いていない。数%と言ったところだろう。そしてこうやって休んでいる間にも、穢れは刻一刻と増えていく。何せ、やっているのは島。まだその正面の海部分しか手をつけられていないのだから。
「明日からは深雪達も加わるんだろう? 覚悟しておいた方がいいよ」
初日から疲れた顔の時雨が、終わりだけは一緒に迎えようと工廠に来ていた深雪を脅すように忠告する。深雪はどうかしたのかよと返すと、時雨は小さく溜息をついて語り出す。
「島がそこにあるってだけで、規模が嫌なほどにわかるんだ。結構進んだかと思っても、風景が変わらない。島も何も無い方が、まだ作業が進んでるって思えるね」
「なるほどな……そういや、こんなに陸地に近いところで作業するのって初めてか。風景が変わらないっつーのはいつものことだけど、島があると余計にわかりやすいのな」
「ああ、周りが水平線なら割り切れるけど、島はダメだね。
わかりやすく愚痴る時雨だが、だからといってやる気が無いわけでは無い。ここの後始末を進めるということは、阿手の痕跡を消すということ。存在そのものを否定するのならば、ここにあるものは全て無いモノとしたい。それを何故やった本人ではなくやられたこっちがやらなくてはいけないのだという文句はあるようだが。
この時雨の考え方は、全員とは言わないものの、阿手に多少なり恨みがある者──その大体が軍港都市で『量産』を受けた者──の中にあるモノだった。やるだけやって、滅茶苦茶にして、片付けることなく退場するとはどういうことだと。
最終的に命を奪ったのはこちらかもしれないが、もし生かして片付けろと言っても、確実にそんなことはしない。敗北をまともに認めず、最後まで謝罪の一つも無かった者は、むしろ片付けることも出来ずに散らかすだけだろう。そして自分を正当化する。そうされるくらいなら、嫌々ながらも自分達で片付けた方が100歩譲れると思っているようである。
「だから先に忠告さ。君も明日からこの感覚に苛まれることになるよ。あれ、まだここまでしかやってないのかってね」
「肝に銘じとくぜ……でも、やらなくちゃいけないことだから、後ろは向かねぇよ」
「放っておいてどうにかなるものじゃないからね。僕も渋々やっていくさ。戦場ならまだしも、敵が好き放題散らかした海を片付けるのは理不尽極まりないと思うけどさ。はぁ、これだから人間は。自分勝手が過ぎる」
溜め込んだストレスを吐き出すように話す時雨に、深雪はクスリと笑った。
初日の作業を終えた者達が洗浄を終えて休息に入っていく中、特に疲れた顔をしていたのはスキャンプだった。深雪もそれに気付き、軽く声をかける。
「どうしたよスキャンプ、疲れてんな」
「……テメェは今日作業してねぇもんな」
いつもの悪態はあるが、そこまで覇気がない。
「そうだ、特異点サマよぉ、テメェも今だけ潜水艦になれよ。海ン中の作業手伝え」
「海の中か……海上艦のあたしにはよくわからねぇけど、やっぱキツイか」
「キツイなんてモンじゃねぇ!」
余程溜まっていたのか、スキャンプは思わず声を荒げた。
「あのアデとかいうクソ、これまでずっと島の近くにゴミ溜め込んでやがったんだぞ。何年モノだよありゃあ。島の近くは何処見ても残骸、残骸、残骸、しかもまだ『舵』がそのままで仕込まれてるところまでありやがって。全部魚雷で吹っ飛ばしてやろうかと思ったぞクソが」
「うわ……」
深雪も言葉が出なかった。ただ戦闘中に発生したゴミだけならまだしも、これまでの長い年月蓄積された残骸が其処彼処に溜まり続けている。まるでゴミ屋敷、いや、
片付けても片付けても出てくる残骸、潜水艦の人数は限りがあるために作業効率は海上より悪く、重いモノを撤去するためには海上艦の力も借りねばならないために、余計に時間がかかる。
海上の風景が変わらないと時雨も愚痴っていたが、海中はそれ以上に作業が進まないという。風景も何もあったモノではない。しかもそこに、未だ手付かずで放置されていた罠である『舵』もあるとなれば、余計に神経を使わされる。
「穢れもアホほど出てやがるしな、あれじゃあ深海棲艦畑だ。いつ出てきてもおかしくねぇぞ」
「だよな……片付けが長引けば長引くほど、危なくなるよな」
「出てきたらまた作業が増えやがる。せっかく片付けたところがまた散らかるんだぞ。クソ過ぎるだろうが!」
海上艦にはわからない海中の辛さ。確かにそれなら潜水艦になってやりたいと思う。
そういえばと深雪は想像する。特異点の大先輩である吹雪は、さも当然のように海中で活動していた。潜水艦でもないのに、深海棲艦の姿ならばそういうことも出来る。もしかしたら、自分も出来るのではないかと考える。しかも、今なら前以上に力を持っているのだから、不可能ではないのではと。
「電、もしかしたらあたし達、海の中潜れるかもしれねぇ」
「なのです。吹雪ちゃんみたいに、ですよね」
電も同じ考えに辿り着いたようだ。スキャンプの優しいかどうかはさておき切なる願いを聞き、自分達も海中で作業出来るならしたいと思える程になっている。
「明日、試してみるか」
「なのです。出来そうなら、電達は海の中をやるのです」
「……マジかよ、正直冗談のつもりで言ったけど、特異点っつーのはそこまでやりたい放題出来んのか」
「吹雪がやれたろ」
「……そうだったな、アイツ、海の中でもやりたい放題だったわ」
スキャンプは逆に驚いてしまっていた。海上艦にこの苦労はわからないだろうと、深雪相手だから軽口を叩いたものの、そこから特異点の特異性を見せつけられる可能性が出てくるとは思っていなかった。
「海の上も大変だって時雨から聞いたけど、海の中はもっと大変だって言うなら、あたしは大変な方を手伝うぜ。早く終わらせたいからな」
「なのです。置いておいても危険なのですから、大変でも早く終わる方に参加したいのです」
「そう、速さは大事」
急に現れた伊203に、スキャンプはギャアと汚い悲鳴を上げる。深雪と電は丹陽の神出鬼没に振り回されているため、少しだけ慣れていることから、悲鳴までは上げなかった。
「今回は特に大切。速いことは正義。遅いのはダメ。余計な作業が増える前に片付ける」
「テメェの言ってることはわかるけどな、誰もがテメェと同じように動けると思うんじゃねぇよ!」
「でも、スキャ子はついてくる。速いのはいい。すごくいい」
「テメェ話聞いてんのか。あたいの言葉の理解を速くしてくれや」
伊203の速さに対しての熱弁を、スキャンプは余計に疲れた顔でツッコみ、そして最後は伊26がやってきて取り纏めてくれる。なんだかんだで、潜水艦隊を上手く纏めているのは伊26なんだなと、深雪と電は実感した。
時雨とスキャンプの話を聞いたことで、明日からの作業が少々不安になってくる。だが、やる気が落ちるというわけではない。不安があるからこそ、仲間達と共に力を合わせて後始末を進めていきたいと思う。
「なんと、お姉様方は海の中にも行けるのですか」
「可能性としてな。出来そうなら、あたしと電は海の中を手伝おうと思ったんだよ」
「素晴らしいお考えです。海中は我々ではわからない世界、そこにまで手を伸ばすとは、お姉様の思慮深い心が輝いておられますね。特異点だからというわけではなく、お姉様だからこそ、その考えに至れるのでしょう」
白雲が持ち上げ、深雪は頭を掻いて照れていた。寝る前の少しの自由時間に、こうして話すのも、心を癒すには必要なこと。
「でも確かに、海の中はヤバそうだもんねぇ。ウメみたいに『解体』も出来ないし、ムツキみたいに重いモノ持ち上げることも出来ないもん」
「煙幕は海に溶けちまうしな。それでも効果が出るのは実証済みだけどよ」
「上手く出せるかは、何とも言えないよね。雑にこの範囲に効果をってやるのは出来るけど」
グレカーレは少しだけ悩むように頭を捻る。海の上の苦労は、今日一日の作業でよくわかっており、時雨の言ったことはグレカーレも強く頷く程に同意している。だが、スキャンプの愚痴も理解が出来た。
「あたしとしては、早く終われる方に参加するってことで考えてる」
「電も、なのです。話してるだけで出来ないかもしれませんし」
「だな。まずは試してみてからだ。出来たら選択肢が増えるってことで」
後始末屋として、今は少しでも早くこの作業を終わらせたいところ。力を合わせて、穢れ塗れになってしまったこの島を綺麗にしていきたい。命を懸けた戦いよりも、その方が大切だと、純粋な心で口にした。
出来るかどうかがわかるのは翌日。優しい願いは叶うモノだが、果たして──。
一部の深海棲艦は海中でも呼吸が出来ると言っていたからね。深雪と電がそこに該当するかは、次回わかります。