「
おおよそ話したいことは話せたということで、タシュケントはここで一度拠点に戻ることにした。まだまだ顔を合わせるには時間が必要ではあるため、より細かいことはまたその時に話した方がいいだろうと判断して。
「同志ミユキ。君には長い年月で忘れてしまっていたモノを思い出させてもらった。感謝してもしきれないよ」
「そりゃお前の実力だろ。あたしが感謝されることは無ぇよ」
「謙遜はあまりいいことじゃあ無いね」
特に深雪に対しては深く感謝をしているようだった。人間に対しての怒りと憎しみはまだ払拭出来ているわけではないが、少なくとも善性を持った人間だっているということを思い出すことが出来たのは、深雪と話すことが出来たからだ。
深雪自身はそれに対して自分の手柄とは思っていないようだが、タシュケントにしてみれば深雪がいなければ取り返しのつかない状態になっていたかもしれないのだから、深雪はもうほとんど恩人である。
故に、タシュケントは深雪のことを『同志』と呼ぶようになった。仲間という意味で考えるのなら、深雪だけでなくここにいる全員が同志ではあるのだが、タシュケントは心の底から信頼している相手には特にこの言葉を使う。深雪はそれくらいの存在となっているのである。
「あ、そうだ。タシュケントちゃん、そちらも秘密主義があるから話せないこともあるとは思うけど、話せるなら聞いておきたいことがあるのだけれど」
最後に伊豆提督がタシュケントにちょっとしたことを聞かせてほしいと言う。タシュケントとしては、信頼がおける深雪が信用している人間であり、善性を持つ人間だと理解しているため、何も抵抗なくその質問に答えるつもりだった。
「何か今後重要になることかい?」
「ええ。そちらの組織、第二次深海戦争を潜り抜けた子しかいないのよね。練度ってどれくらいなのかしら。低いわけがないとは思っているけれど」
艦娘の練度とは、単純に言ってしまえば
戦いの中で鍛えられ、練度を上げていくのが基本となるのだが、実戦経験が無くとも演習や遠征だけで最大練度にまで行く艦娘もいる。とはいえ総じて練度が高い者は誰も彼もが大概は熟練者だ。
ちなみに、うみどりで深雪が来るまでは最も新人だという梅の練度が80を超えているので、充分すぎるほど熟練者と言ってもいい。
これを聞いたのは単純明快。深雪と電を送り込むために、どれほど鍛えられていた方がいいかを簡単に知るためだ。
「練度かぁ。あたしが鎮守府にいた時に最後に測ったときは99だったけど、時間が経ってるからなぁ。練度って下がるのかな」
「さぁ、その辺りはアタシ達にもわからないわ。でももしかしたらあるかもしれないわね」
伊豆提督はでしょうねと言わんばかりの表情。深雪と電にはこの数値の意味がわからないため、神風がボソリと補足を入れる。
「最大練度よ。これ以上上がらないっていう」
「つまり、最強ってことか……!?」
「まぁ、一応練度限界を越える手段はあるんだけれど、それをしないなら最強ね」
最強という表現が正しいかはわからないが、数値上で言えば
「伊達に深海戦争を乗り越えてないってことよ」
「なるほどな……あたし達とは根本的に違うわけだ。やっぱり今のままじゃ、タシュケントの組織に乗り込んでもタコ殴りに遭うだけだ。そういう意味でも、強くならなくちゃならねぇ」
「なのです……電達は多分、1とか2とかなのです」
「だよな。俄然やる気が出てきたぜ」
この逆境をやる気に変えられる深雪は、それだけでも心が恐ろしく強い。トラウマを乗り越えて、常に前を向き続けることが出来ているからこそ、こんなことが言える。
そんな猛者ばかりの組織に最終的には向かわなくてはいけないと知り、電は逆に及び腰になってしまっているが、そこは深雪がしっかりと支える。一緒に強くなろうと。
「ありがとう。深雪ちゃんと電ちゃんが向かうことが出来る練度がわかったわ」
「あー……そうだね。まず間違いなく一悶着あるだろうから、強くなっていてもらえるとありがたいね。多分……艤装とか関係なしに喧嘩ふっかけてくるヤツもいるから」
タシュケントも手に余っているような問題児がいると溜息を吐いた。しかも、生身で突っ込んでくるような
「本当に申し訳ないんだけどさ、海戦で戦えるだけでなく、喧嘩も出来るようになっていてもらいたい、かな。いやもうホント申し訳ないんだけど」
タシュケントもこうなると平謝りである。本来の艦娘の仕事からかけ離れている鍛錬ではあるが、そうしないと秘密組織の問題児が制圧出来ないんだと呆れたような声色で話す。
「短期間で鍛え上げることは難しいかもしれないけれど……こちらもやれるだけやっておくわ。深雪ちゃん、電ちゃん、午後からの訓練は変わらずでいいかしら」
「うす、問題ない。まだ相手を決めてないってだけだけど、あたしはやる気満々だ。先に進むためにも強くなりてぇ」
「い、電も頑張るのです。怖いですけど、深雪ちゃんと一緒ならきっと、強くなれるのです」
強くなりたいという気持ちは折れていない。これからの訓練もこの気持ちがあれば前に進めるはずだ。
未だに対人戦のトラウマは残っているが、それも今のやる気があれば払拭出来るはず。深雪も電も、今は常に前向きだ。
それもこれも、タシュケントと対話が出来て、明確な目標が出来たからだ。
カテゴリーMを説得するためにも強くならねばならないと思っていても、それでも話を聞いてもらえるかわからないことを考えると、前を向くための原動力には少々弱い。相手に何も悪いことがないことも引け目に繋がる。
しかし、話せば絶対にわかってもらえることがタシュケントで理解出来ているからこそ、秘密組織との対話は強くなれば上手く行くと確信を持った。だからこそ、話が出来るだけの力を持って当たればいい。
「同志ミユキ、それに同志イナヅマ、酷なことをお願いすることになるかもしれないけど、よろしくお願いするよ」
「ああ。お前んトコのボスと話せるようにするために、しっかり強くなっておく」
「お話が出来るくらいに、強くなるのです」
深雪がグッとサムズアップを見せると、タシュケントも最後はニッといい笑顔を見せた。
もう歪んだ心は30年前の真っ直ぐだった頃に戻っていた。人間への怒りと憎しみは消えていなくても、善性を持つ人間がいることを思い出せたのだから。
タシュケントはここで帰投。ボスに今回の件を余すところなく伝えると告げて。
このタシュケントとの対話の内容は、うみどりの仲間達全員に伝えられる。第二世代が集まった秘密組織があり、そのボスはさらに昔からこの世界にいる第一世代。元凶となる過去の悪辣な人間は、歴史とは違ってまだ存在しており、今でも暗躍しているということ。
その秘密組織と協力関係を結ぶつもりではあるが、今は接触も出来ない状況。その最も近道になるのが、深雪と電の訓練。
「後始末も勿論怠れないけれど、それ以外で最優先にしなくちゃいけないのは、深雪ちゃんと電ちゃんと練度上げになるわ。そうでないと、多分あちらは話も聞いてくれないもの」
伊豆提督からも優先順位を引き上げられた、深雪と電の練度上げ。即戦力かもしれないが、それと練度は違う。戦えると強いはイコールではないのだ。
「ここでタシュケントちゃんからの情報なんだけれど、あちらにはその、どうも喧嘩っ早い子がいるらしくて、艤装無しで喧嘩を挑んでくるようなこともあるみたいなの。だから、覚えなくちゃいけないのは砲雷撃戦だけじゃないみたい」
「肉弾戦か」
「ええ、困ったことにね」
この伊豆提督の言葉に真っ先に反応したのは長門である。これまで筋トレに精を出していた長門の目が、違う方向で輝いたように見えた。
艤装無しでの戦いを挑んでくるということは、生身での強さも大事になってくる。艤装があれば互角以上の戦いが出来るとしても、それが無くなったときには力関係が途端に変わる可能性があった。
秘密組織の拠点は潜水艦であるため、逃げようがない。そこで喧嘩をふっかけられて、何も出来ずにやられてしまった場合、あちらはそのまま深雪達のことを弱者と見做して話すらしてくれない可能性がある。
あちらのボスは誠実な性格をしていそうだが、だとしても歯止めが利かない者というのは存在している。そういう者に関しては、あちらには申し訳ないが実力行使で黙らせることが得策なこともある。
「ならば、私が尚更鍛えた方がいいな」
「そうなるのかしらねぇ。長門ちゃんなら、近接戦闘も教えることが出来るものね」
「ああ。前歴が役に立つだろう」
自信満々に話す長門。
「前歴……? まぁ深くは聞かないほうがいいよな」
「別に構わんよ。私は艦娘になる前、特殊部隊に所属していたんだ。そこで、近接戦闘は軒並みマスターしている。艦娘となったら不要かと思っていたが、ここで必要になるとはな」
なんでも、長門はこの国を守るために身体を張る仕事についていたそうだが、その思いがより強くなったことで艦娘への転向を決めたという。こちらも艦娘となった理由が話しやすいタイプであった。以前に加賀が言っていた、陽の気質が強いというものに他ならない。
自分から話してくれるタイプならば、別に聞いても問題ないだろうと深雪は納得した。他の者、陰の気質が強い理由は追求どころか触れるのも憚られるが、長門のような相手はむしろ『聞かれなかったから話さなかっただけで、聞いてくれれば喜んで教える』タイプである。
「勿論筋トレも必要だが、実戦的な格闘術も教えていこう。最終的にはトレーニングに繋がる。何も問題はない」
格闘技も筋力が無ければ出来ないこと。そして、格闘技を学ぶことで筋力もついていく。長門の教えることは、確実に強くなることに繋がるので全く問題はない。
とはいえ、長門が言う通り、格闘技というのは艦娘には基本的には不要なモノだ。先日の戦闘で那珂が決めたハイキックなど、相手の隙を作るために不意打ち気味に使うこともあるかもしれないが、極端なことを言えば、パンチよりも砲撃の方が確実に敵を斃すことが出来るのだから、危険を冒してまで接近するようなことはする必要はない。
しかし、格闘技には
「これ、もしかして電が望んでる戦いが出来るかもしれないな」
「なのです?」
「だって、殺さずに斃すってことが出来るかもしれないんだよな。カテゴリーMに対してだって、いきなり殺さなくちゃいけないってこともなくなるんだろ」
深雪もそこに気付いたようで、電にそれを伝えると、確かにと納得したように驚いた。
最終的には命を奪わなくてはならなくなるかもしれないが、だとしても猶予が与えられるのは悪いことではない。圧倒出来るくらいに強くならねばならないのは難しいかもしれないが。
「電、そういうの覚えたいのです!」
「お、おお、電がそこを強く望むとは思わなんだ。だが、その意気や良し、深雪と共に、一流の特殊部隊になれるほどに鍛えてやろう」
「いや、特殊部隊になりたいわけじゃなく、強くなりたいだけだからね」
長門も電のやる気には満足げであるが、深雪がすかさずツッコミを入れた。
「深雪ちゃんと電ちゃんの訓練方法は、こちらでも逐一手を入れていくわ。急だし過酷かもしれないのは、ごめんなさいね」
「ううん、何も問題は無いぜ。今の状況を進められるのがあたし達だけだっていうのなら、艦娘としてやれることをやる。無茶だけはしちゃいけないと思うけど」
「なのです。強くなって、誰も嫌な思いをしないように進めていくのです」
やる気は充分。覚えられることは全て覚えて、練度を上げる。そうすれば、全てに対していい方向に進められるはずだ。
深雪と電は、ここから急ピッチで練度を上げていくことになる。目指す練度は、タシュケントに追いつくために最大練度。しかしそこまで一気に行くのは厳しいため、まずはある程度出来るところまで。
接近戦を覚えるための理由がここで出来ました。ここで喧嘩殺法を覚えることにより、むしろ海戦ですら役に立つかもしれませんね。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/108135399
昨日、通算1500話を達成した際にいただいた記念イラスト。歴代主人公勢揃い。5人が並ぶと、何処か戦隊ヒーローっぽさがあっていいですね。