特異点の力を使い、潜水出来るかを確かめた深雪と電。深海棲艦化までして、この島を綺麗に、平和にしたいという優しい願いに呼応して、かつての吹雪のように潜水、さらには海中での呼吸、会話まで可能となった。今の2人は深海棲艦であり、戦艦であり、潜水艦となったのである。
だが、それが出来たのならば、余韻に浸っている暇などない。と、言わんばかりの伊203が、2人の手を掴むと、すぐにでも作業を始めると現場まで猛スピードで引っ張っていってしまった。
「フーミィ、ちょっと待て、一回止まってくれ」
「何、時間がかかること?」
「あたし達、潜ることは出来たけど、泳ぐことが出来るかわからねぇ」
深雪の訴えを聞き、伊203は一旦スピードを落とした。潜れても泳げないとなれば、仕事なんて出来ないし任せられない。最悪、海底に足をつけて、陸と同じように動くことになる。
当たり前だが、海中を自由自在に動き回るのは、海上で動くのとは勝手が全く違う。二次元的な動きから、三次元的な動きにしなくてはならないので、考えることが多い上に、艤装も独特な挙動をする。
特に伊203は異常に速い潜航を得意としているが、自らの泳法と、艤装のサポートがうまく噛み合っているからこそ、そういうことが出来るに過ぎない。同じことを、今潜ることが出来ただけの2人に出来るかと言われたら、出来るかもしれないが今すぐではない。
「少しくらい練習させてくれよ。すぐ後始末にかかりたい気持ちはわかるし、あたしだってそうしたいのは山々なんだけどさ」
「本当は、プールで少し練習してからとかの方が良かったと思うのです。でも、時間が無いというのもあって、現場でぶっつけ本番でやったのです。作業をしながら泳ぎ方も覚えたいのですけど」
「そうそう。作業が少し遅くなるかもしれねぇけど、その後が速くなるから五分五分っていうか多分そっちの方が速いぜ」
速いという言葉に敏感な伊203。その言葉を聞いて脳内で瞬時に計算して、どうした方が速いかを導き出した。
「わかった。現場に行くまでに泳ぎ方も練習する。速く泳げる方法、私が伝授するから」
「ああ、助かるぜ。やっばり海の上とは全然違うからな。コツとかあったら教えてくれよな」
「なのです。なるべく早く慣れたいのです」
「電はそもそもヒラヒラした服じゃない方がいい。動きやすい服になれるように願って。水着か、それっぽいモノになれるように」
伊203に言われ、電は確かにと納得した。深雪はもうインナーくらいしか着ていないような状態だが、電はドレス姿だ。海上なら何も問題はないが、海中だと確実に足を引っ張る。そのため、水着なりなんなりを着てくれと忠告を受けてしまう。
ついさっきこれが出来るようになったのだから、それに合わせた服装を、だなんて気が回らない。そういうことも考えるなら、やはり事前にプールで練習をしておくべきだった。
「願って服装って変えられるモノなのです……?」
「どうだろうな……あたし達は今の身体になる時に服が再構築されるみたいだから、もしかしたら変えられるかもしれねぇけど……」
「最悪、脱いだ方が早いかもなのです……」
「じゃあ脱いで」
「もう少し躊躇ってくれねぇかな!?」
海中で一度艦娘に戻るなんてことは出来ないため、今はもう応急処置として、スカート部分を大きく捲り上げて腰に巻くことで負荷を軽減するに至った。明日からは変身した後に水着を着ようと心に誓った電であった。
少しドタバタしたが、泳法も多少練習し、海中を自由自在に動けるようになったところで、改めて海中の現場へと向かう。
「いいね、2人とも、速く泳げてる。速いのは好き」
「そりゃどうも。教え方が良かったんだろうよ」
「潜水艦の皆さんと同じ泳ぎ方が出来て良かったのです」
スムーズに泳いでいく深雪と電は、全速力ではないにしても伊203に追いつくことが出来るくらいのスピードを出すことが出来ていた。素人ではあるものの、既に一般的な潜水艦娘と同等かそれ以上の行動が出来ているようなモノ。
とはいえ、主戦場が海の上である深雪と電には、潜水艦と同じような
「戦闘があったらよろしく頼むぜ」
「わかってる。そこまでは要求しない。今から戦えるようにする方が遅い」
「だよな。後始末は出来ると思うけど、戦いは無理だ。でも、あたし達はそれでいいだろ」
「なのです。むしろ、それがいいのです」
今は後始末専用の潜水艦としてのスペックで、本業へと立ち向かう。それが、後始末屋としての矜持。
「とはいえ……やべぇなこりゃあ」
深雪が周囲を見ると、そんな言葉が漏れるのも仕方ないような光景だった。
海底をその目で見るのは初めてのこと。海上とは違うことくらいは承知していたが、其処彼処にある残骸が辺り一面に広がっている。海賊船の後始末の際に、自爆した海賊船の残骸が海中に拡がってしまっていたのは記憶に新しいが、海中がそうなっているのは、逆に壮観である。悪い意味で。
「き、汚いのです……海藻の中にも入ってるのです?」
「うん。『舵』もあるから気をつけて」
「マジか……マジだ」
海中の中を注意深く見ていくと、本当に見つけてしまった。もしここに手を突っ込んでいたら、腕を刺されてしまうだろうという場所に。戦闘中に倒れ込んでしまったら、そのまま張り付いてしまうことだろう。
「一度煙幕撒いてみるか。都合がいいじゃねぇか」
「壊せるかどうか、確かめてみるのです」
海中での煙幕は、海上とは全く違う挙動になる。ばら撒かれるのではなく、溶け込む。そこの海水が、煙幕と同じ性質になると言ってもいい。海上から溶け込ませた場合は、その海域を自らの領域にするかのように効果を及ぼした。その際に、海は白く染まっている。
あの時は海面に手をつけて煙幕を垂れ流したが、今回は全身が海中に潜った状態での煙幕。手を翳して溢れさせると、煙というよりは靄のようにそこから拡がっていき、目の前を白く染め上げていく。
「煙幕っちゃ煙幕か。海の上とは拡がり方全然違うけど」
「あ、ちゃんと『舵』が無くなっていくのです」
その煙幕に込めた願いは、相変わらずの『阿手の完全否定』。この散らかった海底を見せられたことで、よりその思いは強くなり、阿手のいた痕跡をこの世界から完全に無くしてやるという強い決意も混じったことで、海中でも容赦無く消していく。
最終的に、そこにあった『舵』は完全に消滅。靄に混ざり合うように痕跡を無くした。
「よし、効果アリだな」
「一通り煙幕を撒いた方が速そうです?」
「『舵』を消してから作業した方が安全だと思う、だから、今から煙幕出しながら島の周り一周してもらう」
伊203の提案に、深雪も電も賛成。とはいえ、島の周囲と簡単に言うが、相当な距離がある上に、全部やるにはそれ相応に力を使うことになる。疲れ果てるのは確定しているのだが、しかしやれば今後の海中での作業の安全性が飛躍的に向上すると思うと、やっておきたいと考える。
「泳ぐ練習にもなるし、やっておくか……電、いいか?」
「なのです。皆さんの安全のためにも、やっておきたいのです」
「助かる。それじゃあ早速お願い。多分何処にでもあると思うから」
よしと深雪と電が気合を入れると、まずは互いの手を取り、効果を倍増させる。2人で海底に向けて手を翳すと、深雪だけでやった時とはかなり違う、それなりの量の煙幕──靄が溢れ出してきた。
靄はそれそのものに重さがあるように海底に沈んでいくと、海藻の、残骸の隙間に潜り込んでいき、『舵』を含めた罠ともなり得る要素を全て消滅させていく。阿手の完全否定という願いから、危険性があるモノ自体を全て消すような優しい願いへと昇華され、本当に危険なモノが取り除かれていった。
「これなら作業がしやすい。今よりやりやすくはなる」
「だな。ただ、時雨が言ってたことわかってきたぞ。何処まで行っても景色が変わらねぇ……横に陸があるのはわかってんだけど、進んでるのかが海の真ん中よりわからねぇよ」
確実に危険物を対処しているのだが、隣の陸は何も変わっていないようにしか見えない。そのせいで、本当にこの作業が進んでいるかがわからない。確実に進んでいるのだが。
「港は入り組んでるから念入りにお願い」
この段階で拾えるモノは次から次へと拾っていき、少しずつでもモノを減らしながら、深雪と電に海中を教えていく伊203。
「こりゃあ……時間がかかるぞ。フーミィ、何日かに分けちゃダメか。港は特にやらねぇとダメだからな」
「その分、残骸を減らした方が速そうなのです」
「うん、2人の体力の問題もあると思うから、それでいい。危ないのはやっぱり港のあたり。あそこは出来れば今日中に終わらせておきたい。それが一番速い」
「それはそうだな。あたしもそれは同意する。入り組んだところ程、入り込んじまってるかもしれねぇしな」
「なら、出力は今のままで、確実に隙間までやっていくのです」
深雪達が処置を施した場所は白い靄が残るため、あとから来るであろうスキャンプ達にも処置済みの場所はわかりやすい。作業効率はどんどん上がっていき、昨日とは比べ物にならない結果となるだろう。
「よし、どんどんやっていくぞーっ」
「おーっ、なのです!」
海中の作業がうまく進んでいけば、相応に後始末の終わりは早まっていくことだろう。特異点の海底作業は、必然的に海上の者達の効率も上げていくのだ。
この後、いくつかの事件が起きようとも、モチベーションが下がることは無くなるだろう。
煙幕ではなく靄を残すカタチで対処していきます。魚の卵じゃないからね。